団地の豊かな屋外空間に広がる、楽しみながら防災を学ぶ風景
豊かな自然が色濃く残る東京の西エリア、町田市のほぼ真ん中に位置する町田山崎団地は総戸数が4000戸近くもある大規模な団地です。ここはUR都市機構(以下、UR)が手がける都内の団地の中でもトップクラスの規模となっており、敷地内には商店街や郵便局、図書館に幼稚園などがあって、まるでちょっとした街のよう。低層の住棟群、遊歩道、主張することなく佇んでいるベンチや植栽など、そこには団地特有の牧歌的な風景が広がっています。
主催はUR、町田山崎団地自治会・自主防災会(以下、自治会)、山崎団地名店会(以下、商店会)、企画運営が株式会社良品計画(以下、良品計画)。そこからさらに多数の企業や大学などの協力を得てフラットな関係で協働してつくりあげる「DANCHI Caravan in 町田山崎」(以下、DANCHI Caravan)は、防災というテーマを掲げながらも決して固さはなく、楽しさと遊び心に溢れるイベントです。イベントが始まった当初は参加団体も少なかったそうですが、継続開催する中で参加団体の数も増え、さらに自治会や商店会の自主企画も生まれ、今ではすっかり地域を巻き込んだ一大イベントとなっています。
当日は様々なコンテンツが展開されますが、中でも災害時を想定して団地内にテントを張って一泊する「団地 de キャンプ」や、団地の住人を対象とした「安否確認訓練」などは、イベントがただの楽しいものではないことを物語っています。これらは防災についての体験的な学びというよりも、本当に災害が起きた時の予行練習という意味合いの方が強いように感じられます。
とはいえ、決して参加のハードルが高いわけではありません。イベントではバンド演奏やお絵描きワークショップ、工作体験などの他、キッチンカーや出店も立ち並び、ふらっと立ち寄れる企画もふんだんに盛り込まれています。
本気の防災を学ぶことができる一方、誰もが気軽に参加することができるフレンドリーなイベント……この両義性が、「DANCHI Caravan」に奥行きを与えています。
はじまりのきっかけは団地の屋外空間の魅力向上を目指した社員の声
きっかけは2015年にURで行われた社内コンペでした。日本最大の大家ともいわれるURが管理する住宅は実に70万戸以上ありますが、国策として住宅を供給する役割はすでに果たしています。一時期のように団地に住まうことがトレンドでもなく、団地が数ある選択肢の一つとなった今では、URにとって団地の差別化と価値の再定義が課題となっています。
このような背景もあって、UR社内向けに団地の新規プロジェクトを募るコンペが行われました。
コンペには、URの抱える課題をまさに“自分ごと”として考えていた若い世代を中心にエントリーが集まり、URの一番の魅力は「屋外空間」にあると考えていた4人が提案したのが「DANCHI Caravan」でした。コンペでは団地の場所に縛りはなかったのですが、一定の規模があり、豊かで大きな屋外空間があることや、アクセスがバスゆえに賃貸住宅としての価値付けが課題となっていることなどが理由で町田山崎団地を選びました。コンペのメンバーの一人で、今も「DANCHI Caravan」のプロジェクトメンバーの中心的な役割である所さんは、「民間賃貸としての競争も激しくなってきている中、差別化という意味でも団地の価値を見直さないといけないと感じていました。そう考えたときに、やはり団地の一番の魅力は建設当初に綿密に練られた配置計画と長い年月をかけて育ってきた豊かな屋外空間だなと。それをUR自らが積極的に活用してくことで、団地の屋外空間の持つワクワク感を自分たちなりに楽しく発信していくことができないかな、と考えていました。」と振り返ります。
パートナーとしての良品計画。新たな視点が加わりイベントとしての強度が増す
さて、「DANCHI Caravan」を多声的なイベントにすることを目指したURのプロジェクトメンバーは、企画・運営として良品計画をパートナーに迎え、実施に向けて動き出しました。
良品計画といえば、衣服、生活雑貨、食品という幅広い商品の製造・販売だけでなく、「無印良品の家」という住宅事業を展開したり、キャンプ場を運営したり、カフェ・レストラン「Café&Meal MUJI」を展開したりなど、私たちの生活そのものに深くアプローチしている企業です。良品計画が企画・運営として加わるようになってからは、開催に向けての動きが一気に加速しました。
良品計画と話し合いを重ねる中で、防災をイベントの主軸に置くという方向性が見えてきました。URでは、団地の持つ豊富な屋外空間が災害時の避難場所としても有効ではないかと考え、また良品計画では日々の暮らしの中に防災グッズと防災の知恵を組み込むことを提案する「いつものもしも」という独自の活動を展開していたこともあり、防災というテーマは双方にとっても重要な位置づけでした。担当となった良品計画の石川さんは、当時良品計画のキャンプ事業の責任者としてアウトドア活動をリアルに実践していたので、アウトドアと防災に関しては文句なしのエキスパートでした。
石川さんは「団地で継続的に行っていくイベントであればイベントに軸を持たせなければならない。ただ楽しいだけではなく、防災という要素を入れることで、イベントとしての強度が増すはずだ」と直感したと言います。
継続開催することで変化してきたURと自治会・商店会との関係性
「DANCHI Caravan」を継続する中で、自治会や商店会との関係にも徐々に変化がみられるようになりました。
イベントが始まった最初の1〜2年は、「大家であるURが何かやっているから付き合うか」という空気感が少なからずありました。先述したように、自治会には自治会の、そして商店会には商店会のそれぞれの課題や日々の業務があったので、イベントに前のめりに参加できなかったのも無理ないかもしれません。
しかし、URの担当者が足繁く団地に通い、東奔西走してイベント関係者間の調整をする様子を見ているうちに、自治会や商店会も少しずつ意識が変わっていったそう。
住人の高齢化や空室率の増加、そして商店街の空きテナントの多さなどは大家としてのURの課題でもありますが、むしろこれらは現在団地に住まう人にとっての切実な問題です。住人が減り、商店街の活気が失われていくことに対してただ見ているだけではなく、団地を魅力的にするために主体的にアクションを起こそうではないかと、自治会や商店会のメンバーも、イベントに対して少しずつ主体的にアクションするようになっていきました。
「DANCHI Caravan」をきっかけとして生まれた取り組みとして、「ぼうさいお片付け」があります。「ぼうさいお片付け」は災害時に自宅が安全な場所となるように自治体と企業が連携して主に高齢者の自宅の断捨離をして、家具や家財道具の転倒を防ぐというプロジェクトです。自治会長の佐藤さんは自分自身も20年以上団地に住んでいて、住人の高齢化や住人同士の交流が減っていることに危機感を感じていたそうです。80代の佐藤さんは、かつて団地内をともに歩いていた友人の多くが、足腰が弱くなってきたことにより昔のように外を歩かなくなってきたことを知っています。彼らを引っ張り出すことはできないけれど、せめて災害時に彼らの生活を守ることができたらとの思いから、このようなプロジェクトが生まれたのかもしれません。
また、商店会でも新たな動きが生まれています。2009年から町田山崎団地に飲食店を構える綾野さんは商店会長となって1年目とのことですが、それ以前から「DANCHI Caravan」には商店街の一店主として関わってきました。
生まれ育ったのは団地の近隣地区だそうですが、幼少期から団地内の駄菓子屋に出入りしていたので、団地は故郷同然の場所です。綾野さんが町田山崎団地に飲食店をオープンさせたのも、思い入れのある団地の商店街を自分が入ることによって少しでも盛り上げようと思ったからであって、自身もイベントに関係なく団地の活性化を実践していた一人でした。
商店会では、「DANCHI Caravan」の参加以外にも、自主企画として隣の町田木曽住宅と連携したハロウィンパーティーなどを企画しているそうです。綾野さんは「小さいことでもまずはやってみて、自分たちで団地を魅力的にしていきたい」とまっすぐに言いました。
実際、オープン当初は商店街に空きテナントが目立っていましたが、ここ数年で徐々にテナントが埋まり、新しいお店が次々オープンしています。この嬉しい変化は、「DANCHI Caravan in町田山崎」を継続開催したことで、団地の魅力が外にも届いているということなのかもしれません。
大学との連携により、団地空間が学びと実践のフィールドに
町田山崎団地の隣に新キャンパスを構える桜美林大学も、「DANCHI Caravan」に新しい風を吹き込んでいます。
町田に2つのキャンパスを構える桜美林大学は、かねてからゼミ活動において団地の活性化プロジェクトを継続的に行っていました。実際に団地の自治会と連携して進める実践的な学びなので、団地は学生にとって格好の学びのフィードとしてしっかりと機能していたということです。
また、2020年に新キャンパスに入った芸術文化学群の学生も、サークル活動において団地の屋外空間でプロジェクションマッピングやライブペインティングを行い、発表の場として活用していました。そんな経緯もあり、桜美林大学が「DANCHI Caravan」へ参加することは、自然な流れだったのでしょう。
イベントに参加する学生を統括している桜美林大学の地域・社会連携課の堤田さんは、「自分たちが特別に地域に開いているとは思っていません。逆に足りないくらいかなと思っています」と言います。桜美林大学にとって地域に開く・地域と連携することは当たり前だそうで、「隣に新キャンパスができることを楽しみにしている住民の方もいたと思います。だから、何をやっているかわからないお隣さんになるのではなく、自分たちから積極的に開いていきたいですよね」との頼もしいお言葉が。
今回、桜美林大学が用意した企画は、演奏会やアニメ制作ワークショップなど複数ありますが、独自企画以外にも他の参加団体のサポートやイベント全体の運営メンバーとしても領域横断的に動き、縁の下の力持ちとして活躍していました。
DANCHI Caravanから生まれた「あたらしい自治」のかたち
「DANCHI Caravan」をきっかけとして、すでに当初の想定を超えた新たな動きが随所で起こっています。
イベントに向けての参加団体の関わりについては前述の通りですが、イベント開催時期以外にも参加団体が小規模な催しを企画したり、イベントへの参加単位が団体から個人レベルにも広がってきたりと、「DANCHI Caravan」がきっかけとなって方々で小さな動きが生まれています。
「DANCHI Caravan」は団地の住民限定のイベントではありません。
第2回から企画運営に関わるURの小久保さんは、「企業とのつながりがどんどん幅広く深くなっていることは大きな成果だと感じている。これからは企業や団体に限らず個人とのつながりも広げていきたい」といいます。
また、「このイベントをきっかけに、おもしろそう、なにかやりたい、という方が一人でも多く現れてくれたら嬉しい」とURの岡本さんは言います。
本来はプライベートであるはずの居住空間で行われるイベントでありながらも誰に対しても開いていこうとする姿勢は、新しい公共的空間の形なのかもしれません。
「防災」をコアにした団地コミュニティにおける”共助”のあり方とは
「防災って、結局はコミュニケーションだ」とURのプロジェクトメンバーや良品計画の石川さんは言います。イベントではテントの張り方やかまどベンチの使い方など、実践的な防災の知恵を学びますが、結局何かあった時に役に立つのは、日頃から近隣の人とコミュニケーションをとって人間関係を構築しておくことだと言います。友人にならなくてもいい、挨拶程度でもいい。言葉を交わしたことはなくても、そこにどのような人が住んでいるかを知っておくことが大事なのだと。
例えば災害時に住戸から人を救助するとき、そこに何人住んでいるのか、子どもやお年寄りはいるのか、足が不自由な人はいないかなど、その家の事情を日頃から知っておくことで迅速な救助活動ができます。また災害時に通信手段が遮断され、一切の情報が入ってこなくなった際に役に立つのは、地元のラジオ局のようなローカルメディアになります。物資が不足した際にも、地域の商店との連携で数日は凌げるかもしれません。このように、半径数百メートル〜数キロの人間関係が、いざという時のセーフティネットになるような気がします。
「DANCHI Caravan」には多くの活動団体が参加していますが、イベントを通じて相互理解が深まり、新たな繋がりがたくさん生まれています。それぞれの持つ専門性や得意分野を確認し合いながら防災の知恵を出し合い、防災をテーマとしたイベントでどのようなアウトプットができるか、さらには本当の災害時に何ができるかを考える。このプロセスこそが、防災の第一歩なのではないでしょうか。
非日常のイベントのエッセンスが、日常的なコミュニケーションを生み出すようになってきている状況に、団地における共助のありかたを垣間見た気がします。
暮らし方や働き方が多様化しているこのご時世において、理想とする団地のあり方も一つではありませんが、誰もが被災者となる災害時に、身近にいる人同士が互いに助け合う、「防災」とコアとしてそのような土壌が醸成されつつある町田山崎団地に、団地の未来を感じました。