◆ Phase 6 試行の結果を検証する
社会実験の成果を次につなげるために必要なのが効果測定。このように壮大な実験の検証基準はどのように設定したのでしょうか?
「この事業目的は『駅前に人のいる風景をつくること』。市内外から一度に1000人が来る場所ではなく、100人が10回来るような場所をつくることが目的です。人々は、そこでできることがあればあるほど、何度も足を運びます。したがって、測定するのは『そこでいかに多様な活動が行われていたか』に絞りました。人々のできること=アクティビティの多様性を指標にした調査です。経済価値ではなく、何度も足を運びたくなる利用価値で効果を測定しました」(園田さん)
社会実験前は、駅前で一番多く見られたアクティビティは灰皿付近での喫煙だったそうですが、社会実験中は、スケボー、音楽、飲食、会話、打ち合わせ、ただ眺めるだけの人など、複数の広場でたくさんの活動が生まれたのです。こうして実験前の状況もデータにしておくことで、実験後との比較検証がしやすくなりますね。
実験前後で大きな変化が見られない広場もあったそうですが、「もしもその一箇所の広場だけで社会実験を行っていたら、関係者は実験自体が失敗したという認識になっていたかもしれません。しかし複数の広場で実験を行ったことで、いくつものデータを取れた上に、それぞれの特徴や適性を見極めることもできました」と園田さんは振り返ります。
また、カフェなどのコンテンツがあったほうが、人々の滞留時間が長かったそうです。人の居場所づくりのためには、ベンチを置くだけではなく、「滞在する理由」となる飲食などの収益事業の必要性が見えてきたとも言います。園田さんたちはそのような結果を受けて、さらに収益事業の根拠を深めるための調査も行いました。
「ある期間、カフェバーの席を2種類に分けました。ひとつは飲食物購入が必須な席。もう一つが、何も買わなくても座れる無料席です。それぞれの平均滞在時間を測ると、無料席の平均は15.7分、有料席の平均は26.6分と、有料席の方が平均滞在時間が長かったのです。大都市に比べて人口の多くない豊田市の駅前に人のいる風景をつくるためには、長く滞留してもらう必要があります。このように、民間による収益事業を行う根拠を、事業全体の目的に沿って提示することで、関係者の理解も得やすくなりました」(園田さん)
徹底した効果測定を行ってきた社会実験ですが、定量的に計りにくい定性的な成果もありました。例えば2016年の半年間の社会実験中、その場所をきっかけに9組ものカップルが誕生!また、キャッシュオン式という気軽さからか、カフェバーで健常者と障害者の方々がお酒を奢り合うなど、普段接点の少ない人同士が交流し合う様子もよく見られたそうです。
「デートにしろスケボーにしろ、遊ぶ場所といえば名古屋だった豊田市民にとって、地元でも遊べる可能性を体感してもらえたことは大きかったと思います。まさに豊かなパブリックライフの例ですね。定量的に測りにくいことも大事な成果です」と園田さんは話します。
今回の社会実験を通して、地域の様々なプレイヤーとつながり合えたことも、とても大きな成果だったと園田さんは言います。行政が入札を通してプレイヤーを募集する一般的な公民連携の方法では、行政と民間の双方向性が生まれにくい側面もあります。
しかし、かなりオープンな形で社会実験を行った今回のケースでは、新たな地域のプレイヤーをプロジェクトの主体的な参画者として巻き込めた上、実験を通して、プレイヤー自身の様々なニーズを集められています。
プレイヤー自身にとって使いやすい空間をヒアリングすることで、行政はそのニーズに基づいた工事を発注することができます。プレイヤーにとっても、より責任を持ちながら自由に公共空間を使うきっかけになるのです。そのような民間と公共の有機的な連携が生まれたことも、大きな成果のひとつと言えるのではないでしょうか。
◆ Phase 7 空間と運営をデザインする
続いて行ったのは、社会実験の成果を踏まえ、さらに本格的な運用を想定した空間と運営のデザイン。まずは、社会実験から導き出した、継続的で自律的な運営のための4つのポイントを整理しました。
「統一窓口」による広場活用:いくつもの広場をバラバラに管理するのではなく、統一の窓口を設けること
「収益事業型」の広場活用:人通りが多く収益性の見込めるエリアを中心に、飲食などの収益型事業を取り入れること
「管理者支援型」の広場活用:広場管理者による自発的な運営を促すため、管理者が民間でも公共であっても、市と契約した専門家によるアドバイスを受けられる仕組みを設けること
「担い手発掘・育成型」の広場活用:現状のままだと稼げない広場は、担い手を探すところから支援を行うこと
また、イベント利用だけでなく長期的な利用ができるように、対象区間の規制緩和を行ったり、本格的な都市計画の策定に向けた合意形成プロセスのデザインも見直したと園田さんは話します。
「今回の事業には、デッキの架け替え、車道から歩行者広場にする工事、バスターミナルの交通再編事業など、歩行者中心の再計画に向けた大規模な工事が含まれます。それらの工事は豊田市の様々な部署からばらばらに発注される状況になっていて、そのような形ではせっかく社会実験で見えてきた成果や反省を生かすことが難しくなります。すべてのプランをできるだけひとつのチームでデザインできるようにするため、体制の再整理を行いました」
急ピッチで全国の様々な事例を調査して、豊田市にふさわしい空間デザイン監修の仕組みを提案したり、大学の専門家の方々による空間デザインのアドバイザリーチームをつくったり、空間デザイン監修の発注先を決めるプロポーザル時には、土木・ランドスケープ・建築・設計の専門性があわさった体制での提案を求める仕様の提案をしたり、園田さんたちによる抜本的な体制面の見直しが行われました。
すでに行政側で進めていた様々な話もあったはず。行政のみなさんはとても驚いたのではないでしょうか…?
「抜本的な見直しに戸惑うこともあったと思いますが、僕らもそれほど大きな覚悟で豊田市に関わっています。社会実験の成果をうまく反映させ、街の皆さんのためにも絶対にいいものにしたかったのです」
そう話す園田さんは、10年スパンでの構想をより強固なものにするため、さらなる土台固めを行います。
◆ Phase 8 常態化のための仕組みをつくる
いくら体制や運用面を整備しても、行政の担当者や状況はいずれ入れ替わってしまいます。どんな場合でもこれまでの取り組みが活かされるように、これまでの経緯と公民連携の方針骨子が園田さんたちによって作成されました。公共と民間の役割も明確に記載するなど、豊田市がどんな状況であってもより良い公民連携を続けられるための意識共有のための資料になりました。
◆ Phase 9 長期的なビジョン・計画に位置付ける
続いて取り組んだのが、長期的なビジョンの策定。一般的には始めの段階で行われることの多い「ビジョン策定」ですが、プレイスメイキングの手法の場合は後半で行われます。
「最初からビジョンと計画があるのではなく、仮説を立てて社会実験を行い、検証し、ニーズやエビデンスを把握してからビジョンをつくるほうが自然だと考えています。それを行政の基本計画に位置付けて市民に公表すると、一部の声の大きな人の意見による変更は難しくなります。今回豊田市で策定した長期ビジョンには、それぞれの広場の特徴に基づいた活用方針、将来的な整備イメージをまとめました。ポイントは、ビジョン策定に至るまでの社会実験などの経緯と検証結果、さらに今後数年のアクションプランも記載することで、より説得力ある長期ビジョンにしたことです」(園田さん)
◆ Phase 10 取り組みを検証し、改善する
2015年から始まった豊田市の再計画事業の次なるステップとなる「豊田市駅東口まちなか広場」(愛称:とよしば)が2019年9月にオープンしました。
ここには、カフェなどの飲食事業、ものづくりのできるアトリエ、市民同士が交流できるサロン、だれでもYouTuberになれるスタジオ、まちづくりの担い手を育成するスクール、都市模型などを置いて都市デザインを住民に直に伝えられるシビックプライドセンターなど、新しいコンテンツがたくさん盛り込まれています。
とよしばは、「飲食などの収益事業」「アトリエなどの公益事業」「広場事業」の3つの役割を担っています。豊田市都市整備課が管理者となり、公募によって選出された運営事業者が現場の運営を担っています。収益事業については売り上げ歩合で賃料を市に払いつつ、公益事業は一定の負担金を市から入れています。収益型・公益型問わずとよしばに関わるすべての関係者が「運営チーム」という形で日々の運営を担い、芝生広場も協力しあいながら整備を行うそう。
年に一度、外部の専門家による評価会議も行われます。評価基準は事業者と管理者、評価委員が協議をした上で決定されます。「プロによる客観的な評価を入れることで、公正かつ開かれた事業であることを市民や周辺事業者に理解していただきたい。また運営事業者にとっても視野を広げるきっかけとして捉えていただき、より豊かで継続的な運営につなげていきたい」と園田さんは話します。
withコロナ時代における「プレイス」の役割は?
新型コロナウイルスの影響で、わたしたちの時間の使い方は大きく変わりました。自宅で働き、無駄な打ち合わせや出張はなくなり、勤務時間や残業が減りました。
時間ができて外を歩くようになったことで、自分の住む地域に改めて目が向いた方は多いのではないでしょうか?意外に行きたい場所がなかったり、好きなお店が少ないことに気づいたりした方もいたかもしれません。最後に、そんな様々な生活様式を変えるとも言われている“with コロナ”の時代、公共空間や「プレイス」の役割について園田さんがどのように捉えているかうかがいました。
「コロナが落ち着いたあともテレワークなどが定着して、人々の可処分所得ならぬ『可処分時間』の多い状態が維持されれば、『プレイス=居場所』の価値がすごく注目されると思います。楽しく歩きたい、のびのび子どもたちを遊ばせたい、ゆっくりおいしいものを食べたい…など、『プレイス』への需要が高まり、より豊かなパブリックライフが送りたいというニーズが増えるはずです。住む場所や働く場所を決める動機として『プレイス』が上がってくるのではないかと感じています。
これからの都市は、物理的にも経済的にも新しいものを次々つくりだす状況ではなくなります。そうなると住環境がなかなか更新されません。もし現状に満足してない場合、これまで行政や大手のディベロッパーがやってきた更新作業は、自分たちで行うしかありません。これまで都市にコミットしてなかった人が主役になれる、まちづくりにコミットできるアプローチがプレイスメイキングなのです。
プレイスメイキングを通してやりたいことは、街に多様な活動の受け皿をつくり、住民一人ひとりが自分の居場所を選べるきっかけをつくることです。『プレイス』の増加は生活の質向上へつながり、さらに街への愛着が高まります。人口を増やし都市を盛り上げていくために経済の活性化や移住促進も大切ですが、これからは『気持ちよく暮らせる街づくり』という視点で都市計画を行うことがさらに重要になっていくと思います」(園田さん)
園田さんの著書『プレイスメイキング~アクティビティ・ファーストの都市デザイン』には、プレイスメイキング のさらなる詳細が記されています。
プレイスメイキング の一環で誕生した、豊田市「新とよパーク」の記事もあわせてご覧ください。