アートやカルチャーが盛んなオランダの首都、アムステルダム。クリエティブな発想のもと、市民が自分たちの手でまちづくりをするボトムアップ型のプロジェクトが盛んに行われています。
なぜこういったプロジェクトが市内のあちこちで起きているのか。オランダ在住歴22年の建築家・根津幸子さんにその理由を伺うと、時代背景や国民性とともに、行政がその動きを後押しする公民連携の動きもあることがわかってきました。
自分たちのまちは自分たちでつくる
水に囲まれたアムステルダムでは、12世紀頃から干拓地をつくることがまちづくりの根底にありました。干拓地をつくることには干拓地住民の協力が不可欠のため、オランダには階層を超えた協力や話し合いを重視する気質が生まれていきました。
現在でもオランダには、「ポルダーモデル」と呼ばれる、労使協調やワークシェアリングなどを特徴とするオランダ独特の政治・経済システムがあります。「ボルダー」とは干拓地のこと。つまり、干拓地づくりの歴史から生まれた「合意形成型の社会づくり」という背景が、現在のボトムアップ型のまちづくりにつながっているのではないか、と根津さんは分析します。
アムステルダム市内で、ボトムアップ型のプロジェクトが多発しているのが北区(ノールト地区)です。中心市街地から川を挟んだ北側にあるエリアで、かつては工業地帯と農村部だったところ、近年ではサステナブルでデザイン性の高い都市開発エリアとして、世界から注目をあびています。
2018年には南北線地下鉄が開通し、中央駅から北区へのアクセスが良くなりました。こうしてどんどん地価が上がり、いまでは中所得者層では買えないくらいの人気エリアへと成長しています。
今回は北区をはじめとする代表的なボトムアップ事例の数々と、そのプロセスについてご紹介します。
廃墟だった元造船場NDSMが、ヒップなエリアに大変身
オランダの元造船会社NDSMは、アムステルダム中央駅からボートで15分の場所にあります。
1980年代に造船所を閉鎖して以降、2000年頃までは放置状態となっていました。そこで、アムステルダム市がNDSMの文化的な方向性を決めるコンペを行い、シアター系のグループを中心としたKinetisch Noordの提案が採用されました。
その提案のひとつは、「巨大なこの造船所内を区画整理し、区画ごとにアーティストが自分たちでスタジオやアトリエを建設し、あたかも一つの街のように使う」というもの。2007年には共有部分や階段など全体のフレームが出来上がり、入居者が壁やインテリアを作り始めました。
そして施設内も含めNDSM全体を使って、月に一回は蚤の市を開催することで、地域住民にも活用してもらい、市民に広く認知されるエリアに育っていきました。
当時、市としては空き地となった工場地帯をうまく活用していきたい思いがありました。でもどうカタチにしたらいいかわからない。そこで、暫定利用としてまずはアーティストに安く空間を貸し出したり、蚤の市を行いました。
現在では85件、250人以上がNDSMに入居し、中にはカフェができたり、ものづくり系の企業、家具工房やファブラボ、2階にはITスタートアップ、カメラマン、デザイナー、などがオフィスを構える人気エリアに成長しました。市の戦略として、社会実験から土地の価値をあげていった事例です。
水に浮かぶ居住区 Schoonschip
Schoonschip(スホーン・スヒップ)は、2020年完成予定のフローティング・ボートハウスのプロジェクト。46戸のボートハウスが、運河に建設されています。
飲料水も極力消費を減らし、使われた水は再利用され、将来的には運河の水質汚染の改善にも取り組んでいくようです。合計500枚のソーラーパネルが設置され、一度温めて利用したシャワー水は、そのまま流し捨てず、熱を再利用しています(このシステムは、オランダの新築の建物には一般的な装備になりつつあります)。車はカーシェアとして、電気自動車4台が備えられています。
2007年のリーマンショック後、アムステルダム市は、土地をデベロッパーに借地する考えを、個人対象へと広げました。 アムステルダム市において、借地は、セルフビルド (オランダ語ではzelfbouw)と言われる個人住宅用の土地を個人で借用する場合と、CPO(collectief particulier opdrachtgeverschap)と言われる、共同オーナー向けのものに分けられます。CPOは、購入者が将来の隣人と一緒に住宅を開発する住宅タイプで、将来の住人同士がグループとなり、プロジェクトのデベロッパーとして開発していきます。
Schoonschipは、2010年からCPOとして、将来の住民が中心となって環境問題に取り組み、開発されてきました。予算面ももちろん住民による投資で、計画全体がユーザー側の視点で進められていきます。シェアーカーの数や、ソーラーパネルの設置なども、ユーザーが話し合って決めていくそうです。
土壌汚染エリアが、人気のコミュニティスペース De Ceuvelに
こちらは「De Ceuvel(デ・クーフェル)」という人気のコミュニティスペースです。
De Ceuvelが建つこの敷地には、もともと産業による土壌汚染がありました。市は北部の開発計画案を提示していましたが、経済危機や地下鉄開通の遅れなどで計画が滞っていたところ、まずはピンポイントでこの場所の開発を行おうと、10年間の暫定利用のアイデアを募りました。
採用されたのは、建築家、アーティスト、ホテル・レストラン経営者、ファイナンシャルアシスタントなどのグループが、ブルートプラーツ※をともに提案したアイデア。スタートアップ企業のアトリエや、雨水を使ってクラフトビールをつくり、販売するレストランが入居するコミュニティスペースという内容で、主にリサイクルマテリアルを使いながら、ほぼ手作りで建てられました。
浄化する機能を持つ植物を植えることで、土壌汚染を解消。汚染範囲の地上1メートルの高さまで、植物とリサイクルのボートを配置。全体の導線には、桟橋のような歩道を通し、ボートの上に建てられた17のスタジオスペースにアクセスできるように計画されました。
※Broedplaas(ブルートプラーツ)とは、所得の低いアーティストに格安でアトリエスペースを共有する、市が運営するシステム。アムステルダムには60箇所のブルートプラーツがある。
完成後は、奇抜なアイデアと手作り感あふれる空間で、すぐさま賑わいのスポットとして知れ渡りました。
建築物はきれいにつくりすぎてしまうと、来客する層を絞り込んでしまう。手作り感にあふれる方が、幅広い年代や属性の人に受け入れてもらうことができます。平日のカフェでは、若いスタートアップの人から、スーツ姿のマーケティング業界の人、近所のおじいちゃんなどの姿もあります。このようなDe Ceuvelのフレンドリーな雰囲気は、オランダの気質をよく表しているかもしれません。
公共空間の活用に挑むアーティスト集団 Cascoland
アムステルダムには、長年ボトムアップのまちづくりの仕掛け人として、市民と市を繋ぐ役割を果たすアーティストチームがいます。その名も、Cascoland(カスコランド)。
創始者は演劇系の学歴を持つので、活動そのものがエンターテイメント寄りの演出にたけており、公共空間を一時的にうまく活用し、非日常的な空間をつくりあげます。
例えば、移民の多い住宅街で、ワークショップやヒアリングをして、近隣住民が必要とするものは、共同で利用できるゲストハウスだと見つけ出し、地域開発のプログラムを提示している事例があります。
そのほか、公園や開発が始まる前の空き地に、お風呂とベッドを設置した事例があります。寝袋を持参してみんなが集まり、屋外シアターを開催。ここで映画を見ながら食事をしたり、くつろいで泊まろうという試みです。アムステルダムではキャンプをする人が多く、とても盛り上がったのだとか。
みんなで投票して決める、地域予算の使い方
最後に紹介するのは、西地区の地域予算にまつわる事例です。
西地区のまちの中に設置されている、まるで古墳?ピラミッド?のような不思議な塔。これはWormenhotel(ワームホテル)と名付けらたコンポスト。このコンポストの管理人は市民です。コミュニティ(日本でいう町内会のようなもの)がこのコンポストを設置したいと思ったら、West Begrootというアムステルダム市が管理しているコミュニティ予算へ申請をすると許可が降りて予算配分がされるという流れ。
旧来の予算規模は主に3種類あり、50万円以下、50万円〜300万以下、300万以上に分けられますが、インターネットを導入することで、より多くの市民を巻き込もうとネット公募を開始。全体予算を公表し、どの案にどれだけ分けるかを市民も含め採決を取る方法です。
市で予算が決まると、プロモーション期間があり、市民に向けて市が予算活用のアイデアを募集します。アイデアの方向性は主に3つ、「Green -周辺地域を緑化すること」「Diversity-みんなで参加できること」最後に「Sustainability-環境を改善すること」。コンポストの場合は、Sustainabilityのテーマに当てはまり採用されました。
応募されたアイデアはウェブサイトで公開されて誰でも見られるようになっており、賛同したアイデアにはSNSのように「いいね!」をつけることができます。市としても、市民が何に興味があるのか、このエリアに必要なものはなにか、意見を拾い上げるのにとても役立っているといいます。
そしてどのアイデアを採用するかという点においても、「いいね!」の数は活用されています。まず50以上いいね!がついたものについて、実現可能か市がチェックをします(場合によって、基準値となるいいね!数は異なります)。そこで勝ち抜いたアイデアは2回目の投票期間が設けられ、想定されているエリアで実際に暮らす市民に投票用紙が送られて、チェックして返送するシステム。インターネットを持ってない人でも参加できます。
アイデアは誰が出してもOK。まずはアイデアそのものの面白さ・実用性で市民に評価され、次に実現する想定で、地域住人が評価するという2段階の仕組み。とてもフェアで、気軽に参加できるようになっています。
ちなみに、アムステルダム市は北区、西区など8の行政区に分かれており、行政区によって、予算割の活動や取り組むテーマ、考え方も異なるようです。
最後に、このような市民の思いと活動を支える、行政の仕組みについてうかがいました。
「2015年以降、アムステルダム市には、CTO innovation team(Chief Technology Officerの略)という部署がつくられ、40名ほどのチームで市役所のテクノロジー化が進められています。地域予算の事業West Begrootは、この部署から始まりました。
West Begrootでは、ウェブのシステムを使った発案や投票のツールがあります。地域の予算事業は以前から同じようにありますが、電子化することで、市民が参加しやすく、透明度が増したところがポイントです」(根津さん)
市の部署であるCTO innovation teamが、まちづくりにおける電子化をリードしていくことで、今後さらにアムステルダムのボトムアップ型まちづくりは勢いを増していきそうです。