変化する池袋の日常
カフェでテイクアウトした飲み物を片手に、ゆったりした芝生広場で人々が自由にくつろぐ南池袋公園。そこからほど近いグリーン大通りでは、電源付きのストリートファニチャーでパソコンを開くワーカーや、住民のみなさんがのんびり歓談する姿がみられます。週末にはマーケットが開かれ、こだわりのカフェやレストラン、地域で活動する作家やアーティストなどの出店者が豊島区や池袋沿線から集まります。住民やワーカー、プレイヤー同士がゆるやかにつながりながら街を育む、リビングのように居心地のいい日常風景が池袋エリアで生まれています。
文化的資源やパブリックスペースを生かしたまちづくりへ
2014年には「消滅可能性都市」とも指摘されるなど、かつては放置自転車で溢れる治安の悪いイメージや商業的なエリアという印象が強く、乗降客数が世界3位の巨大ターミナル駅でありながら街中に人が訪れないことから、「駅袋」と揶揄されることも多かったのだとか。(*1 民間有識者組織 「日本創成会議」 において、池袋は東京23区で唯一「消滅可能性都市」の指摘を受けた)
しかし一方では、サブカルチャーや舞台芸術など文化的資源も豊富で、4つの特色ある公園を有するなどパブリックスペースの面でもポテンシャルのあるエリアでもあります。
2015年には、そんな強みを活かして街を発展させる「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」を発表。そこでは、構想を実現する施策のひとつとして、公園を核にしたエリアの賑わいや回遊性の向上が目指されています。
南池袋公園がもたらした変化
特に、2016年4月の南池袋公園のリニューアルはエリアにダイナミックな変化をもたらしました。カフェや芝生を設置して賑わいを生むだけでなく、地下の土地を電力会社に貸して変電所を入れることで収益を担保し、さらに地下に大型駐輪場も整備したことで路上駐輪を減少させるなど、従来抱えていた地域課題も解決に導いています。
2016年8月にはグリーン大通りが国家戦略特区に認定され、翌年には「グリーン大通り等における賑わい創出プロジェクト」事業がスタート!南池袋公園のオープニングイベント企画に関わったメンバーで立ち上げた株式会社nest(以下、nest)が採択され、2017年〜2019年の第一期、2020年〜2023年の第二期にかけて、「リビングのように居心地のいいまちなか」を目指した段階的な取り組みが進んでいます。
ハード整備が前提ではない
活用の「その先」を見つける社会実験
通常、自治体における公共空間活用に関する事業では、将来的に道路拡張・公園整備、駅前の広場化など、ハード整備が前提にされたものが一般的です。しかし豊島区での事業は、未来の風景を描き、実験を重ねながらそのために必要なものを抽出するアプローチでプロジェクトを進めています。
池袋に本社を構える株式会社良品計画や株式会社サンシャインシティ、南池袋公園のカフェを運営する株式会社グリップセカンドなど、地域の様々な企業や団体を巻き込んでいることも大きな特徴のひとつ。プロセス自体に様々な関係者を積極的に巻き込みながら議論と提案を重ね、規制緩和や仕組みづくり、ストリートファニチャー設置等のハード面の具体的な整備につなげていきました。
第一期:2017年〜
つくりたい風景を描き、形にする
まずnestが取り組んだのは、本来管轄の部署が異なるグリーン大通り(都市計画課)と南池袋公園(公園緑地課)を含んだエリアを一帯で捉えて活用可能性を拡げる実験。「金融機関等が立ち並ぶグリーン大通りは、日常的に通勤する人が多いですが、滞在している人は多くありません。南池袋公園の日常的な価値をさらにアップさせ、グリーン大通りまで魅力が滲み出るような実験を重ねました。つくりたい風景を描き、実際に形にしてみる。それを繰り返しながら、公園から生み出す価値がエリア一帯にどんな影響をもたらすのか考えていきました」とnestの宮田さんは話します。
公園を映画館や結婚式場にする「nest cinema」や「nest weding」、公園からグリーン大通り一帯に新鮮な野菜やおいしい料理が並ぶマルシェ「nest marche」など、豊島区やグリーン大通りエリアマネジメント協議会と協議しながら、エリア一帯の日常風景を底上げする様々な実験を行いました。
徐々に、南池袋公園〜グリーン大通りで過ごす層にも変化が見られたそう。「池袋エリアには少ないと言われてきたファミリー層や若い世代の姿がだんだん増えてきました。ベビーカーの渋滞が起きたり、芝生の劣化など設備面の心配もありましたが、自然に利用者同士で声をかけ合う様子が見られたり、運営側としても動線づくりの工夫をしたり、マナーやルールもみんなでつくりながら育むことを実感しました」と宮田さんは話します。
多様なプレイヤーの関わりをつくる仕掛け
このような実験はnestメンバーだけでなく、「ネストキャスト」という運営サポートスタッフに支えられていると言います。2017年の初回マルシェから「ネストキャスト」を募集し、現在は250名以上の学生や社会人の方々が携わっているとのこと!(現在はIKEBUKURO LIVING LOOPキャストという名前に変更。詳しくはこちらもご覧ください)。
また、人通りの少ないグリーン大通りにマルシェ出店者が集まりにくい課題が見られた際には、木材を使った素敵な屋台をワークショップ形式で制作!小さな投資ながら、公園のような風景を生み出すために空間のしつらえを変え、「思わず出店したくなる」ストリートを目指したそう。
公園中心からグリーン大通りを主役に。
道路活用の実験がスタート
そのようにボランティアから出店者まで気持ちよく関わることのできる運営の土台を徐々に整えながら、nestとして初のイベントを開催して約半年後の2017年11月、今のプロジェクト名でもある「IKEBUKURO LIVING LOOP」が始まります。
南池袋公園を中心にグリーン大通りに価値を拡げた段階から、グリーン大通りを主役に、街中へ回遊を促す段階にシフトします。「公園と同じくらい居心地のいい道路空間を目指して、小さなベンチの設置から始め、ゆったりくつろげるハンモックやクッションなど、様々なハードの使い方を実験しました。単に賑わいを生むだけではなく、中長期的に見てこのエリアの再整備に本当に必要なものは何かを見極めたいと考えていました」と宮田さんは言います。
「LOOP」という名前には、まちなかを楽しく回遊してほしいという願いも込められています。周辺のお店やスポットを紹介したマップを作成してお店の軒先に設置したり、メイン会場以外の場所でもコンテンツを用意したり、まちなか全体を楽しく歩ける仕掛けも散りばめられています。
企業とのコラボレーションも
IKEBUKURO LIVING LOOPの企画運営には良品計画も参加。同社のソーシャルグッド事業部のメンバーとnestでプロジェクトチームが組まれました。
例えば、無印良品の一部店舗で展開されている国産材でつくられた親子向けの遊び場「木育広場」をアレンジした「木育エリア」が登場。良品計画のつながる全国各地の「ローカル」と、池袋の「ローカル」がつながるきっかけにもなっていったそう。
道路空間の可能性を拡げる。
社会実験を重ねた先の、仕組み・ハードの改善へ
グリーン大通りだけで1日59店舗まで出店されるようになったIKEBUKURO LIVING LOOP。賑わいの向上、企業含めた地域内外のプレイヤーの巻き込みが増しただけでなく、規制や仕組みの見直し、道路空間のハード整備も前進します。
例えば、2018年5月のIKEBUKURO LIVING LOOPでは、キッチンカーの乗入れが可能に。池袋では道路空間でのキッチンカーの出店は治安等の理由からNGでしたが、給排水のない道路空間に飲食店が参加するには、キッチンカーでなければ保健所の許可が下りません。nest、豊島区、警察とで何度も協議や交渉を重ね、イベントの趣旨や安全性に納得してもらった結果、キッチンカーの歩道への乗入れが許可されることに!
また、道路空間でのダンスや音楽等のパフォーマンスも迷惑行為等の観点から実現のハードルがありました。こちらも関係者と協議の上、IKEBUKURO LIVING LOOPのコンセプトに共感してくれたアーティストや、活動の舞台を求めているまちのパフォーマーにお願いすること、nestがしっかり出演者とコミュニケーションを取る等の条件でパフォーマンスの実施も可能となりました。
さらに居心地の良い空間づくりを追究すべく、植栽と照明に関する社会実験も。マーケット開催時はあたたかみのある照明を試してみたり、植栽についてのアンケートや植え替えのワークショップも実施。その成果を踏まえ、本整備で植栽帯や照明・常設のベンチも整備されていきました。
「ふつうの日」の居心地もよくするためには?
にぎわいの常態化に向けた施策整備
ビジネス街であるグリーン大通りは、平日の往来が多いエリア。これまでの取り組みは週末開催がメインだったのですが、主にワーカーをターゲットにした日常のあり方を検討するため、イベント日を除いた平日2週間、グリーン大通りにキッチンカーを設置して利用ニーズ調査が行われました。
しかしその平均売り上げは1.5万円。普段の「IKEBUKURO LIVING LOOP」の売り上げと比べると出店者の期待には届かない結果となりました。
「なかなか認知が上がらず苦戦しましたが、実験をしたことで、イベントではないふつうの日にもふらっと寄って楽しい場所になる仕掛けをつくり、もっと”日常”の価値を上げるニーズに改めて気付かされました。」と宮田さんは話します。
豊島区ではこの一連の実験を受けて、平日も含めた日常の価値を向上させる施策として、国家戦略特区の一部を変更。将来的にグリーン大通りに収益施設が設置できるような項目を追加したことで、飲食店だけでなく、ストリートファニチャーも常設できる可能性が生まれてきたことも成果のひとつだと宮田さんは言います。
第一期が終了!
豊島区とともに新しいステージへ
2017年に開始した「グリーン大通り等における賑わい創出プロジェクト」事業は3年区切り。nestはより長期的な目線を持って関わっていくことを豊島区へ提案し、2020年の公募でも採択されます。池袋駅東口前が歩行者優先のまちとなり、池袋の玄関口としてのグリーン大通りから人々がまちなかに回遊する将来像に向けて、豊島区とともに新しいステージに歩み出すことに。
ウォーカブル推進法が成立した2020年は、ウォーカブル推進都市に向けた政策が各自治体で推進され始めていた頃。豊島区としても「国際アート・カルチャー都市構想」に基づいた南池袋公園含む4つの公園を核としたまちづくりを本格始動させるタイミング *2でもありました。(*2:2016年の南池袋公園のリニューアル南池袋公園以外にも、2019年には中池袋公園と池袋西口公園を、2020年12月にはとしまみどりの防災公園(IKE-SUN PARK)の再整備が完了)
第二期:2020年〜
企業4社による共同事業体で目指す「池袋経済・文化圏」の創出へ
第二期では、nestと良品計画だけでなく、グリップセカンドとサンシャインシティ4社で構成される共同事業体が結成。地元に根付く4社がより強固に連携することで、「池袋経済圏」としての発展を目指し、豊島区だけでなく、板橋区、練馬区、埼玉エリアの生産者や飲食店などのプレイヤーとゆるやかなネットワークをつくりながら、より持続的な文化と経済の循環を生み出していく体制が生まれました。
新たな日常を育むコロナ禍でのチャレンジ!
オンライン版IKEBUKURO LIVING LOOP
しかし、事業スタートのタイミングでコロナ禍に突入。リアルイベント開催が困難な中、オンラインマルシェのWEBサイトを急ピッチでオープンしたり、オンライントークセッション「IKEBUKURO LIVING LOOPのオンライントーク」を企画するなど、なんとかみんなでつながり続ける活動を模索した時期だったと言います。
池袋沿線の飲食店や生産者とのトークイベント、緊急事態宣言下でも営業中のお店を回ってインスタライブなど、新しいつながり方をいろいろと企画していきました。
コンセプトを再定義。
イベントではなく「日常」の価値づくりに向けて
コロナ禍とともにスタートして半年後、2020年10月にリアルイベントとしてのIKEBUKURO LIVING LOOPを再開!グリーン大通り、南池袋公園でのマーケット、サンシャインシティ高架下でのマルシェ、屋外でのトークイベントと会場を分けて来場者を分散させるなどの感染症対策も徹底。
この頃に生まれたのが、「#まちなかリビングのある日常」というキーワード。「コロナ禍をきっかけに、2017年から生み出してきた風景が本当の意味で街に溶け込んだと感じたんです。年に数回のイベントだけでなく、より積極的に日常の価値を醸成していく取り組みができないか、”まちに居心地の良い空間を生み出すIKEBUKURO LIVING LOOP”というコンセプトそのものを日常にしていけないかとプロジェクトメンバーと議論を重ねました」と宮田さんは言います。
ストリートファニチャーの暫定設置実験
IKEBUKURO LIVING LOOPの「#まちなかリビングのある日常」というコンセプト自体を日常化する実験として、2021年10月から2022年1月の3ヶ月間、ストリートファニチャーをグリーン大通りに暫定設置する実験を開始しました。
エリアの特性ごとに「公園×つどう」「公園×はたらく」「公園×まつ」とコンセプトを分け、ストリートファニチャーのデザインや植栽の選定もアレンジ!使用する木材はサンシャイン劇場のリニューアルに伴い廃棄予定だった舞台の板材と、良品計画が販売するまな板の端材などを再利用。2020年に豊島区が選定された「SDGs未来都市」および「自治体SDGsモデル事業」の動きとも連動する形となりました。
そしてストリートファニチャー設置による効果を図るため、調査も実施。行動の多様性を図るアクティビティ調査では、平常時とイベント日による利用者の行動や属性、利用時間、滞留行動の変化を測定。継続的に調査することでエリアごとの特徴も分かり、2020年から2022年の調査結果と比較すると、利用者数や属性、滞留行動の種類が増加していることも見えてきたそう。
ファニチャーにQRコードをつけて実施したアンケートでも、98パーセント以上が常設を希望する結果に。ストリートファニチャーが常設されればより居心地よく過ごせる人が増えるのではないかという仮説も見出されたと言います。
新しい日常だからこその課題も。
ルールではなく、コミュニケーションでの解決を目指して
ファニチャーが暫定設置され、滞在性が向上したと喜んでいたのも束の間、グリーン大通りを日常的に使う人が増えると、その分、ゴミのポイ捨てなどの問題も発生します。「ゴミ箱の設置数を増やすことは一見簡単ですが、よりゴミが増えたり、ゴミ箱の管理という新たな問題も発生します。ハード整備ではなく仕組みで問題を解決できないかと思い、”STREET KIOSK”と”Clean up& Coffee Club”の活動を始めました」と宮田さんは言います。
STREET KIOSKとは、平日朝から夕方にかけて、ポップアップでコーヒースタンドやキッチンカーを設置することで、通りに人がいる状況をつくり、ポイ捨ての抑止力とすることも狙った実験。Clean up& Coffee Clubとは、毎月1回、まちの人とゴミを拾いながら街なかに知り合いを増やしていく活動のこと。東池袋のイケ・サンパークそばのコミュニティシェアスペース「ひがいけポンド」からスタートしたのプログラム「Cleanup & Coffee Club」の暖簾分け活動としてスタートし、毎月20名以上の方が参加し、ゴミ拾いとコーヒータイムを楽しんでくれるようになりました。2ヶ月続けてみたところ、期間中は前よりゴミがかなり減ったと言います。
どちらにも共通しているのは、エリアを訪れる方々に少しでもオーナーシップを持ってもらいたいという思い。「自分の居場所」と捉えられるきっかけをつくることで、より美しく使おうとする行動の変容を目指しています。
ネイバーフッドコミュニティを育む場として。
「#まちなかリビングのある日常」のこれから
コロナ禍もきっかけになり、年に数回のイベントではなく、より居心地の良い新しい日常をつくる方向にシフトしたIKEBUKURO LIVING LOOP。「IKEBUKURO LIVING LOOP」も、より日常的なマーケットとして、年に1度から数ヶ月に1回の開催頻度に。関わるプレイヤーも増え、「池袋経済・文化圏」としてさらに豊かなネットワークが醸成されているだけでなく、2017年以降、平均購入者数と売り上げも増加し、経済効果も現れています。
公共R不動産とnestともに関わる飯石は、「大事にしたいことは、道路が主語ではなく、まちの人が主語になって文化をつくり出していくこと。こうした良い動きを生み出せたのは、様々なチャレンジをさせてくれる豊島区という存在も大きい。やらないとわからないから実験したいと豊島区に言い続けているうちに、多様なプレイヤーと連携しながら、このエリアらしい居心地の良さや文化を追究することができました」と振り返ります。
そんな中で、2023年度のIKEBUKURO LIVING LOOPのコンセプトに掲げているのは「ネイバーフッドコミュニティ」。日常的に出会い、顔の見えるつながり・関係性が育まれ、コミュニケーションとチャレンジが生まれるストリートを目指し、様々なプロジェクトを進めています。
今後も、池袋エリアならではのより良い経済圏・文化圏を育み続けることを目指し、誰もがチャレンジできるまちを目指していきたいと話すnestメンバー。多様なプレイヤーが関わり、みんなでまちを育てるネイバーフットコミュニティにどんどん進化する池袋エリアに今後も注目していきたいと思います!
※IKEBUKURO LIVING LOOPスペシャルマーケットの開催は11/3(金)-5(日)の3日間。
豊島区内・区外のローカルが沢山集まる3日間です。ぜひお越しください!