可動イスの魔法
可動イスとテーブルを置くだけで、「空間」が居心地の良い「居場所」に変わる!?そんなこと……ありました!
弘前市の吉野町緑地公園で、2015年10月4日から12日まで行われた「座り場プロジェクト@ひろさき2015」。いつもの公園に、手軽に移動できる可動イスとテーブル、コーヒー屋さんがあるとどうなるのか?その効果を探るための社会実験として行われたこのプロジェクト。近所にこんな公園があったらいいのに、と心から思える、本当に魅力的な居場所が生まれていました。
公園を訪れた方からは、「日常的にあるなら絶対来る」「コーヒーとWi-Fiがあるからスタバに負けない!」など、嬉しい声が続々と。
ちょっとの工夫で公園を居心地良くするヒントがたくさん見つかりました。
吉野町緑地公園
プロジェクトが行われた吉野町緑地公園は、弘前市の中心市街地である土手町商店街に隣接。歴史的建造物でもある煉瓦造りの倉庫(吉井酒造煉瓦倉庫)の前に、広々とした緑地(原っぱと低く手入れされたラベンダーが植えられています。)が広がる公園です。公園の横を30分に1本、弘南鉄道大鰐線が走り、その横を土淵川が流れます。西側には五重塔を眺めることもでき、環境は良好。しかし、普段は人気がなく、あまり利用されていませんでした。
もっと日常的な活用方法を模索していた時に、弘前市都市環境部理事の盛和春さんが、プレイスメイキング研究の第一人者である筑波大学の渡和由准教授と出会い、座り場の案が浮上。公共空間の居心地をよくする実証実験の候補地を探していた国交省の調査事業として、弘前での実施が決定しました。
「座り場」とは
期間中はイス100脚とテーブル25脚を緑地内に配置。娘さんが青年会議所のメンバーでもある、成田専蔵珈琲店が出店し、おいしいコーヒーとアップルパイを提供しました。公園内にはWi-Fiも完備。その他交換型書店の「りんご箱書店」、出張動物園に移動図書館、アートTシャツの販売、オリジナルトートバッグを作るワークショップなどが行われました。
おしゃべりに興じる人、仕事をする人、ミーティングする人、犬の散歩の途中にちょっと休んでいく人、読書をする人など、イスの使い方は様々。用意された可動イスではなく、既存のベンチに座る人や、レジャーシートに寝転ぶ人も。それぞれが思い思いに、公園での時間を楽しんでいました。
なぜ可動イスなのか?
公園に可動イスを置く試みは、ニューヨークのブライアントパークの事例が有名ですが、ベンチではなく、可動イスなのには理由があります。
まずは、向く方向を選べること。公園内を眺めてもよし、道路を向いてもよし、今回の吉野町緑地公園なら、煉瓦倉庫・電車・五重塔など、借景も選び放題です。日の陰り具合などによって、場所を転々とする人も見受けられました。そして、人数を問わないこと。1人でも、2人でも、大勢でも使えます。移動動物園にお子さんを連れてきて、犬の散歩に来た友人に会ったのでみんなで座ろう、という人も。
イスが動かせるだけで、自由度がぐっと広がるのです。
一人でも居心地の良い居場所作り
公共空間の活用、というと、ついイベントなどで来場者を増やすことを考えがちですが、「一人でも多くの人が、その空間を、「自分の居場所」だと感じられることが、継続的な利用につながる」と渡准教授は言います。利用者一人ひとりの満足感を高めることが、結果として賑わいの創出につながるのです。ひざ掛けを用意する、ゴミ箱を適切に設置していつもきれいにしておく、運営者のテントは目立たないところに置くなど、小さな工夫も光っていました。
オープンカフェとの違い
ここまで読んで、公園にオープンカフェができたようなものか、と思われる方もいるかもしれません。でも、カフェとはちょっと違うのです。たとえば、カフェのイスはそこで何か買わないと座れませんが、公園のイスは誰でも無料で座れます。何時間粘っても文句は言われません。誰とも会話しなくても気持ちよく過ごせて、楽器の練習や、電話をしてもOKです。犬も座れるし、昼寝もできます。
どんな人でも分け隔てなく無料で使えて、さらに居心地まで良い。公園のイスは、ある意味では究極の公共施設なのです。
今回のプロジェクトで、そんな場所が新たに生まれたことの意義は、とても大きいのでは、と思いました。
青年会議所パワー
今回このプロジェクトを運営したのは、弘前市青年会議所。20代から30代の、主に経営者やその後継者で構成される団体です。ポスターは印刷屋さん、会場の配線は電気屋さんがと、それぞれの職種を活かしてプロジェクトを進めたそうです。元々秋の弘前はイベントが目白押し。お祭りやイベントで培われたノウハウが活かされました。イスも期間中は朝夕青年会議所の皆さんがシフトを組んで出し入れをし、雨上がりには布拭きも。今回は有志によるボランティアでしたが、常設化された場合にこの作業を誰が担うかも、 課題の一つです。
弘前ならでは
今回の実験の成功の鍵の一つには、弘前ならではの文化もあります。弘前は、日本で初めて一般の庶民が珈琲を飲むようになった町。市内には今も数多くの喫茶店があり、珈琲文化が根付いています。そしてりんごの生産量日本一でもある弘前市には、アップルパイマップなるものも。市内47箇所のお店で、アップルパイを味わえます。でも、冬寒いこともあり、外で飲食できる場所は意外と少ないのだとか。貴重な屋外スペースとしても、ぜひこの試みを続けて欲しいという声が、沢山寄せられました。
今後の展望
公園横にある煉瓦倉庫は、日本で最初にシードルを造った工場として知られ、現在は弘前市が管理。過去に三回、弘前出身の奈良美智さんの企画展が行われ、大きな犬のアート「AtoZメモリアルドッグ」が置かれていたこともあり(現在は修復中)、今後は現代美術館・文化交流スペースとして使われることが決まっています。その際は、緑地公園も一体で使われる予定。「美術館の運営者がイスの管理もしてくれるといい」、と盛さんの夢は膨らみます。商店街の通りや、弘前城公園の広場でイスを使うことも検討。弘前には、まだまだ素敵な公共空間が、沢山眠っていそうです。
こうした試みは、継続することが大切。今後のイスの運用にも注目していきたいと思います。
公園にもっと可動イスを!
イスに初期投資が必要ですが、運用さえうまくいけば、公園がぐっと居心地良くなることが証明されたこの実験。
あなたの街の公園でも、試してみたくなりませんか?国交省では、今回の実験のプロセスを報告書としてまとめる予定です。その際には公共R不動産でも内容をお伝えしますのでお楽しみに。
座り場プロジェクト@ひろさき2015
http://suwariba-hirosaki.com/