ポートランドのランドマーク
ポートランドのダウンタウンにどんと鎮座するPowell’s City of Books(以下、パウエルズ)。6,300㎡の広さのワンブロックすべてが本屋さんというスケールで、大手資本が入っていない独立系書店では世界一の規模をほこります。
パウエルズは1971年にマイケル・パウエル氏によって創業されました。かつて自動車のディーラーだった店舗は幾度かの増築を経て現在の規模にまで成長し、いまではすっかりポートランドのランドマーク的な存在に。市民の日常使いだけではなく、人気の観光スポットにもなっています。
その独自の経営方針から新品の本と古本、ハードカバーもペーパーバックもごちゃまぜに扱っているのが特徴です。本棚には中古と新品が同列に並び、本の状態によって値段が変わるのでお財布事情や目的に合わせて本を選ぶことができます。
市民の知の拠り所として
3階建の建物にはRed、Blue、Roseなど色分けされた 9つの部屋があり、 3,500以上のセクションに分かれて本が並んでいます。公式サイトによると在庫は100万冊を超えるとのことで、地域の図書館にも引けを取らない規模感です。
見上げるほど高い書棚に囲まれた店内。まっすぐ進むと本棚、角をまがっても本棚。アルゴリズムによって管理されたウェブの世界ではなく、予期せぬ本とのリアルな出会いこそパウエルズが提供する大きな価値です。本の表紙を眺めながら歩いていると、気づけば別のセクションへ。まるで本に囲まれた迷路のようにパウエルズの世界に引き込まれていきます。
本から生まれる文化的価値の発信
パウエルズの圧倒的な強みはその物量だけではなく、熱いポリシーにあります。
公式サイトにはパウエルズが大切にすることとして、「多様な視点を促進する」「自由にアイデアの交換をできる場をつくる」「本の永続的な力を守る」「著者と読者のコミュニティを強化する」ということが挙げられていました。
これらのミッションを実現するために多方面の取り組みが行われており、店舗では毎日のように著者イベントが開催されていたり、毎週土曜日には子どもの読み聞かせ会が開かれていたりとイベントが盛んに行われています。
また、特集の本棚には手書きのポップが並び、スタッフからの提案が盛り込まれたり、社会的なメッセージが投げかけられていたりと本棚がメディアのように機能しているのもおもしろいところ。公式サイト兼オンラインストアでも全面的に本がキュレーションされていたり著者へのインタビューが掲載されていたりと、オンラインでも独自の世界観を放っています。
創業50年を超えて、これまでも現在も先進的で社会的なサービスがパウエルズの存在をオンリーワンのものとしています。1993年にはオンラインで本の販売を開始していたり(amazon.comが立ち上がる2年前のこと!)、いまとなってはカフェのある本屋は珍しくありませんが、ここでは1985年からコーヒーショップを併設していたり、価値のある古書や古地図、アート作品集などの保管や販売をしていたり、読み書き能力、文学、教育や表現の自由の分野にまつわる地元組織への現物寄付やサポートの実績があったりと、書店としては型破りなチャレンジの数々が行われてきています。
自分のペースで過ごせるパブリックな場所
パウエルズは年中無休で、いつも多くの人でにぎわっています。一年の半分以上が雨季でグレーな空に包まれるポートランダーにとって、パウエルズの存在は多くの人の心の拠り所になっているのかもしれません。
筆者自身、十数年前にポートランドに住んでいたのですが、思い返してみると、調べたいことがあればパウエルズ、暇になったらパウエルズ、待ち合わせするならパウエルズというようにかなり日常的にこの場所を使っていました。ここで半日以上滞在することもあると話す友人もいます。
ポートランドを有するオレゴン州マルトノマ郡の図書館利用率は全米トップクラスと言われていますが、マルトノマ郡図書館システムの責任者であるジニー・クーパー氏は過去のインタビューでこのように話していました。
「私たちの図書館利用率が高い理由の一つは雨のせいだと言われていますが、実際にはマイケル・パウエル氏(パウエルズの創業者)のおかげだと思っています。彼がこのまちに読書の楽しみや本の大切さを教えてくれました」
書店と図書館が敵対するのではなく共存関係を築き、市民の読書推進につながっているのだとしたら、パウエルズという存在の社会的意義の大きさを感じずにはいられません。
本を買うことを目的にここを訪れる人もたくさんいると思います。そして同時にただこの場所が好きだから、居心地がいいからと滞在している人も多くいるはず。なんとなく来たくなる、居たくなる。この場所にはそんな独特な引力があるように思うのです。
この数年、変化が激しいポートランドですが(くわしくはこちらの投稿にて)、この場所は地域の人にとっていつでも変わらない知の拠り所であり、心の拠り所としてまちに在りつづけています。
Powell’s Books
https://www.powells.com/