世界最大級の知の殿堂、ニューヨーク公共図書館(以降:NYPL)。1911年に建設された本館を含む88のネイバーフットライブラリー(地域分館)と4つのリサーチセンターで成り立ち、起業や芸術の支援のほか子どもからお年寄りまですべての年齢に向けた教育プログラムが充実。あらゆる情報と機会を提供する場として、市民の文化的生活を支えるライフラインとなっています。
今回はNYPLのデジタル化とコロナ以降の図書館運営をテーマにインタビューを実施。コロナ以前からも取り組んでいたデジタル化、そして、コロナ以降に次々と生まれた新たなサービスとその運営についてお話をうかがいました。
独自に開発した電子書籍アプリSimplyE
NYPLの代表的なデジタルサービスといえば、NYPLのデジタルチームが独自に開発した電子書籍アプリSimplyE。約4年間にわたって開発を進め、2016年にリリースされました。30万冊以上の電子書籍やオーディオブックを提供しており、あらゆる出版社の書籍をこのアプリひとつで閲覧することができます。
アプリで図書館カードを作成してログインすれば、24時間いつでも読みたい本がダウンロード可能。貸し出し中の場合はウェイティングリストに予約することも可能で、借りた本は期限がきたら自動的に返却されます。
人気の本は順番待ちになりますが、図書館側で貸し出し可能なものを優先的に表示させることで、いますぐ借りられる本にアクセスしやすい工夫がなされています。
2016年のリリース直後、SimplyEによる電子書籍の貸し出しを促進させるためマーケティングキャンペーンを実施しました。NYPLのホームページで告知したほか、ウェブ媒体や雑誌などで広告を打ち、オンラインの書籍カタログでは、プリント、電子、オーディオブックとバリエーションを記載。また図書館で貸し出す本のしおりにもアプリの案内を記載することで、利用者に直接告知していったといいます。
コロナ以前の電子書籍の利用率は、全体の貸し出し数の35〜50%だったところ、コロナ渦では100%に。SimplyEの新規利用者は13万人も増えたといいます。しかし出版社との契約で貸し出し回数には制限があり、NYPLの予算も限られているため、ひとり当たりの利用回数に制限をかけました。予算を維持しながらも、ひとりでも多くの人に利用してもらうための対策です。
SimplyEのほかにも、電子書籍にまつわる取り組みが行われてきました。
2005年からはgoogleブックスプロジェクトと協働で、著作権切れや(多くの場合は)絶版している書籍を電子化。さらに電子図書館のHathiTrust※と提携して、著作権切れで電子化された書籍のリンクをOPAC(オンライン蔵書目録)に置き、市民に提供しています。これらはより多くの書籍を提供すると同時に、将来に渡って書籍を保存していくことも目的としています。
※HathiTrust(ハーティトラスト)とは、アメリカを中心とした世界各国の大学等の図書館が所管する書籍や報道資料をデジタル・アーカイブする電子図書館
教育プログラムもデジタル化へ
起業や芸術の支援など、すべての年齢に向けた教育プログラムが充実するNYPL。コロナが流行する以前から館内のスタッフでデジタル化に向けてグループを組成し、デジタル化できるサービスの仕分けや、利用者のニーズの分析が行われていました。
移民に向けた英語クラスや宿題サポートやチュータリング(宿題支援サービス)と読み聞かせなどの一部をオンラインで行うなど慎重にオンラインに移行していたほか、研究支援、レファレンスなども徐々にデジタル化を進めていたといいます。
コロナ以降、全面的なデジタル化へ
こうした取り組みの中、2020年春からは新型コロナウイルスで状況が一変。アメリカ国内で感染拡大が最も深刻なニューヨークは長期のロックダウンへ。NYPLもすべて閉館を余儀なくされましたが、すでに様々なサービスのデジタル化を進めていたことから、まず既存のデジタルサービスの情報を整理してホームページに掲載することで、閉館しながらも図書館のサービスが受けられることを利用者に伝えていったといいます。
「コロナになって最優先したのは、市民のみなさんが信頼できる情報にアクセスできる状況をつくることでした」とAnita Favrettoさんはコロナ初期を振り返ります。ホームページ上にCommunity Support Resourcesと題したページを作成。食糧、住まい、ファイナンス、健康・医療のジャンルごとに役立つ情報を選別し、外部リンクを集めて掲載しました。
コロナ前は、88の分館とリサーチライブラリーで日々開催されていたクラスやイベント。デジタルチームや教育チームなど部門を横断して連携をとりながら、スタッフ各自でオンラインプログラムを作成し、オンライン対応に向けてスタッフをトレーニングしていきました。
最初はブックディスカッション(本の感想を語り合う会)と子どもへの読み聞かせ、そして英語を第二言語としている人々への語学クラスからオンライン開催していったといいます。
コロナ以前は図書館内限定でアクセスできた一部の文献や写真、動画などのデータベース。2020年3月からは一時的な措置として、その多くは自宅からログインしてアクセスできるようオンラインで公開しています。また、4つの研究センターでは、資料をスキャンして研究者などへメールで提供するサービスを行っています。
コロナ以降に生まれた新しいサービス
コロナ以降の1年間にわたって、新たなプログラムがいくつも生まれました。
例えば、NYPLのビジネスセンターが主催する「バーチャルキャリアサービス」。1:1の就職活動支援としてキャリアコンサルティング、面接の練習や履歴書の書き方のレクチャーなど、今まで対面で行われた多くのサービスがオンラインで利用可能となりました。今後はスペイン語での就職活動支援も開始する予定とのこと。
個別指導サービスは、教育分野でも充実。小学校低学年から高校生までを対象にオンラインでのチュータリングや教育者に向けたプログラムなど、遠隔学習ツールの強化が行われています。
ロックダウン中で孤独を抱える人に向けた会話プログラムも誕生しました。誰かと話したい人がオンラインで集まり、好きな本、アート作品について話すなど、人と交流する機会を提供しています。
また、医療専門家を招いてパネルディスカッションを行い健康医療にまつわる情報を提供したり、ローカルラジオ局と協働で「バーチャルブッククラブ(仮想読書会)」を毎月開催するなど、外部機関との連携したプログラムも開催しています。
さらにユーニークな取り組みといえば、ロックダウン中に制作したアルバム“Missing Sounds of New York”。コロナ以前のニューヨークの街の音を収録したもので、タクシーのクラクション、会話の断片、鳩の鳴き声、NYPLの喧騒といったニューヨーク市民の日常に馴染み深い音をストリーミング配信したところ、40万回以上も再生されたといいます。
また、「パンデミック日記プロジェクト」では、市民それぞれのコロナ禍の経験を動画や音声で図書館に投稿できるようになっており、後日アーカイブとして研究者や学術機関に提供する予定とのこと。
予約貸出サービス Grab&Go
2020年7月からは図書館再開の第一フェーズとして、53館が開館し、Grab&Goという予約貸出サービスを開始しました。オンラインで本を予約し、準備ができるとお知らせが届き、図書館の書架からアイテムを見つけて取るだけ。 貸し出しや返却のデスクへの立ち寄りが不要で、館内の限られたエリアで非接触で本を借りたり返却できるというものです。
1館につき平均で毎週500回程の利用率(2021年2月時点)とのことで、SimplyEなど電子書籍サービスが整備されつつある今も、物理的な本のニーズは一定数あるようです。
インターネット環境を持たない人への措置
このように新たなプログラムを生み出しながら、全面的に急速なオンライン化を進めるNYPLですが、一方で「インターネット環境がない人々へのフォローが一番の課題だった」とRosa Caballero-Liさんは話します。
オンラインの代案として、あらゆるサービスを電話で対応し、本の予約を電話で受け付けるほか、図書館まで来られない人には本の郵送、電話での1:1のサポートや英語とスペイン語で本の読み聞かせの音声が聞けるサービスも開始しました。
コロナ以前から図書館でのコンピューター利用の需要は多く、状況が落ち着き次第、再開していきたいとのこと。
ニューノーマルから見えた可能性
世界中に甚大な被害をもたらしたこの未曾有の危機。NYPLでは財源がひっ迫し、一時的な措置として一部の正社員とアルバイトを休職にすることで人件費を押さえたほか、図書館資料、セキュリティー、事務用品、ショップなどの予算を削減してテレワークのテクノロジー、環境コンサルタント、個人用防護具、体温計、清掃など、コロナ関連のために費用を調整。痛みを伴いながらも工夫を凝らして、あらゆるリモート・デジタルサービスを生み出してきました。
この逆境を経て、サービスも運営体制もデジタル化がさらに進み、発信力がますます強化されているとも言えるでしょう。Rosa Caballero-Liさんは、今後についてこう話します。
「この事態を通じて、利用者に向けたバーチャルサービスについて多くのことを学んでいます。今回学んだバーチャルサービスの多くは、今後もリアルなサービスと共に続けていけたらと思っています」
画像提供:ニューヨーク公共図書館