どこまでも続く青い空にさわやかな風。南国ハワイにも歴史的建築物を次世代へと受け継ぎ、新たなカルチャーを生み出している事例があります。
ホノルルの中心地から車で20分ほど走ると、緑豊かな山麓にある住宅街・マノア地区にたどりつきます。背後にある山の中には森林保護区にも指定されたマノア渓谷があり、熱帯雨林のトレイルや滝が楽しめる自然豊かなエリアです。
そんなマノアの山のふもとで朝から一際にぎわっているのが「ワイオリキッチン&ベイクショップ」です。朝ごはんの名所としても知られており、焼きたてのパンやサンドイッチ、パンケーキなどを求めてオープンと同時に多くの人が列をつくります。
ワイオリキッチン&ベイクショップは、かつてWaioli Tea Room(ワイオリ ティールーム)として使われていた建物を改修して誕生しました。
この建物は1922年、Salvation Army(救世軍)※によって孤児院で暮らす女子のための職業訓練学校施設として建てられたもので、女子たちは併設されたキッチンとティールームなどで調理や掃除、カスタマーサービスなど社会進出するためのスキルを学び、このティールームで毎日朝食、ランチ、アフタヌーンティーを提供していました。最盛期には毎日世界中から何百人ものゲストが集まったといいます。
1970 年代初頭、州の里親制度の開発にともなって孤児院が閉鎖されることになり、この場所も廃止となりました。その後40年間にわたって管理者が何度も入れ替わってきましたが、2014年にこの場所が賃貸に出されたタイミングで、長年レストランの経営経験を積んできたRoss Anderson氏が夫婦で手をあげました。
※Salvation Army(サーベーション アーミー)とは、キリスト教一派であるプロテスタントの団体。社会福祉、教育、医療などの事業を支援しながら伝道事業を行っている。
ワイオリキッチン&ベイクショップの大きな特徴は、建物だけではなくその歴史的な役割も受け継いでいることです。この店のキッチンでは、元受刑者や救世軍の薬物乱用プログラムの卒業生がスタッフとして働き、キッチン業務を通じて基本的な習慣や社会的スキルなどを身につけています。
1922年に孤児院の女子たちに職業訓練を提供する場所として誕生したこの施設。廃止後の40年間はその役割が引き継がれることはありませんでしたが、アンダーソン夫妻は事業を立ち上げるにあたって、ここをただのレストランとすることはなく、当時のように職業訓練ができる場所として再生したというわけです。
夫のRossさんはレストラン経営の経験を持ち、一方で奥さんのStefanieさんは受刑者や大学生に向けてライフスキルを教えてきたという経歴の持ち主。夫婦のそれぞれの経験を持ち寄って実現したプロジェクトだったといいます。
メニューは意図的にシンプルにしているそうで、朝食はパンケーキやサンドイッチ、ロコモコなど定番メニューが5種類ほど。トレーニングを受ける人々にとって難易度が高すぎず、繰り返し安定してつくれるものにしているそうです。
と、ここまでお店の背景について触れてきたのですが、運ばれてきたパンケーキを一口食べた瞬間、そんな話は一瞬でふっとんでしまいました。めちゃくちゃおいしいのです!
ここがオープンと同時に行列ができるほどの人気店なのは、職業訓練支援という社会的な活動だけではなく、純粋にレストランのクオリティがその大きな理由なのだろうと思います。事業としてうまくいくことで、きっと社会活動の側面もより一層活発になっていくという好循環が生まれているのでしょう。
地元紙のインタビューでは、アンダーソン夫妻がこの場所のテーマは“found treasures, second chances”(宝物の発見、二度目のチャンス)だと話しています。
誰もが喜ぶおいしい食事と時間を提供すること。
失敗や挫折をしても、もう一度夢を見るチャンスを提供すること。
建物だけでなくその歴史的な背景まで受け継いできたこの場所は、社会そして人々の日常に新しい価値を提供するハワイで唯一無二の場所となっています。
参照:
Waioli Kitchen & Bake Shop
https://waiolikitchen.com/
Waioli Kitchen & Bake Shop serves up breakfast, lunch, job training : Pacific Business News
https://www.bizjournals.com/pacific/news/2019/03/04/bizbites-waioli-kitchen-bake-shop.html