NEXT PUBLIC AWARD
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NEXT PUBLIC AWARD公共R不動産のプロジェクトスタディ

河川敷の活用から流域まちづくりへ。市民団体「ONE RIVER」が取り組む、かわまちづくりのネクストステップ

日本の公共空間活用における新たな可能性を発見するための場所として、昨年第1回目が開催された「NEXT PUBLIC AWARD」。全国から集まってきたユニークなプロジェクトをもとに、次の時代のパブリックのあり方についての熱い議論が行われ、グランプリと各部門ごとの優勝賞が選ばれました。
今回は、水辺部門​​の優秀賞を受賞した、「乙川|ONE RIVER~川とともに暮らすを考える。私とまちのつながりの見つけ方~(ONE RIVER)」チームの活動を紹介します。

水辺空間活用が進む乙川の河川敷

愛知県のほぼ中央に位置する中核都市、岡崎市。その中心市街地を流れる一級河川「乙川(おとがわ)」で、水辺空間の活用や流域まちづくりの活動に取り組む市民グループ「ONE RIVER」があります。
彼らの活動の中心となる乙川は、2016年度から2020年度まで実施された乙川河川活用の社会実験が契機となり、この数年で少しずつ変化を遂げてきました。そんな乙川の河川空間の変遷や、「ONE RIVER」発足の経緯、そして現在の活動について、同団体の事務局チームである岩ヶ谷充さん、石原空子さん、山田拓生さんの3名にお話を伺いました。

日常にある「乙川らしい風景」

徳川家康公の生誕地である岡崎市は、岡崎城の城下町として、また東海道沿線に置かれた2宿の宿場町として発展しました。近年は自動車関連をはじめとする製造業が盛んで、名古屋まで電車で約30分、豊田まで車で約30分というアクセスの良さから、ベッドタウンとしても人気があります。

市内の主要駅の一つである「名鉄 東岡崎駅」からほど近く、岡崎城のそばを流れる乙川の河川緑地周辺エリアは近年、行政や民間事業者が連携しながら進める「QURUWA戦略」の一環として整備され、市民や観光客が憩う場になっています。

ごく日常的にスタンドアップパドルボード(SUP)、ヨガなどのアクティビティをする人々の姿が見られ、週末には舟遊びやフードイベントなどが開催されます。時には、ビジネスマンが屋外オフィスとして仕事をしたり、家族連れがキャンプを楽しんだり。そんな河川活動をサポートしているのが、「ONE RIVER」のみなさんです。

写真左から、「ONE RIVER」プロジェクトマネージャーの岩ヶ谷充さん、広報やSNSなどのライティングを担当する石原空子さん、Web制作から撮影までこなすデザインエンジニアの山田拓生さん(撮影:飯田圭)

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5年間行われた社会実験「おとがワ!ンダーランド」

今でこそ乙川が日常的に活用されていますが、かつての乙川河川敷は、春の「桜まつり」シーズンと、夏の「岡崎城下家康公夏まつり花火大会」の時期以外は、市民にとってあまり親しみのない場所だったのだそうです。

そこに課題を感じ、乙川周辺の水辺空間を観光やまちづくりに活用したいと考えた岡崎市は、「乙川リバーフロント地区かわまちづくり事業」に着手することに。2015年に国土交通省が定める「かわまちづくり支援制度」に登録され、規制緩和により民間の収益事業を含む活動が可能となりました。

そして行われたのが、乙川河川敷を活用するための社会実験「おとがワ!ンダーランド」です。河川空間の使用を希望する民間事業者を募り、オープンカフェやビアガーデン、野外コンサート、スタンドアップパドル体験会など、さまざまな企画が実施されました。

乙川の殿橋から名鉄鉄橋の区間で実施された社会実験「おとがワ!ンダーランド」。写真は2016年の様子(提供:前田智恵美)

この社会実験は、2016年と2017年は岡崎市が主催し、市内でまちづくりに取り組む「NPO法人岡崎まち育てセンター・りた」が運営を行うかたちで進められました。その後、2018年から2020年の3年間は、岡崎市と乙川河川敷で事業を実施する複数の民間団体、NPO法人岡崎まち育てセンター・りたによる「おとがワ!活用実行委員会」が結成され、社会実験の運営を引き継ぎました。

橋の欄干をテーブルにした「殿橋テラス」

この社会実験の象徴となったのが、乙川に架かる殿橋の橋詰めに期間限定で設置された「殿橋テラス」です。橋に付属する形で設営され、欄干に板を引いてテーブルとしたユニークな構造が特徴でした。2017年から岡崎まち育てセンター・りたの職員として社会実験の運営に携わっていた岩ヶ谷さんは、その頃の様子をこう振り返ります。

岩ヶ谷さん「殿橋の橋詰からは川はもちろん、岡崎城も見える。さらに、周辺の車の交通量が多い。この場所に、アイストップになるような拠点があるといいねという観点からで出てきたのが、ここに京都の川床のようなものを作ったらどうか、というアイデアです」

そして、地元で人気の飲食店に協力を仰ぎ、岡崎市の姉妹都市であるアメリカ西海岸・カリフォルニア州ニューポートビーチをイメージした「殿橋テラス」が完成しました。

2017年当時の「殿橋テラス」。河川空間での常設物の設置は前例が少ないため、さまざまな専門家からアドバイスを受けて実現した(提供:前田智恵美)
橋の欄干をバーカウンターのとして活用することで、唯一無二の空間が生まれた(提供:前田智恵美)
乙川と岡崎城を眺められる、市民の憩いの場として人気に。SNSでも話題になった(提供:前田智恵美)

その後の活動にも大きな影響を与えていくことになる殿橋テラスのプロジェクト。拠点づくりの取り組みを通して、ここでしか作ることのできない価値を見つけ、そこから新しい文化を創造していく。そんな場づくりを目指すようになります。

岩ヶ谷さん「乙川や岡崎城を眺めながら食事を楽しむという“この場所でしかできない時間の過ごし方”を共有しながら、乙川と人がつながっていくことを目指していました。暫定的な取り組みではありましたが、確実にこの場所の未来のあり方を示す使われかたや空間が生まれていました」

また、殿橋テラスの取組みのもう一つ大きなポイントとして「川の水量が一定の水位を超えたら、撤去する」という、河川区域内に構造物を設置するという特殊な取り組みがゆえに生まれたルールといかに向き合っていくかということでした。

岩ヶ谷さん「実施期間中は、ほぼ毎日天気を気にかけていました。運営事業者さんは実店舗をお休みにしてここに出店してくださっているので、営業利益を損わせるわけにはいかない。でも定められたルール(天気が悪くなり始めたら、なるべく早い段階で片付けをして欲しいという管理者の言い分)は守らなければならない。その板挟みの連続で……。とにかく許される限りギリギリまでお店を開けて、営業終了後にボランティア総動員で、お店の片付けと店舗の解体をする。そして天気が回復したら、イチから作り直す。今考えるとよくやっていたな!と思うようなことを数年にわたり続けていました。当時はもう本当に必死で、涙なしでは語れませんね!(笑)」

殿橋テラスを撤去するためのボランティアチームとして結成された「MAKITA BOYS」。所属はバラバラで、解体が決まると召集される。チーム名は電動工具のメーカー名に由来して付けられたもの​​。(提供:ONE RIVER)

「僕、川に常駐します!」─倉庫に簡易オフィスを設置

また、社会実験(おとがワ!ンダーランド)を続ける中で見えてきた課題の1つに、「公共空間(河川や公園)の使い方ルールがわかりにくい」という点がありました。規制緩和されたことで、民間事業者も川で「何かができる」ようにはなったものの、誰にどう相談して、何を申請したらよいのか。行政や事務局側からは資料が提示されるものの、それでもルールは複雑で、活用を進める上でのボトルネックのひとつになっていました。

乙川をもっとたくさんの方に使ってもらえるような場所にしたい。そして、これから事業を頑張っていこうとしているプレイヤーの方のために、事務局である自分が何ができるのか──考えた結果、岩ヶ谷さんは、社会実験の3年目に「僕、川に常駐します」と宣言。
当時、職場のオフィスは乙川から少しは離れた場所にありましたが、乙川のすぐ横にあった倉庫(リバーベース)に簡易オフィスを作り、同僚だった山田さんとともに、乙川への常駐を始めました。

リバーベースに常駐する岩ヶ谷さん。小窓を開ければいつでも相談できる状況をつくり出していた。(提供:ONE RIVER)

岩ヶ谷さん「事業者の方たちには、僕はいつでも乙川にいるので、川で何かやりたいことがあったら、とりあえず来てください!とアピールしていましたね(笑)。そのうちに少しずつ、ふらっと人が尋ねてきて、相談してくれるようになりました。そんなことをしている内に、まず乙川に来て、話をしながら一緒に企画を練り、それらを実行する。というプログラム実施の流れみたいなものを作ることができました。」

このように地道な努力により少しずつ周囲の関心を呼び、乙川に足を運ぶ人、活動を手伝ってくれるボランティアスタッフ、社会実験に参画する民間事業者など、乙川に関わる人が増えていきました。

乙川から道を挟んだ空地(太陽の城跡地)に設置されている、乙川リバーベースの倉庫。水辺での活動に使われる道具が収納されている。(撮影:飯田圭)

指定管理制度の導入と「ONE RIVER」設立

5年間にわたって行われた社会実験は2021年3月末をもって終了。これまでの活動実績をもとに、2021年4月から乙川河川緑地の活用を促進するための指定管理制度が導入されました。現在、岡崎市に支店を持つ「ホーメックス株式会社」と「株式会社スノーピークビジネスソリューションズ」の2社による共同事業体「リバーライフ推進委員会」が、日常の管理や河川活用の窓口を担っています。

殿橋の橋詰めには、常設のオープンスペースとしての「殿橋テラス」(以降、「新・殿橋テラス」)が岡崎市により整備されました。

常設化された新・殿橋テラス。現在は都度の公募によって活用者が選ばれている(撮影:飯田圭)

指定管理制度の導入で、乙川の河川活用は実質「おとがワ!活用実行委員会」の手を離れました。しかし、岩ヶ谷さんたちは、これまでの活動を通して「まだ自分たちがやるべきことはある」と考えるようになりました。

岩ヶ谷さん「僕たちは5年間、まちの中心部にある乙川河川敷を対象エリアとして、活用プロジェクトを行ってきました。ただ、これらを通して、乙川を往来するアユの存在を知ったり、乙川の上流で森を守る活動をしている人、川を軸にして生まれた岡崎の産業や歴史資源、上流部で見られる息をのむほどの美しい風景など、乙川流域に関わるさまざまな出会いがあったんです」

「ONE RIVER」オフィスにて。「乙川流域での活動は、知的好奇心をくすぐられるんです」と岩ヶ谷さん(撮影:飯田圭)

乙川は、岡崎市と新城市の境にある巴山を水源地に、山間部を流下して中心市街地を東西に流れていて、河川延長は約34km、流域面積は約258㎢におよびます。

乙川を場所として捉えるのではなく、一つの流れとして流域全体で考えていかなければいけない。そこで岩ヶ谷さんたちは、これまでのエリアからスケールを広げ、乙川流域全体を射程に捉えて活動を続けることを決意しました。こうして2021年5月、これまで乙川で河川活用を行なってきた事業者や有志メンバーとともに「ONE RIVER」を組成。乙川流域を舞台にしたまちづくりに取り組む民間の任意団体として活動を再スタートさせました。

川とまちはつながっているー「ONE RIVER」の活動

現在「ONE RIVER」では、毎月第2土曜日に行う環境美化活動「おとがわリバークリーン」や、乙川の啓発イベント「川びらき」、「川あそび」、「川ぐらし」の開催、まちなかキャンプ企画「Let it Camp」など、社会実験時代から続く乙川河川敷での活動を引き続き、指定管理者と協力しながら現在も実施しています。また近年では、多くの観光客が訪れる「桜まつり」の時期に合わせて「新・殿橋テラス」を活用した水辺拠点「殿橋テラス-River Port village-」の運営なども行っています。

さらには、企業や地域の方とともに、岡崎市の中山間地域への移住促進のための「いったーんプロジェクト」や、乙川上流地域で1年を通した稲作体験を行う「となりの田んぼプロジェクト」を実施するなど、その活動は乙川流域全体へと広がっています。

岡崎市の中山間地域「オクオカ」での暮らしについて考える「いったーんプロジェクト」(提供:ONE RIVER)
岡崎市下山学区にある田んぼで、地元の方々のサポートを受けながら一年を通して稲作を体験できる取り組み「となりの田んぼプロジェクト」(提供:ONE RIVER)

岩ヶ谷さん「中山間地域の人口が減少して森が荒廃することや、田んぼの担い手がいなくなることは、結果的に普段、まちに住んでいる僕たちに大きな影響を及ぼします。

これは当然といえば当然のことなのですが、現代の暮らしだとそれらの因果関係がなかなか実感できません。僕らは、見えづらくなっている山間部とまちのつながりを、『楽しい』『うれしい』『おいしい』という体験価値に変えて、実感を伴った気づきを得るきっかけを作りたいと思っています。それは山とまちとを物理的につなぐ川というものを軸に考えるからこそできることかもしれません」

毎年秋(10~11月ごろ)に開催される乙川啓発イベント「川ぐらしでは、乙川上流でとれた天然アユの試食や、乙川流域にまつわるパネル展示やクイズラリー、乙川の自然の恵みであるどんぐりや葉っぱを使った遊び体験などの企画を実施。まさに、川とまちの暮らしとのつながりを、楽しみながら体感できる場所を作り、まちなかから川とともにある暮らしを発信しています。

乙川流域のつながりを見て、知って、食べ​​るイベント「川ぐらし」。(提供:ONE RIVER)

それぞれ異なる始点から、乙川へ

最後に、事務局のみなさんがなぜ「ONE RIVER」で活動しているのか、その理由を尋ねました。すると意外にも、3人とも「もとから乙川に思い入れがあったわけではない」とのこと。

石原さん「私はもともと製材会社に勤めていて、『おとがワ!ンダーランド』では、岡崎産の木材を使ったワークショップを開催しました。当時、木と川のつながりの大切さを広めていきたいという社会的課題を感じていたんです。でも、業務では地元の木材ではなく外国材を取り扱うことが多くて……。その違和感を解消したいという思いや、自分の仕事と家庭のバランスを模索していたときに、『ONE RIVER』での働き方がうまく合致したんです」

山田さん「僕は以前、Web制作会社で働いていたんですが、クライアントワークでWebサイトを作る場合、デザインをする人、コーディングをする人など、生産効率性を考えるとどうしても分業せざる得ない状況でした。でも今は、なぜこれが必要なのか自分たちでいちから考えて、手を動かして作って、世に出していく。そういう乙川での活動が生きる力を磨いているみたいで面白いと感じています。乙川で関わる人たちは、自分でなんでも工夫して作っちゃう人が多いので、刺激を受けています」

岩ヶ谷さん「僕はとにかく、乙川に関わってくれる人たちが大好きなんです。社会実験の開始当初は、何の実績もなくて、当然人もあまり集まりませんでした。それなのに、歯を食いしばって、楽しみながら、乙川での活動をずっと継続してくださってくれた方々がいて。僕は、そんな人たちに少しでも恩返しをしたいと今でも思っています」

乙川を舞台にしたつながりのMAP
上流から下流まで、乙川を通してつながる、岡崎の暮らしの豊かさを描いたONE RIVER MAP

川を中心にしたゆるやかなコミュニティ

『ONE RIVER』の活動は、事務局メンバーだけでなく、多くの協力事業者や有志市民によって支えられています。現在「ONE RIVER」には約40名もの方が参加しており、その顔ぶれは、下は小学生から、上は70歳を超える方まで、仕事も立場も実にさまざまです。

岩ヶ谷さん「『ONE RIVER』は、チームというより、ゆるやかなコミュニティというか、川を軸にしたプラットフォームとみたいなイメージです。みんな、もともとは乙川でなにかしたいと思って集まってきましたが、今はどちらかというと『ここに集うみんなが好き』という動機で活動している人が多いかもしれません。

一方で、あまり『ONE RIVER』という名前を出しすぎないように意識しています。コミュニティとしての枠がはっきりしすぎると、逆にそこに属していない他者を排除する動きにつながりかねないので。僕らとしては、乙川に来る人、乙川が好きな人はみんな『ONE RIVER』だと思っています」

留まることなく流れ続ける川のように進んでいく『ONE RIVER』ですが、目下の現実的な課題として、このような社会活動を続けるために、受け皿となる資金を確保していかなければなりません。岩ヶ谷さんたちは、今後『ONE RIVER』での活動を持続可能にしていくための運営法人を立ち上げて、クライアントワークも含めた活動にも注力していくとのこと。川を軸に産業や歴史、文化をつなぐ『ONE RIVER』と、乙川流域がこれからどのように変化していくか、今後も目が離せません。

思い出深いリバーベースの倉庫の前で。取材後の2024年6月末に取り壊された。(提供:ONE RIVER)

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