公共空間まわりの既往評価を眺めてみた
『公共空間のみちしるべをつくりたい「Public Space Chart(仮)」妄想会議 #1』では、Public Space Chart(仮)の方向性を仮説的に定めて、みんなで妄想会議をやってみました。
「公共空間が地域の価値形成の鍵であり、それを評価できる手法は必要だよね」
「公共空間でなにかやりたい人が、やりたいことを実現できるための手法であるべきだよね」
といった大きな方向性が見えてきました。
今回の妄想会議では、次の一歩を踏み出します。テーマは『既往評価を眺めてみた』。公共空間に関連する、先達たちが作った評価手法を俯瞰してみる回です。
まずは空間を記述したい
前回の記事で、目指す役割のひとつ目として
「①目的の明確化:ユーザーをはじめとするあらゆるステークホルダーの目線から、その公共空間が目指すべき姿が整理される」
と置きました。
これはつまり、「空間ごとに『何を善しとするのか』は違う」という前提に立っている、ということです。時代や社会状況によっても変わるだろうし、どのような周辺環境に置かれた空間を評価しようとしているのかによっても変わるのではないでしょうか。
そこでまずは「空間を記述するための方法」を考えてみてはどうかと考えています。その場で生じる「公共性」を捉えて、然るべき方法で記述するということです。まさにChartですね。
既往評価を眺めてみる
さて空間を記述してみる前に、既往の評価を眺めてみたいと思います。先達たちがつくった評価がどのような視点で公共空間を見ているのかという視点をここで得て、記述の視点の参考にしたいと考えています。
当たり前のことですが、既往評価はその目的や役割によって「何を善しとするか」が異なり、それに伴って「何を測定して、どのような方法で点数をつけるか」も異なります。それらを俯瞰してみることで、空間を記述する際の軸の仮説を立てたいと思います。
さて、扱う既往評価は以下の通りです。「他にもあるよ!」という声が聞こえてきそうですが、まずは絞ってこの9つの評価にしました。学術的なものから、良い意味でわかりやすくマイルドな評価まであります。評価の根拠となっているデータも、量的なものや質的なもの、個人の主観から都市空間に関するものまで幅広く選びました。
対象にするスケール
まずは対象とする現象のスケールを見てみます。人間のアクティビティのスケールから都市スケールまで、ざっくりと分けてみました。比較対象として、「来場者数」や「住みたい街ランキング」といった一般的なものも入れています。
民主的な評価を目指したい、という意味では個人レベルまで見ないといけないですし、周囲の状況や影響まで見たい、という意味では都市レベルのものまで見ないといけません。
Public Space Chartは必然的に、これらをまたぐことが必要になります。いくつかの視点を組み合わせることになるでしょう。
既往の評価が注目しているポイント
次に、各評価手法が何に注目して評価をしているのかを見てみましょう。こちらも明確に区別できるものではないですが、ざっくりと4項目に分けてみました。
●数:人数や時間は一番わかりやすい量的な評価指標になります。たくさん人が来たり、長い時間滞在することを善しとすることが多いです。
●アクティビティ:より質的に「誰がどんなことをしているか」に着目することもあります。空間にいる人の属性やそこで行われている行為が多様であることが善しとされることが多いです。
●感覚や欲望:「わかりやすい」「居心地が良い」と言った感覚や、さらに踏み込んで五感の刺激やモチベーション向上につながるような空間を善しとすることがあります。
●アクセシビリティや影響:空間の質は、その空間単体だけでなく、広域的な周辺の状況や人の動きとも関連します。適度な密度を持って分布していたり、経済効果に結びつくことが善しとされています。
人数や空間の形態といった目に見えやすいものの評価から始まり、都市や空間の機能、その中にいる人の体験や幸福度に視点が移るに伴い、アクティビティなど質的なものを捉えようとし、近年はより主観的な評価を取り入れたり、逆にビックデータ等も用いて俯瞰的に見たりすることも試みられるようになった、と言えるかもしれません。
その場にいる人の数やアクティビティが多ければ多いほどいい空間もあれば、少なくても意味を持つ空間もあるでしょう。上記をベースに、それぞれの空間がどの視点で評価されるべきかを設定する必要があります。
改めて空間を記述したい
さて、既往評価を眺めながら、評価ごとにスケールや評価ポイントが異なるということをみてきました。ただここまで見てきた、評価という視点だけでは見えない生の空間があるような気がしています。多くの既往評価は、公共空間の現象を一般化して評価ポイントに設定し、それを様々な場所へ適用しています。しかし、一般化した瞬間にユーザーの生の振る舞いが一般化された項目に分類されてしまいます。例えば、イベントが行われているとしても、イベント会社が行っている利益を出すためのイベントと、地域の盆踊りイベントでは質的に異なると思いますが、その質の情報が失われるかもしれない。
もちろん、一般化が悪いというわけではなく通常は相対的な評価を求めらているからこそ、このような一般化が行われているのだと理解していますが、僕らは、まずこの見えなくなるリアルな生の空間を理解したいのです。まあ簡単にいうと、評価という色眼鏡を通すと見えない、現実に起きていることをまずはしっかり見ようという態度が、僕らの中の「まずは空間を記述したい」ということなのです。
もちろんこれは既往評価を批判するわけではなく、既往評価では観測できなかった部分をカバーすることで、より有用な評価手法につなげることができるのではないかと考えています。
5つの宿題
公共空間を記述していく上で、今後考えていきたい5つの宿題を整理してみました。
ひとつ目は、「記述方法」です。都市や建築の分野に限らず、多くの分野においてノーテーション(表記体系)について議論がされていますが、公共空間においてもどのようなノーテーションが適切なのかを考えていく必要があります。ここまで見てきたように、スケールや性質の様々な要素が関わってきます。それらを記述するためにマップや表、模型、AR/VR、口コミリスト、レーダーチャート、パタンランゲージ……など様々な方法の中から適切な方法を見出していきます。
ふたつ目は、公共空間の「良し悪しを評価する主体」です。ここまで見てきたように、様々な評価軸の中から、それぞれの空間にふさわしいものを見つけて評価を進めていく必要があります。誰が評価軸を設定し、いつどのように評価を行うのかによって結果が大きく変わってくるでしょう。
次の3つ目、4つ目は繋がっています。その公共空間の良し悪しの根源となる“なにか”──ユーザーのアクティビティや、公共空間の設え、コミュニティのあり方、運営体制、運営手法──といったものを記述→実践→評価する上で、良い評価をされた“なにか”の前後をどのように考えるかということです。
3つ目は、その“なにか”の前の部分。「その“なにか”をつくりだすためには、どのようにすれば良いのか」ということです。その“なにか”が、ハードなのか、ソフトなのか。お金がかかるのか、かからないのか。法的に制限されているのか、制限されていないのか……などによって異なると思いますが、その場の魅力を生み出すためのアクションを考えていく必要があります。
4つ目は、その“なにか”の後の部分。「“なにか”を生み出した後、周辺環境に及ぼす影響を測るもう一つの評価」が必要だということです。先ほど紹介した、『Street pedestrianization in urban districts: Economic impacts in Spanish cities 』では、歩行者が多いエリアは周辺小売店の売上が向上することを科学的な手法で示しました。こうした公共空間とその周辺環境の良好な関係を評価する手法が必要になってきます。
最後の5つ目は、「公共空間が置かれる環境が変化することを前提に、以上の4つの宿題を解いていく」ことです。例えば、同じ公園でも、周りに子育て世代がたくさんいるかいないかで使われ方は変わります。世代交代が少ない場合、5年、10年、20年と経てば、公園を使うユーザーも変化するでしょう。つまり、僕らは「公共空間の環境は変化する」ことを前提に記述方法を考え、評価手法を設定し、アクションをしていく必要があるということになります。
といったように、5つの宿題を設定してみたものの、夏休みの最後みたいに宿題が山積していることに気づいてしまいました(本当にやり切れるのか不安になってきました笑)。
ただこれらの宿題を並べてみたことで、もはや単一のツールでは解けないということは明らかです。評価手法だけではなく、その周辺の手法を同時にツール化することになると思えてきました。「Public Space Chart(仮)」妄想会議 #1のステートメントでも書きましたが、例えば「公共空間パタンランゲージ」をその一つのツールとして、評価と一緒に活用するのかもしれません。全部の宿題をいっぺんにこなしていくことはできませんので、ひとつひとつ地道に取り組んでいきたいと思います。