PARKnize ── 公園化する都市
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和歌山県新宮「おいしいパーク」住宅地の畑が地域に開かれた居場所に

新連載「PARKnize(パークナイズ) -公園化する都市-」。都市のあらゆる空間を「公園」に見立てることで、その場所の魅力や可能性が拡張するのではないか、という仮説のもと、世界や全国のパークナイズの事例をご紹介します。今回は和歌山県新宮の小さな畑を私設のパブリックスペースとして開いた「おいしいパーク」プロジェクトについてお届けします。

和歌山県新宮の住宅地にある畑を公園化した「おいしいパーク」の鳥瞰

2022年、和歌山県新宮市に誕生した私設のパブリックスペース「おいしいパーク」。コロナ禍で居場所をなくした子どもたちのために、小さな畑が公園のような場所として地域に開かれました。子どもたちや地域の人が集まり、学んだり遊んだり、くつろげる公園。大きな曲線を描くベンチを中心に、子どもたちが駆け回って遊んだり、ご近所の方が座って談笑したりする姿があります。

アイコニックなベンチをひとつ設置したことで、住宅地にある小さな畑がアップデートされた本プロジェクト。今回はおいしいパークを設計した多田正治さんに、プロジェクトの背景とプロセスをうかがいました。

敷地の西端に設置された大きな曲線のベンチ。端から端まで長いベンチが流れをつくっている。

コロナ禍で居場所をなくした子どもたちのために

そもそも、おいしいパークが立ち上がるきっかけとなった場所がありました。おいしいパークの2軒隣にある、古民家を改修した私設図書館であり、ゲストハウスも併設する「Youth Library えんがわ」。同地区に暮らす並河さんとその友人が「子どもや若者が気軽に集まれる場所をつくりたい」と、2013年にオープンした場所です。

敷地の向かいには小学校があり、子どもたちが放課後に集まって自習したり遊んだりする溜まり場のようになっていましたが、コロナ禍で3密回避にせまられ、「屋外に子どもたちの居場所がつくれないか」と新たなプロジェクトが立ち上がりました。

私設図書館「Youth Library えんがわ」。近隣には世界遺産の神倉神社があり、観光客も訪れる場所として一棟貸しゲストハウスの機能もある。

対象地となったのは「Youth Library えんがわ」の2軒隣で、並河さんご夫妻が借りていた家庭菜園用のスペース。「この畑を公園のような場所にできないか」と多田さんに相談が持ちかけられました。畑を開くことで、みんなで芋掘りをしたり、採れた野菜を分け合ったり、近所で暮らす農業が得意な人たちから野菜づくりを教えてもらったりする場所をつくりたい、というリクエスト。当時を多田さんはこう振り返ります。

「畑は私有地であり、公園とはまったく逆の性質を持つ場所ですが、並河さんご夫妻はこの場所を子どもたちのために開きたいと考えました。地域の人がいつでも立ち寄れて、みんなで作業したり知恵などを交換できる、そんな公共的な機能によって畑が公園のような場所になる。相談をいただいた時点で、並河さんはすでに『おいしいパーク』という名前を決めていて、すごくいいなぁとワクワクしたことをいまでも覚えています」

対象地の東側には水路が流れ、水路の向こうには小学校がある。

遠隔で進められたベンチ制作

プロジェクトが始動してから、敷地内の日差しや日陰の位置、小学校や路地からの見え方などを確認し、さらにこの場所でやりたいことを近隣の子どもたちや並河さん夫妻にヒアリングしていきます。あらゆるスタディを重ねた結果、敷地の西端に大きな曲線のベンチを設置することになりました。

大きな曲線のベンチ。最高高さは約2m。熊野の川や滝や山をモチーフとした。ここは借地のため、いつでも撤去できるよう基礎はつくらず、什器として設置されている。

公園という収益を生めない場所なので、予算はかなり限られていました。多田さんは以前から近畿大学と協働していた縁があり、今回も地元工務店の協力を得ながら近畿大学の学生たちとDIYで施工することに。また、製材所に一部の材料を提供してもらうなど、多くの協力を得てプロジェクトが進んでいきました。

左右にうねったり上下したりと流れるような造形で、腰掛けたり、もたれかかったり、寝転がったり、滑り台のようにすべったりと、さまざまな人の行動を受け止めるベンチ。多田さんが設計をして、学生が施工するという役割分担で進められました。

本来なら、加工から組み立て、塗装まですべての工程を現場で行いたかったそうですが、コロナ禍のため作業はできるだけ遠隔で進められました。多くのパーツは大学で加工と塗装をして、工務店の作業場にて仕口加工の指導を受け、最後の組立てのみを現地で行うという工程。約2年の歳月をかけてつくられていきました。

左 多田さんが施工図をつくり、学生たちが忠実に作業を進める。新宮の山奥にある加工場にて、大工さんから指導を受けて仕口加工を施す(画像提供:多田正治アトリエ) 右 最後に現地にて、組み立てと仕上げを行う様子。学生たちは授業の合間をぬって新宮〜大阪を移動し、3ヶ月間で一気に形にしていった(画像提供:多田正治アトリエ)

小さな畑のパークナイズ

おいしいパークの誕生によって、また子どもたちが気兼ねなく集まれるようになりました。「Youth Library えんがわ」から本を持ち出して読書をしたり、隣の敷地にあるドリンクスタンドで子どもたちや高校生、観光客がドリンクを購入しておいしいパークで飲んだり、近隣の方が散歩の途中に休憩したりする風景が生まれています。

ときどきドリンクのゴミが放置されるという問題があるそうですが、禁止事項はつくらず、「この公園はゴミを持ち帰る人が遊べます」という趣旨の標識が置かれています。こちらも並河さんの発案によるもの。行動を制限するのではなく、参加資格を示すかたちで行動をうながしているところも、おいしいパークのやわらかな空気感をつくっているのかもしれません。

道路側に設置された標識。「こんな人は入れます」と資格を提示することで、おだやかにマナーを伝える。
子どもたちだけでなく、近所の人たちが腰掛けて会話する姿も。独特な曲線によって、子どもたちが走ったり登ったりと遊具のようにも使われている。

住宅地のなかで起こった小さな畑のパークナイズ。プロジェクトを振り返って、多田さんはこのように話します。

「おいしいパークでは、大掛かりな建築ではなく、ベンチという小さな装置によって畑の存在をアップデートしていきました。場所が持つ本来の機能をすべて書き換えるのではなくて、少しだけ良くするというスタンスです。

一般的には、畑は閉じていて中には入れませんが、ベンチひとつを置いて『おいしいパーク』と名付けたことで、誰もが立ち寄れる場所になりました。そして、畑で採れるものや知識を交換するコミュニケーションの場としても機能しています。畑という特性上、お年寄りにも親しみを持って立ち寄ってもらえるのもいいですよね。畑とパークナイズって、すごく相性がいいんじゃないかなと思います」

小さな空き地を借りて、ベンチを置いてみる。まずは使ってみる。そんなパークナイズ的スタンスをおいしいパークの事例から学ぶことができました。

9月19日発売『パークナイズ 公園化する都市』(学芸出版)

テーマは「PARKnize=公園化」。今、人間は本能的に都市を再び緑に戻す方向へと向かっているのではないだろうか、という仮説のもと、多様化する公園のあり方や今後の都市空間について考えていく一冊です。

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