時代の変遷とともに、地域に必要な場所を作り続けてきた高橋社
「ちはや公園」が位置する福岡市東区千早は、市の中心部である博多から電車で10分ほど。近年では、駅周辺の開発が進み、高層マンションや生活利便施設が続々と建設されるなど、ベッドタウンとして発展を遂げてきました。JR千早駅が開業した20年前には9600人ほどだった人口も、2023年7月末時点で1万7471人と約8000人弱増加しており、子育て世代を中心に人気のエリアになっています。
ちはや公園があるのは、駅から徒歩10分ほどの幹線道路に近い場所です。繊維メーカーとして、1937年に創業した高橋株式会社は、1959年にこの土地を工場用地として取得。ところが、当時はレジャー人気が急速に高まっていたことから、時代のニーズに応えるため事業転換し、65年に「西日本ゴルフセンター」を開業しました。その後も、同敷地内に西日本初の流れるプールや、ボウリング場、アイススケートリンク、フィットネススタジオなどを開業し、「スポーツガーデン香椎」として長く地域住民に愛されてきました。しかし、建物の老朽化を原因に解体・閉業することを決定。跡地を活用して、これまでの地域とのつながりを継承しながら、今の時代に見合った居場所を提供するため、広場を併設する複合商業施設「GARDENS CHIHAYA(ガーデンズ千早)」の計画が立ち上がりました。
2021年、第1期として、「食と健康」をテーマにした体験提供型商業施設「ガーデンズ千早」をオープン。この街で素敵な思い出を重ねていきたいと願う“千早ファミリー”に向けた施設で、高橋社の事業の柱でもあるフィットネスはもちろんのこと、「暮らし」を軸にした飲食や医療、物販等が入居しています。さらに特徴的なのはシェアキッチンも併設されていること。飲食で新規事業を始めたいという方のチャレンジを応援する場所にもなっています。
そして同時期に、次の開発として併設する広場についても検討をスタートしました。
社長の高橋彦太郎さんは、計画が立ち上がった頃をこう振り返ります。
「千早には新築の分譲マンションが増え、世帯数や人口も増加していますが、暮らしを支える商業施設はあまりありませんでした。そこで、建て替えにあたって食や健康をサポートする商業施設をつくることにしたのですが、せっかく我々がやるなら、街に開いた場所にしたいと考えたんです。さまざまな広場併設型の商業施設や公園を視察し、たどり着いたのが、いわゆる“商業施設の広場”ではない、地元の人にいつでも足を運んでもらえる“公園”でした。これまでもボウリング場が国民体育大会や婚活イベントの会場になるなど、行政や民間など関係なく地域に開いてきたので、そうしたつながりを持つ場所が『公園』に変わるという感覚でした。同時に、緑が少ない千早に子どもたちが快適に遊べる緑豊かな環境をつくりたかったんです」
「公園」という言葉に、公共性を委ねる
「公園」と聞くと、行政が所有・管理する場所を思い浮かべませんか。
しかし、公園を名乗るために必要な条件は一切ないとのこと。計画当初からプロジェクトに携わり、現在は事務局長を務める上野敬之さんが、ここをちはや公園と名付けて地域の皆さまに親しみをもって欲しいと市役所に伝えたところ、行政サイドからも肯定的な反応があったそうです。
「名称を決定する際、『○○広場』などの案もありましたが、もっと公共性のある印象に振り切りたいと考えました。“公園”という言葉には、誰もが幼い頃から馴染みがあり、“街のみんなのもの”という感覚を持っていますよね。『ちはや公園』と名付けたことで、目的がなくてもふらっと足を運べる場所になったと感じています。実際、オープンの翌々日には、近所の幼稚園のお散歩コースにもなっていて、商業施設の延長としての広場では見られない風景が生まれているのが印象的でした」(上野さん)
こうした高橋社の思いは、「暮らしたのしむ、まちのオープンリビング」というコンセプトにも表れています。「自分のライフスタイルの中に、ちはや公園やガーデンズ千早で過ごす時間を組み込んでもらいたい」と上野さん。本を読んでも、走り回っても、寝転がっても良い。自宅のリビングのように自由にくつろぎ、この街で過ごす日常をいつもより少し豊かにしてほしいという想いが込められています。
個性あるスポットを点在させ、各々の居場所を創り出す
ガーデンズ千早の東側、敷地面積4145㎡の場所に計画されたちはや公園には、中央に大きな人工芝エリアが広がり、それを囲むように、7つの店舗が入る6棟の建築と3つの小さな芝生エリアが点在しています。テナントは、公園と親和性の高い店舗を積極的にリーシングしたとのこと。飲食店を始め、フラワーショップやドッグサロンなどで構成されています。
各建築の周囲には、床の仕上げを切り替えた「ガーデン」と呼ばれるスペースが設えられており、店舗の内外がゆるやかにつながっているような印象を受けます。ちはや公園のデザイン監修を担当したOpen Aの及川潤さんは、「商業施設を含めた計画全体の顔になる場として、『ガーデンズ』という言葉を体現するように、小さな居場所(ガーデン)が折り重なる公園を目指した」と話します。
「多様な屋外空間をつくることを念頭に置き、『ガーデン』『シェード』『ルート』の三つを設計の軸に設定しました。ガーデンは、公園店舗の周辺に加え、ガーデンズ千早のエントランス周りや壁面沿いにも計画しており、各場所の個性が滲み出すスペースになっています。シェードは、文字通り影が落ちる空間。このエリアは日差しが強いため、たくさんの樹木を植えたり、庇を伸ばして軒下空間をつくったりと、心地良く過ごせる居場所を用意しました。庇は、建築ごとに高さや勾配、素材を変えることで、あえてばらばらな印象をつくり、多様な過ごし方を促しています。そして、ガーデンとシェードをつなぐのがルートです。ただ、明確に何かと何かをつなげるのではなく、小さなガーデンを囲む道や、緩やかにカーブする道によって公園全体に回遊性を持たせることで、遊び心を感じて自由に歩き回ってもらえるようにしました」(及川さん)
また、Open Aとテツシンデザインが協働したサイン計画では、多様さを重視した建築に対して統一感を意識したそう。各テナントの名称は、屋外の旗のようにデザインし、ルートに沿って配置。さらに、それぞれの業種を端的に表現した壁面の大型アイコンが、店の情報をシンプルかつ分かりやすく発信しています。
地域住民の“やりたい!”をサポートする運営体制
ちはや公園の運営において特筆すべきは、高橋社だけでなく地域の方と共に公園を運営する仕組みがつくられていること。こうした運営のスタイルに至った経緯について、上野さんは「地域住民の方々が主役になる公園にしたかった」と話します。
「まず、地域の公園としてやっていくに当たり、ここで開催するイベントで得た収益やリソースの一部を地域に還元したいと考えました。しかし、我々が高橋社としてやってしまうと、単なる一企業の地域貢献になってしまう。そうではなくて、地域の皆さんに参加してもらいながら、一緒にこの公園、このエリアを良くしていきたいと考えたんです。そこで、千早に深い関わりがある方々に声を掛け、ちはや公園の運営に取り組む協議会として『ちはやをよくする会』を発足しました。開業からの1年間は運営事務局である私たちがイベントを企画してきましたが、今年からは街の人からやりたいことを寄せられることや街のイベントに声を掛けられることも増えました。今後はそうした声を拾って、協議会のメンバーとしっかりサポートしていきたいと考えています」(上野さん)
ちはやをよくする会は協議会メンバーとアドバイザーで構成されています。高橋社を含む協議会メンバーは月に一度の定例会議で、運営の方針を議論・確認したり、新たな企画についての検討を行います。その内容を3ヶ月に一度実施されるアドバイザーとの定例会議で報告し、公民連携や地域創生、まちづくりなどさまざまな分野の専門家からのフィードバックや提案を受けて、試行錯誤を繰り返しながら運営に反映しています。
昨年の夏からは、多様な地域住民との接点をつくるため、SNSで告知し「ゴミ拾い活動”CHIHAYA CLEAN ACTION”」を定期的に行っているとのこと。当初は2、3名だった参加者は徐々に増え、最近では25名ほどが参加するようになったそうです。そこで前回からは、これまでとやり方を少し変えて、「ゴミ拾いはあくまでも手段、目的は街の人と仲良くなり、横のつながりをつくること」という趣旨を設定し、ゴミ拾い後にコーヒータイムが設けられています。
「開催前は、参加者の皆さんがコーヒータイムまで残ってくれるか不安でした。しかし、いざやってみると全員が最後まで参加してくれました。近くで福祉の仕事をやっている方から公園を使ってやりたいことがあるという意見を聞いたり、数ヶ月前に引っ越して来た方からは知り合いがいないので参加しましたという相談を受けたりして、いろいろな会話ができたのが印象的でしたね。こうやって、私たちと地域の方、更には地域の方同士の関係性を地道に築いていき、ちはや公園でやりたいと思ってもらえること、そして、できることを増やしていきたいです」(上野さん)
地域住民の声に耳を傾け、地域のネットワークをつなぐ公園長
ちはや公園の運営について語る上で欠かせないのが、“公園長”の存在です。公園長はちはや公園の「顔」として公園に常駐し、公園のマネジメントを行いながらも、日頃から地域住民とコミュニケーションを取ることで、利用者のニーズや意見を丁寧に汲み上げていく役割を担っています。「名前をどうするかの議論はありましたが、スポーツクラブに支配人がいるように、公園にもその場の顔となる長を置くというのは、素直に導き出された考えでした」と高橋さん。
「『スポーツガーデン香椎』の運営を通じて、顔の見える関係が、そこにいる人への思いや記憶、場所への愛着を醸成することを身に染みて感じていました。お客さんが我々に関わりたい時に関われる選択肢をつくっておくことは、私たちが提供できる大きな価値だと考えています」(高橋さん)
この公園には禁止事項がほとんどありません。中央の看板には、公園のコンセプトを掲示し、ポジティブなメッセージを発信しています。禁止事項を羅列した看板を目立つところに置いて威圧感を与えてしまうのではなく、自由に過ごしていいという過ごし方のモードを感じ取ってもらう。そんな意図で看板の記載内容も検討し、設置に至っています。
危険な行動を見つけた場合は、公園長や運営チームが都度コミュニケーションを取り、公園の趣旨を丁寧に説明することで、理解を促しているそうです。「開業当初はスケートボードで乗り入れたり、夜中に入ってお酒を飲んだりする方もいましたが、“みんなで譲り合って心地良く使う場所”であることを一度説明すると、みなさん理解してくれます」と上野さん。対話や民地だからこそできる管理によっていつでも快適な環境を保つことで、各自に公園を綺麗に使う意識が根付いていっているのかもしれません。
地域の魅力を発掘し、千早のファンをつくる
上野さんは、「私たちは地域をつなぐハブになりたい」と、開業から約1年半が経ち、ちはや公園が地域の大切な場所として認知されてきた今も、さらに意欲的な姿勢を見せています。開業当時から設置されているエリアマップ「GARDENS MAP」には、千早エリアの公園や公開空地と、ちはや公園から各所への自転車での所要時間が示されており、敷地内に置いているレンタサイクルを使って街を回ってもらうことを狙っているそう。
また、高橋さんは「公園や施設の魅力だけでなく、街の魅力を発信できるようにならないといけない!」と今後の展望を熱く語ってくれました。
「ただ公園として存在するのではなく、千早での日常を切り取って魅力として発信する媒体になりたいと考えています。コンセプトにある『暮らしたのしむ』という言葉通り、ちはや公園で過ごす時間だけでなく、千早に暮らすこと自体を楽しんでほしい。
ちはや公園ができたことで、ガーデンズ千早の来館者数も増えており、商業的にも良い影響があることを実感しています。次のステップとして、私たちが発信する情報によって、千早に訪れる人が増え、通うファンができ、そして住む人が出てくるというストーリーが生まれることが理想ですね。そのためにもしっかり準備をして、発信力という新しい強みをつくっていきたいです」(高橋さん)
千早のファンをつくることが、ちはや公園の未来、ひいては千早エリアの未来をつくる。
ちはや公園を起点に人を呼び込むだけではなく、街全体を底上げしようとする姿勢は、公共性の高い取り組みと言えます。地域住民と共に育む公園は、これからの街の様相をどう変えていくのでしょうか。次なる展開が非常に楽しみです。
プロフィール
高橋彦太郎(高橋株式会社 代表取締役)
2000年高橋株式会社に入社後、新規にスポーツクラブ事業を立ち上げる。2008年に高橋株式会社 代表取締役に就任。時代の変化やまちのニーズにあわせてスポーツ・レジャー、フィットネス、飲食、農業、海外進出支援事業、商業施設などさまざま事業を展開・運営している。
上野敬之(高橋株式会社 不動産事業部 地域連携課/ちはやをよくする会 事務局長/アークフィールド株式会社 担当)
2017年農業部門責任者として入社。農事業の立ち上げと同時に本社経営企画業務などを経験し、ガーデンズ千早/ちはや公園開発に携わる。本年度不動産事業部地域連携課兼務となり、協議会事務局長として、まちのオープンリビングを目指し日々活動中。
及川潤(株式会社オープン・エー)
1995年生まれ/工学院大学大学院建築学専攻修了後 2020年Open Aに入社。ちはや公園の他、和多屋別荘BOOKS&TEA三服、旅館大村屋客室・ラウンジバー改修等を担当。
執筆:金子紗希
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テーマは「PARKnize=公園化」。今、人間は本能的に都市を再び緑に戻す方向へと向かっているのではないだろうか、という仮説のもと、多様化する公園のあり方や今後の都市空間について考えていく一冊です。
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