新しい図書館をめぐる旅
新しい図書館をめぐる旅

本との出会いをインフラに。台湾のまちに散らばる「知恵図書館」

「新しい図書館を巡る旅」の海外編、第二弾の舞台は台湾・台北市です。本連載を担当する中島が、旅先の台北で出会った新しい図書館の形態「知恵図書館」とユニークな書店文化、それらが構成する台北市のまちに散らばる図書館のあり方についてレポートします。

台北市立図書館 松山機場知恵図書館

台北のまちに散らばる知恵図書館

台湾の首都・台北市内にある松山空港に降り立ち、地下鉄に乗り換えようと歩いていたとき、地下街の通路に本が並ぶ空間を見つけました。地下商店街のテナントが並ぶひと区画であり、90平米ほどの空間です。よく見ると正面には「台北市立図書館」の文字があります。

こちらは「知恵(智慧)図書館」という台北市立図書館のサテライトライブラリー。分館とは違った位置づけで、無人で運営されているのが特徴です。入り口で交通系ICカードの「悠遊カード」や図書館カードをセンサーにかざすと入館することができます。

シンプルな内装のなかに本棚が並び、世界のガイドブックや小説、児童書を中心とした選書になっています。本はRFIDタグによって管理されており、出口付近に設置された専用の機械を使ってセルフで貸し出しの手続きをします。こうしたテクノロジーを備えていることが図書館自体に知恵があるということで、知恵図書館と名付けられたようです。

台北市立図書館 松山機場知恵図書館
左 「悠遊カード」は日本でいうSuicaのような交通ICカード。図書館利用証も兼ねており市内の図書館で手続きをすれば、このカードで本の貸し出しができるようになる。すごく便利そう。 右 本の除菌ボックスと自動の貸出機。RFIDタグによって実現している無人運営のシステム。

知恵図書館は松山空港のほか、市内の8箇所に設置されています。松山空港には旅のガイドブックが置かれていたように、それぞれの立地やユーザー層に合わせた選書になっているのがおもしろいところ。原宿のような若者の街にある「西門知恵図書館」ではインターネット小説やライトノベル、マンガなどが並び、洗練されたショッピング街の「東区地下街知恵図書館」ではライフスタイル関連の書籍やファッション雑誌などが中心にセレクトされています。

地下鉄駅の構内にある知恵図書館(松山空港、西門、東区)は市が台北都市高速交通株式会社(MRT)から支援を受けて開設されたものです。開館時間は地下鉄の運行時間と連動しており、午前6時から深夜12時まで利用することができます。

東区地下街知恵図書館。ポップな外観が目を引く。ここは地下鉄の乗り換え駅で人通りが多く、地上にはSOGOなどのデパートが立ち並ぶ台北屈指の商業地。
左 西門知恵図書館。このように地下街の通路を歩いていると突然姿をあらわす。 右 知恵図書館内のポスター。「家で本を読もうよ」というキャッチコピー。借りた本が家でゆっくり読めるという、書店ではなく図書館が提供できるサービスの価値を伝えている。

完全自動の図書館マシン Fast Book 

台北市立図書館の斬新なサービスはこれだけではありません。台北市内の地下鉄構内を歩いていると、本が詰まったジュークボックスのようなマシンと遭遇します。こちらは「Fast Book 」という名前で、市内10カ所に設置されてる全自動の本貸し出しマシン。知恵図書館をさらにコンパクトにした無人図書館です。

マシンの中には新刊やトレンドの本を中心に約400冊が収容されており、気になる本を見つけたらその場で借りられ、図書館で返却できるほかここで返却することもできます。マシンにはOPAC(オンライン蔵書目録)が備わっており、このマシンから読みたい本を取り寄せることも可能です。地元の人に聞いてみたところ、図書館に出向くことなく、通勤途中に借りられるのでかなり便利だと話していました。

地下鉄の行天宮駅に設置されているFast Book。市内の図書館と直通の電話が設置されており、開館時間内であれば図書館員とやりとりすることも可能。

旅人である私が偶然にこれらのサービスと出会ったように、繁華街や通勤、通学ルートなど人々の動線に図書館が出向き、本との出会いを誘発している台北市。「市民に本と触れてほしい」という市の意思を強く感じました。

民間の力を借りた図書館のアウトリーチ

知恵図書館の第1号は、2005年7月、大手チェーンのスーパーマーケット内に誕生しました。「内湖智知恵書館」という名前で実験的に設置したところ、買い物ついでに立ち寄れる利便性とファミリー層を想定した選書によって、約1年間で10万人以上が利用したというほど好評だったそうです(2023年現在は閉館しています)。1号目の成功を受けて、翌年には第2号の西門知恵図書館がオープンし、その後もそのエリアごとのニーズを汲み取るかたちで、知恵図書館は年々その数を増やしてきました。

知恵図書館が誕生した背景には、台北市の財政難と人員不足の課題がありました。図書館を新設することなく、設置場所としてスーパーや地下鉄など民間企業の力を借りることで経費をおさえながら、無人運営によって人員不足もカバーしているというわけです。

青少年の読書習慣の低下という課題もあり、若者が集まる西門知恵図書館ではその立地を生かしながら、ティーンズに特化した選書によって少しでも若者に読書の機会を提供しようと試みているといいます。

西門知恵図書館。200平米ほどの空間に15,000ほどの蔵書数。日本のコミックスもたくさん並んでいた。

知恵図書館とFast Bookは、公民連携とテクノロジーによって利便性を追求したサービスですが、図書館の機能としてこれで完結するのではなく、本館や分館が行うあらゆるイベントや取り組みと相互に補完し合うことで図書館のサービスをより広く、深く提供できるものになっています。

個性豊かな書店もまちのインフラに

最後に少し公共図書館からは脱線したお話を。台湾と本といえば、書店カルチャーなしに語ることはできません。

まずはセレクト書店のパイオニアであり、台湾の書店の代表格である誠品書店。現在はすべてのジャンルを扱う総合書店として台湾で40店舗以上を展開しており、その多くはカフェを併設したり雑貨や食品も販売しているほか、なかには24時間営業の店舗もあります。夜の遅い時間帯でも店内はにぎやかで、多くの人が床に座り込んで本を読みふける姿が印象的でした。

誠品書店。洗練された空間にトレンドの本や雑貨が並ぶ。

さらに台湾のまちには、「独立書店」と呼ばれるインディペンデントな書店のカルチャーも息づいています。その多くが小さな店舗ですが、それぞれの店にアートやデザインなどのテーマ性があり、カフェやギャラリーなどが併設されていたり、出版事業や宿泊事業を営んでいたり、空間も機能もかなりユニークなスタイルが見られます。

カフェに人が集ったり、定期的にイベントを開催したりと、独立書店は文化発信や地域の交流場所の機能も担っているようです。

中山区にある独立書店「田園城市生活風格書店」。店主による愛と思想を感じる空間。
小さな路地を歩いていると、ユニークで熱いバイブスを持った独立系の書店と遭遇する。

こうした独立書店のムーブメントを後押しするひとつの要素が、政府による支援です。台湾では文化部(文化政策を司る行政機関)を中心に政府がリアル書店の開業やプロモーション活動、ブックフェアの開催などにまつわる奨励金の制度を設けています。

2023年度の文化部による補助事業ではその目的を「読書やアートの消費習慣を拡大し、アートの体験と知識のプラットフォーム機能を強化すること」と記しています。本を売るだけでなく、パブリックマインドを持ち、新しい価値を提供する独立書店。それらは「図書館のような場所」とも言えるのかもしれません。

知恵図書館やFast Book、そしてあらゆる個性派な書店。台北にて、まちに散らばる図書館を体験した旅となりました。

参考文献

台北市立図書館
https://tpml.gov.taipei/News_Content.aspx?n=4F66F55F388033A7&s=D88A21207E40A830&sms=CFFFC938B352678A

https://tpml.gov.taipei/News_Content.aspx?n=4F66F55F388033A7&s=9B19F25595170D29

Assessment of the benefits of Taipei Public Library Intelligent Libraries and “FastBook” Automatic Book Lending Stations
https://library.ifla.org/id/eprint/901/8/203-horng-zh.pdf

カレントアウェアネス・ポータル
https://current.ndl.go.jp/e1357

Ministry of Culture Taiwan
https://grants.moc.gov.tw/Web/PointDetail.jsp?__viewstate=pvWqz/p/nta24J579unZRwn9PKt77jmtrbzrVTfTrrvwySCxYZDMZnJZcscjkMix7n5bknQ4C1jvfwxUC1ZSeBfK7nUo4Ss4

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