雨水の循環と、洪水の緩和策としてのグリーンインフラ
滝澤 今回は都市や気候の課題を解決する手法のひとつ、「グリーンインフラ」をテーマにしたいと思います。グリーンインフラとは、自然が有する機能や仕組みを活用したインフラストラクチャーや土地利用計画のこと。グリーンインフラにまつわる事例として、ニューヨーク市ブルックリンのゴワナス地区を紹介します。
前提の問題意識として、最近は地球温暖化による気候変動で台風や豪雨が多発しており、その際に街が対応しきれず日本各地で水害が起きています。道路に降った大量の雨はアスファルトやコンクリートには浸透せずすべて下水に流れ、それが川に一気に流れ込んで洪水になるわけです。下水道と混ざることで、川の水質も汚染されています。
日本でランドスケープや土木の仕事をしていると、行政の縦割り制度が激しく、河川は河川、下水は下水、公園は公園、都市は都市とバラバラに管轄して連携が取れていないように感じますが、本来は川は堤防だけで守るのではなく建築も道路も一緒に水害に備えなくてはいけない。さらに言うと、行政に頼るだけでなく個人単位でも少しづつできることがあります。
そこでとても参考となるのが、ゴワナス地区の事例。このエリアにはゴワナス運河が流れているのですが、もともとこの地区が重化学工業地帯で水質汚染がひどく、ニューヨークで一番汚い運河として知られていました。それがゴワナス・キャナル・コンサーバンシー(Gawanus Canal Conservancy / GCC)という市民団体の精力的な取り組みによって再生されつつあり注目を集めています。
この運河の集水域は日本の都市と同じく合流式下水道となっていて、大雨の後には雨水と汚水がすべて川に流れ込み、水質が汚染されてしまいます。そこでゴワナス地区では、雨水をいったん土に浸み込ませるデバイスとして、グリーンインフラを取り入れました。NY市の環境保護局(DEP)の政策と、市民団体であるGCCのユニークなアクションが同時並行しており、ストリートレベルで道路の表流水を集めて浸透させるバイオスエル(緑溝)などを取り入れているのが特徴です。
興味深いグリーンインフラのデザインに「スポンジパーク」があります。運河の手前の道路の突き当たりに浸透緑地が整備され、道路の表流水が運河に流入する直前に砂利層でゴミや汚染物や泥をこしとって運河に流れていく装置です。
そのほか、市民団体のGCC自体も郷土種を積極的に使った街路の植樹やレインガーデンをつくり、その苗をつくるナーサリーを自分たちで管理運営し、それがコミュニティガーデンのように地域交流の場となっていたりします。さらに、まちの有機ゴミを集めてコンポストにして植裁に使う土壌そのものを生み出しています。
そうした活動を地域のボランティアや教育プログラムと連動させて、さらには活動にアートも取り入れて、「いま緑溝には水がこれくらい貯まっていますよ」と示すインスタレーションなどもつくっています。
ビジョンドリブンの活動
滝澤 彼らの面白いところは、“ビジョンドリブン”でやっていること。最初に「こういう街の風景をつくりたい」と未来像を描きます。
湿地が再生されて、カヌーが楽しめたり魚や渡り鳥がやって来て、川沿いを散策できるルートがあって、自然派のスーパーが近くにあってオーガニックライフが楽しめる。無機質な運河が、将来的にはこんな楽しい風景になると最初に示すんです。近隣住区とだいたい同じくらいのスケールで理想のランドスケープやインフラをデザインしています。
馬場 つまりは、マスタープランを作成しているということでしょうか。
滝澤 マスタープランと言えると思います。このプランに至るまでに5年くらいかけたそうです。最初はラフスケッチから始まって、ランドスケープアーキテクトと一緒にブラッシュアップされていきました。
馬場 時間をかけているんですね。
馬場 かつての再開発のマスタープランは、更地にビルが建っていき、床面積が増えて収益も上がるというもの。一方でゴワナスは、ごちゃごちゃと人工物がある場所にどさっと緑や生物が描き足されている。まったく別のベクトルですよね。だけど、エリアの価値が再生されるという意味では一緒なのが興味深いと思いました。
カルチャーからグリーンへ
滝澤 彼らのビジョンは決して空想ではなく、ストリートレベルから水辺まで活動を拡張しながら、大きな目的に向かって一つひとつ小さなアクションを重ねています。その結果、いまでは工場・倉庫地帯だった場所にヒップなレジデンスが出現して、水辺もしっかり整備され、すっかり人気のエリアになりました。
馬場 もうそこまで進んでいるのですね。
滝澤 近隣にはヨガスタジオやホールフーズマーケットができたりと、ブルックリンのオーガニックスタイルを体現するような場所になっていて、マンハッタンからの移住によってジェントリフィケーション※が起き始めています。
※ ジェントリフィケーション(gentrification)とは、地域に住む人々の階層が上がると同時に地域全体の質が向上すること。治安の向上が期待されたり活性化を生む一方で、地代の上昇で古くから住んでいた人が立ち退きを迫られたり、ホームレスを生むなどの問題もある。
馬場 60~70年代のチェルシーやSOHOではアートやファッション、音楽などの「カルチャー」によってジェントリフィケーションが起こっていました。倉庫や工場などの荒れた都心部がアーティストやクリエイティブの力によってカルチャーの中心地になった後で、大手の資本が入り商業の中心地になっていく、というように。
何十年も経ったいまは、ジェントリフィケーションのドリブンは「カルチャー」ではなく「グリーン」になっている気がしますね。もちろんまだカルチャーの部分もあるけどかなり消費されてしまって、いまでは完全に環境にコンシャスであることが新たな経済を起こして、価値を上げてもはやジェントリフィケーションまで起こり始めている。相似形ではあるものの、カルチャーからグリーンへ中心の軸が変わっているのがおもしろいと思いました。
滝澤 まさにニューヨークの辺境において、ブルックリン・ブリッジ・パークも、ランドスケープデザインが素晴らしいハンターズ・ポイント・サウス・パークも河川沿いの湿地を再生して、それが廃れていた背後地のエリア価値を上げていますね。
馬場 世界的に見てもそうですよね。アムステルダムの「De Ceuvel(デ・クーフェル)」というコミュニティスペースでも植物を植えることで土壌汚染を改善していて、そこにファンクな人たちが集まっているようです。そうやってエリアの価値が上がっていく。それはニューヨークやアムステルダムの特殊解ではなく、次の展開先を探している都市は根本的にその方向に行っている気がしますよね。
滝澤 これからはエココンシャスな自然のマテリアルを都市で再生することが最先端になっていくのでしょうね。
馬場 空間のデザインにおいても、きれいな川でカヌーに乗ったり緑が生い茂っていたりと自然派な世界観が原点になっていく。
滝澤 ここで泳ぎたいとか、ここで採れたてのオイスターを食べてみたいとか。
馬場 そういったことがすごくクールになっていくのでしょうね。前回の「都市は自然に回帰したがってる」という話に近いと思うけど、僕らの欲望はこちらの風景にドリブンしていくという感じ。なんかわくわくしますよね。
滝澤 気持ちいいって感じですよね。
馬場 そうかもしれない。「かっこいい」じゃなくて「気持ちいい」という方向に変わっていくのかもしれませんね。
滝澤 “ハビタ・ランドスケープ”という言葉は、「気持ちいい場所」ということから始まっているんですよ。人も生き物も両方過ごしやすい環境が、人とって本当に気持ちがいいということだと思います。
コンサーバンシーの仕組み
滝澤 話はゴワナスに戻り、市民団体であるゴワナス・キャナル・コンサーバンシー(GCC)の活動についてもう少し掘り下げていきたいと思います。以下の写真は、GCCがやってる運河をテーマにしたイベントの様子です。河川の断面図や平面図に近隣の小学生や中学生が「こんなレインガーデンやグリーンインフラがいいね」と自主的にアイディアを示したり、みんなで意見交換するワークショップでは、ニューヨーク市都市計画局の職員など行政マンも来て、この街の未来像や改善案をストリートの上で話し合ったりしています。
馬場 すごくカジュアルな雰囲気。行政マンもうまく巻き込みながらやっているのがいいですね。
滝澤 こうして市民が主体となって街のマスタープランをつくり、ニューヨークの都市局のほか民間開発事業者とも連携することで、不動産投資とコミュニティのニーズがうまくマッチするようなコーディネートを市民団体のGCCが担っています。
馬場 GCCの存在がかなり大きいですね。
滝澤 彼らは「コンサーバンシー」と呼ばれていて、ニューヨークでは、セントラルパークやハイラインなどにもそれぞれコンサーバンシーがいます。
馬場 コンサーバンシーは大きなキーワードですね。今から日本が輸入すべき概念な気がするので少し掘り下げて聞きたいのですが、ゴワナスのコンサーバンシーはどのように運営されているのでしょうか。
滝澤 財源については、複数の財団や国、市から集めたり、企業からの寄付のほか、自分たちのプログラムの売り上げもあります。スタッフは10人ほどいるのですが、人件費はしっかり賄えているようです。
馬場 どのような人が集まって組成されているのですか?
滝澤 地域の名士、建築家、企業人などから成るボードメンバーと、スタッフを統括するエクゼクティブディレクターによってきちんと組織として運営されています。専属のガーデナーや植栽管理などの実務ができる人、流域管理やランドスケープなどのプランニングができる人、ボランティアのプログラム運営を担当する人、そのほか学生のインターンもいます。
ニューヨーク州が推し進める都市計画の再編やグリーンインフラの政策、アメリカ環境保護庁(EPA)による浚渫(しゅんせつ)などさまざまな政策があり、それらをうまく活用しながら教育プログラムをベースに活動しているのが特徴です。
前述の通り、彼らは街路樹やナーサリーの管理や、エリアビジョンの策定をやっています。ニューヨーク市は組織が巨大で、日本と同じく縦割りで各部署が別々に動いているようですが、彼らは「市の部署間を繋ぐような包括的なプランをつくることが自分たちのミッションのひとつだ」と言っていました。
GCCは市や国のいろんな制度や計画をハックするような、編集するような立ち位置。彼らの活動がエリアに根付いて盛り上がっていくうちに行政も民間企業ものってくるという、そんな熱量を生む人達なんです。
馬場 コンサーバンシーを駆動させるエンジンはどんなものなのでしょうか。彼らはどんなモチベーションで活動しているのだろう?
滝澤 コンサーバンシーのキーワードのひとつに「スチュワードシップ」という言葉があります。かつてイギリスでは、スチュワード、つまり執事がその領主階級の土地を信託委託されて、土地の生産力をあげ、収入も増えていくというシステムがありました。それによってイギリスのランドスケープはどんどん豊かになった歴史があります。
コンサーバンシーの人たちは、その環境や土地のスチュワードシップを大事にしていると言っています。日本語で言うと、「奉仕」というよりは「家守」「土地守」に近いですね。
馬場 不動産の場合は家守になるけど、昔は森を守って司る職能や水守もありました。現代の日本でも地主がスチュワードシップを持っている土地がきっとありますよね。
滝澤 そういう地域でいいデベロッパーといい建築家が結び付けば、いい開発ができると思うんですよ。日本でコンサーバンシーをやる主体は誰かと考えると、地域の地主と若いベンチャー精神を持った人が組む「ハイブリッド型」がベストじゃないかと思います。日本では合意形成上、地域の地主をちゃんと取り込んでいくことが大事だと思うんですよね。
(つづく)
(参考論文)
滝澤 恭平, 渡辺 剛弘:ニューヨーク市ゴワナス運河流域における地域主体によるグリーンインフラ適用 ,ランドスケープ研究, 83 巻 5 号 p. 661-666, 2020
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jila/83/5/83_661/_article/-char/ja/