新しい図書館をめぐる旅
新しい図書館をめぐる旅

ホーチミン市ブックストリート。市の文化政策と出版業界が融合した、屋根のない図書館的空間

「新しい図書館を巡る旅」の海外編。今回は、ベトナム・ホーチミン市にあるブックストリートを紹介します。まるで公園のような図書館のような、開放的な本のある空間。公共施設ではあるものの、出版協会や書店と協業して整備、運営しているのがポイント。官民が手を取り合ってつくりだす新しいタイプの公共空間についてレポートします。

ベトナムのホーチミン市の中心街にあるブックストリートの様子

本に囲まれたまちなかの居場所 ── 屋外型図書館のような空間

ベトナム・ホーチミンのまちをぶらぶら歩いていると、小さな書店が並ぶストリートに遭遇しました。ホーチミン市1区の中心部にあり、一大観光スポットであるサイゴン大教会や中央郵便局のすぐ近くというロケーションです。

左 ブックストリートの入り口。抽象的なモニュメントがある。かわいい。 右 入り口の向かいにはサイゴン大教会がある。観光スポットに隣接する好立地。

通りのワンブロック分には小さな書店が向かい合わせに20軒ほど並んでいて、通りには街路樹があり、ベンチがあり、書店にまぎれてカフェや土産店があったり、小さなイベントステージもあったりと、広場のような開放的な空間が広がっています。

書店の正面は扉が開け放たれていて、軒先に本が平積みになっていました。本が日焼けしたりスコールで濡れてしまわないかなど勝手に心配になるのですが、ホーチミンの南国気質のせいか、おおらかな雰囲気で本が並んでいます。

全長約144メートルのグエンバンビン(Nguyễn Văn Bình)通りに、20ほどの書店やカフェが並ぶ。

訪ねた日は天気が良く、観光客がベンチで休憩していたり、若者がたむろしていたり、子どもを連れたお母さんたちが集まっている姿がありました。いろんな属性の人が、なんとなくこの場所に集まって来ている様子。

カフェの本棚にある本は閲覧自由になっていて、書店でも立ち読みをする人がいたり、通りの一部には子どもの遊び場もあったりと寛容な雰囲気で、本に囲まれたまちなかの居場所となっていました。この通り全体がまるで屋外型の図書館のようです。

通りに面して開放的なPHHUONG NAM BOOKSTORE。ベトナムの大手書店チェーンが営むブックカフェ。
左 子どもの遊び場もある。小さいスペースながらも、子どもの居場所が意識的に設けられている。 右 子どもの遊び場の近くには、閲覧自由の絵本の本棚がある。

行政と出版業界が育む新しい公共空間

2016年1月にオープンしたブックストリート。一つひとつのお店は民間の書店ですが、プロジェクト自体は行政が主導しています。ホーチミン市人民委員会の決定に基づいて、市民の読書習慣を育みながら文化的交流を深めるための場所として整備されました。

書籍のラインナップとしては、ベストセラーや売れ筋の新刊だけでなく、児童書や人文系、アート系、その他専門書や外国語の本もあり、大手書店チェーンのほか、ジャンルごとに強みを持つ出版社がプロデュースする書店、大学が営む書店などが並んでいます。

左 ホーチミンにあるホアセン大学がプロデュースする書店。大学の出版部が発行する書籍のほか、セレクトした書籍、雑貨などを販売。 右 外国語の書籍を扱うLittle Cats BookStore。店構えからそれぞれの世界観が出ている。

この場所を管理・運営するのは、市の指導のもとベトナム出版協会が設立した有限会社「Ho Chi Minh City Book Street One-Member Co. Ltd」。同社はこの場所のコーディネーターとして、作家との交流会や新刊発表会、週末には古本市や工芸フェアなど年間200以上のイベントを企画、運営しているほか、地域の小中学校や高校、大学などの教育機関との連携も行っています。

テナントとして入居する各書店では、売れ筋だけではない本の取り揃えやイベント協力などパブリックな側面を持ちつつ、店先ではトレンドを感じさせるお土産や雑貨を販売するなどビジネス感覚も感じました。民間ならではのビジネスの工夫と運営会社による積極的なイベント運営によって、この場所に活気をもたらしています。

Ho Chi Minh City Book Street One-Member Co. Ltdは、来場者数、売り上げともに順調に成長をみせ、特に観光客の来場数が伸びているとのこと。この場所の成功を受けて、ホーチミン市内に複数のブックストリートの整備を進めているほか、首都ハノイやダクラク省など、全国的にもこのモデルが展開され始めています。

観光客が多いながらも、袋にどっさり本を買っていく地元の人の姿もありました。

文化振興、観光、出版業界の支援などへの波及効果

そもそもベトナムでは一人当たりの年間読書数が平均1冊未満という統計があり、読書習慣が定着していないことを危惧した政府が、読書の魅力を伝えるためにこの場所を整備したという背景があります。まちの中心地にあって、ふらっと立ち寄り、カジュアルに本に触れられるこの場所をきっかけにして、市内の図書館利用にもつながっていくのかもしれません。

さらには、多彩なイベント実施による文化振興、立地を最大限に活かした観光拠点化、書店や出版業界の支援など、いろんな要素を受け止めていく一挙四得(それ以上?)の可能性を感じるプロジェクトです。

今回は観光としてホーチミンを訪れ、偶然にこの場所と出会いました。通りを観察していると、小さな書店ブースのなか、地元の子どもが真剣に漫画を立ち読みしていて、書店員さんがそれを見守っているというシーンが。観光のにぎわいのなかに日常が溶け込んでいるような、ほのぼのとした風景にほっと心が癒されました。

観光客の私だけでなく、この場所にはその人ごとに違った楽しみ方があるのでしょう。屋外の開放感からか、本のある空間が人を惹きつけるのか、はたまた南国がなせる技なのか。甘いベトナムコーヒーを片手に、この場所が放つ不思議な魅力にしばし思いを馳せていました。
 

参照:
Book streets learn from HCM City(Viet Nam News)
https://vietnamnews.vn/life-style/421880/book-streets-learn-from-hcm-city.html

The trend of forming book streets and developing reading culture(VANVN.VN)
https://vanvn.vn/xu-huong-hinh-thanh-duong-sach-phat-trie%CC%89n-van-hoa-do%CC%A3c/

Ho Chi Minh City Book Street – experience from a modern reading culture model(ART TIMES.vn)
https://arttimes.vn/van-tho/duong-sach-thanh-pho-ho-chi-minh-kinh-nghiem-tu-mot-mo-hinh-van-hoa-doc-hien-dai-c55a13544.html

関連

本との出会いをインフラに。台湾のまちに散らばる「知恵図書館」

関連

「ソウル野外図書館」から見えてきた、パブリックな居場所のつくり方

連載

すべての連載へ

公共R不動産の本のご紹介

クリエイティブな公共発注のための『公募要項作成ガイドブック』

公共R不動産のウェブ連載『クリエイティブな公共発注を考えてみた by PPP妄想研究会』から、初のスピンオフ企画として制作された『公募要項作成ガイドブック』。その名の通り、遊休公共施設を活用するために、どんな発注をすればよいのか?公募要項の例文とともに、そのベースとなる考え方と、ポイント解説を盛り込みました。
自治体の皆さんには、このガイドブックを参照しながら公募要項を作成していただければ、日本中のどんなまちの遊休施設でも、おもしろい活用に向けての第一歩が踏み出せるはず!という期待のもと、妄想研究会メンバーもわくわくしながらこのガイドブックを世の中に送り出します。ぜひぜひ、ご活用ください!

もっと詳しく 

すべての本へ