プレイスメイキングとは?
そもそも「プレイスメイキング」とはどのような概念なのでしょうか?直訳すると「場づくり」ですが、ただ新しく空間や場をつくることではありません。「プレイスメイキング」とは、パブリックライフ=都市生活を豊かにするための都市デザインの手法のことを指すのです。
デンマークを拠点に多くの都市デザインに関わる建築家ヤン・ゲール氏によると、パブリックライフは「必要活動」「任意活動」「社会活動」の3つに分けられます。
必要活動:通勤や買い物等。義務的な意味合いを含む活動。物的環境の影響は少ない。
任意活動:散歩やレクリエーション等。そうしたい気持ちがあり、場所や時間が許すときに行われる活動。物的環境の影響は大きい。
社会活動:他者を眺める、あいさつや会話、各種コミュニティ活動といった他者の存在を前提とした活動。物的環境の影響は大きい。
「任意活動」と「社会活動」の充実こそ、豊かなパブリックライフには必要だと園田さんは話します。
「新型コロナウイルスの影響で活動が制限されることもありますが、本来であれば、パブリックスペースで任意活動と社会活動がどれだけできるかによって私たちのパブリックライフの豊かさは変わります。任意活動と社会活動が増えると、人々の多様な居場所が生まれます。これまでも草の根型・参加型でのまちづくりはたくさんの地域で見られましたが、“みんなで”行うまちづくりをロジックに体系化し、再現可能性のある都市デザイン手法をまとめたものがプレイスメイキングなのです」
パブリックスペースを活用する重要性
もちろん地域によるばらつきはありますが、国土におけるパブリックスペースの占める割合は思っていたよりも高いと園田さんは話します。例えば、愛知県豊田市都市計画基盤調査によると、豊田市の都市計画区域のうち、山林や農地などを除いた土地の約50パーセントが公共空間なのだそう。園田さんはそんな社会の巨大なスペースを有効活用するため、行政が民間と連携しやすいようにルールや仕組みから見直し、民間や個人が良質なコンテンツを生み出すための土台づくりを行なっています。
「プレイスメイキングは、単に物理的な空間をつくることではなく、人々の多様なアクティビティの生まれる“プレイス”=“居場所”をつくることが目的です。僕は都市デザインを考えるとき『プレイス』『エリア』『ダウンタウン』の3つに分けて都市を見立てています」
「まず『プレイス』とは、友人とのおしゃべり、散歩やスポーツ、おいしい食事やお酒を楽しめたり、いろいろな体験のできる場所を指します。そのような『プレイス』が10個以上集まると”エリア”として成長し、個性が形成されます。
『ダウンタウン』とは、10以上の『エリア』が集まった都市の中心市街地です。駅周辺などの中心部をオフィスエリアや商業施設とし、その縁辺部の土地は住宅エリアとするなど、用途ごとに地域を分ける従来の都市計画の考え方でつくられた場所です。多くの都市で『ダウンタウン』や『エリア』の規模の都市計画は既にできあがっているので、私たちの豊かなパブリックライフのためにはより小さい規模の『プレイス』をつくることが必要なのです」
プレイスメイキングは、10のフェーズに分けて段階的に進行されます。まずは目標設定をして、低リスク・低コストでできる社会実験を行い、検証を通してニーズやエビデンスを把握しながら体制やルールを整え、目標達成を目指します。実際に園田さんが携わった愛知県豊田市の事例に基づいて、プレイスメイキングへの理解を深めていきましょう。
愛知県豊田市でのプレイスメイキング実践事例
2014年に開催されたプレイスメイキングのシンポジウムをきっかけに、園田さんは豊田市経営戦略室(当時)の栗本光太郎さんと出会います。
2015年に園田さんの所属するハートビートプラン社がプロポーザル方式でコンサルタントとして業務委託を受けてから、豊田市のメインの駅である新豊田駅と豊田市駅周辺の再計画事業に取り組んでいます。再計画事業の主眼は、その2つの駅周辺を歩行者中心の場所にすること。そのために2つの駅前とその間をつなぐデッキ下のバスターミナルを集約したり、新たな広場をつくったり、大規模な工事がいくつも走る10年スパンの事業です。
◆ Phase 1 「なぜやるか」を共有する
まずは一番大切な「なぜやるのか?」について議論し、関係者全員で共有することからプロジェクトは始まりました。
当時、計画通りのパースが既に出来上がっていたそうです。しかし、特にプレイスメイキングに可能性を感じていた担当者の栗本さんは「単にパース通りに空間を整備しても、人は来ないのではないか?」という悩みがあったそう。園田さんは行政のみなさんと歩行者中心のまちづくりを行う根本的な目的について何度も対話と議論を重ね、「人が主役のまちなかを“未来の普通”にし、駅前にいつも人がいる風景をつくる」ことを事業全体の目的として整理していきました。
◆ Phase 2 地区の潜在力を発揮する
続いて園田さんたちは、街の中にポテンシャルを秘めた10の場所を見つける 「The Power of 10」という考え方に基づいて、新豊田駅と豊田市駅周辺の既存広場を10個ほどピックアップしました。どれも日常的に使われていない、人のいない風景が当たり前になった場所でした。この10箇所で、人を中心とした居場所づくりのための社会実験計画が動き出したのです。
◆ Phase 3 成功への仮説を立てる
社会実験に向けて、事業全体の目的「駅前にいつも人がいる風景をつくる」ための方向性を考えるためのワークショップが開かれました。参加者は、市民をはじめ地元のまちづくり会社、デザイナー、飲食事業者など。ワークショップでは、「豊田市には歴史はあるが、古いものは残っていないのではないか?」「サービス提供を受けることに市民が慣れ過ぎているのではないか?」「目新しいイベントではなく、慣れ親しんだイベントに足を運ぶ人が多いのではないか?」等のたくさんの意見が出たそうです。
最終的に見えてきたのは、豊田市に必要なのは市内外から大量の人が訪れるイベントではなく、市民自身が主役になりチャレンジできる環境や空気感であるという仮説でした。まずは今ある既存広場を活用し、市民の表現や発信を応援するイベントを企画することでプレイヤーとしての市民を増やし、ゆくゆくはそんな市民の方々が駅前を積極的に活用するという未来理想図が描かれたのです。そのような経緯から、2015年度にまずは遊び心を持って街に関わる市民を増やすこと、さらにそんな市民を応援する仕組みをつくることを目的にした「あそべるとよたプロジェクト」が生まれました。
◆ Phase 4 プロジェクトチームをつくる
次に行なったのは、プロジェクトの運営体制を整えること。ピックアップした10箇所の広場は管理者も運用ルールもばらばら。管理者には行政も民間もいれば、行政内であっても部署が入り混っており、使いたくても連絡先がわからず、使えるのかどうかもわからない状態だったそうです。そこですべての広場の管理者を集めた協議会をつくり、園田さんたちから社会実験の計画について提案を行いました。
「管理者にお願いしたのは、飲食や車の乗り入れなど禁止事項があっても、今回はできるだけ活用の幅を広げてほしいということでした。その代わり、周辺住民とのやりとりなどのすべての窓口は都市整備課が担い、管理者にとっての対外的なコミュニケーションコストは減らすようにしました」(園田さん)
◆ Phase 5 段階的に試行する
基本的な運営体制を整えたあとは、いよいよ10箇所の広場でコンテンツを提供する「あそべる人」の募集がスタート。園田さんたちが地域のお店やプレイヤーに直接説明して回ったことも功をなし、最終的に約30組の人たちから応募があったそうです。
選考後は、「あそべる人」向けのプレイスメイキング講座を実施。講座内容について「今回の事業の趣旨説明をはじめ、出展者一人ひとりが本気で遊ぶことが、訪れる街の人の喜びや楽しさにつながること、都市計画の一環で行っているためフィードバックにも協力してほしいことなど、目的や狙いを改めて伝えました」と園田さんは話します。単なる「コンテンツ提供者」ではなく、今後事業を共につくり上げる中長期的な仲間・プレイヤーとして市民のみなさんをていねいに巻き込みながら進めていったことがうかがえます。
2015年から複数回行われている愛知県豊田市での社会実験では「まちなかを本気であそぶ、つかいこなす!」というスローガンのもと、7〜10箇所の広場でさまざまな“あそび”が行われました。お酒やコーヒーが楽しめるカフェバー、スケートボード広場、パンクロックのライブ、ヨガや木育イベントなど、たくさんの風景がつくられました。
なかでも一番人通りの多い、駅前のペデストリアンデッキにオープンしたカフェバーには、周辺の若者やトヨタ自動車で働く人が多く立ち寄っていたそう。森林組合による木製遊具を設置した広場には、こどもから大人までたくさんの人が集まり、スケーター自らベニヤで手作りしたスケートボードの広場には、普段は名古屋まで滑りに行っていた地元スケーターたちが思い思いに滑る様子が見られたとのこと。
人が滞留したり賑わったりすることはほとんどなかった広場でしたが、コンテンツがあることで「いつも人がいる」風景が実現できる可能性が見えた社会実験となったようです。
後編では、Phase6からの社会実験の検証や常態化へむけた取り組み、そして新たに生まれた豊田市の拠点についてうかがいます。