ソフトとハードが両立した好事例「SUE PROJECT」
皆さんは、Park-PFI(公募設置管理制度)をご存知でしょうか。都市公園をより魅力的かつ利便性高く活用することを目的に、民間事業者を公募・選定して公園の整備を委託する制度です。2017年6月、都市公園法の改正により、従来あった制度の規制が緩和される形で策定されました。
その関西初の事例が、泉北ニュータウンの大蓮公園を舞台に2019年4月にはじまった「SUE(スエ) PROJECT」。立ち上がりの早さだけでなく、取り壊し寸前だった旧公共施設をコミュニティの拠点に変え、住民主体の週末マルシェを企画し、自然豊かな敷地を生かしてキャンプサイトやパンプトラックを展開するなど、ソフトとハードの両面における運用の成功例として注目を集めています。
「SUE PROJECT」を語るうえで欠かせない人物が、Park-PFIの導入を提唱し、受け入れの基盤を築いた元堺市泉北ニューデザイン推進室主査の高松俊さんと、選定された南海不動産株式会社で企画部課長を務める早坂英信さんです。お二人に舞台裏についてインタビューしました。
私設図書館やカフェなど、
地域住民が中心となって賑わうコンテンツ
泉北ニュータウンは、高度経済成長期の住宅需要に応える計画市街地として整備されました。山を切り開いて敷地を一新する一般的なニュータウンとは異なり、元来の里山を保全する形で開発されたため、市街地と農村が隣り合わせになった景観が特徴です。現在の居住者数は約11万で、これまでも堺市や各企業が活性化を目的に注力してきた要所です。
その泉北ニュータウンにある敷地面積約15ヘクタールの大蓮公園を活用したのが「SUE PROJECT」。現在、私設図書館やカフェ、バイクパークなど複数のコンテンツが展開されています。
まずご紹介するのは、複合施設「Design Ohasu Days」。世界的建築家の槇文彦氏が1970年に設計した「旧泉北すえむら資料館」をリノベーションして誕生した施設です。
施設内には、市民団体が運営する私設図書館 が入っています。手づくり感のある読書スペースやオリジナルの選書が特徴です。カフェ「design ohasu days」も併設され、屋上ではバーベキューを楽しむこともでき、さらに芝生広場にてキャンプサイトの運営も行っています。
旧泉北すえむら資料館の向かいにある収蔵棟だった建物もリノベーションが行われました。
そこに入っているのが、南海不動産によるライフスタイル相談拠点「くらしテラスIZUMIGAOKA」。南海不動産のスタッフがデスクで迎え、住宅のリフォームや維持管理のアドバイスなどを行っています。
さらに、2021年8月には「space.SUEMURA」もオープン。地域内循環を軸としたモノづくりの拠点として、ローカル雑誌を発刊する市民団体と地元の塗装メーカーが共同で運営しています。
塗装体験や縫い物教室などが開催されるレンタルスペースと、地元農家のフードロス問題の解決を目指したランチの提供も行うオーガニックフードカフェ、地元の商品を中心とする自然に寄り添った生活雑貨をセレクトしたショップが営まれています。
次にご紹介するのは、屋外で展開されるコンテンツ。公園エントランスを中心とした市民活動ゾーン「LIFE is PARK」では、焼き菓子や焙煎コーヒーなどの出店や絵本の読み聞かせ、青空ヨガなど、小規模な週末マルシェから大規模なフェスタまで、さまざまなイベントが開催されています。ここでの活動は創業者の育成も兼ねており、マルシェでの出店経験を足掛かりに実店舗を構えた人もいるそうです。
もうひとつの屋外コンテンツは、自転車文化の発展を目指した「デコボコバイクパーク」。駐車場の建設の際に出た残土を活用し、地元の自転車メーカーの協力を得て、このパンプトラック(自転車コース)が誕生しました。運営・管理は、市民団体と南海不動産が共同で行っています。
これらの屋内外のコンテンツは、Park-PFIの制度を生かして導入されています。
収益施設となるものは「公募対象公園施設」、公共部分となるものは「特定公園施設」として整備・運営されているものの、収益・公共一体的な運営を行うことで、公園全体のコンセプトが通底しています。
地域とのつながり・地元団体との協働を意識した
公募の設計と運営のポイント
このように、市外からも訪れたくなる魅力に溢れた「SUE PROJECT」ですが、こうした空間・仕組みを作るためには、公募の準備をする段階から多くの工夫が散りばめられています。
市民活動が盛んだった大蓮公園に民間企業が参画することで、企業による営利性だけを追求した公園整備・運営が行われることを防ぐためにも、「公園及び地域への貢献活動」についての審査点を高く設定したとのこと。さらに、既に活動している市民団体や地元キーマンの情報についても、採択後の事業構築段階に情報提供し、彼らとの連携に向けたコミュニケーションを事前にとってもらう働きかけもしたと高松さんは言います。
大蓮公園及び旧泉北すえむら資料館管理運営事業 事業者の公募 関連資料
また、運営の観点でも特筆すべきポイントがあります。Park-PFIでは、公園が公平で適切な運営がなされるように、外部の有識者や市民団体の代表者を含めた、いわゆる「公園運営方針検討委員会」を設ける必要があります。
「SUE PROJECT」では「オペレーションボード」という名称の会議体を設けることを南海不動産が公募時に提案し、公園に関わる事業者・市民団体・そして学識の方々など約11名が出席し、隔月の頻度でプロジェクトの進捗状況と先々の企画を協議する場として機能しています。市はオブザーバーとして参加し、自治体側が対応すべきことは速やかに庁内で共有され、対応方針を検討するような流れも出来上がっています。
これほどまでに全関係者の意見を反映させながら運営していくのは大変ですが、この場があることで関係者間のコミュニティも醸成され、常に大蓮公園の向かうべき方向性を共有しながら、きめ細やかな日々の運営を関係者全体で進めていける良い仕組みです。
加えて、資金繰りのスキームにも特徴があります。通常、公園整備で必要な修繕費用が発生した際には自治体の会計が1つにまとまっているため、細かな整備に対応することがなかなか難しいのが現状です。しかし「SUE PROJECT」では、公園整備に関する予算を基金として確保し、そこに利用料金などの収益がプールされ、必要に応じて整備に充てることが可能となっています。これにより、大規模な修繕に限らず日々の細やかなアップデートに必要な資金繰りもスムーズに行えています。
「SUE PROJECT」のはじまりは、取り壊し寸前の資料館
プロジェクトの現状がわかったところでますます気になるのは、どのように「SUE PROJECT」がはじまったのか?といった経緯です。事の発端は「旧泉北すえむら資料館」にありました。
「もともと堺市として検討していたのは、老朽化により2016年に閉館した『旧泉北すえむら資料館』の活用でした。世界的に有名な建築家である槇先生の作品を撤去するのはあまりにも勿体ない。なんとか生かせないだろうかと、役所内で度々議論していました」と高松さんは当時を振り返ります。
従来の都市公園法の制度は、設置管理許可期間の上限が10年間と短く、対象の敷地面積が限られるなど、規制が厳しい状態でした。飲食経営だけでは採算を取りづらいものの、宿泊施設としての用途変更もできず、資料館の運用だけでは収支が合いづらいため、公園全体を活用して収益化を狙える案に切り替えられないだろうかと考えあぐねていたとき、登場したのがPark-PFIの制度だったのです。
サウンディング調査を経てPark-PFIで公募したところ、提案企業の一つとして南海不動産が現れました。「以前から南海グループ全体の方針として沿線開発に力を入れていました。それで、地域のコミュニティと関係性を築こうと、泉北ニュータウンにもよく通っていたんです」と早坂さん。現地の状況を深く理解していた南海不動産の提案が堺市のニーズに見事に合致し、許認可の関係として選定されました。
リノベーションは「旧泉北すえむら資料館」の本来の姿をオマージュし、私設図書館やカフェが入った複合施設が誕生。建設当初の壁の色を再現するだけでなく、半世紀経った今、かつて槇先生によって語られた「いずれは地域のコミュニティ・ミュージアムに発展してほしい」との思いまで蘇らせる形となりました。
7年前にはじまった市民主体のプロジェクトが背景に
タイミングよくPark-PFIの制度が登場し、ハードが整ったからといって、たった1年でソフトまで充実するものでしょうか? 実は「SUE PROJECT」が成功している背景には、2014年に堺市が発足させた市民主体の企画の基盤づくり「泉北をつむぐまちとわたしプロジェクト」が大きく関わっていました。
そのプロジェクトを立ち上げた人物こそが、高松さんです。2011年に建築都市局ニュータウン地域再生室の配属となった高松さんは「この先ハードの更新が進められても、ソフトが充実し、使い手・担い手・利用する住民の顔が見えないと、地域の魅力は高まらない。魅力を向上させるには、地域の魅力を自ら創り、伝える地域住民を発掘する必要があるのでは」と常々考えていたといいます。
そこで、この思いに賛同して一緒にコミュニティを築いてくれそうな地域住民を口説き落とし、市役所の若手もどんどん巻き込みながら、人と人の関わり合いと地元愛を醸成するため、フィールドワークやワークショップ、公共空間を活用した社会実験などを積極的に行っていきました。
次第に口コミで参加者が増え、最終的には70名ほどの地域住民が集うプロジェクトに成長。プロジェクトをきっかけに、のちに「LIFE is PARK」でマルシェの運営を行うこととなる人々の繋がりが生まれ、「space.SUEMURA」の運営を担うメンバーも所属する、ローカル雑誌を発刊する市民団体が誕生しました。
日頃から地域住民が活躍できる環境づくりを
その他にも、レモンを植樹して新たな泉北の特産品をつくる企画が生まれ、泉北ニュータウンで新たに農業をはじめる人が現れるなど、当初の狙い通り「泉北をつむぐまちとわたしプロジェクト」はさまざまな市民活動の基盤となっていきました。
高松さんは「ハードよりソフトを先行して築くことが重要です。新たな制度ができ、ハードの整備が可能となったときに慌てて無理にソフトを繕うのではなく、日頃から地域住民の方々が活躍できる環境をつくり、公共空間の重要性が見直されるタイミングで、プレーヤーの顔が見えている状態にしておくことが大切なのだと思います」と、「SUE PROJECT」の肝と言えるポイントについて語ります。
「SUE PROJECT」には、学ぶべき点が数多く詰まっています。単に流行を取り入れた施設を建設するのではなく、土地の文化やその土地を長年見守ってきた建物が持つ文脈を尊びながら、新たな息吹を注ぐこと。活発な市民活動を促すため、地域住民がアイデアを持ち寄って自ら実現できる環境を整えること。未来のために初期投資を厭わない、方向性の一致する委託先を見極めること…。
どれも付け焼き刃で実現できるものではなく、企業だけ、もしくは市民団体だけの盛り上がりでは成り立たないものばかり。いかに一人ひとりを当事者として巻き込むかが重要なのかを痛感させられます。これらのポイントを参考に、皆さんの地域でも公園の未来を考えてみてはいかがでしょうか。