福井県敦賀市に「あそび」について追求する企業があります。
株式会社 ジャクエツ。1916年の創業以来、子どもに最適な「あそび」の環境をつくることに取り組み、遊具や教材、家具や制服などの企画・開発のほか、幼児教育のノウハウを活かした園舎の設計やコンサルティング、公共空間のプロデュースまでを手がけています。
グループ内で幼稚園・保育園・こども園を営んでいることも特徴で、自園でのテストマーケティングを通じてあらゆるプロダクトやコンテンツを生み出してきました。現場と開発拠点が隣り合い、プロダクトから空間、ソフト事業まで一気通貫のスタイルであそびの環境づくりに挑む「あそびの専門家集団」というわけです。
ジャクエツの始まりはお寺であり、幼稚園でした。創業者の徳本達雄さん(現代表の祖父)は浄土真宗出雲路派・良覚寺に生まれ育ち、1916年に敦賀市内に早翠(さみどり)幼稚園を開園。幼児教育を通じて日本の未来に新しい価値をつくっていこうと、パブリックマインドを強く持ちながら歩んできた歴史があります。
今回は貴重な機会をいただき、私たち公共R不動産は敦賀市にある本社を訪ねることができました。本社に併設する工場や歴代プロダクトのアーカイブ、そして早翠幼稚園などを巡り、ジャクエツという企業のクリエイティブな仕組みと現場のダイナミズムを体感する特別なツアーとなりました。
「未来は、あそびの中に。」
これはジャクエツが掲げるスローガンです。この言葉にはどんな意味が込められているのか。ジャクエツが考えるパブリックの概念とは。代表取締役CEOの徳本達郎さんへのインタビューを通じて紐解いていきます。
会社の成り立ちから見る
ジャクエツのパブリックマインド
徳本 今日は遠いところお越しいただきありがとうございます。
馬場 こちらこそありがとうございます。先ほど幼稚園やラボ、工場などを見学させていただきながら、ジャクエツの母体は幼稚園であり、そもそもの始まりはお寺からだったとお聞きしました。ジャクエツといえば教材や遊具といったイメージが強かったのですが、お寺という究極のパブリックスペースから始まっているんだなと、ハッとさせられたんですよね。その出自がジャクエツの精神の中心にありそうな気がしたんです。まずは創業時についてお聞かせいただけますか。
徳本 創業者である祖父は寺院で生まれ育ちました。大学を出て地元の敦賀に戻ったとき、当時は戦後でまだ全国に幼稚園が300〜400ぐらいしかない状況でした。やはりこれから地域をつくっていくには幼児教育が重要であり、保育園をつくろうと志すのですが、お金がなかったので敦賀有数の実業家で大和田銀行創始者である大和田荘七氏のもとを訪ね、幼児教育の必要性を訴えて幼稚園をつくるための支援をお願いしに行きました。いわゆる社会事業家だったわけですね。
こうして大和田氏に土地をお借りして地域からの寄付も集まり、1916年に早翠幼稚園が誕生しました。もともと商売をやろうと起業したのではなく、幼児教育の必要性に賛同した人々から寄付が集まりスタートしたのが始まりです。かつてお寺は寺小屋のように教育施設としての役割も持っていたので、幼少期の育った環境も教育への関心に繋がったひとつの要因だと思います。
馬場 幼稚園の開園からものづくりへはどのように繋がっていったのでしょうか。
徳本 祖父に影響を与えた人物として、日本にアンデルセンやモンテッソーリ教育を広めた児童文学者の久留島武彦氏がいます。久留島氏は幼稚園をやっていて、祖父が幼稚園をやりたいと思ったのも久留島氏の影響があったようです。久留島氏は西洋の教育から学びながらも、教材は自分たちに合うものをつくればいいという主義であり、祖父も周りにあるものを自分たちなりに工夫して教材をつくることが大切だと考えました。
もともと敦賀は日本海航路で北前船が行き交い、近代では大陸への玄関口となって渡来系の知識人たちの拠点となっていました。あらゆる情報や物が行き交ったことから塗り物や包丁などのものづくりが栄え、越前和紙や若狭和紙の産地でもあったので和紙を使った色紙を中心に教材づくりが始まり、事業を拡大してきました。
徳本 ところが終戦間際に敦賀は日本海側で唯一空襲に遭い、お寺も幼稚園も工場もすべて焼けてしまいました。その後は戦争未亡人や引き上げ者たちなどが働ける場所として授産所(生活困窮者や身体障がい者などに対し、就労や技能の修得をサポートする施設)をつくって社会福祉事業のようなかたちで教材づくりが再スタートをきり、それが軌道にのって今に続いています。
馬場 ジャクエツという会社の雰囲気や質感は、もともとは社会事業体だったということが色濃く出ているんですね。
徳本 そうですね。パブリックな発想がベースになっていることは間違いないと思います。
「使う人」と「つくる人」が対話する
本質的なものづくり
馬場 ものづくりが始まった経緯としては、幼稚園の子どもたちが使う物を自分たちでつくるという必然的な流れだったというわけですね。それが評判になって、だんだん事業として広がっていったと。最初はどんな物からつくり始めたのですか?
徳本 最初は「手技」といって、色紙や工作セットなどを中心にスタートしました。
馬場 いまでは公共空間づくりにまつわる部署までありますよね。どのようにして工作セットから遊具、公共空間までスケールが大きくなっていったのですか?
徳本 戦後の再スタートの頃が第2次ベビーブームと重なって、全国の幼稚園や保育園が急増していきました。ジャクエツもずっと右肩上がりで成長してきたのですが、近年では少子化が進んでいますし、物だけではない新しい価値を提供していこうと環境全体をプロデュースする環境事業に変わっていき、園舎の設計やメンテナンス、ソリューションも提供していくことになりました。
馬場 色紙から巨大な遊具、公共スペースまで、普通はスケールが違いすぎて繋がらないんだけど、今の話を聞くと繋がるのは当然のように感じられます。おそらくジャクエツにとっては、それらがほとんどフラットに存在してるわけで。おもしろいですね。
馬場 ジャクエツではグループ内で幼稚園を運営し、そこをモデル園としてあらゆるリサーチや商品の実証実験を行っていますよね。やはり御社のプロダクトや設計には圧倒的な説得力があるなと感じながら見学させていただきました。僕らも建築設計を本業にしているので、使う側とつくる側が同じ目線に立っていることにすごく共感します。
徳本 そうですね。モデル施設を通じてマーケティングしたり実証実験をして販売に結びつけていく流れは、圧倒的な強みだと思っています。
馬場 使う現場と開発との双方向の対話やフィードバックがあることは、ものづくりの最も正しい在り方ですよね。
徳本 モデル施設で実証実験すると、あらゆるロスがないんですよ。普通は幼稚園での実験をする場合には親の承諾が必要になりますが、うちはモデル園と連携して親の賛同を得ているので調査が簡単にできます。
モデル園だけでなく、お客様との距離が近いことも特徴だと思います。弊社では代理店を間に挟まずにお客様と営業がダイレクトに繋がっているので、ご要望とご意見をすぐ製品開発に反映できますし、プライシングを自分たちでコントロールできることも強みになっています。
馬場 社会企業体としてのアイデンティティもありながら、垂直統合されている企業としてのおもしろさがあることもジャクエツの個性になっているんですね。
あそびの研究所「PLAY DESIGN LAB」
馬場 御社には研究開発事業の「PLAY DESIGN LAB」があり、世界中のあらゆるジャンルの専門家と活発にコラボレーションされていますよね。デザイナーだけではなく、認知科学の先生や医師、アスリート、音楽家など、その多岐に渡るジャンルはどのように選ばれているのでしょうか。
徳本 PLAY DESIGN LABは「もう一度みんなで子どもたちに向き合い、最良のあそびの環境を考えてみたい」という思いを持つさまざまな分野のプロフェッショナルが集まったあそびの研究所です。
PLAY DESIGN LABの活動のひとつがリサーチで、子どもの身体や環境にまつわるさまざまなデータを採集し、分析、検証しながら、科学的な知見を子どもたちのあそび環境に活用しています。リサーチにはあらゆるテーマがありますが、そのひとつが「非認知能力」です。
教育の世界では、認知能力と非認知能力があるといわれています。認知能力というのは、いわゆる読み書きやそろばんのように先生が教えれば身につく能力のことで、非認知能力とは、例えばグリッド力(やり抜く力)やコミュニケーション能力、創造性、自己肯定感があるかといったものです。非認知能力は、乳幼児期に育むべき最も大切なことだと言われています。
認知能力は親や学校の先生が教えて身につくもので、いわゆる偏差値で算出されますが、非認知能力は集団生活の中で培われていくもので数値化できず、計測するのはすごく難しいんです。
徳本 というわけで、外部の専門家のみなさんと一緒に非認知能力の評価システムをつくることに取り組んでいます。例えばスポーツの世界でチーム力を測るとき、サッカーでは選手にGPSを付けて誰がどれぐらい走って、誰が誰にパスしたかなどを測っていくと、3人による「三角の関係」がたくさんあると効果が上がっているという結果が出ています。
それと同じ原理を幼稚園や保育園にも取り入れていく。幼児に3Dセンサーを付けると、どのクラスの子どもたちのコミュニケーションが活発で、どれくらい集団の力がついているかがロジカルに見えてくるわけです。子どもへの声かけや関係づくりが上手くない教育者が入ると、子どもたちはバラバラに遊んでいるだけで集団の力がつかず、結果的に非認知能力が育ちません。
非認知能力は集団生活の中でつくられることから、コロナ禍で登園しなくなり、子どもたちや先生との関係が薄れてくると効果が見られないということもわかってきます。
馬場 総合的な環境をつくっているのですね。
徳本 そうですね、まさに環境づくりです。いろんな教育者の先生に関わっていただくのは、いくら先生が優秀でも環境がうまく設定されないと教育効果は上がらないからです。ハードとソフトは必ずセットだと思うんですよ。同じプロダクトでもどんな空間に置くのかによって大きく変わってきますし、教育の環境には動線やコミュニケーション、空気感など複合的な要素が重なっていきます。
馬場 だから領域を混ぜながら、相互に組み合わせていくことが大切ということですね。
徳本 これまであらゆる領域の専門家のみなさんとコラボレーションしていますが、ひとつ共通してるのは、子どもは容赦ないっていうことですね。どれだけ有名なデザイナーが遊具をつくったとしても、どれだけそのデザインが素晴らしかったとしても、子どもたちが遊ばなければ結果としてはダメなんです。
馬場 子どもは忖度なしってことですね。
徳本 そうなんです。ごまかしが効かない。大人であれば有名なデザイナーというバリューが通用するけど、子どもは誰がつくろうが楽しければ遊ぶし、そうでなければ遊ばない。はっきりしていますから。
馬場 だからこそ火がついちゃいますよね。絶対子どもたちに認めてもらいたいって。
徳本 それがすごくいいなと思いますね。
馬場 かといって、子どもに媚びていないデザインのものばかりですよね。デザインが本質をとらえているから、子ども向けでも年齢関係なく受け入れられるものになっていると感じます。
徳本 子どもの感性は大人より研ぎ澄まされていますから、「子どもだからこそ最高のものを」という思想でものづくりをしています。
後編へ続く
撮影:石母田愉
株式会社ジャクエツ
https://www.jakuets.co.jp/