公共R不動産研究所
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子どもの視点から公共空間について考える

自らも子育てに奮闘しながら、豊かな公共空間のあり方について考え続ける松田研究員。子どもにとっても、大人にとっても楽しく開かれた公共空間とはどんなものでしょうか?そのヒントは、まず社会が子どもをどのような存在として捉えているか、すなわち「子ども観」にありそうです。場所を楽しむ才能にあふれた子どもを一人の市民として尊重し、共に公共空間を考えるアプローチについて探ります。

子どもと一緒にまちを歩けば

ここ数年、毎朝未就学児を連れて、大人の足なら7分程度の道のりを、数十分かけて徒歩で通園しています。ご近所さんのプランターに花が咲いたのを見て喜び、道路の縁石を落ちずに渡れるか挑戦、すれちがったお年寄りに挨拶されてモジモジして、友達の親御さんを見つけて元気に手を降る。新築マンションの工事進捗を確認、きれいな落ち葉を拾い、道行くゴミ収集車をうっとりと見送って、やっと見えた園庭に向かって駆け出す。短い通園路に、驚くほどの発見がちりばめられており、それを見出す子どもの力に、日々感動し、大人のこちらの目も見開かされる思いです。

一方で、子どもと出かける、となると、大人だけで出かけるのとは違った配慮が必要です。エレベーター、授乳室、おむつ替えスペース、レストランの子ども用の椅子、車移動ならチャイルドシートはあるか。電車移動なら騒がずにいられるか。そもそもその場所に子どもを連れて行っていいのか、どの程度静かにしたらいいのか。設備の有無を気にかけたり、公共マナーのような不文律に悩んだり、子どもが小さいうちは、おでかけのハードルもぐっと上がるのだなと実感しているところです。

公共空間は子どもに開かれているか

前回、公共空間を地域に開くことについて考えましたが、「地域」には子どもも含まれているはずです。公共空間を考える際に、子どもはどれくらい考慮されているでしょうか。乳幼児であれば先述のような設備や配慮が必要なこともありますし、もう少し大きくなれば、子どもだけで行ける、行きたいと思える場所なのかどうかも重要です。

たとえば遊具のある公園なら、子どもが利用者として想定されていることが多いでしょう。図書館はどうでしょう?おしゃべりや飲食ができる図書館も増えてきて、子連れも行きやすくなってきました。美術館や博物館は少しハードルが上がるかもしれません。しかしながら、愛知県陶磁美術館のように、「センス・オブ・ワンダーに出会う場として、敷居を感じずに美術館にどんどん来てほしい」という子どもウェルカムな館や、子ども向けプログラムが充実した場所もたくさんあります。プログラムと言えば、既存のハードにとらわれず、ソフトで遊び場を増やしていく、ハダシランドのような取り組みも注目です。

2023年のNEXT PUBLIC AWARDで、公園部門​​の優秀賞を受賞した「ハダシランド」。固定の場所は持たず、行政や企業の協力のもと公園や商業施設の芝生といった既存の屋外空間を会場として移動式プレーパークのプログラムを開催している。(写真:アウトドアスポーツやまぐち協同組合)

また、公共空間を新しくつくるとき、子どもが意見を言える、聞いてもらえる仕組みはあるでしょうか。都市開発のプロセスに、積極的に子どもの意見を取り入れ、環境改善を目指しているロンドン市の取り組みのように、デザインから施工まで、子どもが参加できる仕組みを模索している自治体もあります。

行政の提供するサービスに限らず、子ども食堂や居場所事業など民間の取り組み、商店街や神社仏閣のようなまちなか空間など、子どもたちの生活圏の中に、子どもたちが楽しいと思える場所や機会が少しでも増えれば、公共空間は、子どもにとっても、もっと楽しくなるはずです。そのために、大人側にはどのようなマインドセットが必要なのでしょうか。

一人ひとりの子どものファンがつくる共育てのコミュニティ

子どもと公共空間、ひいてはまちについて考えていくにあたり、大事なのは大人の「子ども観」である、と語るのは、まちの保育園・子ども園代表の松本理寿輝さんです。松本さんは、ベーカリーやカフェなど、園と地域が交わる中間領域的な場をもうけた「まちの保育園小竹向原」や、都市公園の中にある「まちのこども園代々木公園」を運営する、まちにひらいた保育の第一人者。そんな松本さんは、このように話します(※1)。

 

世界には二つの子ども観があります。一つ目は、「学習準備期として、子どもを未熟なもの、教化する対象として捉える」考え方です。二つ目は、「子どもを一人の市民として尊重する」考え方です。まちの保育園・こども園では、後者の「一市民としての子ども観」を大切にしています。「人は期待されているように育つ」ということは、いわゆるピグマリオン効果として広く知られていますが、一方で人はだれしも主観的にしか対象を見ることができません。

一人の子どもが持つ豊かな可能性をとらえるためには、保育者や保護者だけでなく地域の人とも子どもの姿をシェアして、”たくさんの主観”を集めて、子どもを豊かに理解する必要があります。大人が一人ひとりの子どものファンとして、その子を前向きに信じ、見守ることが必要なのです。

核家族化が進み、子育てが「孤育て」になってしまっている現状がありますが、地域が子ども一人ひとりを「尊重すべき有能な市民」として捉える社会では、大人も子どもから多くを学び、「共育て」をすることができます。子どもだけが育つのではなく、大人も主人公として、子どもの学びに刺激を受けながら、共に育つことができるのです。
そして、公共空間やまちづくりの側にも、この「共育て」で培われたコミュニティが必要です。「共育て」を通してつながった地域の人々は、当事者として、ほしい場をつくり、まちをより豊かにしていくでしょう。まちがそのような「共育ての場」になれば、将来、「子どもが生まれたら戻ってくるまち」にもなっていけるのではないでしょうか。

2023年4月に加賀市で行われた「まちぐるみでの創造性を育む保育・教育の実現に関する講演会」での松本理寿耀さん。

松本 理寿輝
(まちの保育園・こども園 代表/JIREA代表/まちの研究所株式会社 代表取締役)
1980年生。2003年一橋大学商学部卒業。博報堂、企業経営を経て、2011年、「まちの保育園 小竹向原」創設。現在、都内6拠点にて「まちの保育園・こども園」を運営。世界各国と学びのネットワークを形成するレッジョ・エミリア・アプローチの日本組織「JIREA」の代表も勤める。また、姉妹会社に「まちの研究所株式会社」(保育・教育・まちづくりのデザインコンサルティング会社)を持ち、子どもの環境を、自治体・企業・NPO・アーティスト・科学者等、あらゆる社会の主体と共創することを試みている。

クリエイティブな子どもの視点で公共空間を捉え直す

「市民としての子ども」という子ども観に立ち、子どもの意見に声を傾けながら、子どもにも大人にも、もっと楽しい公共空間を築いていくことはできないか。子ども自身が地域の中で家族以外の人と関わりながら育つばかりでなく、そんな子どもたちの成長を通して、大人も日々新たな学びを得、気にかけ合うことのできるまち。そんなまちで子どもに育ってほしいし、そんなまちの未来はきっと明るいと感じます。そして何より、場所を楽しむ才能にあふれた子どもたちと、公共空間について考えてみたい。公共R不動産研究所では、子どもの視点からも、公共空間について考えていきたいと思います!

まちぐるみでの創造性を育む保育・教育の実現に関する講演会

※1 2023年4月に石川県加賀市で行われた「まちぐるみでの創造性を育む保育・教育の実現に関する講演会」の内容を抜粋しています。講演の模様は以下YouTubeでご覧いただけます。
【講演動画の続きは以下から】
その② https://youtu.be/kWwlcgsfUMY
その③ https://youtu.be/AWPKgj0QdTc
その④ https://youtu.be/o3XDBQc5XtI
その⑤ https://youtu.be/Kp92NVai6cA
その⑥ https://youtu.be/Izcp1rYMGXI
その⑦ https://youtu.be/FuOuIqP-dwU

※2 まちの保育園・こども園が大切にしているレッジョ・エミリア・アプローチについて
イタリア北部のレッジョ・エミリア市で1960年代に確立された教育アプローチ。レッジョ・エミリア・アプローチにおいて、「知識は伝達されるものではなく、創造するものだ」と考えられ、子どもたちのすべての活動の場は、園内外を問わず「アトリエ」として見立てられる。雑木林も街中の雑踏も「アトリエ」であり、この世界と新しく出会い直す創造の場である、と考える。レッジョ・エミリア・アプローチにおける子ども観は、文中の「市民として尊重される子ども」であり、「有能な子どもとは、そのように見てくれる大人がいる子どものことである」と言われている。子どもたちの学びのプロセスを、写真や動画、文章や音で保護者や地域の人に伝え、記録として保存することを、「ドキュメンテーション」と呼ぶ。子どもの様子を保護者に伝えるだけでなく、保育者同士が子どもの理解を深め次のステップに活かしたり、地域との協働のきっかけとしたりすることで、一人ひとりの子どもを多面的に理解するための手段として重視している。

【まちの研究所からのお知らせ】
レッジョ・エミリア・アプローチ アトリエ併設型の国際展覧会「ボーダークロッシングス展 —行き来する、その先へ—」日本公開!

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