サーフィンの町にある森の拠点「Forest Living」
新型コロナウイルスの影響から、“三密”を避けた新しい生活様式が求められる今、旅や移住の位置付けも変わりつつあります。今回ご紹介するForest Livingは、まさに今後のヒントにつながる事例。公民連携により2019年9月に誕生した、トライアルステイの拠点となる少人数制の屋外宿泊施設です。
場所は、東京オリンピック2020の新種目・サーフィンの開催エリアである、千葉県いすみ市。外房線の特急停車駅・上総一ノ宮駅から車で約15分、最寄りの海水浴場からは車で約10分の場所に位置する高台の森林に、Forest Livingは広がっています。
事業主としてプロデュースを担っているのは、株式会社スピーク。共同企画者として、株式会社OpenAや株式会社エヌ・シー・エヌ、株式会社MUJI HOUSEのほか、行政、そして各々の専門性を生かした多数の地元企業も運営に携わっています。
食と体験を介して地域を知るグランピング施設
Forest Livingは、大きく分けて2つの要素で成り立っています。
まずは、1日3組・各定員4名のグランピング施設。1泊2食と選択式のアクティビティ1つが付いた宿泊プランで、地元の鮮魚店・魚平商店の海鮮を中心としたバーベキューや、合同会社いちのみや観光局がアテンドするヨガ・キャンプファイヤー・飾り巻き寿司体験・地域へ繰り出すエリアガイドなどの充実したアクティビティが宿泊者に好評を得ています。
2つ目が、グランピングサイトの北側に位置する、平屋建てのモデル棟。MUJI HOUSEが手掛ける「無印良品の家」のモデル棟「陽(よう)の家」です。
近年、少子高齢化や働き方改革により、コンパクトかつ居心地の良さにこだわった住居が求められる傾向にあり、その需要を受けて開発された5年ぶりの新作となっています。
原点は10年以上前。
理想の暮らしを描けるエリアを求めて
概要が掴めたところで、プロデューサーの吉里裕也さんに背景を伺っていきましょう。
なぜ、いすみ市所有の雑木林であった遊休地を買い取り、Forest Livingをはじめたのでしょうか。その背景には、長年にわたり一つ一つ手応えを確かめながら積み上げてきた活動がありました。
「15年ほど前、僕らにとって理想の暮らしを描ける場所はどこだろう?と模索していたんです。房総半島でサーフィンをした帰り道、何気なく物件情報を見たら、びっくりするほど土地が安いことに気付いて。都心から1時間半圏内で、交通の便もそこそこ良く、海と山と美味しい食があって、その土地らしい風景が広がっている場所。まさに理想の暮らしのイメージが房総にありました」
その後、2008年にいすみ市で東京R不動産の保養所「ボートハウス」を立ち上げ、R不動産の設立メンバーでありOpenA代表の馬場正尊さんも、いすみ市の隣町の一宮で住居兼宿泊施設「房総の馬場家」を建築。同年の秋には、その隣にある地域に開かれた戸建て賃貸住宅「一宮サーフビレッジ」も始動させています。
2009年9月、いすみ市から相談を受け、二拠点生活や移住を検討する人々を対象にトライアルステイを実施。モニターを募集したところ、100組を超える応募があり大きな反響を呼びました。
2017年7月には、“Surf & Work”をテーマに二拠点ワークを提案するシェアオフィス「SUZUMINE」を一宮に開設。飲食店やチャレンジショップも積極的に受け入れています。
まちをつくり、繋いでいこう。
構想を実践していく。
「僕らは当初から『まちをつくり、繋いでいこう』という構想を持っていました。ただ、房総は物件が安い分、仲介業者の見入りも少ないので、賃貸だけで不動産業を成り立たせるのは難しい。かといって家と土地を一気に買うことにハードルを感じる人は多い。
だったら、僕らがまず土地を買って自分のペースで上物を築いていく楽しみを体現しながら、移住の前段階にいる人たちが房総の暮らしを知り、森の中に家を建てるイメージまで抱ける、そんな拠点をつくれたらいいんじゃないかと思ったんです」
その構想を企画書に落とし込み、公募を経て市と雑木林の売買契約を締結。その後、いすみ市出身であるMUJI
HOUSEの代表・松﨑曉さんの賛同を得て「陽の家」のモデル第1号を敷地内に開設する運びとなり、Forest Livingのプロジェクトが本格的に始動していきました。
林業の地産地消を発信していく
こうしてプロジェクトが始動し、いすみ薪ネットワークの協力のもと間伐を進めていきました。
「一般的な建築ではまず平らな土台をつくりますが、ここではそれを一切せず、既存の木々や地形の勾配を最大限に生かしています。間伐した木々は、施設の建材や薪、木道チップなどに再利用しました。
林業において、木材の搬入はコストが一番かかる作業なので、地産地消でやった方が合理的。高度成長期を経て、林業でも効率を求めて一括化が進みましたが、本来は地産地消で行われていたことです。古き良きものが見直されつつある今、このプロセスが地域の林業の在り方を示す事例になればとも思っています」
アウトドアデッキは、株式会社エヌ・シー・エヌの耐震性に優れた「SE構法」でつくられたもの。オープニングイベントではデモンストレーションを通じて、建材加工の正確さや施工の容易さなど、SE構法の魅力が参加者に伝えられました。
地元の多彩なネットワークが運営を支える
Forest Livingの現場運営を語るうえで欠かせない存在が、アクティビティをアテンドするいちのみや観光局と、地元で暮らす子育てママ50名ほどが登録しているマミーウェイ合同会社です。
両者とも、シェアオフィスを主とする複合施設「SUZUMINE」で開催されたスクールイベントへの参加をきっかけに、それぞれが会社を立ち上げたのだそう。
「いちのみや観光局の宇佐美信幸さんは、家族でUターンしてSUZUMINEの一角に会社を構えてくれました。実は彼の実家が、Forest Livingにてバーベキューの食材を提供してくれている魚平商店なんです。マミーウェイのお母さんたちは、SUZUMINEとForest Livingの清掃を担当してくれていて。他にも多くの関わりが、SUZUMINEから生まれているんです」
つまり、SUZUMINEを接点にさまざまな世代や個性の繋がりが醸成されていたことで、Forest Livingでの連携がすみやかに実現したのです。現在SUZUMINEは、Forest Livingのレセプション機能も担い、お土産ブースや町案内のマップを設置するなど、地域のターミナル的な役割を強めています。
房総の未来像を描く、トライアルステイの拠点
今後について吉里さんは、Forest LivingやSUZUMINEなど各施設間の連動性を高め、より多くの人々に房総エリアを存分に楽しむ新しい暮らしを提案していきたいと話します。
「Forest Livingの利用者は小さな子どものいるファミリーやカップルが多く、現時点では週末使いがほとんど。だけど例えば、平日は子どもを預け、親はシェアオフィスSUZUMINEでテレワークをするといった滞在スタイルがつくれないかと考えています。
ただ子どもを預けるだけじゃなく、Forest LivingやSUZUMINEに関わっているメンバーが先生となって、子ども向けに間伐材を使ったワークショプやサーフィン教室などを開催することだってできるはず。このエリアには頼もしいメンバーが揃っているので、あとは仕組みをつくって繋いでいくのみですね」
行政が所有していた遊休地を活用し、森と海という地域資源を生かしながら、個性豊かな地元の人々との接点をつくり、房総での新たな暮らしを思い描かせてくれるForest Living。他の地域でも参考にしたいトライアルステイの拠点です。
長きにわたり築き上げられた経験やネットワークによって、日々アップデートされていくForest Livingのさらなる展開が楽しみでなりません。
Forest Living ウェブサイト
https://www.forestliving.jp/