パブリックスペース率50%!公園のような複合施設
2022年9月30日、広島県福山市で、iti SETOUCHI(イチ セトウチ)というスペースが誕生した。
ドーナツ屋、カレー屋などの飲食店舗、自転車やグリーン、食品雑貨などの物販店舗、コワーキングとシェアオフィスにDIY工房、シェアキッチン、イベントスペースなどなどの多様な用途が共存しつつ、それぞれの間には、特に用途の決まっていないパブリックスペースがふんだんにあるのが特徴だ。いわゆる商業施設とは一風変わった、なんとも名付けようのない複合施設である。
フードビレッジ、マーケットストリート、ワークストリート、DIYスタジオ、ケージ(イベントスペース)と、大きく5つのエリアに分かれているが、ヒラヒラと天井から下がっている黄色いビニルカーテンによるサインがやんわりそれが示すだけで、明確な区切りはない。床も、元テナントの仕上げをそのまま利用しているため、5つのエリアとはなんの脈絡もない色や素材がパッチワークのように登場する。そうしたゆるさが、全体的に公園のような雰囲気をつくり出しているとも言える。
空間の最大の特徴は、6万㎡もの重厚な大理石の建物を、軽やかに街に開いたものにすべく、大きく外壁を抜いた点。また、その抜いた壁同士を繋ぐように、建物の東西にズバッと道路を貫通させた点である。自転車も手押しなら、ペットも抱っこであれば通過OKだそうだ。この貫通道路が建物のメインエントランスであり、その両側にはバイク店とグリーンのお店が並び、よい雰囲気を醸し出している。
場所は、JR福山駅から徒歩8分程度の元百貨店の1階部分。なぜ百貨店リノベーションを公共R不動産で取りあげるのか?それは、この建物が、福山市が百貨店から買い取った、れっきとした自治体保有資産であり、駅前のエリアリノベーション計画の一部として戦略的に再生された建物だからである。
ネットショッピングの台頭など、個人の消費動向の変化により、百貨店業界は厳しいといわれて久しい。更に人口減少やコロナ禍も重なり、地方都市の百貨店業界の低迷は深刻である。百貨店の破綻は、そのまちの活気に直結する。なぜなら、百貨店は駅前や中心市街地の好立地にあり、大きな箱で街への露出面積も広く、それが閉鎖されたときのインパクトが大きいからだ。そのため、百貨店撤退後に、自治体がそれをなんらかの公共床として活用する例も少なくない。
そんな中、ここ福山市のiti SETOUCHIは、所有者である自治体が民間事業者に建物を貸出し、民間投資でリノベーションを行い運営するという新しい手法で再生した。なかなか、撤退後の百貨店を買い取るところまで踏み込む自治体は多くないかもしれない。しかし、老朽化した大きな廃ビルがまちに与える負の波及効果を避けたければ、例えば一時的に自治体が借り上げて暫定利用し、次の担い手探しへの橋渡しをすることは可能かもしれない。iti SETOUCHIの事例は、そんなまちにとって大きなヒントとなるだろう。
iti SETOUCHIが生まれた背景
iti SETOUCHIは、もともとは地下2階、地上9階建て、中四国最大の面積となる約6万㎡の売り場面積を誇る「福山そごう」として1992年に建設されたものだ。イタリアの小さな島がひとつ消えたといわれるほど、ふんだんに大理石が使われており、開業当時は非常に華やかな空間であったという。しかし、2000年のそごうの破綻で「福山そごう」も閉店。その後、福山市が土地・建物を取得し、市が民間に運営委託する形で事業者を何度か変えながら、直近では商業&公共施設の複合施設「エフピコ・RiM」として運営していたものの、委託事業者から老朽化を理由に契約の解除要請があり、2020年8月末で閉店することとなった。
福山市は、なぜ、商業施設として新たな委託事業者を探さず、閉店させたのだろうか。
まず、福山そごう後、「福山ロッツ」(2003〜2013年)、「エフピコ・リム」(2013〜2020年)とすべての事業者が10年以内に撤退を余儀なくされており、これまで同様の商業施設として再生するのが難しいことは自明である。
再生コストの面について、福山市はいくつかの選択肢の試算を公表している。
ひとつはそのまま営業を継続するという選択肢。しかし、建物は築25年以上経過しており、営業を継続するには大規模改修を実施せねばならない。設備の改修をするだけでも65億円と試算された。
また、駅近の好立地であるため、民間事業者への売却という選択肢もあった。しかし、売却のために、巨大な建物(且つ地盤が悪いため杭がかなり深く打ち込まれている等の理由)を撤去し更地にしようとすると約30億円かかる。その上、この時点から新たな活用方針を策定し、事業者の選定、解体工事を経て新築で施設を建設することを考えると最短でも5年を要する。その間、あの巨大な空間が閉鎖されたままになるのは、その周辺のまちに決してよい影響は与えないであろうと考えられた。特に、駅前再生プロジェクトの真っ只中にある福山市で、このエリアの核となるエフピコRiMを何年間も閉鎖されたままにしておくことは命取りである(より広域の駅周辺再生については次回触れたい)。
そこで、第三の選択肢として編み出されたのが今回の「部分的改修・スピード再生案」という手法だ。設備改修に投資することなく、1階部分のみを「屋根付きの公園的なもの」として捉え、民間に貸し出す。1階部分のみの限定的な改修であれば、市の負担は「2億6千万円程度」と試算され、時間的にも再生スピードが早いため、エリア価値を毀損する恐れが最も小さい。
こうして、閉店の2020年度末にはこの施設を活用する事業者公募が行われることとなった。貸付期間は7年間と非常に短く設定された。この場所のポテンシャルを見極めるための実験期間としての7年間で、これまでの商業施設とは異なる使い方を試し、その結果次第で、その後、市が再投資をして建物を再生すべきなのか、するのであれば、どのような用途が好ましいのか、はたまた売却してしまうべきなのか、判断することとしたのだ。
短期決戦が求められる、実験的な公募の特徴
上記のような背景のもと、2020年2月に「大規模商業施設の活用にかかる公募」が行われた。
公募時の事業コンセプトは「福山の未来を育てる場」。求められたのは、これまでの商業的な利用とは異なり、公民連携でエリアの再生までを視野に入れた、新しい使い方をしてくれる事業者像。また、空間的なコンセプトは「人と人、人とまちのつながり」とされ、うちと外がつながり、まちとシームレスに繋がる「屋内の公園のような」空間の使い方が求められた。
公募のスキームにおける最大の特徴は、前述の通り、1階部分のみを最長7年の期間で暫定利用する点であるが、ほかにも、以下のような点が特徴的だ。
・パブリックスペースを5〜7割とること。その面積分の賃料は支払わなくてよいが、管理は事業者側が行う。これは、行政が意図する「通常の商業施設としての再生ではなく、屋外の公園」であるというコンセプトを実現するとともに、民間側にとっては賃料負担が減るスキームといえそうである。
・リノベーションに係る投資はほぼ全て民間負担とし、賃料も周辺地価と同水準。ただし、重厚な建物を、より周辺に開かれた空間とするための、外壁撤去の工事については2億円程度を上限として市が負担。外壁撤去の予定(案)は公募要項でそのイメージが示された。「路面店」を増やし、よりシームレスに街に開いていくために、外壁撤去部分を東西につなぐ「道路」のような空間が建物内を貫通している。
・対象の大規模商業施設周辺の3つの市営駐車場をセットで貸し付ける。駐車場からの収入は事業者の収入となる。これは、事業者が営業を頑張ることで集客が増えれば、必然的に駐車台数が多くなり、事業者が潤うというインセンティブになると同時に、まちの賑わいにつながり行政目的も達成できるというwin-win構造と考えられる。
・対象の大規模商業施設の再生のみでなく、エリアの再生を意識した事業であることが求められている。これは、この施設をこのようなイレギュラーな手法で素早く再生させる目的である「エリアの価値を毀損させない」ということでもあるし、福山駅周辺再生計画の中での当該施設の役割でもある。
・公募の審査委員がその後も定期的にモニタリングを行い事業アドバイスを行う。7年後の建物の活用検討が最終目的であるため、定期モニタリングやKPIの設定などが重要になりそうだ。
「未完成なまま、市民と共につくり続ける」福山電業の挑戦
2021年3月、活用事業者が福山電業(株)に決定。企業名の通り、地元の電気関係の事業者ではあるが、商業施設運営とは縁もゆかりもない企業だ。さらに支配人、スタッフにも、商業施設の運営経験者は皆無。事業者、行政ともに「既存の商業施設としてのセオリーに沿った再生を目指していない」という本気度が伺える。
2022年4月、1階の一部分がiti SETOUCHIとしてプレオープン、続く9月30日に半分が開業することとなった(この施設全体のネーミングライツが「エフピコRiM」として2023年まで設定されているため、1階部分のみが「iti SETOUCHI」となっている)。
施設のコンセプトは「まちのなかのまち」「つねに未完成、まちとともに成長していく施設」。面積の半分がパブリックスペースであることもあり、市民の「やりたい」を実現する場として、今後、共につくり上げていく意気込みだ。
たとえば、前述の室内を貫通する屋内道路。実は法規的には「公開空地」と位置付けられている。この屋内道路面積分、建物の外周を公開空地の縛りから外し、市民が仮設建築物やキッチンカーなどを設置しやすいような、目には見えない運営面での工夫が施されている。
また、施設内にはDIYスタジオやシェアキッチンなど、「こんなものがほしい」「こんなことがしたい」という市民のアイディアをどんどんかたちにして生み出す機能が埋め込まれている。ここから生まれたツールをきっかけにパブリックスペースを使いこなしていけるのも、この施設の魅力だ。木材加工用CNCルーター、shopbotを備えたDIYスタジオには常駐スタッフがおり、監修には設計集団VUILDが入っているという本気度だ。消費だけではなく「創造する」機能を備えることで、市民の活動がストリートファニチャーや店舗として街中に飛び出して、エリアを変えていくような原動力となる可能性も秘めている。
通常の商業施設ではまず70%を割ることがないレンタブル比(貸室床面積/延床面積×100)が、iti SETOUCHIでは約50%しかないのも特徴として挙げられるだろう。半分がパブリックスペースであるため、違和感を覚えるというか、事情を知らずに訪れたら、やや寂しいという印象すら受けてしまうかもしれない。
これを「余白」と捉え、いかに福山市民が手垢をつけられるか。自治体や事業者がどのように、市民とコラボレーションして場を育てていくのか、まさに「半分開業」とはそういう意味なのだろう。福山の官民連携での大規模商業施設再生の挑戦は、はじまったばかりだ。
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今回はiti SETOUCHIの公募の背景や公募スキームを中心に紹介した。後編ではもう少し俯瞰して、このiti SETOUCHIが福山駅前再生計画の中でどのように位置付けられているのかなど、2018年からはじまった福山駅周辺再生の取り組みを紹介する。
iti SETOUCHI:https://iti-setouchi.com/
画像提供:福山電業株式会社
執筆:菊地マリエ
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