2020年春に東京・下北沢の線路跡地に誕生したBONUS TRACK(ボーナストラック)。公園のなかに集落があるような、新たなタイプの商店街として生き生きとした風景を生み出しています。前編では、この場所を管理・運営する「散歩社」の小野裕之さんに誕生のプロセスや運営のメカニズムなど、ボーナストラックにまつわるストーリーをお届けしました。
後編のテーマは、ボーナストラックからエリアを広げて世田谷のまちについて。小野さんは今後リニューアルする世田谷ものづくり学校の運営を担い、その準備を進めています。世田谷エリアへの波及や新しい地域への関わり方、そして不動産業の構造改革アイディアまで、小野さんが思い描くこれからの暮らし方やまちづくりについてお話をうかがいました。
(聞き手:公共R不動産 馬場正尊、飯石藍、木下まりこ、中島彩、小川理玖、和久正義)
地域に「投資する」という関わり方
馬場 散歩社は、旧池尻中学校跡地施設(旧IID世田谷ものづくり学校)の運営事業者に採択されましたよね。世田谷ものづくり学校といえば、廃校となった中学校校舎を再生したデザインとものづくりの拠点施設でしたが、そこをリニューアルして運営を小野さんたちがやっていくと。どのような構想でプロポーザルに手をあげたのですか?
小野 今ではデザインやクリエーションの民主化が進んで、暮らしとクリエイターとの距離が近くなったと思います。だからこれまでのものづくり学校の資産を引き継ぎながら、「民主主義の練習」ができる場所にしていきたいと思っています。
なんでも行政に任せきりにせず、例えば市民が公園を管理するNPOを立ち上げたり、オーガニックスーパーを自分たちで誘致して運営したり。もともと世田谷区は市民活動が活発なので、そうした活動が起きやすい土地柄だと思います。
馬場 今は世界全体的に「民主主義ってなに?」という状況になっていますよね。ボーナストラックでは資本主義と民主主義が幸せなかたちで融合した象徴的な現代の空間のように思えます。今度は旧ものづくり学校で新しいチャレンジをするわけですね。
小野 大人が自分の職場以外で何かチャレンジできる場所があるといいなと思っていて。「未来の仕事」と言ってもいいかもしれないですね。
会社だけに全力集中していると地域のことまで目が行き届かないし、業界内だけでしか通用しなくなってしまいます。現に最近では「リスキリング」といって国も躍起になっていますよね。みんなが想像するよりも行動しやすい状況になってる気がするので、業界を渡り歩く人が増えるといいなと思っています。
馬場 具体的にはどんなことを考えているのですか?
小野 これは僕の予想ですが、例えば大手IT企業ではこれから週休3日を選ぶ人が増えてくると思ってるんですね。IT業界では在宅ワークが中心になっているので、すでに実質週休3日ぐらいになっているかもしれません。ITの仕事って効率的に稼げるからいいんだけど、一方でそれが良い社会をつくっているという直接的な手応えを感じている人は必ずしも多くはないのではないかと思うんです。
小野 そうした人たちが余剰時間を使ってものづくり学校に来てもらい、勉強したり活動したりしてもらえる場所にしていきたいと考えています。入り口には書店をつくったりセミナーを開いたり、就業時間にも来やすいような仕掛けはするつもりです。
希望としては、地域の課題を解決したり、地域の素材を使った事業など、自分の生活の中で気づいたことを仕事に変えていってもらうこと。週に1日のコミットで月収10万円でも稼げれば、新しい仕事としても時間をかける価値を感じてもらえる可能性があるじゃないですか。週1日だけを使って小さいけど社会性のある事業を効果的、効率的にやってみましょうと、そんな暮らし方や働き方を提案していきたいと思っています。
馬場 なるほど、おもしろいね。
小野 ただ、現状ではビジネスシーンで自分を高めている会社員の人たちが、自分の余ったお金と能力を地域に投資できるような入り口が少ないですよね。それに、まちづくりには、合理的にスマートに生きてる人たちが入れない非合理性がある気がします。
だから、こういうコミットをしてもらえたら、こういうこと(必ずしも金銭的な報酬ではないこと)が得られますといった説明を加えて、これはいわば商品化、サービス化だと思うのですが、そうできる部分はしていいと思うんです。全部がゼロからのコミュニケーションから始まっちゃうと、そこまで時間をかけられない人もたくさんいるし。
だけど「世田谷プレーパーク」をはじめ世田谷にいい活動があることは確かなので、つなぎ目をちゃんとつくって入り口を整えれば、まとまったお金や必要なスキルが地域の活動に集まるかなと思うんですよね。
馬場 地域における関わり方のバリエーションをつくろうとしているのか。ただのボランティア的な参加ではなく、もっと資本主義的なアプローチですね。ちゃんと収益になったり、個人が地域に投資するシステムがもっとあればいいのに、ということだよね。
小野 そうです。まさにマイクロ投資家のような循環を生むということですね。例えば渋谷のIT企業のサラリーマンが30代で会社を辞めて、三宿でブルワリーをやるとなったら、同僚の社員たちが「100万ぐらい出すよ(投資するよ)」みたいなノリってある気がするんですよ。
そういう人たちと既存のNPOの人たちが対立構造になるのではなくて、一緒になにかに取り組めるようにしたいんです。クラウドファンディングよりも顔が見えているかたちで、ある種の投資として会社の所有権を持ちながら伴走してもらうみたいなイメージですね。投資の内容は、知識や技術、お金などいろいろあると思います。
馬場 民主資本主義の本能ってグローバリズムであり、拡大、再生産だったし、成長させていくというものだったけど、その先にはあんまり幸せな未来がなさそうだと気づいちゃったわけじゃない。小野さんがやろうとしているのは、どっちも肯定してるけれど、それをグローバルとか拡大ではない、違う欲望にスイッチする何かを模索しているんですね。そのキーワードがやっぱり「エリア」とか「地域」に立脚していて、個別解なんだけれども、民主資本主義みたいな。なんか言い表せる言葉が必要だよね。何かないかな。
小野 僕自身もウェブメディア『greenz.jp』の編集から次第にまちづくりや店舗運営をやり始めて、自分なりに地に足がついた感じがするんですよね。やっぱり新しいことを試すときには、顔の見える関係とか一緒にリスクを取れる信頼関係がないと。オンライン上だけでつながったコミュニティが推進力を持ってなにかをつくっていくことは起こりにくいわけです。
エリアで必然性や信頼関係をつくることは日本人向きだなと思うんですよ。「自分の住んでる地域がどうなってもいい」と思っている人は少ないですよね。余白のような場所をつくって、みんなが持て余してるやる気やお金、時間とかを少しずつ集めながら、ちゃんと少しレバレッジが効く事業をやっていく。コストとして一回使ったら終わりじゃなくて、ちゃんとそこに小さな個人資産、社会資産が形成されていくような事業です。対立構造じゃなくて、ある意味都合よくグローバルを使っていいしローカルも使っていいし、民主主義的でもいいし、資本主義的でもいい。選択肢は多い方がいいわけですから。
馬場 グローバル資本主義の時間帯もあれば、ローカルに関わっている時間もあって、行ったり来たりする日常があっていいんだということですね。しかもそれはオン・オフではなくてシームレスにつながっている。資産の種類はお金だけじゃなくて、関係とか心地よさがあってよくて、それを交換できる場をつくろうということだね。旧ものづくり学校は公共空間だからこそ、それがやりやすいということだね。
小野 そうですね。場所が広いということもあります。世田谷公園の周りには地元愛が強い人が多いですし、昔から続く稼ぎ方をしている土着的な方もいらっしゃるし、IT系やデザイン系、エンタメ系の方もいて、なにかいい循環が生まれる気がするんですよね。
世田谷区内を耕していく
和久 5年目以降のボーナストラックを含めて、散歩社で今後目指してることはありますか?
小野 ボーナストラックについては、いまの雰囲気を保てるといいかなと思っています。散歩社としては活動エリアを下北沢〜池尻あたりとしているのですが、新規事業を立ち上げたい人にとって魅力あるエリアをもっと増やしたいなと考えています。世田谷区は人気の場所とそうでない場所の差があって、一時的に人気の下がったエリアのテコ入れをしていかないと世田谷全体がおもしろくなっていかない。逆に言うと、大きめの物件が借りれるとか、公園の隣の物件が借りれるとかなれば、下北沢のプレイヤーだって移動する可能性があるので。
馬場 今の目線は世田谷区にまで広がっているんだね。マクロ的に編集していこうとする意志を感じる。この発想は地方都市でも展開できそうだなって思うんですよね。
小野 実は、ものづくり学校では地方都市の課題も見据えて考えています。意外と創業する人が少ないとかサービス業ばかりで収益性が低いとか、お店のオーナーが高齢化していてDX化が進んでないとか。
馬場 人口がこんなにいるのにね。
小野 高齢化したお店のDXは本人に変革を求めるだけではなくて、次の世代にバトンを渡しましょうという事業承継の問題を解かなきゃいけない。そして産業の多様化については、実は箱側の問題も大きくて。成長が著しいITのスタートアップを誘致したいなら、借りやすいオフィスと、受け入れ側のカルチャーもつくってあげないと魅力的な企業は来ませんよね。
馬場 これは建築デザイナーの役割でもあるよね。事業スキームも含めてちゃんと意図的に産業を誘致しようとすることですね。
中島 ボーナストラックのテナントに不動産屋が入ってるのも、エリア拡張の意図があってのことですか?
小野 そうですね。ボーナストラックには「omusubi不動産」という不動産屋が入っていて、町場の不動産屋としての機能はもちろん、世田谷エリアに変化を起こすためのいち機能にもなっています。ボーナストラックに入居できないテナントさんもけっこういるので、周辺に出店したいというニーズの受け皿になっています。
このエリアは一種低層住居専用地域で住宅が多いですが、ピンポイントで場所を狙って出店したい場合は、一般の住宅を店舗兼住居に転用するケースがあります。そのやりとりは散歩社ではできないので、まちに変化を起こしていくうえで不動産屋の役割はかなり大きいです。ものづくり学校にも不動産会社が入る予定になっています。
飯石 不動産会社とチームをつくって、町場のオーナーさんとコミュニケーションがとれる体制づくりが重要ってことですね。
小野 世田谷エリア周辺でおもしろい動きが活発に起こるといいなと思ってます。ボーナスラックがおもしろい店の集合体であり続ければ、世田谷内の他の地域に魅力的なプレーヤーを送り込むことができそうだなと思うので。だからこそボーナストラックが寂れるわけにはいきませんね(笑)
家賃の現物出資と株の所有
不動産の収益構造を考え直す
馬場 ボーナストラックは定借20年のうちの、まだ4年目ですよね。
飯石 20年というタームはどう考えているのですか?
小野 ちょうどいいですね。ものづくり学校は10年間で、ちょっと短いなと思ってて。ボーナストラックは開業時期がコロナだったので特殊かもしれないですが、最初の2年間で仕組みづくりやイベント企画などをけっこうがんばりました。そこで独自の生態系が生まれて、それがこれからも長く続いていくんだろうなという感覚があるんです。だからものづくり学校も最初からしっかり頑張ろうって思っていています。一緒の場所で事業をやるうえで、大きな夢を掲げて「一緒に実現しましょう!」という話も必要だと思います。そうすると時間がいくらあっても足りないから、飽きずにやれるはず。
実はボーナストラックのテナントさんにも「2店舗目、3店舗目をこの中から飛び出してエリア内に物件を借りて一緒にやりましょうよ」と話していたりするんですよ。場所を探したり、お金のことや人のことも一緒に解決したり、テナントさんたちに伴走していきたいと思っているんです。
馬場 ここのプレーヤーたちと一緒に会社をつくって新しい事業を始めるとか、ありえそうだよね。
小野 実際にそういうことも考えていますね。
馬場 生態系ってそういうことだよね。
小野 不動産の収益構造自体を考え直すきっかけにもなるだろうなと思っています。一般的に不動産オーナーにとってテナントさんとは、あくまでも賃貸契約期間中に家賃をもらうだけの存在です。だけど本当は店舗ビジネスにとって店の位置ってすごく大事なので、もっと長い付き合いになってもおかしくないですよね。
だから例えば「家賃をタダにするから、株30%を持たせてよ」という家賃のもらい方もあると思うんです。「その代わりに10年後に上場してね」とか「10年間で10店舗ぐらいは展開してね」といった具合に。安定的に利益が1000万以上出るような事業体になってからゆっくりと家賃をもらうようなパターンもあっていいわけなので。ファイナンスに余裕があるオーナーであれば、もっと長いスパンで考えてもらえると良さそうだと思うんです。逆にそこまで踏み込まないと、駅前の大型商業ビルの開発はおもしろくなっていかないですよね。全部じゃなくて1区画だけとかでもいいわけですし。
馬場 今後、再開発事業のプロポーザルがあったら一緒に組んで、収益モデルもデザインして出してみたいですね。このロジックでいけばいいコンテンツが集まりやすくなるし、エリアマネージメント組織と関係を持たせてやれば、再開発が進む資本主義の上においても成り立ちそうな気がしますよね。
小野 いいねですね。本当にそう思います。僕の発想って結局ベースは資本主義っぽいんですよ。
馬場 だから気持ちいいんだよ。信頼して話ができる。再開発のモデルはどこかで成功してきた店やブランドを発掘して、その何店舗目かを出すというセーフティーネットを張っていて、それは当たり前だとは思う。だけどそうではなくて、うまくいけばパン!と跳ねるモデルに挑戦してもいいはずだよね。
飯石 そこの目利きと伴走ができる人がオーナー側にいるかどうかが重要ですよね。
馬場 大企業がやれるベンチャー支援ってそういうことかもしれない。
小野 VC(ベンチャーキャピタル)がちゃんとチームにいることも重要ですね。出資するものは、家賃の現物支給でもいいと思います。
飯石 最近、山口県の山陽小野田市で行政がLABV(Local Asset Backed Vehicle:官民協働開発事業体)という新しいスキームを使って開発を進めていて、土地を現物出資して、いくつかの物件を連鎖的に開発していく手法をとっているそうです。
行政は「タダでもいいからやってください」という状況になっていて、そこに大学のキャンパスと行政施設と商工会議所が入るそうです。そこでは山口銀行のチーム(YMFG ZONE)が動いてるんですよ。一つ目がうまくいったら次の種地が用意されていて、そこに連鎖的に入っていける。行政は最初には資金源がないけど、一つ目でちゃんと利益が出れば次に行けて続いていくという仕組みです。
小野 オーナーシップをとってるのが一番賢いですよね。すでに土地を持っている行政やデベロッパーがその土地を現物出資するのはリスクもないし、数字の移動は見立てでしかないから。
木下 この新しい不動産の収益構造をドライブさせるためには、どんなことが必要だと思いますか?
小野 小さくてもいいので、まずは事例が必要ですよね。既存の制度を使って小さく実現できることはいくらでもあると思います。家賃ゼロ物件のアイディアは、「タダにする分、株を提供してください」という話ですが、それはこれまでも普通に商取引で行われていることなので。ひとつ実現しちゃえば「割といけるね」となると思うんですよね。
山口銀行の話もありましたが、地銀の七割が本業で赤字状態になっている一方で、事業性のお金はたくさん眠っているそうです。だから融資だけじゃなくて、積極的に投資もやっていくべきですよね。気づかないうちにこそっと小さな事例をつくって、その事例を大々的に広めていくのがいいと思います。
まちづくりをするプレイヤーは「自分たちでリスクを取りながら、小さく始める」という考え方が定説でしたが、そんなにすべてのケースで全額、金銭的なリスクをとる必要はないと思うんですよ。資金力のある人や企業を説得して、大きな資金を出資してもらうというフェーズに変わっている案件も増えてきたと思います。
人前でアクションを起こしていく
小川 冒頭に話は戻りますが、小野さんの目線で地域を「パークナイズ」していくとしたら、どんな切り口があると思いますか?
小野 人の目に見えるところで、自分がやりたいことを試してみる。公園はその練習をすることが許されている場所だと思います。日本の方たち公園の使い方があまり上手くないなって思うんですよね。本来はみんなのための空間なのに、周りの目を気にして自由に振る舞ってはいけない雰囲気を感じているというか。
なぜかというと、日本は御上(政府や役所)が強くて、自分たちで切り開いている感覚が少ないからだと思うんです。一般論ではありますが、欧米では自分が何者かをアピールしないと自分の幸せを勝ち取れないので、必然的に公共空間の使い方がうまくなるというのはある程度真実だと思うんですよね。日本ではそれをやらなくても認めてくれる御上がいて、そこに従っていれば生きていける。だけど近年では御上と民衆とがズレてきているので、これだけ「公共」という概念にも興味が持たれ始めているし、外での振る舞いにも意味を持ってくるわけです。
小野 試しにマーケットに出してみるとかいいんじゃないですか。家の軒先に自分の読んだ本を並べてみるのでもいいかもしれません。「まだ趣味なんで」とか言い訳しながらでも、まずやってみることが大事。それが新しい事業につながるかもしれないし、「うちで働きなよ」って声がかかるかもしれないし、単純に自分の好きなことを通じて友達が増えたら幸せを感じられるかもしれないし。
木下 アクションをつくること自体が「パークナイズ」ということですね。
馬場 僕たちは空間発想だけど、小野さんの場合はアクションが発想のもとになっているんですね。おもしろいな。
小野 外の使い方だけじゃなくて、店の使い方もかなり肝ですね。日本は家が狭くてなかなか人の家に行くハードルは高いですし、外でどう振る舞うかがすごく大事。そうしないとその人の人格がわからないですよね。インスタみたいな感覚で、リアル空間でなにかしてみる。そうした動きが連鎖していくといいですよね。
馬場 そうですね、こういったアクションの積み重ねで少しづつ変わっていくのかもしれない。今日はボーナストラックでのトライアルも世田谷での今後の構想も、新しい視点をたくさんもらいました。ありがとうございました!
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