NEXT PUBLIC AWARD
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NEXT PUBLIC AWARD公共R不動産のプロジェクトスタディ

水道工事会社が手がける新たなパブリックスペース。所沢市に生まれた公共トイレ「インフラスタンド」に迫る!

日本の公共空間活用における新たな可能性を発見するための場所として、昨年第1回目が開催された「NEXT PUBLIC AWARD」。2023年、民間敷地等の公共的な活用事例を選出する「その他部門」で優秀賞を受賞した「インフラスタンド」は、埼玉県所沢市の水道工事会社が地域の建築設計事務所とつくり上げた「公共トイレ」を中心としたコミュニティスポットです。民間発の公共的な場づくりを担う、石和設備工業とシン設計室のお二人にインフラスタンドの生まれた経緯や今後の展望についてお話を伺いました。

埼玉県所沢市の水道工事会社が手がける新たな公共トイレ「インフラスタンド」

所沢市の航空公園駅から15分ほど歩くと、路地の奥に銀色の円い屋根が見えてきます。
その下に続く半透明のシンボリックな塔こそが、「インフラスタンド」の中心的な存在である公共トイレ。

トイレ塔の周辺には色とりどりの植栽が植えられ、円形の広場には真っ白なブランコや縁側のように腰掛けられる場所もあり、まるで公園のようなスポット。敷地内にはシェアサイクルステーションや自動販売機、フリーWi-Fiも完備され、イベントポスターなどを投影する掲示板のような役割のデジタルサイネージも設置されています。

日常的には、トイレ目的で訪れる方々の他にも、お散歩中の保育園児たちの休憩スポットとして利用されたり、登下校中の小学生や大学生、小さいお子さん連れの親子などが立ち寄るなど、地域の方々によく利用されているそう。

様々な植栽に囲まれた、トイレの外に設置されている手洗い場。
トイレの横にはレンタサイクルのステーションとブランコ。奥には石和設備工業の社屋が見えます。

水道工事業界の未来をつくるために。
「トイレ」のイメージを刷新する

そんなインフラスタンドを手がけるのは、水道工事会社でありトイレプロデュース事業なども手がける「石和設備工業」の小澤大悟さんと、所沢市内で私設図書館も運営する建築設計事務所「シン設計室」の高橋真理奈さん。

(左)シン設計室の高橋真理奈さん (右)石和設備工業の小澤大悟さん

小澤大悟さん  プロフィール
1976年生まれ。埼玉県所沢市で創業56年目を迎える水道工事会社「有限会社石和設備工業」代表。2019年よりトイレを使ったプロモーション事業「KAWAYA-DESIGN」を立ち上げる。トイレのネガティブなイメージを払拭し、トイレが経済効果を生み出す世界の実現を目指す。建築したインフラスタンドを交流の場にして地域の活性化につなげるイベント「KAWAYA市」を主催。2023日本トイレ大賞グランプリ受賞/2023関東商工会議所ベストアクション賞を受賞。

高橋真理奈さん プロフィール
1988年埼玉県生まれ。埼玉県所沢市で建築設計事務所「シン設計室」と私設図書館「シン図書館」を主宰。2011年から2019年まで長谷川豪建築設計事務所に所属し、2021年に独立。埼玉県所沢市に休憩・イベントスペースとしても活用できる公共トイレ「インフラスタンド」を企画・設計。地元の所沢市を中心に建築設計に留まらず「西とこ文化祭」など、イベントの企画・運営なども行う。

石和設備工業は2011年に事業継承し、小澤さんが二代目。代表取締役に就任したばかりの頃は経営状態が思わしくなく、苦しい時期が続いたと言います。そんな時期を乗り越えて会社が軌道に乗り始めた頃、水道工事業界の未来について改めて考えるようになったと小澤さんは言います。

小澤さん「この業界は、未だに僕が若手として扱われるほど人材が入ってこないんです。後輩もいなくて、若者にも注目されず、このままだと担い手がいなくなってしまう業界への危機感を持っています。水道工事屋は社会に絶対に必要な仕事にも関わらず、汚いとかきついとかのイメージが先行して関心を持たれにくく、就職先の選択肢にも上がりにくいんです。」

そのような強い課題意識から、従来のイメージを刷新するような会社のロゴや従業員向けの制服のリニューアル、トイレプロデュース事業「KAWAYA DESIGN」の立ち上げなど、小澤さんは様々な試みを行います。

トイレプロデュースの一環で、蓋にお店や事業のロゴ、イラスト等を活用することも。トイレの可能性を楽しく伝えるため、オフィスにはユニークなトイレの蓋がずらりと展示されています。

「理想のトイレ」を通してトイレの可能性を追究し、
自分たちの思いを形にする

しかしそのような新たな試みに対して、展示会などで興味を持つ人はいてもその先に進まないことが多く、なかなか手応えが感じられなかったと小澤さんは言います。

小澤さん「不衛生さや暗さなど、トイレのネガティブなイメージが根強いことを痛感しました。トイレを切り口にした取り組みを普及させるには、そのようなイメージを根本から変えていく必要があると思ったんです。理想のトイレとは何か徹底的に考え、トイレの可能性を発信する必要があると。」

そこで小澤さんが考えたのが「理想のトイレのショールーム」をつくること。

インフラスタンドの構想当時を語る、小澤さん

小澤さん「社屋のある敷地内に設置し、地域の誰もが体験できるトイレをつくることで、自分たちの考える理想型を発信できるのではないか?そこから新たなトイレの可能性が拓かれるのではないかと考えたのです。」

早速、所沢近辺で施設の設計ができる人を探し始めた小澤さんは、知り合いのSNSでシェアされていた高橋さんが立ち上げていたクラウドファンディングを目にします。高橋さんはちょうど建築家として独立するタイミングで、東京から地元所沢に戻って建設設計事務所を開き、週末にはみんなの居場所となるような私設図書館「シン図書館」を開こうと考えていました。

そのクラウドファンデングの返礼品として用意されていた「建築にまつわる困りごとを相談できる」コースに小澤さんが応募し、高橋さんへの相談を始めたことがお二人の出会いのきっかけだったと言います。

小澤さん(左)と高橋さん(右)。クラウドファンディングがきっかけの出会いを懐かしく思い出すお二人。

トイレツアーで感じたトイレの可能性

「理想のトイレのショールーム」をつくりたい小澤さんの相談を聞いた高橋さんは、「誰でも使えるトイレ」というキーワードから「新しい公衆トイレ」像のイメージが浮かんだと言います。

ただしそれは従来の公衆トイレでもなく、ただ綺麗なトイレをつくるだけでもなく、そこに人が集まり、居場所としても機能するような場所。それでこそ、小澤さんの持つ思いがより多くの人に伝わるのではないか?

そのための仕掛けや工夫を考えるべく、まずお二人が行ったのは都内の公園や商業施設のトイレを巡るツアーでした。

高橋さん「トイレについてリサーチすると、都心の商業施設のトイレが話題になっていたり、観光客からも注目を集めていることを知りました。清潔感があり居心地の良いトイレがあることで空間の質が上がり、施設に滞在する時間が延びることで店舗の売上にも寄与している事例もあって。もしかしたら、トイレを軸とした空間づくりはたくさんの可能性を秘めているのではないか?と思ったんです。そこで、公園にあるような公衆トイレから商業施設のトイレまで様々なものを見て、小澤さんと一緒に理想のトイレのあり方を探ってみようと、丸一日かけたトイレツアーを行いました。」

「小澤さんのお話を聞いて、トイレの存在意義自体を捉え直すことにつながった」と話す高橋さん 。

東京都渋谷区内17カ所の公衆トイレを生まれ変わらせた「THE TOKYO TOILET」プロジェクトや、再開発で新しく生まれた商業施設のトイレなど、様々な場所を一緒に巡ったお二人。

小澤さん「公衆トイレをヒントにするとは、思いもよらない発想でした。でも、実際に売上向上に寄与しているトイレを始め、様々なあり方を見たことで、トイレの可能性を根本から考え直すことができました。ただ綺麗なトイレをつくるだけではなく、売上やお客さんの満足度など、その先の付加価値をイメージできるようになり、その後の仕事の進め方ががらりと変わりました。とても良い影響を与えてくれたツアーでしたね。」

所沢のランドマークとして地域に親しまれるトイレを目指す

トイレツアー中、特に二人がピンときたのが恵比寿東公園のトイレ。トイレの機能に加えて、建物自体にベンチのような座る場所が設けられていたり、中庭があったりと、誰もが過ごしやすい明るい空間づくりにヒントを得たと高橋さんは言います。

トイレツアーでお二人が訪れた恵比寿東公園。トイレの建物自体にベンチが設けられ、休憩などで誰でも使えるようになっています。(写真提供:高橋真理奈さん)

高橋さん「インフラスタンドのあるエリアはひっそりとした路地。ほとんど地元の人しか知らない道です。ただトイレがあるだけでは人は集まらない。むしろ、暗くて怖いというイメージを持たれがちな従来の公衆トイレをつくると、会社の信頼を低下させかねないとも感じました。トイレがあることで会社のイメージが向上するだけでなく、地域の安全性も高まるようなトイレを目指したいと考えました。」

そこで設計コンセプトとして高橋さんがイメージしたのは、所沢のランドマークやシンボルタワーとしての明るい存在感。

夜のインフラスタンドの様子。トイレ塔が地域の街灯のように周辺を照らしています。(写真提供:石和設備工業)

高橋さん「この辺りの路地は民家や工場、高架など要素が多く、隣接する社屋のデザインも特徴的です。それらに負けない自立した建築物にすることで、思わず目に留まる象徴的な施設に仕上げ、人が集まるきっかけをつくろうと思いました。そこで道路斜線ぎりぎりまで高さを出した円い屋根で存在感を持たせたり、さらにトイレ塔の室内にペンダントライトを設置することで、塔に暗がりを照らす街灯のような役割を持たせるなど、地域の安全性も担保できる仕掛けも取り入れました。」

生活のインフラ+地域の居場所としてのスタンド。
名称とデザインに込めた思いとは

「インフラスタンド」という特徴的な名称は、高橋さんからの提案だったそう。

高橋さん「小澤さんの話を聞いてから、トイレという存在が私たちにとって当たり前になり過ぎているんじゃないかと思うようになりました。災害直後に断水などの影響でトイレが使えなくなったり、イベントやお祭りでもトイレ不足の問題は深刻です。水道工事屋さんは私たちの生活に欠かせない機能を守る、なくてはならない

存在にも関わらず、目をむけることが少なかったのではないかと思います。その存在意義自体を名称の意味にも持たせたくて、社会の基盤を意味する”インフラ”という名前を提案しました。」

あえて建築の基礎をベンチやハイカウンターとしても使えるようにし、通常は目に見えないコンクリート基礎を前景化するデザインとすることで、インフラを支える水道工事会社に目を向けてほしい思いがあったと言います。

トイレの内部。毎日丁寧に清掃され、ぴかぴかな状態が保たれています。
トイレの内部から見た様子。ペンダントライトが仕込まれ、夜には地域の街灯のような存在に。
コンクリートなど素材の良さを活かしたトイレ外観。

一方で「スタンド」という言葉には、地域の居場所としてのガソリンスタンドのイメージがあると言います。

高橋さん「アメリカってとても広大なので、車での移動距離が長くなります。そのため、道中のガソリンスタンドでトイレ休憩ができたり、キオスクがあって飲食ができたり、それこそ公園や居場所に近いところがある。誰でも平等にフラットに利用できる点も含め、ガソリンスタンドは私たちの目指しているパブリックな位置付けに近いと感じました。」

日本初?!トイレを中心とした滞在型イベント

そのように小澤さんと高橋さんでイメージのすり合わせを丁寧に行いながら、2022年、インフラスタンドが完成しました。

より多くの人にインフラスタンドを知ってもらうため、マルシェイベント「KAWAYA市」を開催し、所沢近辺のおいしい飲食店やクラフト作家さんと連携し、地域の方々が気軽に立ち寄れるきっかけづくりを目指したと言います。
小澤さん「KAWAYA市は、クラフト作家であり様々なマルシェへの出店経験もある妻がリードしてくれています。普通に生活している方も多いエリアですので、妻が近隣の皆さんに手紙を書いて丁寧にコミュニケーションを取ったり、敷地に隣接する都市計画用地を行政からお借りするなど、様々な方にご協力いただきました。」

KAWAYA市の様子。新鮮な野菜の直売所、お菓子やコーヒーなどおいしいフードの出店、ライブパフォーマンスの開催など、所沢周辺の様々なお店やクリエイターが集まります。(写真提供:石和設備工業)
KAWAYA市開催時は、隣接する都市計画用地を借り、滞在できるスペースも用意。(写真提供:石和設備工業)

これまで3回ほど実施したKAWAYA市。2022年には所沢市の社会実験「TOKOROZAWA STREET PLACE」や、所沢発のクラフトマーケット「暮らすトコロマーケット」と同日開催しすることで様々な地域プレイヤーやコミュニティ、拠点と連携。地域全体の回遊性が上がったことで新たに訪れた方も増え、認知度も上がったと小澤さんは言います。

2023年には、所沢市と西武鉄道・KADOKAWA等が実施した、エリアの回遊性を高めるプロジェクト「TOKOROZAWA DESIGN WALK」と連携。KAWAYA市は初めて夜の時間帯にも実施し、インフラスタンドをライティングパフォーマンスでカラフルに彩り、トイレとアートの融合という新しい活用の仕方も見出されたそう。

インフラスタンドを活用した幻想的なライティングパフォーマンスの様子。夜のKAWAYA市で、新たな魅力が引き出されました。(写真提供:石和設備工業)

これらのイベントを通して、インフラスタンドの地域での認知度が上がったことはもちろんのこと、平均滞在時間の長さも特徴的だったのではないかと小澤さんは言います。

小澤さん「普通のイベントは3-40分で帰ってしまうことが多いと思いますが、KAWAYA市の場合は、1-2時間ほど滞在する人もいるんです。トイレに行きたい時にすぐに行ける安心感なのか、飲食して、トイレに行って、また何か食べて飲んで・・・という流れを生みやすいのではないかと感じています。今後はより頻度を上げて、月1回ほどの開催を目指したいですね。より日常的に賑わいを生む拠点にしていけたら。」

インフラスタンドに現れたアイスクリーム屋さんに立ち寄る地域のみなさん。大学生によるアイス販売のプロジェクト。(写真提供:石和設備工業)

丁寧な運営と場づくりを通して会社としての姿勢を伝える

民間発の「公共トイレ」があるだけでも非常にユニークな上、シェアサイクルステーションやフリーWi-Fi、地域の情報を発信するデジタルサイネージ、さらに定期的なイベントなど、なぜそこまで地域に開き、公共的な居場所としての機能を高めていくのか?そこには、会社の姿勢を伝えたいという小澤さんの思いがありました。

小澤さん「まずは多くの人に知ってもらうことが目的だったので、立ち寄るための自然な理由をつくりたかったんです。シェアサイクルステーションは当初からありましたが、僕にとってこどものような愛すべき施設であるように、多くの人にとっても親しみやすい施設にしたいと考えるうちに徐々に機能が増えていきました。

トイレやそれらの機能はもちろんのこと、植栽も床も水飲み場も、よく手入れをして美しさを保つことを心がけています。この施設を使った人に僕たちの会社としての気持ちや姿勢を感じ取ってもらえるような、そこから信頼が生まれるような、そんな場づくりをしていけたらと思っています。」

工場や民家にも負けない存在感を放つインフラスタンド

公衆トイレから着想を得て生まれた「公共トイレ」

従来の公衆トイレの持つ暗さや汚さなどのイメージを反転させ、さらに居場所的機能を加えながら地域の信頼を獲得することで企業としての価値向上も担える、新しい公共の形をつくり上げたインフラスタンド。

高橋さん「公衆トイレから着想を得て出来上がったインフラスタンドですが、地域でのにぎわいや豊かさを生む公共性のある施設という意味で、今では”公共トイレ”と呼ぶようにしています。これまでの公衆トイレの枠組みを超え、トイレを中心に人が集まる憩いの場を地域で提供するという、新しいトイレの可能性を切り開いたのではないかと感じています。」

今後は、現在の拠点だけではなく、さらに多くの場所でトイレを軸とした場づくりを行いたいと小澤さんは言います。

小澤さん「先ほど高橋さんも言っていたように、災害時やイベント時など、トイレにまつわる問題はあちこちで起こっています。インフラスタンドで実践しているように、トイレを中心とした場づくりは課題解決のみならず、にぎわいや豊かさなど多くの可能性や付加価値も生み出します。トイレをきっかけに、行政や企業、地域の皆さんと多様な接点をつくり出し、さらなる使い方のバリエーションを増やすことが今後の展望です。」

地域のため、会社のためならなんでもするという高い熱量を持つ小澤さんと、その思いを構造的に捉え、言語化することが得意な高橋さん。取材中は、そんなお二人の強みを活かしたバランスの良いパートナーシップも印象的でした。

高橋さん(右)と小澤さん(左)。「お互いに背中を押してもらっているんです」と話すお二人。それぞれの強みを活かし合ったバディのような組み合わせ。

水道工事会社だけではなく、長年地域の生活を支えてきたインフラ的な企業・団体だからこそ生み出せる公共の形はまだまだあるはず。そんな事例に今後も注目していきたいと思います。

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