公共R不動産のプロジェクトスタディ
公共R不動産のプロジェクトスタディ

秋田市文化創造館 未来の文化を創る、余白ある空間ができるまで

秋田市の中心市街地、千秋公園の入り口に2021年にオープンした秋田市文化創造館。美しい佇まいの建物の中は何でもあり!?文化施設のイメージをくつがえす、チャレンジングな取り組みがたくさん行われていました。秋田市出身の若者たちに、「ここがあるなら秋田に帰ってきたい」と言わしめる、文化創造館はどのようにして生まれたのか。開業までの軌跡をたどります。

7月の終わり、咲き誇る蓮の花に見惚れながら、目にまぶしい芝生の中を進むと、特徴的な屋根の建物が見えてきました。カフェのおいしそうなドーナツの広告を見て入っていく親子連れ、建物をバックに写真をとる若者たち、ベンチに腰掛けるご老人。建物のなかへ入ると、コミュニティスペースと呼ばれる広いスペースで、勉強したり、読書をしたり、おしゃべりをしたり、思い思いに過ごす人々の姿が。館内に貼り紙は全くなく、そのかわりイラストとポップでメッセージがつづられています。「文化創造館へようこそ!」「全館飲食OKですよー。」「2階3階は上がってもいいの?もちろんOKです!空いているスペースでは、自由にお過ごしいただけます。」「さぁ気ままな時間を!」

本を読んだり、おしゃべりしたり、自由なコミュニティスペースに設置されたボード。写真右手にはキッチンがあります。
秋田の作家を中心に国内外から集めたちょっといい日用品、暮らしを彩る花々、若手クリエイターの作品などをディスプレイワゴンで販売している。奥のデッキを通じて外とつながる開放的な雰囲気のテイクアウト専用カフェ(センシューテラス)は、秋田のデザイン会社、株式会社SeeVisions代表で運営管理計画策定ワークショップのメンターも務めた東海林諭宣さんが手がけています。

文化を創造する場所とはどんな場所なのでしょう?秋田市企画財政部部長の齋藤一洋さん、秋田市文化創造館館長の藤浩志さん、同ディレクターの芦立さやかさんにお話を伺いました。

左からお話を伺った秋田市文化創造館館長の藤浩志さん、秋田市企画財政部部長の齋藤一洋さん、秋田市文化創造館ディレクターの芦立さやかさん。

旧県立美術館をどう使う?エリアビジョンで光差す

現在秋田市文化創造館となった建物は、もともと秋田県立美術館でした。藤田嗣治のパトロンであった秋田市の資産家、平野政吉のコレクションをメインに、1967年の開館以来、県立美術館としての役割を果たしてきました。しかし2011年に、県立美術館を数百メートル離れた別の場所に新築することが決定。2013年の移転後、建物は遊休化してしまいます。横幅20メートルを超える藤田嗣治の壁画「秋田の行事」(現在は新しい県立美術館へ移設)を展示するために設計された大ホールなど、建物に思い入れのある市民は多く、保存が望まれていました(過去に解体案が持ち上がった際には市民による保存運動が起こったほど)。とはいえ、県として使わなくなったので市で使ってと言われても、そう簡単に活用方策は定まりません。

左 藤田嗣治の壁画「秋田の行事」が飾られていた大ホールは、天窓から日が差し込む圧巻の大空間。 右 曲げわっぱを使用した天井の装飾や、「べネチア塗り」と呼ばれる緑色の壁も建築当初のまま残されています。

そんな中、活用の方向性に光が差したのは2015年。向かいにある県民会館と市文化会館を合築して建替えることを機会に、秋田市が周辺エリア全体を「芸術文化ゾーン」としてエリアマネジメントしようという方針をまとめました。芸術文化に資する何かを作ろう、ということでようやく活用計画が動き出したのです。市は具体的に利活用の検討を始め、県から建物の譲渡を受けることとなりました。

施設の目的を探る中で生まれた美大との連携

企画調整課に11年!幅広い人脈を駆使して開館にこぎつけたスーパー行政マン齋藤一洋さん。誰よりも秋田の街と文化創造館を愛し、文化創造館のヘビーユーザーでもあります。

(仮)芸術文化交流施設と銘打ってみたものの、周辺にはにぎわい交流館Au、文化交流発信センター、秋田拠点センターALVEなど、ホールや練習室、会議室を備えた文化施設や交流施設がすでにあり、それらとどう違うのか、どういうものにしていきたいのか、当初議会への説明に苦慮した、と齋藤さんは言います。
悩める齋藤さんを救ったのが、秋田公立美術大学の教員たちでした。「未来を創るのだから、どういうものにするのかの中身なんて、最初からは決めなくていい」と議会がひっくり返りそうなアドバイスが支えになったといいます。秋田公立美術大学は、2013年に、短大から四年制の大学として新たに設置された東北唯一の公立の芸術大学。公立ということで市役所職員も大学運営に参画していたこともあって、アドバイスを得やすい環境が整っていたのです。秋田駅前の木質化を進めた建築家の小杉栄次郎さんや、人類学者の石倉敏明さんなど、専門的な知見に基づいて秋田の歴史を紐解き、未来に必要なものを考える取り組みは、秋田市民にも受け入れられていきました。

秋田公立美術館教授で文化創造館館長の藤浩志さん

同大学の教授であり、現在文化創造館の館長を務める藤浩志さんが構想に参画したのも、このころ。秋田市では、市長公約であった芸術祭の開催も齋藤さんを担当に並行して検討していました。藤さんも当初、芸術祭の検討会メンバーとして関わり始めたものの、祭じゃなくて日常を豊かに醸すべきなのでは?そのための場として旧県立美術館が使えるのでは?とイメージが膨らんでいったそう。
「芸術文化として、過去に立ち上がってきたものを見せるのが美術館やホールだとしたら、10年20年後の未来の文化ってどうつくるのか。レストランで言えば料理をつくったり、いい野菜を育てる、もっと前の土作りとか、そういうところからやらないと文化って育たない。だから、町の活動をつくる拠点として考えていました。」と藤さん。横軸に市民と専門家、縦軸に過去に未来を置いた4象限の図を描き、市民と未来が重なる今までにない場をめざしたといいます。

中心市街地を芸術文化ゾーンとして充実させていくために、「未来の文化(価値)を創り、楽しむ活動」(図の薄赤の部分)を展開することとしました。(『アーツ秋田構想2017~2018』P27)

長いプレ事業のおかげで運営者が生まれる

2017年度には市民参加型のワークショップでの新たな視点による提案や、先進地事例調査等によりニーズを整理し、事業化に向けた詳細な検討内容を「旧県立美術館利活用調査」としてまとめました。

そのころ秋田公立美術大学では、地域とのコーディネートなどを柔軟に行うための組織として「NPO法人アーツセンターあきた」が立ち上がります。そこで市は、翌2018年の市民参加型のワークショップの実施を含む(仮称)秋田市文化創造交流館の運営管理計画策定業務を、このNPOに委託。4回にわたるワークショップ「せばなるあきた」で市民からの意見を取りまとめ、運営管理計画を策定しました。

そしてこのNPOが、運営管理計画策定の実績をもって、プロポーザルによる指定管理者として選定され、施設運営も担うことになるのです。「2015年に焦って改修工事をしていたら、運営者がいなかったかもしれない。整備・運営方針について議会に説明ができずにいて、それと並行してプレ事業をずっとやっていたら、ちょうどNPOができて、運営を担ってもらえることになったという・・・。」と齋藤さんは笑います。議会説明に悩んだ長い期間が、結果的に十分な検討の時間を生み出し、その流れの中で運営体制も整うという奇跡を起こしました。

左 改修工事により外壁がガラスになり、明るい印象になった1階の交流スペース。窓から中の様子をうかがって、「涼しそう、休憩しよう」と入ってくる人も。 右 改修前の1階同スペース。写真:草彅裕

運営を見据えた改修工事

2019年には改修工事も着工。工事は建物の外観を生かすため最低限の修繕にとどめつつ、運営管理計画と施設の改修設計が一体をなすものとなるよう、小杉栄次郎さんに改修設計に係るアドバイザーを依頼。ワークショップの企画運営、運営管理計画の策定にも関わりながら、ワークショップで提案された使い方を可能にする改修設計が行われました。外壁はなるべくガラスにして内外の活動を見える化し、周囲にデッキを回して外とのつながりをつくるなど、アドバイザーの意見が活かされています。
さらに開館を盛り上げるためのプレ事業として、「乾杯ノ練習」を2年間実施。市民を巻き込みながら2021年3月、晴れて文化創造館が開館しました。

訪れた日も、人通りが少なくなった夕方から数人がスケボーの練習にいそしんでいました。

専有ではなく共有の場づくりで、対話のプロセスをオープンに

開館から一年、文化創造館では様々な取り組みが行われています。「機能が限定されていないからこそ、新しいことをやってみたいと言われたときに、どれだけオープンに実験できるか、それをきっかけに対話の機会をつくっていけるかを考えている」という藤館長。

それを象徴するのが、屋外スペースのスケートボード利用です。もともと昨年から地域の高校生が練習したい、といってちょこちょこ使っており、文化創造館としても禁止はせず見守っていました。ところが、春になって許容されている場所と広く認知され、多くのスケーターが押し寄せ、道をふさいで危険なほどに。騒音の問題も起こるようになります。そこで文化創造館は、スケボーの利用方法をスタッフやスケーター、地域の方々と協議。人通りが多いときは滑らない、始める前に職員に声を掛けるなどのルールを定め、5月に運用を開始。6月にはスケボーを取り巻く環境についてのトークイベント(カタルバー)を実施、7月には屋外スペースで1日限定のスケートパークも実施されました(※)。

秋田市文化創造館ディレクターの芦立さやかさん

「文化創造館は、スケーターのための場ではないけれど、いろんな利用者がいる状況を認めています。ただ、思いっきりスケボーができる場所は別のところであるべきだし、それはスケーター自身や、企業などの協力を得て作っていくものだと思うので、メディアの力も借りつつ、それが話し合われる場をつくりました。」と芦立さん。
「指定管理者であるNPO職員としては、問題が起きるかもしれないことに対してどうあるべきか、常に試されているように思っています。問題を起こさないでほしいと思う行政とは相容れない部分ではあるのですが、できるかぎり対話していきたいし向き合いたい。スケボーに限らず、若い人たちがやってることに寄り添ってくれる大人がいるということを知ってもらうだけでも、自分たちの住んでいるまちへの愛着が生まれる。大人が向き合う姿勢を見せ続けることで、若者にとって未来がある、一度外に出てもまた戻ってきたいと思える場所にしていけるんじゃないかと」

芝生スペースでもイベントが行われます。秋田市の文化創造プロジェクトの「PARK―いきるとつくるのにわ」第一弾ワークショップ和井内京子さんのイベントの様子。気持ちの良い木陰で秋田の食材を美味しく料理して味わいました。

文化創造館では、ホールや会議室だけでなく、ウッドデッキや芝生スペース、風除室に至るまで、施設内のすべての場所を1㎡5円/Hで借りることができます。これは齋藤さんたち行政がつくった設置条例のなせる業。マルシェ、展示会、水彩画教室、コーヒー研究会がワンフロア―で同時開催されたこともあるそうです。それは、貸し会議室を使って行う教室やイベントとは趣の違うもので、音も聞こえるし香りも漂ってきます。文化創造館は、市民が利用できる空間ではあるけれど、市民会館や公民館のような公共施設とは使い勝手がちがう、「専有」ではなく「共有」の場なのです。何かイベントをやりたい、と市民から提案があると、スタッフが相談に乗りつつ、「ここでやれること」を考えてもらいます。たいてい最初の企画とは違うものになることが多いそう。文化創造館の空間にやりたいことを合わせてもらい、お互いがそれぞれ理解しあう場をつくっていく。ありえない組み合わせ、ありえない状況がどんどん生まれて、毎日印象が変わる場所。それが文化創造館なのです。

アーカイブしながら創れる人を増やす

プレ事業のドキュメントブック(NPO法人アーツセンターあきたHPより)

文化創造館の取り組みは、プレ事業も含めて、アーカイブされています。編集とライティングのできるスタッフを抱え、ワークショップで出た一案一案に至るまで、リーフレットやウェブの記事で丁寧に紹介しています。これは、実際に参加できる人が少ない分、アーカイブで見られる人を増やしていく、過去に何があったか将来見られるようにすることで、その軌跡が文化になるという理念に基づいているそう。行政としても、そこに予算を取れるよう心掛けているそうです。

文化創造館ができて、東京に出ていた若者が「この場所ができたから秋田に帰ってきたい」と言ってくれたり、ファンクラブを名乗る大学生が1周年記念イベントでパネルを制作してくれたりといったことも増えてきたとのこと。

「入館者数などの数字もありますが、この場所が何かのきっかけになる、何かやりたい人のために開かれている場でありたい。」と齋藤さん。お金を払って享受する芸術ではなく「生き延びるための知恵としての文化・芸術」。「些細な試みと、失敗の積み重ねと、信頼できるつながりと、それをまちに充填する拠点」(※2)として、一緒に作る楽しさを知ってもらい、市民がクリエイティブに踏み出す応援をしたい、と、文化創造館は今日もまちに開いています。

この6月にはお隣にあきた芸術劇場ミルハスも開業、エリア全体の盛り上がりも期待されます。移住者も少しずつ増えてきている(※3)とのことで、文化創造館が秋田市の人々とどのように育っていくのか、これからの挑戦から目が離せません。

※ 文化創造館におけるスケボー利用のくわしい経緯は、NPOアーツセンターあきた事務局長の三富章恵さんのNoteにまとめられています。カタルバーに参加したスケーターが近隣の町内会長のところへ挨拶に行って怒られるかと思いきや激励されたりと、対話がつながりを生むプロセスがよくわかります。
※2 秋田市文化創造館HP 藤浩志 ごあいさつ より
※3 秋田市文化創造館アニュアルレポート2021 p21

連載

すべての連載へ

公共R不動産の本のご紹介

クリエイティブな公共発注のための『公募要項作成ガイドブック』

公共R不動産のウェブ連載『クリエイティブな公共発注を考えてみた by PPP妄想研究会』から、初のスピンオフ企画として制作された『公募要項作成ガイドブック』。その名の通り、遊休公共施設を活用するために、どんな発注をすればよいのか?公募要項の例文とともに、そのベースとなる考え方と、ポイント解説を盛り込みました。
自治体の皆さんには、このガイドブックを参照しながら公募要項を作成していただければ、日本中のどんなまちの遊休施設でも、おもしろい活用に向けての第一歩が踏み出せるはず!という期待のもと、妄想研究会メンバーもわくわくしながらこのガイドブックを世の中に送り出します。ぜひぜひ、ご活用ください!

もっと詳しく 

すべての本へ