ねじれてしまった住民と行政
公共発注と住民合意。一見、遠い話題のように思えるこのふたつ。実は密接に関わっています。なにせ、自治体の発注のお仕事をしていると、行政が、絶えず気にしているのが、この「住民合意」。あるいは、「住民の声」や「議会」の存在といった方がわかりやすいでしょうか。公民連携案件だというのに、民間企業の意向以上に、住民の意向を優先している自治体も少なくありません。
「なんで、うちのまちは廃校をほったらかしているんだろう?」
「もったいないからどんどん民間に使わせてくれればいいのに…」
この連載を読んでくださっている奇特な方々の中には、動きの悪い自治体にヤキモキしている方も多々いらっしゃるかもしれません。しかし、行政はなんと、みなさん、市民の顔色を伺って動けなくなっているという、公共R不動産のような中間的な立場からみると、なんだか、とてもねじれた状態にあるのです。
合意、さもなくば訴訟?!
住民合意は、重要なファクターであるにもかかわらず、何をもって「合意」と見なすのかが不明確で、雲を掴むような議論になりがち。制度としては、以前触れたような、パブリックコメント制度(※注1)がありますが、実施が義務付けられているわけではありません。「住民合意」という手続きについては、特に何の法的なルールも存在していないのです。にもかかわらず、なぜ、行政がそこまで住民意向を気にするのでしょうか?
もちろん、それは市民の税金で行政が運営されているから。そしてなにより、「次期首長選に響く」という政治リスクが関係しているからです。行政としては、何を実行するにも、完璧に住民に対して説明ができるようにしておかないと、議会で議員さんにつけ込まれる隙を与えてしまい、議員さんが扇動するようなかたちで住民の反対運動につながり、やがて訴訟へ……という展開を恐れているわけです。訴訟だなんて、大袈裟に聞こえますよね。しかし、実際、多くの自治体では、職員さんが「訴訟保険」に入っているものなんですよ!これを知った時は私も驚きました。
訴訟保険に自治体職員が入らねばならない国って、熟議を通じてベストな解をつくりだしていく理想的な民主主義には程遠い、というかほとんど敗北宣言のようにみえて、やるせない気持ちになりますが、公共R不動産が関わった案件でも、住民の反対により頓挫してしまったものもありますし、どう見ても誠実に仕事をしていた知り合いの職員さんが訴訟にあい、丸1年を費やしてプロジェクトが遅れてしまった例も。意外と日常茶飯事なのです。自治体職員の方々はそんなリスクを感じながらも、懸命に、なんとかおもしろい案件にしてやろうと孤軍奮闘してくださっているわけですね。ありがたや。
ここまでの議論で、一括発注の際には「債務負担行為をとって、予算枠を確定しておくことが望ましい」という話をしてきましたが、これも、単年度予算という制度を乗り越えるためだけでなく、住民合意と深くかかわっています。というのも、住民の反対運動で案件が頓挫することは、民間企業にとってみれば、せっかく設計、資金調達した案件がストップすることであり、多大な損失につながるからです。なので、住民合意がきちんと取れ、予算が減額されるリスクもない状態であることを担保するために「債務負担行為」が非常に重要なのです。
※注1:パブリックコメントとは、国の行政機関が政令や省令等を定めようとする際に、事前に、広く一般から意見を募るもの。その意見を考慮することにより、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図り、国民の権利利益の保護に役立てることを目的としている(e-gavウェブサイトより)。2005(平成17)年6月の行政手続法改正により法制化され導入されている。自治体はこれに習い、条例等で独自に開示する基準を設定し、今回取り上げた構想や計画等策定の前には市民からの意見を求める機会をつくっているところが多い。
住民合意はいつ図られる?
さて、それでは、具体的に、「住民合意」とは、どこのタイミングで図られるのでしょうか。前回の「一括発注のすすめ」で見てきた通り、住民合意のあり方も、大きくは「投資主体は誰か?」で2パターンに分かれます。
まず、投資主体が民間である「民間事業型」の公民連携事業の場合。行政の投資は発生しないので、行政の責任範囲は、公共財を貸し出す際の選定の公平性や、条件設定の妥当性に留まります。
もうひとつは、行政の投資が一部、または全発生する「行政投資型」のパターン。税金の使い道を決めるステップが絡んでくるため、上記に加えて、行政の説明責任が大きくなります。
前者の「民間事業型」の場合、住民合意のタイミングは、「サウンディング」(※注2)の前か、後になります。民間事業型では、公募前に施設コンセプトや基本方針を描く「基本構想の策定」ステップが不在なことが多く(第3話参照)、その代わり、公募前に「サウンディング」というステップを踏むことが多いです。そこで、官民相互のニーズをある程度把握してから、公募になります。このようなパターンでは、サウンディング実施「前」か「後」に、対象物件の周辺町内会でのワークショップを開催するなど、住民合意のプロセスが取られることが多いです。
また後者の「行政投資型」の場合、事業者公募の前に「基本構想の策定」というプロセスが入るので、その策定前にパブリックコメントが実施され、そこでの意見を、基本構想に反映することで、一定程度の住民合意を得たことになります。
※注2:サウンディングとは、公募段階の前段階で、行政が考えている条件を提示し民間事業者にヒアリングを行いながら、適切な条件のすり合わせを行うこと。
やっかいなのが、この、サウンディングや構想の「前」に住民の合意をとり、なにかしら、住民に期待を持たせてしまうケース。
活用を検討している施設の近隣住民を集め「この施設を使う事業者を募集します」という、説明をするのは当然といえば当然です。しかし、それを説明される住民の立場にもなってみてください。その時点では、その施設がいったいどのような使われ方をするのか分からないのに「民間に使わせていいでしょうか?」と聞かれるのです。「YES」とも「NO」とも、言いようがありませんよね。とりあえず、変化への恐怖が先立ち、なんとなく、よくわからないから「NO」と言ってしまいがち。
また、住民合意の名の下に、とりあえず、ワークショップ形式で「何になったらいいと思いますか?」「ほしい機能はなんですか?」というストレートな質問を投げかけるパターンもよく見受けられます。
だいたい、人口が減少している地域に遊休施設が多いので「スーパーがほしい」「老人施設がほしい」「憩いの場がほしい」、果ては「高層ビルをどーんと建てれば人がくると思う」など、非現実的な意見が集まりがち。
そのような、アンケート結果を、公募要項に添付し「このような住民意見を反映した用途にしてください」という公募にしてしまうケースが散見されますが、それは危険です。応札する民間事業者の幅を狭め、クリエイティブな事業を提案してくれる事業者は減ってしまうからです。冒頭で、事業者より住民合意を気にしている自治体が多いと言いましたが、まさに、このようなケースに陥りやすいです。
そして、どのタイミングであれ「住民合意」全般に共通して言えることなのですが、行政職員が開催する「説明会」なるものは、なぜか最初から市民と敵対関係で「NO」と言わせるような雰囲気になってしまいがち。
悲しいかな、行政職員は日々、クレーム対応に追われ、市民が皆クレーマーに見えてしまっているのかもしれません。また、説明会で誤った説明をしてはいけないというプレッシャーもあり、原稿棒読みのワクワクしない説明にならざるを得ないのかもしれません。「こう言った」「ああ言った」と、例の訴訟問題になってしまうかもしれないからです。これも、行政職員の能力の問題ではなく、日頃の市民と行政のコミュニケーション障害の問題と言えそうですね。
海外の住民合意事情
さて、そんな住民合意をクリエイティブにするために、どんなよい方法があるでしょうか?妄想の前に、ちょっと海外に目を向けて、世界の住民合意にはどんなものがあるのか見てみましょう。
コペンハーゲンの場合
まずは、世界一「民主主義度」の高いデンマーク。デンマークでは、非常にカジュアルに住民説明会が行われていました。3年ほど前、コペンハーゲンにリサーチに行った時のこと、まち歩きをしていると、たまたま新しくオープンした公園に出くわしました。テントの中にパネルが貼ってあり、その横には遊具がならんでいます。なんだろうと思ってウロウロとパネルを見ていると、コーヒーとビスケットを手渡され、説明をしてくれました。その公園は水が溜まりやすいこの地域の排水機能を兼ねたもの。遊具に見えたもの(実際子供が遊んでいた)は、その原理を説明するためのインタラクティブな装置になっていたのでした。事前の住民合意ではありませんが、いかに理解してもらうか?というアプローチは参考になりますよね。
また、デンマークでは実際にたくさんの行政主催のワークショップがあるそうです(一定の規模以上の公共施設を整備する際は必ずやらなければならないというルールになっているらしい)。そこで、「多くの人の意見を聞いたら、最大公約数をとって、結局はつまらないものになってしまったり、住民の意見が強く、行政の意図しないものになったりしないのか?」と聞いたところ、「住民は、自分の意見を採用してもらおうと思って発言をしているのではありません。住民としての意見を延べ、それを聞いてデザイナーが総合的に判断し、どのような形で消化吸収し、アウトプットにつなげるかは、お任せするというスタンスです。それくらいデザイナーへの信頼が厚いといえるかもしれません。」という回答だった。なるほど、ワークショップに参加する「前提」や「期待値」のコントロールが重要そうです。
ポートランドの場合
一方、市民力の高さが有名なアメリカ、ポートランドの住民合意は、ネイバーフットアソシエーション(以下、「NHA」)という組織に任されているそうです。日本で言う、町内会のようなもので、人口約65万人のポートランドに、94個のNHAが存在しているそう。なんと、大きな政策を変更する時は、全NHAの合意を取らねばならないとか。徹底しています。
町内会と異なるのは、それぞれに公民館のような公共施設があるのではなく、フランクに、そのへんのカフェでおしゃべりしながら会合を開いたり、学校の教室に集まって気軽に議員さんを呼んで、皆で話を聞いたり。NHAによっては、ウェブサイトで情報発信していたりして、所属している方の年齢層も若そう。なんだか、楽しげなご近所付き合いと言った雰囲気で、政策決定がとても身近なもののようです。
ニューヨークの場合
同じくアメリカ、ニューヨークでもたくさんのワークショップが開催されていますが、勉強になるのが、情報の出し方。例えば、現在、各地域の公園づくりのプロジェクトが進行しているのですが、そのウェブサイトを覗いてみると、どこの地域で、どの地域でどんなプロセスが進行中なのか、日本からアクセスしても一目瞭然です。日本でも、行政のウェブサイトに、たくさんの会合の議事録はアップされていますが、こんなふうに、どんなプロセスで全体が進んでおり、現時点がどこなのか、ガイドがあったらもっといいですよね!
ロンドンの場合
イギリス、ロンドンでは、住民参加型コンサルテーションの専門家が存在しているそうです!
たとえば、Soundingsという会社。彼らの役割は、再開発予定地の周りに住む・働く人方々の声が重要であることを伝えつつ(community empowerment)、マスタープランに関わる建築家やディベロッパー、行政などの関係者のコミュニケーションをファシリテートし、より豊かな場をつくっていくことだそう。
発注主はディベロッパーや行政が中心で、コンサルテーション期間中には、様々な住民とのイベントやワークショップを開催します。日本のような公民館での住民説明会ではなく、Soundingsのスタッフ自ら、できるだけ、人が集まる駅前やマーケットでポップアップをやったり、プロジェクトごとなるべくクリエイティブなツールを使って住民の声を集めるそう。その中で出てきた意見をマスタープランに取り入れたり、そうではない場合も、なるべく分かりやすく開発の意図を説明。Soundingsのウェブサイトをみても分かるよう、市民に分かりやすい表現に噛み砕いて伝えるのもお仕事のようです。
再開発の申請書類(Plannning Application)のひとつとして、マスタープランナーによる企画書や専門家たちの分析データなどと共に、SCI (Statement of Community Involvement)という地元住民の意見を集約した文書の提出が義務付けられており、そのような住民意見は、賛成意見だけではなく、質問、提案、不安や反対意見も含め、最終的にはSCIとして行政に提出されるそうです。
考えてみると、住民合意という非常に重要な分野が、事業の「ついで」になっていること自体がおかしいのかもしれません。住民とのコミュニケーションや、彼らが潜在的に欲しているもののリサーチという分野は、心理学や、社会学、人類学といった、フィールドワークやリサーチのプロフェッショナルたちがもつ特殊スキル。本来的には、従来型のアンケート調査や、質問だけを並べたワークショップで済ませてしまうのではなく、このプロセスこそ、住民とのコミュニケーションの要と捉え、クリエイティブにアップデートせねばならないのかもしれません。
クリエイティブな住民合意を目指して
さて、各国の羨ましいような取り組みを取り上げてきましたが、一足飛びに、日本で真似てもなかなかうまくいかないかもしれません。日本で既存のプロセスに馴染ませるには、どんな可能性があるでしょうか?
民間事業型の場合
民間事業型の場合、上記で触れた通り、サウンディング前の住民の意見を集約が大きなボトルネックです。そもそも、その時点で住民合意が難航し、サウンディングにすらこぎつけられない…….という案件も多々あります。
そんな時は、「民間企業を募集したら、こんな風に変わる可能性があるので、募集してみませんか?」と、ときめくプランを見せてしまう、というのが得策だったりします。簡単なパースやダイアグラムで、あり得る「未来図」を描き、それを携えて議会説明や住民説明に臨むのです。なにかしら議論をするとっかかりさえあれば、安心して前向きな議論が引き出しやすくなり、「これならやってみていいんじゃない?」となる可能性が高くなります。
行政でそのパースを描くとまた責任が問われる…….という場合は、数カット、数十万円の小さな予算で、設計事務所や先駆的な取り組みをしている運営事業者さんにお願いして、パースを描いてもらうのもよいアイディア。実際、公共R不動産でも、住民合意から取らねばならない案件の場合、ある意味ちょっと無責任な、でも楽しげな活用イメージパースから描くお仕事もしています。
また、住民合意がサウンディング前ではなく、後になるケースでは、サウンディング自体をイベントのように仕立てて、住民も巻き込んだかたちで、トークイベント仕立てにしてしまう、という作戦をとることもあります。この公開サウンディングトークイベントをきっかけに、外の企業から見た、地元の魅力に気付き、盛り上がった住民がNPO組織を立ち上げて、遊休施設活用団体として手を上げてくれたようなケースもあります。住民合意プロセス次第で、住民と敵対どころかパートナーになってくれる可能性もあるわけです。
行政投資型の場合
もう一方の、公共投資が入る「行政投資型」の場合、構想策定が伴います。楽しげな構想は描けているはず?なのに、そこから、自治体職員さんが説明会に入るとなぜか対立構造に陥ってしまいがち…….。
なので、いっそのこと、構想を描く事業者(基本構想業務を外注する場合)に、住民合意形成業務まで併せて発注してしまうというのはどうでしょうか?構想をかたちづくるプロセスに、市民意見を引き出す業務を織り込んで、合意形成まで図ってくれるというのも夢ではないといういうか、丁寧にやれば必然的にそうあるべきなのかもしれません。
日本でも、参考になるのが、岐阜県美濃加茂市の基本構想策定業務。地元の建築設計事務所であるmiyuki designが様々なプランを示しながら、住民とワークショップを重ね、意見を取りまとめて構想が完成。さすがデザイナーによるワークショップ設計で、言葉選びやイラストを使うなど分かりやすさを重視した、柔らかく、楽しい雰囲気。「意見を聞く」というよりは、市民と「一緒に考える」という目線でのワークショップ運営で、参加者も当事者となり、まるで作戦会議に参加しているようなワクワク感が会場に溢れていました。
市役所主催ではなく、miyuki designが第三者的に、ファシリテーションに入ったことで、行政vs市民の対立構造を抜け出し、納得感高く、現実的なプロセスが描けたのではないかと思います。
参考:美濃加茂市役所 新庁舎整備の経緯
https://www.city.minokamo.gifu.jp/shimin/contents.cfm?base_id=8720&mi_id=5&g1_id=26&g2_id=0#guide
ただ、第6話で議論した通り、構想で大風呂敷を広げて市民の声をぜーーーんぶ聞き入れたとすると、非現実的なプランになり、必要以上にお金がかかったり、手を上げられる施工者や運営者がいなくなってしまったりしかねないというリスクを忘れてはなりません。
それを回避するために、ひとつは、構想を描いた事業者が設計にも関われるようにし、構想の段階で住民合意を得るところまでもっていけたら、設計に随意契約で進めるようにする。それが難しい場合は、構想策定事業者ではなく、設計・運営事業者が住民合意のプロセスを担う、ということが可能かもしれませんね(それ相応の予算措置をする必要はありますが)。
そんなプロセスが普及したら、日本にもイギリスのように住民合意をクリエイティブに行うプロフェッショナル会社ができてくるかもしれません!
イラスト:菊地マリエ
情報協力:長澤雪恵
住民が行政に要求ばかりするという住民手続きを避けるために、第三者が間に入って調整するという、今回の提案は魅力的だと思います。ただし、公共空間の発注、「税金で整備している公的不動産をより住民にふさわしい空間に作り直すための発注」というのは、本来、行政が市民全体の利益を考えて、リスクと責任をもって提案すべき内容です。その基本線をきちんと守った上で、地域住民の意向などと、民間事業者の採算性、そして新しい公共空間の公共性の三つのバランスをとっていくことが大事だと思います。これこそ行政マンの仕事そのものです。
公共R不動産では、民間事業型の公共不動産活用を促すためのデータベース作成にも取り組んでいます。詳細は【公共不動産 データベース】をご覧ください。
公共発注における「住民合意」については、その重要性とは裏腹に、実は法令等で決まっていることは少なく、不明確でトラブルになりやすい一方で、その曖昧さゆえに様々な創意工夫が可能であることを、国内外の事例をもって確認できました。公民連携による公共発注というと、行政と民間企業に協働に目が行きがちで、形式的にサウンディングを開催する「見かけだけの住民合意」もありますが、クリエイティブな公共発注においては、公共施設の真のステークホルダーである住民の合意形成も織り込んだ、住民が「自分たちのこと」として捉えられる企画・構想になっていることが重要であると考えます。