コスモスイニシアの新規事業
公共施設等を活用したアウトドアリゾート「エトワ」
不動産デベロッパーとして、首都圏を中心に多様な不動産開発を手がけるコスモスイニシア。近年では新規事業にも積極的に取り組み、インバウンド向けのアパートメントホテル「MIMARU(ミマル)」やキッチンやリビング・ラウンジを備えたシェアオフィス「MID POINT(ミッドポイント)」といった運営事業も展開しています。
そんなコスモスイニシアが新規事業の次なる一手として取り組むのが、公共不動産を利活用する官民連携事業です。その第一歩としてETOWA(エトワ)というブランド名でアウトドアリゾート施設の企画と運営に着手し、2020年7月に茨城県笠間市の公共宿泊施設をリノベーションして「エトワ笠間」を開業。続いて2022年12月には、千葉県木更津市の廃校を活用した「エトワ木更津」がオープンしました。
なぜ不動産デベロッパーであるコスモスイニシアが公共不動産を活用した事業を手がけることになったのでしょうか。お話をうかがったのは、R&D部門 新規事業推進一課 課長の田片有利さんと同課の本木寧々さん。事業のプロセスを振り返っていくなかで、その根底には「地域と共に、その土地ならではの新しい価値をつくっていきたい」という熱いビジョンが見えてきました。
まずはエトワシリーズ第一号となったエトワ笠間の概要と誕生のプロセスから振り返っていきます。
非日常な自然の中で会話がはずむ「エトワ笠間」
東京駅から電車で90分ほど。愛宕山(あたごさん)の頂上まで登り、エントランスを抜けると一気に視界が開け、地平線と水平線を同時に一望できる特別な空間が広がります。
エトワ笠間はかつて笠間市が運営していた宿泊施設「あたご天狗の森スカイロッジ」を活用したアウトドアリゾート施設。10棟のキャビンをリノベーションしたほか、6棟のテントを新設し、さらに共有部として既存施設を生かしたフロントとシャワールームのほか、見晴らしのいい広場にはアウトドアバーやファイヤーピットを設けました。
施設が持つ潜在的な魅力を引き出しながら新しい世界観を生み出す計画は、不動産を通じてより豊かなライフスタイルを提案するコスモスイニシアだからこそ成せる技です。
そもそもエトワシリーズはどのようなコンセプトで誕生したのでしょうか。田片さんはこのように話します。
「弊社では大都市圏を中心に住宅を販売してまいりましたが、その中で、住まいだけでなく、自身の生活をより豊かにしたいというニーズを感じることが少なくありません。特に大都市でのライフスタイルに目を向けると、生活は日々、情報化や効率化が進み、これから先もその発展が留まることはないように感じられます。
であるが故に、都市生活者にとって、都心を離れた地域での普段は得ることができない『ゆっくりとした時間を感じられる経験』や『自然の中で五感を呼び覚ます経験』など、人としての本質的な欲求を満たすことの価値が高まり、そこにビジネスが発生するのではないかと考えたことがエトワの出発点です。
なので、エトワは首都圏にお住まいの方をメインターゲットに想定して事業企画を推進しています。東京から1〜2時間くらいの距離圏で、ショートステイをしながら地域の魅力を感じてほしい。非日常な自然の中でゆっくりと家族や仲間同士で会話を楽しんでほしい。その結果、心身ともにリフレッシュでき、日常へ戻った後も日々の生活を一層楽しみ、仕事のクオリティも向上させられる、そんな時間の過ごし方や経験を提供したいという思いを込めてサービスを提供しています」
地域課題の解決と公共不動産への挑戦
ところで、なぜ不動産デベロッパーであるコスモスイニシアが公共不動産を活用した事業に踏み込んだのでしょうか? その背景には、時代の変化を見据えた戦略と社会課題がありました。
「弊社では、将来の住宅やオフィスの需要を考え、新しい価値をお客さまや社会に提案し続けることをミッションにしています。
これまでもこれからも不動産を扱うことをベースにしつつ、マンションの開発・販売といったB to C領域の事業はもちろん、収益不動産の開発・仲介・管理などB to B領域の事業も展開してまいります。そして、将来のビジネス機会の拡張を見据え、これまで培ってきたノウハウをもとに新しい不動産領域での事業を検討していくなかで、B to Goverment、つまり行政不動産を対象にした事業展開や新しいステークホルダー向けの事業提案もあり得るのではないかという考えに至りました。
また、本事業においては、事業の目的を『地域課題の解消』にも据えています。私は香川出身で、帰省するたびに地方が抱える課題について考えてしまうのですが、地元よりもはるかに多くの人が生活している首都圏であっても、都心からたった1時間ほど離れただけで同じ課題を抱えているように感じることがあります。私たちが培ってきた不動産開発や不動産活用のノウハウをそのような地域にも展開することで、お客様に喜んでいただけるのではないか。ビジネスの可能性と地域課題の解決を結びつけて、エトワの事業を推進しています」
市と関係性を育み、物件との出会いへ
ここでエトワ笠間の開業までのプロセスを振り返っていきます。
笠間市との公民連携で始まったエトワ笠間ですが、コスモスイニシアと笠間市はエトワ笠間の開業以前から産官学で推進する共同研究の場などを通じて情報交換をはかってきました。コスモスイニシア内にはエトワ笠間の前身でもある「あたご天狗の森 スカイロッジ」を利用したことがある従業員も少なくなかったそうです。
そのような経緯もあり、笠間市からスカイロッジの再生・利活用に関する公募が開始された際にも、コスモスイニシアはスムーズに事業の検討に着手することができました。
スカイロッジはかつて笠間観光協会が指定管理者として管理・運営していましたが、笠間市は、この施設を一層活用して市への新しい来訪者の獲得と観光の課題を解消することを目的に公募を実施しました。老朽化した施設を民間資金を活用して施設を維持していくことを図りつつも、観光課題の解消と市への誘客を公民連携で進めることを公募上の最優先事項とされたそうです。
笠間市にとっては地域の“レガシー”的な施設であったスカイロッジですが、民間事業者のコスモスイニシアにはお宝のように映ったそうで、「顧客が都心から来訪する際に、気持ちを切り替えるのにちょうど良いアクセス時間や豊かな自然、山に登っていくアプローチや開けた景色など、非日常な体験を提供できる環境は、事業を検討する上でとても魅力に感じました」と田片さんは振り返ります。
こうして笠間市の公募に手を挙げ、審査委員会の評価を経て2019年9月にコスモスイニシアが事業者として選定されました。
「観光の誘致」を掲げたプロジェクト
エトワ笠間の事例は、コスモスイニシアにとって初となる公民連携事業。市と綿密にコミュニケーションを取りながら進めていきました。「まずは議会をはじめとした市のスケジュール感を把握するとともに、近隣にお住いの方や関係者のみなさまにご理解いただくための事業内容や事業の意義も意識しながら提案することに努めた」と田片さんは話します。
大きなポイントになったのが、契約のフェーズです。公共施設運営において契約の種類は多様化しており、公平な契約について話し合うプロセスが大切になります。
今回は賃貸借契約であり、不動産デベロッパーのコスモスイニシアにとっては専門領域です。保守メンテナンスや修繕の負担など管理に関する責任区分を明確にし、オーナー(笠間市)と借主(コスモスイニシア)とが対等な立場にたって区分表をつくり協議を進めました。行政にとって賃貸借契約の契約条項作成は慣れない業務のため、多くの指摘や質問を交わしながらも、前向きな議論を重ねることができたといいます。
民間企業に寄り添う市のスタンスとして、田片さんはこのように振り返ります。
「市の担当の方は悩みながら、一生懸命に私たちに寄り添ってくださいました。そのベースにはやはり『観光課題の解消』『市への新しい誘客』という、市にとって大きな目的を私たちと共有していただいたことがあると思います。
同じように見える不動産も、立場が変われば見え方や考え方は変わります。笠間市は『財政負担を軽減するために賃料を納めてください』『その予算は出せません』ということではなく、『市の観光の課題を一緒に解決していきたい』『一緒に笠間市を盛り上げてほしい』というスタンスなので、私たちの提案を前向きに受け止め、どのように実現できるかという視点で対応していただけました。すごくありがたいですし、その想いがあるからこそ、今でもよい関係が築けていると感じています」
目的を共有する前向きな関係だからこそ、お互いに強みを持ち寄りながら、足りないところを補い合うパートナーシップが築けているようです。
公民連携で地域の魅力を発信する
コスモスイニシアは、市と10年間の公有財産賃貸借契約を結んでいます。独立採算制で運営していますが、市が施設の賃貸オーナーとして単に貸しているというスタンスではなく、オープン以降も連携をとりながら運営を進めていることも特徴です。
例えばこんな出来事がありました。オープン後にコロナ禍となり日々の外出行動の多くが制限されていたとき、市から「市民のためにエトワを活用できないか」という相談が。そこで、コスモスイニシアは笠間市と一緒に活用策を検討しつつ、最終的には子育て中の親に向けたリフレッシュ企画を実現しました。
エトワ笠間を市内の子育てファミリーが利用しやすい状態にし、自然の中で親子が楽しんだり、ベビーシッターのサービスと組み合わせて、いつもは自宅で籠りがちな子育て中のお父さんやお母さんに近場で一息ついてもらうという内容で、利用者から好評だったとのこと。コロナ禍というイレギュラーな状況で生まれた、公民連携ならではの取り組みです。
また、笠間市内で旧スカイロッジは産業経済部観光課の主管になりますが、エトワ笠間の運営においては、部署をまたいだ連携も珍しくないそうです。開業にあたっての地域食材の仕入れや周辺の杉林の管理の相談に関しては農政課、地元の産品や工芸品の取扱いについては商工課、事業の発展やさらなる民間企業との連携においては企画政策課など、笠間市の幅広い協力があるからこそ、利用者に好評のサービスが提供できているとのことです。
地元事業者とのコラボレーションや市の多部署をまたいだ連携は、田片さんが長い時間をかけて地域に通い、顔の見える関係を構築し、ご自身でも地域の魅力を発掘したからこそ実現されました。こうした地域との繋がりや信頼関係があるからこそ、事業やサービスがより良いものになり、結果的にユーザーの高い満足度につながっています。
「エトワ女子」という愛称
エリアに新たなマーケットを生み出す
2020年7月のオープン以降、コロナ禍の逆境も跳ね除けて初年度から単年黒字が続いているというエトワ笠間。客層はこれまで笠間市へ観光に訪れることが少なかったという20〜30代の女性グループやカップル、ファミリーが中心で、市の名産である笠間焼を取り扱う陶器店や、同じく名産である笠間の栗が味わえるカフェなど、観光地ではない場所を含めた回遊が生まれています。
最寄駅からのタクシー需要が増えるのと同時期に地元タクシーのキャッシュレス化が進んだことも、回遊を進めた要因となっているよう。さらに、エトワを訪れる女性たちは市内の観光客として新しい風を吹き込んでおり、地元では「エトワ女子」という愛称が生まれたというエピソードも。観光の課題解消を目的に掲げていた本事業において、エリアに新たなマーケットを生み出したことは大きな成果といえます。
加熱するグランピング事業
エトワが描くビジョン「地域の価値づくり」
2023年の現在、全国各地にグランピング施設が増え続け、競争が激化しています。そんな状況のなか、エトワというブランドにはどのような戦略があるのでしょうか。
「『私たちが何かをする』という考え方はおこがましいと感じています。重要なのは、目の前のお客様と向き合い望んでいることを理解して、それに対して私たちがどのように協力できるかを考えていくこと。そして、地域の価値を一緒につくっていくこと。ここでいうお客様とは、エンドユーザーだけでなく、行政の関係者も含まれます。
『地産地消』という言葉がありますが、宿泊者に地元の商品を提供することを目的に地産地消を考えるのか。もしくは、地域の農産物の課題と向き合い、結果として地産地消を導入するのか。アウトプットは同じだとしても、アプローチは全く異なります。
目の前の消費活動だけでなく、エトワが地域の課題解決に向けたきっかけをつくったり、地域の魅力を高め、顧客が求める形に編集して社会に提案していくなど、ライフスタイルを提案してきた私たちだからできることに本気で取り組みたい。結果として、エトワのみでなく市や地域の価値を高めるような事業やプロモーションをどんどんと展開していく。それがエトワというブランドを長く継続していくためのひとつの答えだと思っています」
関東圏内の電車で行ける場所
山や川、海のそばにある物件と出会いたい
今後のエトワシリーズの展開を見据えて、思い描くフィールドや施設の情報についても聞いてみました。
「メインターゲットである都心の顧客のことを考え、当面の間は都心部から1.5~2時間程度の範囲で事業を展開していく方針です。また、私たちがしっかりと地域に関われることがエトワらしい企画や事業を展開するための要件だとも考えています。その中でも、電車で行ける場所には特に注目しています。最近は車の運転に慣れない人もいるので、都心に住むみなさまの実態を想定して顧客のニーズにしっかり応えていきたいと思います。
対象施設については、やはり不動産会社として学校や公民館、倉庫などいわゆる箱物の活用がアイディアも出しやすいですし、計画もたてやすいですね。また、まだ実績はありませんが公園や公有地活用にも興味があります。
周辺環境については、エトワシリーズの場合は海、山、川といった自然環境の近くであることが理想的ですが、自然環境や観光資源がない地域にも目的地をつくることが私たちの役割なので、まずは『コスモスイニシアに相談してみよう』と遠慮せずお声がけいただけると嬉しいです」(田片さん)
「今後のコンテンツのひとつとして、ペットにまつわる施設の企画も進めています。『人間がペットと楽しめる』のではなく、『人もペットも全力で楽しむ』にこだわった宿泊施設です。普段は都会で暮らすペットとその飼い主に向けて、自然の中で思いっきり走り回れたり、開放感のある環境でリラックスできるような場所づくりを模索しています。その際にも、エトワ同様、地域のみなさまと連携しつつ、利用者にとって価値の高い事業化と地域の課題解決の両立を目指す事業にしていきたいです。
長時間ドライブはペットにとっても負担なので、都心から1時間くらいの場所がいいですね。設備としては広い敷地のなかに共用棟や体育館、倉庫などの建物がついていること。立地については、ペットの声が迷惑にならないように住宅地と隣接していない場所が理想です」(本木さん)
目的を共有する、前向きなパートナーシップを組みたい
最後にどんな自治体と協働していきたいのか、自治体のみなさまへメッセージをいただきました。
「弊社では業務を推進する際に『何をするか』だけでなく、『誰とするか』を大切にしています。パートナーとして目的を共有しながら、本音で話せたり一緒に泥臭いこともできるような、人間同士の付き合いができる担当者の方や自治体と出会えたらいいなと思っています。
事業を進める過程できっと議論を交わす場面も出てきます。そんなときでも目標を共有していれば健全な話し合いができるはず。そのためにも『用途が無くなったので何はともあれ処分したい』『財政負担を軽減したい』から関係を始めるのではなく、『この場所を活用して地域に新しい価値をつくりたい!』『官民連携して地域のプロモーションを加速させたい!』というモチベーションや熱量がある行政の方と出会えたら嬉しいです」(田片さん)
コスモスイニシアの哲学やビジョンに共感する自治体のみなさん、ぜひお気軽に以下からお問合せください。
公共R不動産お問い合わせフォーム
エトワ笠間
https://www.cigr.co.jp/etowa/kasama/
エトワ木更津
https://www.cigr.co.jp/etowa/kisarazu/
インタビュー:飯石藍・中島彩
撮影:森田純典
画像提供:株式会社コスモスイニシア