西千葉の一角から聞こえる、にぎやかな笑い声
ある土曜日の夕方。西千葉の一角にある屋外の公共空間HELLO GARDENと道路を挟んだ隣の公園で一箱古本市が開かれていました。出店者もお客さんも誰もがのびのびとしていてなんとも楽しそう。
約370㎡という決して広くはないHELLO GARDENには、手前に古本市の店のほかにドリンクスタンドや小屋、少し高台になっている奥に「実験ガーデン」と呼ばれる畑があります。何も知らない人が通ったら「ここは何?」と不思議な顔を浮かべるかもしれません。
「『新しい暮らしを自分たちでつくる実験場』として、まちの人がそれぞれ考える理想の暮らしを自分の手でつくるチャレンジができるプラットフォームになれたら、という思いでつくりました」と話してくれたのは、HELLO GARDENを運営する株式会社マイキーの西山芽衣さん。マイキーは、HELLO GARDENからほど近い場所にある「生活に根ざすものづくり」を行う西千葉工作室も運営しています。
HELLO GARDENで開かれるイベントは参加者たちの希望をもとに西山さんたちHELLO GARDENのメンバーが企画を考えることもあれば、何かをやりたい人自身がこの場所を借りて行うこともあります。ちなみに今回の一箱古本市は、本好きの方の自主企画として始まったもの。
ほかにも例を挙げると、小商いの第一歩を応援する場「HELLO MARKET」、日常をもっと楽しくするための暮らしのヒントを学ぶ「ケの日ラボ」、持ち寄りピクニックで週末の遊びを自給する「HELLO TABLE」、映画好きが集まって夜風に当たりながら観る映画鑑賞会の「屋外映画部」など、バラエティ豊かで何よりどれも楽しそう。さらにこの場所が日常的に開いていることが大切だと週に4日程度、コーヒーやジュースを販売するドリンクスタンドも出し、気軽に立ち寄れる空間づくりをしています。
「HELLO GARDENに来てくれた地域の方たちとの、『まちでこういうことができたらいいのにね』『ほんとはこんなことしてみたいんだ』という会話がコンテンツの種になります。私たちが何をやるのか決めるのでなく、一緒にまちの人たちのやりたいことを形にして共感する人と出会える場所をつくりたいと思っています。そこで生まれた小さなコミュニティがいくつも共存する社会に興味があるんです」
あくまで主役はまちの人。10人いれば、10通りの理想のライフスタイルの形があり、やりたいことがあります。その違いこそが「おもしろい」と笑顔で話す西山さん。西山さんも西千葉にある千葉大学の学生だったこともあり長年この土地で暮らしてきた一人。昨年結婚を機に引っ越しましたが、現在もHELLO GARDENから自転車で10分ほどの場所に住まいがあります。西千葉の暮らしを知る生活者の解像度でまちを見ることもHELLO GARDENはかかせないことなのです。
ベッドタウンの暮らしをアップデートする
さまざまな人たちの「やりたい」を一緒に形にしていった西山さんですが、実はどれも大きな利益が出るようなものではありません。どうやってこのプロジェクトが始まり、活動を続けているのでしょうか。
以前、まちづくり関係の仕事に携わっていた西山さんは、千葉県出身のある企業の社長と出会います。そして、こんな相談を受けます。「千葉への恩返しとして、地域を元気にすることをしていきたい。そのために自分のお金を活用したい」と。当時、まちの人が関わる余地があまりない計画主導のまちづくりに携わりモヤモヤするものを抱えていた西山さんは、社長の思いを受け止めて自分に何ができるのかを考え始めました。
何をするにも拠点が必要だと、はじめに取り掛かったのが場所探し。そこで目を付けたのが西千葉エリアでした。ここはもともと別荘地として栄えたのち、東京のベッドタウンとして発展してきた地域。
「色々な縁があった西千葉。大きな特徴や分かりやすい課題があるわけではないこのまちで、普通の暮らしをアップデートするチャレンジしたいと思いました。大きな開発が入っていないこと、千葉大学が近く学生が多いまちだったことも選んだ理由のひとつです」
幸運、それとも運命だったのか、西千葉を拠点にしようと思ったタイミングで、後にHELLO GARDENとなる敷地が売り出されているのを発見。場所を手に入れることができたのです。その後、西山さんは改めてHELLO GARDENと西千葉工作室の企画し、正式に出資してもらえることになったのですが、だからこそお金の使い方には強い思いがありました。
「打ち上げ花火みたいにドカンと地域の人たちを喜ばすだけのお金の使い方は嫌だったんです。出資金は、あくまでプラットフォームづくりのためのもの。コンテンツをつくり、発展させていくのは地域の力であってほしいと思いました。外から入ってくるお金はいつなくなるかわかりません。だから、そのお金が万が一なくなったとしても、経験、知識、スキル、カルチャー、人間関係など、まちや人の中に残るもの、そして引き継げるものをつくることにお金を使いたかったんです」
2015年4月、「実験広場をつくる実験からやってみる」という決意のもと、まっさらな更地のままHELLO GARDENはスタートしました。業者は一切入れずに自分たちで土を耕すところからはじめたというのだから驚きです。
「拠点をつくっていくなかで、何が必要なのか、どこまで自分たちでできるのかを知りたかったんですよね。お金をかけずにできるだけDIYで場をつくるプロセスを自分たちで経験することで、それをノウハウとして溜めることができて、そのノウハウが将来的にどこかのまちでも活用できたらいいなと思ったんです」
自治会の理解を得て、公園の利用が可能に
試行錯誤しながら活動を始め、今年で5年を迎えたHELLO GARDEN。もちろん、すべてが順調だったわけではありません。「5年前は私たち自身もまだ何ができるかわかっていなかったし、それを周りで見ているまちの人たちはもっとわからなかったと思う」という西山さん。少しでも地域との関係をよくするために、自治会長と接点をつくり話す場を意識して持つようにしていたのだそう。
そのなかでも、自治会との距離が圧倒的に縮まった象徴的なできごとが、今やHELLO GARDENの夏の恒例行事となっている「BONODORI night」。これは、通りを挟んだ隣の公園で行われる自治会の盆踊りの日に合わせて、HELLO GARDENでは学生が主体となったクラブイベントを開催し、まちじゅうみんなで一緒に盛り上がろうというもの。
「地域のお祭りが公園の中だけじゃなくてHELLO GARDENにも広がってくれたらと思って、自治会長に仲間に入れてほしいとお願いをしたんです。そうしたら自治会は大学生や若者を集めることが難しいから、一緒にやってほしいと。そんなふうに自治会長が頼ってくれたり、対等でいてくれたりするのはありがたいですよね。自治会に恵まれているなって思います」
自治会が抱えている課題とはべつに、西千葉には、大学生や留学生といった若者にとっては「まちに遊ぶ場所がない」というジレンマが、そして、地域と大学生の関係性もあまり接点がないからこそのコミュニケーション不足からくる課題も色々ありました。自治会の課題と大学生の課題を一度に解決するアイデアとして生まれた企画がBON ODORI nightなのです。住宅街ではクラブイベント単体での開催はクレームになって難しいので、自治会の協力があってできること。そして、大学生が盆踊りの日にクラブイベントを同時開催することで、たくさんの若者がHELLO GARDENに集まり、その流れで地域の盆踊りにも参加するという効果が。自治会と学生がお互い助け合うことで、BONODORI nightは大成功! このことが自治会と西山さんたちの関係を大きく前進させるきっかけになりました。
HELLO GARDENのイベントが参会者やお客さんの増加により手狭になってきたと感じた西山さんは隣の公園も会場の一部として利用できたらと思い行政に相談しにいきました。ですが、営利目的ではなくても民間企業には貸せないと言われてしまい惨敗。
「そのことを自治会長さんに相談すると、自治会の催しということで自治会の名義で申請書を出してくれたんです。さらに公園をもっと使ってもいいんじゃないとも言ってくれて。それからは公園を使いたいとき、自治会を通して申請するようにしています。自治会の中でHELLO GARDENのイベントがまちにとっていいものだと理解してもらえて、今ではHELLO GARDENのイベント情報をすべて回覧板で回してくれるんです。そのおかげで最初は何をやっているのか怪しんでいたまちの人にも安心してもらうことができたと思います。それはすごく大きいですね」
行政のプロジェクトでもなく、地域の中でなんの後ろ盾もない、いわば信用ゼロの状態から始めた西山さんにとって、そこで待ち受けていた困難は想像以上だったはず。それでも、自分たちが信じるHELLO GARDENをあきらめることなく続けてきたからこそ、自治会やまちの人たちの心を動かすことができたのです。
お互いに成長し合うためのプラットフォームづくり
西山さんの話には、「みんなでつくる」「みんなで決めている」「一緒にやる」という言葉がよく出てきます。それは、西山さんが西千葉というエリア以上に、まちの人を見ているからにほかなりません。
「私は西千葉が好きですが、地域のために活動しているわけではないんです。自分や私の目の前にいる人たちの暮らしのベースが上がるにはどうすればいいのか、という部分に興味があるんです。その結果、まちがよくなっていけばいいなって」
西山さんがいう、「暮らしのベースが上がる」とは、新しいことにチャレンジできたり、新しい情報を得られたり、新しい人に出会えたりするきっかけが暮らしの近くにあること。そして、少しずつ生活の形が変わり、今日もいい日だな、と感じる瞬間が日々のなかで増えること。この思いは、ほかの地域で暮らす人たちにも向けられています。
「HELLO GARDENというローカルな場所でやっていることが小さな波紋となって、今目の前にいない人たちにも広がっていくことが大事だと思っています。そろそろHELLO GARDENで溜めてきたノウハウをシェアするプラットフォームをつくる段階にきているのかなと感じています」
すでに、HELLO GARDENで何かイベントを開催したいと思っている人には、どういう手順で準備をしていくか情報を共有しているそう。飲食を出す場合は保健所への申請が必要、といった具合に、個人では少しハードルの高い行政への手続きに関する情報も網羅しているので安心してやりたいことに挑戦することができるのです。また、HELLO MARKETに初めて出店する人には、おつりの準備から会場の片付けまでの手順を記載した「出店マニュアル」を用意。これは、HELLO MARKET以外のイベントでも問題なく出店できるようにするためだと言います。
「さらに、その小商いを成長させていくためのサポートもしています。PRの先生を招いた講座を開いたり、写真講座を開いたり。HELLO MARKETの売上は全部わたしたちでチェックして、半年や一年ごとに出店者と面談をするようしています。お店の方のためはもちろん、どういうサポートをプラットフォームとして用意すればいいのかを知る機会にしています。個人の成長とHELLO MARKETのノウハウのアップデートとを合わせてお互いに実験していけたらと思っています」
これらのノウハウは現在、HELLO GARDENのホームページでも見ることができるように準備をしている最中とのこと。さらに西山さんは、このノウハウのシェアを企業にもシェアしていきたいと考えています。
HELLO GARDENのような場所が、日本のあちこちに生まれる日もそう遠い話ではないかもしれません。
ローカルをミクロな視点で観察し、まちの人とともに行動する一方で、HELLO GARDENとまちのあり方をマクロな視点で考察し、社会を変えていく仕組みづくりも同時に展開していく。西山さんのような視野の広さと絶妙なバランス感覚は、公共空間をつくるうえで今もっとも必要なものではないでしょうか。