公園でよく見かける「◯◯禁止」と書かれた注意書き。公園は本来、子どもから大人まで地域住民が自由に過ごせる公共空間であるはずですが、リスクヘッジを突き詰めた管理側の視点により禁止事項が増え続け、その結果、誰もが自由に利用しづらい状態となっています。
老朽化に伴う遊具の撤去や少子化により、全国的に公園の稼働率の低迷に拍車がかかるなか、よい活用方法はないだろうか…と、頭を抱えている行政職員は少なくないのではないでしょうか。
多様性の時代に適した遊具を新設すべき?とハードに目が行きがちですが、重要なのは実はソフト。そのことを証明しているのが、不動産を持たない唯一の受賞者として「NEXT PUBLIC AWARD」の公園部門で優秀賞に輝いたアウトドアスポーツやまぐち協同組合が主催する公園利活用プログラム「ハダシランド」です。
“できないことができること”。自由な遊び場「ハダシランド」とは
「ハダシランド」は、言わば移動式のプレーパークです。
プレーパークとは、滑り台やブランコといった定番の遊具が設置された従来の公園とは異なり、木・水・土などの自然物を積極的に取り入れながら、子どもたちが自主的に創意工夫して自由に遊びをつくりだすことのできる遊び場のこと。
そんなプレーパークの良さを持ちながらも、固定の場所は持たず、行政や企業の協力のもと公園や商業施設の芝生といった既存の屋外空間を会場としてプログラムを開催しています。
コンセプトは「できないことができること」。裸足になった子どもたちが親のサポートを得つつ、大人の腰の高さまである綱渡りのスラックラインや、走って・跳んで・登るダイナミックなパルクールなど、ちょっと危なくて集中力がいる刺激的な外遊びに夢中になっています。
参加費は無料で、利用規約に同意して会員登録する仕組みです。2022年にはじめて山口県周南市の公園で開催して以来、一気にファンが増え、現在の会員数は約5000世帯。滞在時間は平均3時間、リピート率は70%超え。急成長中の人気イベントとして多方面から声がかかり、最近では山口県だけでなく他県でも、公園だけでなく大手企業の商業施設などでも展開しています。
公園に自由を! 禁止事項と戦ってきたプロのハイライナー
「ハダシランド」の立ち上げの経緯や公園利活用のヒントを教わるため、アウトドアスポーツやまぐち協同組合の代表理事・三由 野さんと、専務理事・綿谷 孝司さんにインタビューしました。
三由さん「これまで僕はプロのクライマー・ハイライナーとして活動するなかで、公園の禁止事項と戦い続けてきました。木に登るな、火を炊くな、ナイフを使うなといったルールがあり、ルール上には明記がないスラックラインも実質禁止。子を持つ一人の親としても、自由であるはずの公園に自由がないと憤っていた時、都心でプレーパークが脚光を浴びつつあった。そのことを知って、自分の暮らす山口県でもプレーパークをつくろう!と考えたのがはじまりです」
プレーパークはまさに、三由さんが長年戦ってきた禁止事項を取っ払った自由な公園そのものでした。
少子化や過疎化が進む山口県で地方型プレーパークをつくる
しかし、なぜ都心にあるようなプレーパークをそのままモデルにするのではなく、地方型というオリジナルの手法を模索する必要があったのでしょうか。
最大の要因は、人口差による教育ニーズの差。少子化・過疎化が進んだ地方には子育て世帯が少なく、かつ散在するため、固定の場所に集客することが困難だと考えたからです。
三由さん「地方と一口で言ってもいろいろあります。例えば札幌・仙台・福岡は地方だけど都会です。僕の住んでいる山口県は、8市町もの消滅可能性自治体を抱える田舎のなかの田舎。それぞれの地方にはローカライズされた課題があって、そこをふまえた形でプレーパークが実現できれば、行政もきっと味方についてくれるはず。そう思って『ハダシランド』のアイデアを行政に持ちかけました」
この時、三由さんと共に行政のもとを訪れていたのが綿谷さんでした。経営コンサルタントとして多数のベンチャー起業家を支援してきた綿谷さんは、山口県主催のスタートアップ・ビジネスコンテストのメンターを務めていました。2020年、そのコンテストに三由さんが出場し、見事グランプリを受賞。メンターする側・される側の関係がきっかけで、活動を共にするようになったといいます。
県内の各自治体に「ハダシランド」のアイデアを持ちかけた結果は、たらい回し。どこの部署にも「危険と銘打ったイベントを許可するわけにはいきません…!」と言われてしまいました。「禁止事項で固められ、本来の公園の機能が失われ、子どもたちがいなくなった公園に子どもの笑顔を取り戻したい!」という願いがなかなか理解されず、歯痒い思いをしたそうです。
しかし幸いにも、周南市役所 都市整備部 公園花とみどり課 主査の赤松 透(あかまつ とおる)さんが「今の話を詳しく聞かせてください!」と駆けつけることになります。
赤松さんこそ、PPP/PFIを含む公園全般の分野における担当者。三由さん・綿谷さんの言葉を借りれば「公園本来の目的やあるべき姿、都市公園におけるまちづくりの役割、シビックプライドの醸成を模索し、公園の利活用について日々思いを巡らせ、学び奔走し、自身の持ち場で行動し続けていた行政職員」でした。
個人プレーヤーが連携した「協同組合」による自律的・持続的な推進体制
赤松さんとの出会いにより「ハダシランド」のアイデアが現実味を帯びていきました。そこで、次のステップとなったのは、実施に向けて運営体制をどうするか?でした。
三由さんは、2018年に県運営の「山口きらら博記念公園」で開催された日本最大級の花と緑の祭典「山口ゆめ花博」で、アウトドアコンテンツを提案・運営していました。その当時、行政のニーズを知る場面が多々あり、協同組合という運営体制のメリットに気付かされたといいます。
綿谷さんによると、協同組合の設立をサポートする中小企業団体中央会は、国の特別認可法人。その設立の手順により、協同組合は立ち位置的に、商工会議所とほぼ同じ扱いになるそうです。
綿谷さん「今や1社独占を目指す時代から、個々のプレーヤーが集まって一緒に大きなことを成す時代に変わりました。僕たちは、関係人口の一歩先にあるものは“共創人口”の創出だと考えているんです。関係人口という関わりにとどまらず、そこからいかに社会に影響のある事業として共創するか。おのおの本業や生活があるなかで何らかの枠組みは必要なわけで、協同組合や企業組合というスタイルが現在の経済システムの中ではモアベターだと考えています」
もし、この記事の読者の中に「もっと良い組織形態を知っている!」という方がいれば情報交換がしたい、と綿谷さんは言葉を続けました。
こうして、「子育てに悩む親」という共通点を持ち、山口を拠点により良い子育て環境を目指して個々で活動していた人々が集い、2022年にアウトドアスポーツやまぐち協同組合を設立しました。
理事は、三由さんと綿谷さんのほかに3名います。
ベビースイミングをはじめとする水泳を専門分野に、行政の依頼を受けてインストラクターや講演をおこなっている福村 紅子さん。ジュニアアスリート向けの体育指導やパラアスリートの活動を支援するかたわら、山口県おやじの会の会長や、広島県選抜チームの野球監督などを務め、マルチな活動をおこなう藤本 拓也さん。一世紀続く地場企業の代表であり、各地域経済団体の会長職や自治会・子ども会の理事を担い、地元の子育て環境の変遷を当事者として知っている原田 洋平さんです。
まるで子どもたちが憧れる戦隊レンジャーのように、カラーの異なるこの5名が、各活動で積み重ねてきた指導力と関係性をベースに、自律的で持続可能な相乗効果を生みながら「ハダシランド」を運営しています。
会員制によって安全性が高まり、想像を超えるニーズまで明確化
「ハダシランド」の特徴のひとつは、会員制であることです。固定の場所があるならまだしも、今週日曜は◯◯公園で・来週日曜は△△公園でといった具合に、各会場で開催する状況下で会員制をとっているのは、なんとも珍しい。なぜ会員制にしたのでしょうか?
三由さん「単発のイベントではなく地続きのコンテンツとして届けられるようにしようと思ったんです。一般的に会員獲得って苦戦しやすいものだから、うまくいくだろうかと最初は疑念が頭をよぎった。そうはいっても、普段の公園より危険を伴う外遊びがある限り、同意書なしに進めるのは運営側としてリスクだとも思ったんです。なので、僕らの身を守る意味でも、正しく安全に遊んでもらうために利用規約の同意をしっかり得る必要があったので、会員制にしました」
会員登録時の同意書を通じて、理事や指導スタッフだけでなく、親も我が子を安全管理のもと補助することが参加条件となるため、これまで大きな事故や怪我なく運営が続けられているといいます。
また、懸念していた会員獲得については、蓋を開けてみると、宣伝ゼロにもかかわらず半年で1000世帯が集まり、1年後にはその3倍の会員数に。自由な公園に対する需要が明らかとなりました。
「公園の利活用・活性化」を考えようとすると、まず遊具の新設や維持管理費、広く来場者を増やすための広報予算の確保などに意識が向きがちです。しかし「ハダシランド」のスキームであれば、宣伝費だけでなく遊具の新設費や維持管理費までも不要。必要なのは、公園の規制緩和と仕組みづくり。実際に「ハダシランド」に参加し、その事実を目の当たりにして驚く行政職員が多いそうです。
子どもと親が成長できるダイバーシティ空間を目指す
「ハダシランド」の特徴として、さらに注目したいのは、彼らが提供するプログラムの難易度の高さです。スラックラインひとつを取っても、足首の高さではなく大人の腰ほどの高さに綱渡りのラインを張るなど、大人でも難しいと感じるレベルの遊具が配置されています。
そのうえで「年齢や性別、障害や貧富を問わないダイバーシティ空間」の実現に向けて、盲目や車椅子といったハードルをものともせずスポーツを楽しむ大人も指導スタッフの一員として採用することで、あらゆる子どもが参加しやすい環境をつくろうと励んでいます。
三由さん「普段の公園で子どもを物理的に遊ばせることはできても、体験教育の意味合いはそれほど強くはないし、発達障害の子どもたちに至っては遊べる遊具さえない。公園に対してそういった課題を感じている親御さんが多くいます。なので、僕らは『できないことができること』をテーマに、数時間の努力や周囲の協力が必要な遊具をあえてキュレーションして、誰もが成長できる遊び場をデザインすることに徹しているんです」
キュレーションにおいて大切なのは、流行ではなく適切な難易度。「流行っているアクティビティを安易に取ってつけても子どもはすぐに飽きてしまうんですよ」と三由さんは話します。
「ハダシランド」のキュレーションが効いているのも、三由さんや理事メンバーをはじめとする指導スタッフの多くが、ハイレベルなスポーツ経験者であるからこそ。さらに、遊び方を実演するプロの姿を目の当たりにし「自分もできるようになりたい!」と、刺激を受ける子どもが多いようです。
三由さん「僕らの目的は、体験教育を通じた子どもの成長にとどまりません。それと同じくらい真剣に目指していることは、親御さんの成長です。なぜなら、有権者が変わらないと公園のあり方も変わらないから。子どもが一人ではできない難易度だから親も加わって、家族で安全管理を考えながら挑戦する。数時間かけて、できないことができるようになると、親は『こんなに難しいの、よくやったな!』と子どもを尊重できるようになります。同時に、公園という親子の集う社交場を通じて、地域のコミュニティが形成されていくわけです」
まちづくりの課題の集積地である公園から、共創の未来へ
親子の成長の場づくりと共に、会場周辺にフードカートの出店者が集うなど、地域の賑わいまで創出している「ハダシランド」。その影響力が評判を呼び、2024年3月には広島銀行旧支店を活用した開催を依頼されるなど、公共性の高い遊休不動産の利活用プログラムとしても着目されはじめています。
全国展開が期待される「ハダシランド」のこれからについて伺いました。
綿谷さん「公園はまちづくりの課題の集積地です。公園の利活用で得た学びは、その他の公共空間や民間が抱える公共事業で活かすことができる。生態系が支え合って共存するエコシステムと同じで、『ハダシランド』は共創のまちづくりにおけるプラットフォームの役割です。だから行政・民間企業・教育機関・金融機関など多方面と連携しながら『ハダシランド』を波及させて、地方の子育て環境を確実に変えていけたらいいなと思っています」
三由さん「そういう意味でも、山口県から『ハダシランド』をスタートできたことは非常に大きいです。都会や中枢都市ではなく少子化や過疎化がかなり進んだ地方で、まちづくりの課題の解決策を得たということは、難しい問題の解き方を知っていることに近い。つまり、これから他の県で、オープンイノベーションを体現する「ハダシランド」を展開できれば、よりスピーディに各地の課題を解決できるでしょうね」
お二人をインタビューする前は「いつか山口県の『ハダシランド』に子どもを連れて参加したい」と考えていたのですが、取材を終えて「そうか!自分の暮らす町に来てもらえるようにアプローチすればいいんだ!」と気付かされました。なぜなら「ハダシランド」は不動産を持たず、建物ではなく人を育てる活動だから。
公共空間活用の新たな可能性を発見する「NEXT PUBLIC AWARD」。「ハダシランド」との出会いは、前提になりがちだった公共空間ありきの考え方から見事に覆される会心の機会となりました。