スケーター仲間とつくった食のブランド
HAPPY NUTS DAYは、2013年に九十九里町で始まったピーナッツバターブランド。代表の中野さんが仲間と千葉県界隈でスケートボードをしていた時、たまたま農家の方に廃棄予定の落花生をもらい、試しにピーナッツバターをつくってみたことが活動のきっかけだったそう。
中野さん「もらった落花生をすりつぶしてみたら本当にピーナッツバターができた!という驚きから始まり、仲間との遊びの延長のような形で焙煎にはまっていきました。つくったピーナッツバターを道の駅などで売ってみたら、徐々にリピーターがついて。はじめはお小遣い稼ぎ感覚でしたが、様々な方や企業に声をかけていただき、美術館やアパレルブランドなどとのコラボレーションに広がっていきました」
本格的にHAPPY NUTS DAYを始める前は、広告代理店でアートディレクターとして働いていた中野さん。食の仕事こそ未経験だったものの、デザインの力で地域の課題解決や魅力発信を加速させる仕事にモチベーションを感じていたと話します。
中野さん「もの自体はすごくよいのに、その魅力がなかなか対外的に伝わらない地域の取り組みがずっと気になっていて。デザインを勉強してきた自分だからこそ、その伝え方次第で、地域の眠っているものの魅力を伝える一助になれるのではないかという思いはずっとありました。ピーナッツバターをつくっているのもその一環なんですよね」
幼稚園跡地との出会い
現在工場となっている、山武市旧蓮沼幼稚園跡地との出会いのきっかけは、なんと公共不動産データベースだったとのことを聞きつけ、私たち公共R不動産チームもワクワク。どんなキーワードで探してくださったのでしょうか。
中野さん「廃校って全国各地にごまんとあるじゃないですか。そういう意味では地域に眠っているもののひとつ。そんな場所に地域資源を掛け合わせることができれば、ローカルの新しい価値を発信するモデルをつくり出せるのではないかと考えて、”廃校”を中心に物件を探していました」
とはいえ、事業規模を考えると小学校は大きすぎるため、幼稚園や保育所くらいの規模を検討していたそう。最初は直接土地勘のある自治体に自ら問い合わせるなど、地道な物件探しをしていたと中野さんは言います。
中野さん「旧蓮沼幼稚園に決めたのは一目惚れでした。公共不動産データベースで写真を見て、ここだ!と。
リノベーションを進める上では、この土地と建物の記憶を受け継ぎ、その場所と地続きに感じられるものをつくりたいと考えました。閉園後は、郷土資料館の所有物の保管場所になっていたこともあり、唐箕など古い農機具が残っていました。もちろん幼稚園だった頃のおもかげも至るところにあり、空間設計をお願いしたyaの山本亮介さんには、そんな既存の良さを活かしながら生まれ変わらせたいと相談しました」
改修も柔軟に対応してくれたこともあり、コンクリートの巨大な壁を取り壊して広いひと続きの空間をつくるなどの大胆なリノベーションも実現し、解放的な空間ができあがりました。
山本さん「はじめて訪れた時は、土地と建物のポテンシャルも非常に感じる一方で、年月が経過していた分、相当手を入れる必要があると感じました。まずは水回りなどの設備整備、製造から搬出までのスムーズな動線設計など、工房としてきちんと機能するためのプランニングを行い、元廊下の部分に工房機能を収めました。元教室部分は、今後の展開に合わせていろんな用途に使えるように敢えて役割を決めず、教室間の壁だけを抜いた大らかな空間にしています」
主要な機能を繋ぐ場所だった「廊下」を、「工房」というメインの機能に転換するとは、大胆な発想に思えますが、細長いリニアな形状、搬出入口との連続性など、理に適っています。
リノベーションや内装の資金集めにはクラウドファンディングも活用。屋上には300平米の太陽光パネルを設置し、工場の電力や、自社の電気自動車分は再生エネルギーで賄っているそう!
山本さん「空間設計は”収穫”をテーマに進めました。例えば、工場とショップスペースを仕切っているガラスのサッシは、天井の下地材を転用したものです。他にも、ぶち抜いたコンクリートの壁をテーブルに転用したり、空調のダクトをベンチに転用したり。あちこちから材料を”収穫”し、今あるものをいかに循環させられるかに挑戦しました」
園児がスムーズに行き来できるよう、保育室が園庭に対して開放的に設計されているのが幼稚園舎の特徴。その大らかさはそのままに、外から地域の人がふらっと入ってこられるような雰囲気が残されていたのが印象的でした。
公民連携はスピードが命!山武市担当者の想い
HAPPY NUTS DAYと山武市は10年間の賃貸借契約を結んでいます。議会の承認を得て、建物自体は無償、土地に対して賃貸料が発生しています。山武市の柔軟な対応が印象的ですが、旧蓮沼幼稚園跡地の活用事業はどのような経緯で始まったのでしょうか。
内山さん「旧蓮沼幼稚園は、旧蓮沼村(現在は山武市に合併)唯一の幼稚園でした。近隣住民の愛着が強いこの場所を、地域のために活用できないか、という声は根強くありました。地域振興と観光産業振興の両観点から企画政策課で旧蓮沼幼稚園跡地を活用する事業案をまとめ、市の庁内会議に提案しました。そこで合意を取り、2021年秋に公募型プロポーザルの募集を開始しました。
HAPPY NUTS DAYは観光産業としてのポテンシャルがあることに加え、山武市全体としてSDGs施策に力を入れていきたいタイミングも重なり、再生可能エネルギーの活用を視野に入れた事業案ともマッチしていました」
実は、旧蓮沼幼稚園跡地の活用事業を実施するのは山武市として2回目。1回目も問い合わせや見学申込は多くあったものの、最終的に事業者からの提案はないまま終了してしまったそう。原因として、行政側のスピード感が課題のひとつだったと内山さんは話します。
内山さん「初回のプロポーザルでは、民間事業者のみなさんが求めるスケジュール感に対して行政側の手続きが追いつかないケースが多かったのです。事業計画はスケジュールがシビアです。公民連携を進めるには、行政側のスピーディーな調整もポイントになることを学びました」
「これからはスピードの山武市です!」と山武市のみなさんが話すように、2021年秋に公募型プロポーザルの募集が開始され、HAPPY NUTS DAYの工場稼働が実際に始まったのが2022年の夏後半と、かなりの素早さ。
建物の改修についても「建物自体がかなり古かったので、安全性や最低限の機能が担保された状態で貸し出すのが行政として必要なことではないかと考えました。ただ、行政が整備した後にプロポーザルを始めてしまうと時間がかかるし、事業者の意向も汲み取れない。改修費用はあらかじめ当初予算内で組んでおき、中野さんたちの改修工事と同時並行で整備を行いました」と、非常に柔軟な対応をされた様子が伺えます。
具体的には、劣化していた浄化槽や、HAPPY NUTS DAY側が不要と判断した什器撤去なども山武市側の負担で行われました。要不要も含め、事業者とコミュニケーションを取りながら進められるのは、公民双方にとってメリットがあるのではないかと思います。
地域に開く、余白の使い方
2023年1月に完成した工場のオープンデイを実施して8ヶ月が経過する今、中野さんはどのような手応えを感じているのでしょうか。
中野さん「ショップスペースは現状平日のみのオープンですが、地域のみなさんによくお越しいただき、ギフトやお土産として商品を購入される方も多いです。また、幼稚園の卒園生など地域にゆかりのあるスタッフが働いてくれて、少しずつ地域のつながりが生まれています。道の駅やイベントに出店してチラシを配るなど、地域のみなさんとコミュニケーションを始めています」
ショップスペースにあるコンクリートのテーブルには、中野さんたちの「やりたいことリスト」が貼られています。こうしてオープンにしておくと訪れた人の目に留まり、何か一緒にやろうと盛り上がったり、思わぬ化学反応も生まれるそう。
中野さん「ここでやってみたいアイデアはたくさんあります。落花生の収穫体験、農家さんとの交流イベント、落花生を使ったパティシエとのお菓子づくりワークショップなど、つくり手と一緒にみんなが楽しめる体験を生み出していきたい。また、工場機能を活かせば少数ロットでもオリジナルの商品をつくり出せる機会も提供できたり、保健所の許可を得たシェアキッチンをつくって何かチャレンジしたい方に貸し出してもいいかもしれない。
また、地域の人も使える社員食堂もやってみたいです。実は、山武市は千葉県の落花生発祥の地。僕らのWEBサイトで200以上のピーナッツバター活用レシピを掲載しているのですが、この土地からもっと落花生の魅力や可能性を発信していきたい。たとえば、地元で何十年と落花生を育ててきてその美味しさを知っている方に調理スタッフになってもらって、おいしい料理をみなさんに届ける。そんなつながりを生み出していけたら最高ですね」
落花生というひとつの名産品を軸に新たな商品を開発し、地域やつくり手とつながりながら観光産業へと発展させる幅広い可能性を秘めたHAPPY NUTS DAYの取り組み。メーカーとしての商品開発の活動に留まらず、余白を持った取り組みを構想できるのは公共不動産ならではと中野さんは言います。
中野さん「ふつうの物件と比べて維持費の安い公共不動産だからこそ、ゆとりを持ってやりたいことを追究できる。とても手応えを感じています。山武市のみなさんがスピード感と柔軟性を持って動いていただいたからこそでもあります」
地域から新しいブランドのあり方をつくり出す、HAPPY NUTS DAYと山武市のコラボレーションに今後も注目していきたいと思います!
撮影:田中真衣(特記を除く)