海外ではもはや「当たり前」になっている「歩行者」や「人の活動」を中心に据えた公共空間のあり方を、日本ではどうしたら実現できるのか。7月29日に開催された『Republic talk “パブリックライフ”と公共空間のこれから』では、公共R不動産ディレクター馬場正尊が、異なる立場で都市に向き合う識者3人とともに、その可能性を考えました。4回に渡りお届けするイベントレポートの第2回目は、中島直人准教授に海外事例を、そしてUR都市機構の秋山仁雄さんに、URの新たな挑戦についてご紹介いただきます。
ニューヨークのBIDとパブリックライフの現在
まず、中島先生から、先生が翻訳に携わった『パブリックライフ入門』とその著者ヤン・ゲールについて、またそれを踏まえたニューヨークの事例についてお話いただきました。
中島直人(東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 准教授) 1976年東京都生まれ。東京大学大学院修士課程修了。 博士(工学)。慶應義塾大学准教授等を経て、2015年より現職。専門は都市計画。 主な著書に 『都市美運動 シヴィックアートの都市計画史』(東京大学出版会)、 『都市計画家石川栄耀 都市探求の軌跡』(共著、鹿島出版会)、 『建築家大髙正人の仕事』(共著、エクスナレッジ)。 翻訳書としてヤン・ゲール他『パブリックライフ学入門』を鹿島出版会から 2016年7月に出版予定。
僕は今日、なんのために来たかというと私が訳者の一人であるヤン・ゲールの『パブリックライフ学入門』という本の宣伝に来ました(笑)。空間というもの自体は研究しやすいのですが、そこでの人々の活動は研究しにくい。この本ではまさに、その活動の方 -“パブリックライフをどう研究するか”という手法を紹介しています。また手法だけでなく、ジェイコブスから始まったパブリックライフ研究の系譜が掲載してあること、そして都市政策にまで踏み込んでいるのが、この本の特徴です。
『パブリックライフ学入門』(中島直人)
そもそも私がこの本と関わるきっかけとなったのは、ゲールが私の研究対象であるニューヨーク市の都市計画に関わっていたからです。『パブリックライフ入門』の表紙を飾っているのがニューヨークのタイムズスクエアです。ここは最初からスクエア(=広場)だったと思われている方が多いのですが、この表紙の姿はニューヨークの交通行政の改革で、広場化するための社会実験の様子です。私が研究を始めた頃は、まだよく見ると車道に色が塗ってあるだけで、さらにその前は広場などなく、非常に車で混雑していました。それが現在では完全に車道部分がデザインされ、恒久的にパブリックスペースが確保されています。実際に導入するための社会実験であって、社会実験のための社会実験ではない、というのが日本との違いですよね。
自動車から歩行者中心の街への転換を手がけていたのがゲールでした。ニューヨークではグリッドの街路網の中にブロードウェイが斜めに走っているので、必ず縦のアヴェニューに対して鋭角に斜めのブロードウェイが交差している。それによって生じる三角形の交通島を拡大させて広場を生み出していったのです。マンハッタンだけでなく、ニューヨーク市は広場を市全体に造っていて、ブルックリンやクイーンズも含めて60箇所以上の広場がばらまかれています。基本的には道路空間を広場化しているのですが、ひとつひとつの空間のリノベーションではなく都市レベルで構造を変えているところがポイントだと言えます。
ブロードウェイの広場化(中島直人)
この広場化を実行する過程で、行政と一緒に広場化を担う地域ごとのパートナーを選びます。多くはBID(Business Improvement District)が公募して、毎年10個くらいが選ばれ、社会実験をしながら公民連携でエリア価値を上げていくというプロセスです。パートナーは広場を自由に使える権利の代わりに広場をマネジメントしていく責任を担っており、行政の役割はあくまでデザインや建設にお金を出すこととやモニタリングです。ニューヨーク市がパートナー選びの際、100点満点で評価をしますが、例えばこんな評価指標を使います。
・「すべてのニューヨーク市民が徒歩10分以内に公園にリーチできる」という政策目標上、重要な地域であるかどうかということ。
・コミュニティイニシアティブ:事前にどれだけコミュニティと話し合っているかということ。
・ポテンシャル:候補地の周囲に商店や公共施設が面しているか、あるいはいかに空き家、空き地が多いか(=エリアが変わる可能性があるか)ということ。
・組織がきちんとしているか、プログラムを立案できる体制が整っているかどうかということ。
など。さらに、低所得者地域であることも評価指標の一つです。低所得者地域だからこそパブリック空間が重要なのではないかという考えです。ひとつひとつの家は狭いけど、公共空間によってそこに暮らす人の生活の質があげられるという考え方が背景にあります。
このプロセスに応募するにあたり、結局大規模なお金のある団体が手をあげれば体制が整っているので採択されやすいけれど、そうでないところは大変です。しかし、ニューヨークには公共空間デザインを支援する非営利組織が充実しており、広場の運営が難しいような小さな組織でもそれを支援する仕組みがあります。また、このような広場を運営する人材を育てる専門のコースを持った教育機関もあります。(Pratt Instituto,Urban Placemaking and Management)
各BIDと道路空間の広場化の関係(中島直人)
もちろん、実際の広場のマネジメントについては様々な問題も出てきています。最近では、ブロードウェイでトップレスの女性が一緒に写真を撮ってくれるというサービスをめぐって、ニューヨークの顔になるようなところが本当にそんなことでいいのか、という議論になり、広場化を中止した方が良いという意見も出されました。しかし、BID自らが広場のマネジメントを見直し、きちんとゾーン分けして、ゆっくり休める場所を確保することをルール化する提案を行い、危機を切り抜けました。広場化とは、自治を育てていくプロセスでもあるというところが面白いです。
馬場:パブリックライフを豊かにするには、行政や地元の努力があるということですね。
URが乗り出したパブリックライフへの取り組み
最後にURの最近のプレイスメイキングの取り組みについてご紹介いただきました。
秋山仁雄(独立行政法人都市再生機構 東日本都市再生本部) 1996年東京大学法学部卒業。卒業後、旧地域振興整備公団にて 栃木県佐野市の「佐野新都市」の開発プロジェクトに携わり、 アウトレット誘致や高速バスターミナル開設に従事。 また、地域情報誌「SANOMEDIA」を立ち上げ。初代編集長に就任。 以降、千葉ニュータウン、酒々井などの開発に従事。2014年より現在の 東日本都市再生本部に所属し、異業種連携などを担当。
私がゲールを知ったのは2年前に国土交通省主催の“プレイスメイキングシンポジウム“を通じてです。URはプランナーとしての顔と、ディベロッパーとしての顔がありますが、次の50年、100年、今の容積緩和に偏重したビジネスモデル保つのかということに関心があり、今後は開発した後の利活用まで考えていかなければいけないという問題意識を持っていました。なので、ゲールの考え方に感銘を受け、2015年、URでも実際にゲール率いるゲール・アーキテクツのメンバーを招いて、我々の手がけてきた3つのエリアで、社会実験を行いました。
一つ目は大手町川端緑道です。ここは非常に綺麗に整備されているのですが、人通りが少ないという課題を抱えていて、どうしたらもっと人々に利用してもらえる場所になるだろうかという観点でヘルスチェック(都市環境調査)とワークショップを行いました。キッチンカーなどおいて実際に人を招き、その場所がどうなったらいいかというアンケートを取って共有する。その後関係者で公開プレゼンテーションするというプロセスをとりました。
大手町川端緑道プレイスメイキング社会実験のプロセスデザイン(秋山仁雄)
2つ目が新宿シェアラウンジという取り組みです。西新宿の高層ビル群のステークホルダーたちで形成している新宿副都心エリア環境改善委員会というエリアマネジメント組織が主催で、社会実験を行いました。ここでは通勤のためだけの通過する空間になっている場所を、人が時間を過ごす場所にするという目的で、こちらもキッチンカーやテーブルとイスを出して行動の変化を観察し、簡単なアンケートを行いました。社会実験に先立ち、エリアマネジメント組織のメンバーの大成建設さんのご尽力もあり、ゲール・アーキテクツにフィールド・スタディをしてもらいました。
新宿シェアラウンジの取り組み(秋山仁雄)
3つ目が新虎通りのURTRAというスペースで、これはURの新虎通りまちづくり事務所という位置付けなんですが、それを地域に開いてみようという新しい試みです。ワークショップスペースとカフェが併設していて、コーヒーを飲みながらワークショップを継続的に行う場をつくっています。
URTRAでのイベントの様子(秋山仁雄)
川端緑道は道路のみ、西新宿は民地の建物の中を含めた公開空地、URTRAは建物から道路にはみ出すかたち、3つの違うパターンでの実験を行ったわけですが、実験をしてきて思ったことは、場所や機会の提供があれば、ニーズが見える、人は座るということ。結果的に滞留時間を長くできる。何もないと、道路に座っていいって、思いつかないんですよね。椅子を置くことで座っていいんだ、と気付く。それを広げていき、取り組みの継続でマインドセットを変えていけるんだと思います。
URの3つの取り組みのスキーム比較(秋山仁雄)
馬場:URが小さくて実効性の高い実験を行っているなんて面白いですね。それ自体が変化を象徴しているように思います。
次回からは、いよいよ4人での対談へ。異なる立場の3人のゲストから、いったいどんな公共空間の可能性が導き出されるのでしょうか。乞うご期待です。
関連記事
◆ RePUBLIC talk “パブリックライフ”と公共空間のこれから[イベント]
◆ RePUBLIC talk(1) “パブリックライフ”と公共空間のこれから[レポート]
◆ RePUBLIC talk(3) “パブリックライフ”と公共空間のこれから[レポート]