静岡県中部地域に位置する牧之原市。「牧之原市立図書交流館 いこっと(以降:図書交流館)」は、大沢インターチェンジ付近にあるショッピングタウンの一角にあります。巨大なホームセンターをリノベーションした商業施設内に入居し、民間テナントと共存しているという珍しい形態の公共図書館です。2021年4月の開館時から想定来館者数を大きく上回り、2年で20万人、3年で30万人を突破したほど。周辺市町村からも多くの人が訪れてきます。
エントランスに入った瞬間から聞こえてくるのは、子どもたちの元気な声。中央にあるオープンスペースでは子どもたちが集まって宿題をしたり、ゲームやトランポリンで遊んでいたりと伸び伸びと過ごす様子があり、子どもたちと一緒に絵本を広げてくつろぐ大人の姿も見られます。
横長にワンフロアが広がる開放的な空間。建物の約3分の1(815㎡)が図書交流館で、残りの約3分の2(1563㎡)はオーナーが直営するレンタルスペースのほか、カフェやボルダリングジム、市の子育て支援センターなどが入居するテナント空間となっています。
図書館ゾーンと民間ゾーンとの境界に壁や仕切りはなく、中央には広場のようなオープンスペースが広がります。館内にはBGMが流れ、蔵書は貸出手続きをしなくてもオープンスペースやカフェなどで読むことができ、どこでも会話OK。まるでこの建物全体がひとつの公共施設のようです。
このように自由度が高く、子どもたちの元気あふれる風景をつくっているのが「民設共営」という独自のスキームです。民間の商業施設のなかにいちテナントとして市の図書交流館が入居し、公と民が相乗効果を生みながら共存していく。この全国でも類をみない新しいスタイルはどのような背景で編み出され、どのように日々の運営は行われているのでしょうか。
牧之原市役所 企画政策部の本間直樹さん、牧之原市立図書交流館館長の八木いづみさん、司書の水野秀信さん、設計を担当したスターパイロッツの三浦丈典さんにお話をうかがいました。
民間施設を活用した図書館
情報と人をつなぎ、生活を豊かにする施設を目指して
牧之原市は2つの町(榛原郡相良町と榛原町)が合併して誕生した、人口約42,500人のまち。2015年から大規模な公共施設の再編が行われ、新たに図書館を整備する構想が生まれました。市は地域再生を手がけるプロデューサー、アフタヌーンソサエティの清水義次さんと業務委託契約をし、その後、建築設計事務所スターパイロッツの三浦丈典さんも合流して、まちづくりに関する専門的なアドバイスを受けながらプロジェクトは進んでいきました。
当初は市所有の空き物件が検討されるも条件に合う物件が見当たらず、地域でヒアリングを重ねるなかで、市内のショッピングタウンの物件が候補にあがり「民間施設を活用した図書館」という発想が生まれていきます。市の中心地にあり、駐車場を兼ね備えたショッピングタウンという、市民が利用しやすい条件を備えた施設です。
計画時にはショッピングタウン内の用品店一棟を借りる予定だったところ、隣にある巨大なホームセンターも空くことが判明。ショッピングタウンのオーナーも敷地内に新しい商業空間をつくる計画があり、図書館と民間の商業空間を一体化して整備することに。土地と建物は民間所有のままで、牧之原市が図書館ゾーンの賃料を支払うというスキームになりました。
「市民の暮らしに溶け込む施設にしたい」という方針から、プロジェクト立ち上げの1年目は、主に本間さんがスキーム構築や補助金の手続き、庁内調整などを行い、施設の位置付けを図書館ではなく「図書交流館」に決定。施設の方向性が見えてきたあとは、水野さんを窓口に教育委員会がメインとなり整備が進んでいきました。
そもそも公共施設と民間施設の境目がない施設は前例が少なく、反対の声も少なくなかったといいます。しかし、「『多くの市民が使ってくれなければ意味がない』と意思を持ってプロジェクトにのぞんだ」と本間さんと水野さんは振り返ります。
構想段階でプロジェクトメンバーで紫波町図書館などへ視察に行き、図書館の方針をすり合わせていったといいます。静かに本を読むためだけの施設ではなく、「情報と人をつなぎ、生活を豊かにするような施設」というコンセプトが早い段階からつくられていきました。
公民連携によるスピード感
ミルキーウェイスクエアは、面積2,378㎡のうちの約3分の1が図書交流館となっています。図書館の規模として、市は当初から定めていた800㎡、5万冊という基準に沿って面積をとり、残りの空間を民間の床として配分していきました。3分の2にあたる民間の床は大型テナントに貸すことはなく、オーナーによる直接管理のもと、小分けにして地元の事業者に賃貸していくスキームです。
共有部を含めた建物全体はオーナーが改修し、図書館ゾーンの約800㎡は市が改装しました。設計業務について、建物全体の躯体工事はオーナーから直接スターパイロッツに発注。建物の状況を把握していることから、その後の図書館ゾーンの改修工事も市との随意契約で引き続きスターパイロッツに発注されました。民間ゾーンの改修工事も同じく同社が手がけており、一体的な空間をつくるために市から民間を通じて累計で設計の委託費用が支払われています。
オーナーによる工事費は総額約2億で、そのうち1億円は経産省の補助金が活用されました。図書交流館の改修費は約1億5,000万で、そのうち約8,000万は交流施設であることから内閣府の地方創生拠点整備交付金を活用。市の持ち出しは7,000万円ほどというコストパフォーマンスの高いプロジェクトです。
さらに驚くべきはスピード感です。2019年に図書館新設の検討が始まってからオープンまで約2年間でプロジェクトが進んでいきました。「オーナーによるあらゆる決断がはやく、行政側もそれに合わせてスピード感を持って決断しながら予算をつけていきました」と本間さんは話します。
図書館ゾーンと民間ゾーンの融合を目指す
空間設計については「図書館ゾーンと民間ゾーンの融合が大きなポイントとなった」と設計を担当した三浦さんは振り返ります。3分の2の管理上の境界線を利用者に感じさせないよう、中央にはオープンスペースを配置することになりましたが、大きな課題となったのがその仕切りの部分。やはり行政としてはセキュリティの問題や責任分担があり「ガラス張りでもいいので壁で仕切りたい」という要望があったといいます。
しかし、壁があればバラバラの2つの施設になってしまう。三浦さんは何度も市や教育委員会と議論を重ね、パイプシャッターやバリカーなど複数のサンプルを見せながら、運営面、費用面などそれぞれのメリット、デメリットを整理して丁寧に伝えていったといいます。
結果としては、球技用のネットを設置することで落としどころが決まりました。図書交流館が先に閉まったときはネットを引いて完全に消灯せず、常夜灯を付けておくことで、 ネット越しに中が見えて壁をつくるよりも安全な仕様になっています。
運営方針としても、貸出手続きなしで施設内のどこでも本の閲覧がOK、会話もどこでもOK、蓋付きの飲み物は館内どこでもOKとなっています。また、キャスター付きの移動式本棚が商業テナントの前に置かれ、施設全体が図書館になるという仕掛けもあります。ハードとソフトの両輪で一体感のある施設になっているというわけです。
完成した施設全体を振り返って、三浦さんはこのように話します。
三浦さん「全体的に予算が限られ、コストパフォーマンスを意識せざるを得ないプロジェクトでした。改修工事でカバーしきれず古い箇所も残っていますが、新築のようなピカピカではない空間が逆に利用者の緊張を解いているような気がします。ほかにも、予算の関係で天井が張れず、雨音が響くことが心配だったのですが、結果的に雨音が子どもたちの声と混ざり合って気にならなくなっていたり。つまり経済的な余裕がなかったことが、いろんな面でポジティブに働いています。
オープン後は、オーナーさんが家具や什器などを臨機応変に追加設置したことで空間がアレンジされ、それがいい効果を生みました。デザインをコントロールしすぎたり、ルールで固めすぎないことが、いい意味でルーズで居心地のいい空間になることも新しい発見でしたね。いろんな状況が重なって、結果的にみんながリラックスして、寛容になれる空間になった。これが図書交流館の大きな特徴だと思います」
設計から運営へのバトンタッチ
価値観やビジョンを共有していく
図書交流館は2021年4月、コロナ禍真っ只中にオープンを迎えました。設計を終えて、運営のフェーズへ。業務のバトンタッチについて、三浦さんはこのように話します。
三浦さん「コロナが明けて久しぶりに図書交流館を訪れたとき、館長の八木さんは『ここのフルーツタルトがおいしいですよ』と民間スペースのカフェも案内してくれたり、テナントのお客さんにもあいさつをしたり、走り回ってる子どもたちにさりげなく声かけしたりしているんですね。
図書交流館はあくまで3分の1なのですが、八木さんや水野さんはこのミルキーウェイスクエア全体がひとつの街であり、近所でみんなが働いているような感覚で運営されているようです。『こんな職員さんがいる図書館って本当にいいなぁ』と感動したことを覚えています。
僕たち建築家はハードや機能面だけではなく、理想の風景や社会をつくることが仕事だと思っています。設計当初に描く理想の公共空間像は、僕らの考えに共感して日々現場で実践してくれる職員のみなさんがいてはじめて実現できること。設計期間中に職員のみなさんとたくさん話をして、お互いに理解し合い、ビジョンを共有していくことが大切だと思っています」
八木さんからも日々現場に向き合うスタンスについて、このようなコメントをいただきました。
八木さん「図書館ゾーンに限らず、気づいたことがあれば利用者さんに声をかけたり、対応していきたいと思っています。なにか異変を感じたときは、支援センターに連絡したり、情報を共有することもあります。施設全体が快適に使えるように、ときには市民のみなさんの安全を守ったり、大きな事故や問題を事前に防げるように、図書館という市民の身近な施設だからこそできることをやっていきたいと思います」
地域に根付いた情報や体験の提供
オープン後、当初心配していた話し声や騒音が気になるというクレームは少なく、肯定的なフィードバックが圧倒的に多いそう。「雰囲気がいい」「来やすくなった」「小さな子連れファミリーが気兼ねなく過ごせるので助かっている」という声が多く、域外や市外からも人が集まって来ているといいます。
にぎやかで前例のないスキームの図書館が誕生したわけですが、意外にも運営に関して図書交流館の職員から不安やとまどいの声は少なく、オープン直後から「ウォーリーを探せ」「エッグハント」などの子ども向けのイベントや地域の名産を紹介する「お茶コーナー」の設置など、旧図書館にはなかった企画が次々と実施されています。イベント目当てで図書館に来て、ついでに本を借りて帰るという流れも生まれているそうです。
水野「オープン直後から職員の士気が高く、運営のスタンスが自然と切り替わっていきました。今までの図書館はスペースに制限があり、やりたくてもできなかった企画がたくさんあったんですよね。ここはにぎやかで寛容な環境なのでイベントがやりやすく、開館当初から『とにかく、いろんなことをやってみよう!』というモードで運営しています。
図書交流館の開設にあたって職員数が増えたことも運営の活性化につながっていると思います。地域の出版社や生産者、事業者なども巻き込んだ企画をこれからも仕掛けていきたいです」
民間のパブリックマインドと公共図書館による相乗効果
民間のスペースと一体的な空間となっている図書交流館。民間ゾーンにはカフェやボルダリングのジムがあったり、ワンコインで遊べるバランススクーターがあるほか、テーブルと椅子があるオープンスペースや無料で遊べるトランポリンやスラックラインもあります。平日の放課後には小学生が一目散にそこを目掛けて走ってくるそうです。
こうした多様なコンテンツを持つ民間スペースと場を共有する図書交流館。公共図書館としてはかなり例外的な空間ですが、図書館スタッフが民間スペースを含めて空間全体を見守りながら、オーナーとも連携して運営を行っています。
事業としての公民連携の相乗効果も見られます。
ミルキーウェイスクウエアの民間ゾーンは、ゆとりをもった施設にするために貸床面積を制限し、地域の事業者を応援するため賃料も低めに設定しているので、施設単体ではなかなか利益を上げにくいという側面もあります。しかし、ショッピングタウン全体として考えると、敷地内には同オーナーが経営するスーパーがあり、図書館が集客効果を発揮することで交流人口が増え、スーパーの集客にもつながり、結果としてミルキーウェイスクエアの設備が少しづつ充実しているそうです。
また、図書交流館も民間のコンテンツ力による効果を実感しているといいます。
水野さん「民間のコンテンツによって、子どもたちが図書館に親しみを持ってくれていることを実感しています。敷地内にはスーパーマーケットやコインランドリー、飲食店などもあるので、ただ用事を済ませて帰るのではなく、この施設が滞在できる場所という位置づけになれたことも嬉しいですね。
図書交流館だけでなく、民間ゾーンでもパブリックな空間を用意して『まちを一緒に盛り上げていこう』と思ってくださる、オーナーさんのパブリックマインドがこの一体的な空間の実現には欠かせなかったと思います」
市民それぞれが施設を使いこなす風景
図書交流館の誕生以降、市民の図書館のニーズが高まり、2024年には新しく「文化の森図書館」が整備されました。文化の森図書館は市単独の公共施設で、公民連携で運営する図書交流館とテーマを棲み分けながら運営が行われています。
水野さん「図書交流館では、これからも公民連携の強みを追求していきたいです。 農業や商業、ほかにも埋もれた地域資源に光を当てて、図書館がまちの情報のハブとなるような場所に高めていきたいと思っています」
本間さん「オープン直後から、市民それぞれがこの施設を使いこなしている風景を見ていると、ここは利用者を緊張させず、誰もが過ごしやすい空間になっているんだと実感して嬉しくなります。民間ゾーンもオーナーさんによってバージョンアップされたり、図書館イベントも盛んに行われていたり、オープン後も変わり続けているのがおもしろいですね。これからも市民のみなさんに変化や楽しみを提供し続けられる施設でありたいと思います」
そして最後に、八木さんからこんなエピソードを聞かせていただきました。
八木さん「図書交流館にはときどき高校生のボランティアさんたちが来てくれます。学校を通さず、個人的に興味を持って『なにかやれることはないですか?』と来てくれるんですよ。進路や進学のための評価を高めるために、社会に役立つ活動をしたいという想いだそうですが、私たちも図書館に興味を持ってくれた学生の想いを受けとめたいですし、せっかくなのでwin-winにしようと、配架や読者アンケートのサポートなどをしてもらっています。いろんな世代の方に、人生のいろんな場面で、図書館を頼ったり使ってもらえたら嬉しいですね」
いずれその高校生たちのなかで司書を目指したいという学生が出てくる可能性があるかも…と期待してしまうようなエピソード。「市民に寄り添いたい」という日頃の図書交流館からのメッセージが伝播しているからこその出来事だと感じました。本の場所を超えて、新しい情報や人と出会い、市民の活動や思いの受け皿になる図書館。日々変化し続けていく、今後の図書交流館の姿も楽しみです。