公共R不動産研究所
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公営競技場をひらく/玉野競輪場にみる公営競技場の最前線とは

「公営競技場」とは、競馬、競艇、競輪、オートレースを対象とした、いわゆる公営ギャンブル場のこと。競技や制度も日本独自の発展を遂げており、海外にはあまり例がないビルディングタイプです。その公営競技場も、地方の人口減少、少子高齢化、レジャーの多様化や、コロナ禍によるオンライン化も進んだことで、人や車の来場が減り、広々とした競技場自体に余剰が生まれています。この余剰部分が昨今、広くひらかれはじめたことを皆さんはご存知でしょうか。
公営競技歴約20年。競馬好きが高じて自らも馬を飼う高松研究員が見た、公営競技場の最前線をご紹介します。

玉野競輪場。岡山の港町宇野港に隣接した丘の上に建っている。締切前の場内のBGMはもちろん「ももたろうさん」

公営競技場の魅力

公営競技場と聞いて皆さんはどんなことをイメージしますか。

昨今では芝の美しい競馬場に親子連れでピクニックに行ったり、オートレースでは元SMAPの森且行選手の劇的な怪我からの復帰&勝利が話題になったりと、身近な存在になりつつあるかもしれません。

もちろん、賭博場の一面もあり、少し近づきにくいイメージも残っていますが、筆者は学生時代に、競馬場で見た馬のスピードと騎手のダイナミックな動きに感動したり(馬好きが高じて、馬術部に入部し、今では馬を飼うことに……)、競艇場で地元選手を応援しながら、迫力ある「水面の格闘技」に酔いしれたりと、「スポーツ」としての一面を大いに楽しんでいます。

公営競技場のひとつである「競輪場」は全国に43会場。「KEIRIN」として2000年にはオリンピック正式種目にもなった。

公営競技場の仕組みと公益性

日本では、賭博は法律で禁じられていますが、競馬、競艇、競輪、オートレースの4つの競技のみ、根拠法に基づき「公営競技」として国が認めています。郊外や地方を中心に、日本各地に存在し、人びとの夢と熱量のこもった場として定着しています。

実は地方都市の貴重な税収源としても、重要な役割を担っており、基本的には、売上額の75%が投票券購入者に配当され、残る25%が開催経費や自治体財源、各種公益事業の資金に充てられています。

主催者は、競馬(日本中央競馬会)を除いては、地方自治体が大半であり、その売上は地方の貴重な財源となると共に、公益事業にも広く活用されています。例えば、競艇では売上の2.5%が日本財団に納付され、難病児支援や奨学金などの子ども支援や、最近話題となった公共トイレの未来を描く「THE TOKYO TOILET」プロジェクトなど、広く公益福祉に還元されています。

ひらかれ始めた公営競技場と玉野競輪場の挑戦

こうした背景から、公営競技場には、その面白さ、魅力を伝え、競技ファンの裾野を広げること、また公営施設としてもより広く市民に親しまれる競技場へ変革することが求められています。昨今では場内の余剰スペースや駐車場を活用し、遊具や広場、ホールやスタジオ、スケートボードパークなどの機能拡充やリニューアルが進んでいます。リニューアルのあり方はさまざまですが、その中でも、宿泊×公営競技場という枠組みから、新たなひらき方にチャレンジした玉野競輪場の挑戦をご紹介します。

気合いをいれる選手の声を真横で聞くことができる。目の前を時速70kmの自転車が駆け抜けていく迫力は圧巻。

玉野競輪場は岡山県玉野市に1950年に開設、70年以上の歴史を持ち、地元市民に愛される競輪場です。

玉野市内には宿泊施設が少なく海外観光客向けの需要に対応しきれていない状況でした。また、玉野競輪場自体も施設の老朽化が進行していたことから、施設改修に併せて、競輪場併設としては全国初となる、選手宿舎を兼ねたホテルを場内に建設することになり、2022年に「KEIRINHOTEL 10」が開業しました。

選手宿舎も兼ねた競技場併設ホテル「KEIRIN HOTEL10」。2階のCafé&Barを挟み、ホテルと観客席とがダイレクトに繋がっている。

玉野競輪場に泊まる

玉野競輪場に誕生した、競技場併設ホテルには、「競輪」をモチーフにした仕掛けが盛りだくさん。外観、内装、細かな備品にまで競輪に関係するデザインが施されているのですが、その美しさからか、ファンではなくても手に取り、写真に納め、使いたくなります。部屋から競技を観戦できるのはもちろん、見晴らしがよいので、周囲の山々や島々が見え、瀬戸内の魅力をぎゅぎゅっと感じることができます。

入館前からワクワクする「KEIRIN HOTEL10」の外観。競輪選手の競技服に合わせた色使いが美しい。
ひとつひとつのアイテムがうっとりするほど美しく、競輪に興味がない人も惹き込まれるデザイン。
内装から額縁に至るまで、競輪がモチーフに。競輪場に泊まっていることが五感で感じられる仕掛け。

玉野競輪場で食べる

ホテルのレストランが設けられているのは競技場内。そのため、宿泊者は元より、競技場に足を運んだお客さんも利用することができ、さまざまな客層が混ざり合うのが魅力。

瀬戸内の食材をふんだんにつかったメニューや、地ビールも。熱戦を真横に、美食に酔いしれる至福のひと時を味わえます。

ナイター競技とBarの組み合わせは見た目にも美しい。一般のお客さんも宿泊客も垣根なく利用できるのが魅力。
宿泊客限定のコースメニュー。ディナーはもちろんモーニングも充実。競輪場のカフェの先入観が打ち破られる。

玉野競輪場で観る

ファンには見慣れたものでも、宿泊客にはとても新鮮な観覧席の光景。70年以上続く競技なだけあり、昔ながらの悲喜こもごもな一面も垣間見ることができます。

地元の人たちが楽しむ場に、これほど観光客が近づけるのも、公営競技場ならではの魅力なのではないでしょうか。

掛け声、応援を聞くだけでも手に汗握ります。思わず話しかけたくなる情熱と哀愁が入り混じったベテランファンたち。

玉野競輪でもちろん賭ける

競技を見ていると賭けたくなってくるのも、また人の性。初心者ガイダンスを聞くもよし、ファンのつぶやきを参考にするもよし、選手の顔で選ぶもよし。初心者でもビギナーズラックをつかむと、すっかり競技のファンになってしまうこと請け合いです。

日本各地から選手が集まっているため、地元選手を応援することも可能。データ分析情報の詰まったプログラムを読み込むだけでも面白い。
ルールがわからなくても大丈夫。丁寧に教えてくれます。

玉野競輪場から足を延ばす

玉野競輪場は宇野漁港へもすぐ。宇野漁港からは直島や豊島といった瀬戸内国際芸術祭の会場にもなる島々へもフェリーでのアクセスがよく、KEIRIN HOTEL10には多くの海外からの観光客も泊まっていました。

レース観戦を体験した後に、アートな島々を巡る、そんな周辺エリアと一体になった楽しみ方は、玉野競輪場ならではの魅力となっており、海外の方から注目されるのもよくわかります。

瀬戸内らしい風景が広がる宇野漁港。島々をバックにしたフォトスポットがあちこちに。
海外からの観光客も多く、豊島や直島、小豆島へのフェリーが運行されている。

公営競技場をひらく意義とは

公の施設として、あらためて公営競技場の存在意義が問われる今、公民連携による活性化が模索されはじめています。公営競技場は、地方にとって、貴重なアミューズメントであり、税収源であり、雇用の場でもあります。その売り上げが財団法人などの公益事業費となっている現状を踏まえると、公の施設としての存在価値を前向きに捉えなおす意義があるのではと感じています。

競技場の楽しみ方が多様化し様々な機能充足が図られ始めた今、その、多様化、ひらかれ方の中には、必ずしも公営競技場とは無関係なひらかれ方、場合によっては、競技場からファンが遠ざかってしまうような事例も見受けられます。

競技場のため、選手のため、ファンのため、そして地域のためのひらき方とは何か。

今回取り上げた玉野競輪場は、選手、地元住民や競技ファン、観光客の垣根がなく、その活動が折り重なっているところに魅力があります。その分、競技開催中は、ホテルが選手宿舎になるため、宿泊客は大浴場が使えないなど、不便な面も生じますが、新たな機能を充足するときに、競技や選手はもちろん、既存のファンを大切にするという施設の在り方にこそ本質があるのではないでしょうか。その延長線に、新たなファンやこれまでとは異なる客層を生む仕掛けとしての施設改修があるのだと思います。その姿勢やビジョンに、公営競技場の未来を見たと感じています。

地方都市の重要な施設だからこそ、その地域、競技場ならではの使われ方があるはず、との思いから引き続き公営競技場のひらかれ方について考察を深めたいと思います。

(撮影:高松俊)

館内に掲示されたポスター。「ホテルに宿泊して、選手と同じ景色を堪能してください」のメッセージが本質的。

研究員のアディショナルノート

岸田さん

公共R不動産がテーマとして扱う上で「公共性」はひとつのキーワードになると思うんだけど、公営競技場が「ひらく」ことによって、どのような形の公共性を獲得するのか、気になりますね。どういう範囲に、どのような形でひらこうとしているんだろう。

高松さん

競馬場や競艇場では、場内に公園をつくったり、遊具メーカーと提携して遊び場を整備したりと、主に子育て世代にリーチしようとしている印象です。駐車場にスケボーパークをつくった事例もあります。いずれにせよ、ファンの高齢化が課題なので、若い世代を意識したアプローチが増えています。

矢ヶ部さん

公営競技場は比喩表現ではなく、文字通りの「稼ぐインフラ」ですよね。自治体の財政支援や産業振興を目的として「公営」に位置付けられてきた歴史は、非常に趣深い。戦後の一時的なものから、国民の娯楽・レジャーの一部という位置付けに変化し、さらにプロスポーツ産業として発展してきたこと、そして現在、来場者の減少や施設の老朽化など、経営が変化の局面に来ているという流れも、とても興味深いです。

松田さん

公営競技場が「稼ぐインフラ」として今後も機能するためには、プロスポーツ産業として「純粋な」ファンを増やすというのもひとつの必要な道筋だと思います。その点で玉野競輪の再生はすごくよい事例。ロンドンに住んでいたころ、元オリンピック村のマンション街に「KEIRIN ROAD」という通りがあったりして、世界に誇る日本のスポーツ競技のひとつなんだなと実感しました。

矢ヶ部さん

ギャンブル自体への悪印象から、経営が厳しいなら事業から撤退するのは、さもありなん、と受け止めていたけど、歴史を積み重ねてきた貴重な地域のコンテンツである、という指摘には納得。玉野競輪場のように観光産業との掛け合わせで考えたり、プロスポーツのエンタメ性を捉え直したりなど、何かしら工夫の余地がありそうな気もしてきますね。もちろんギャンブルの依存症等への対策は十分に講じられる必要はありながらだけど。パブリックに「ひらく」ことが目的というよりは、「エンターテイメントとしての再構築」が求められているのかな。

松田さん

ギャンブル場が公営で許されている理由のひとつに、収益の一部を公益事業に支出するから、ということがあると思います。ただ一方で、ギャンブルはギャンブル。そのせめぎ合いというか、アンビバレンツな感じがこのテーマの面白さですね。公営競技を今後も推進すべきかはさておき、売上の25%が公益事業に活用され、「公」の役割に貢献していることはもっと知られてもよいと感じます。

岸田さん

前回、書評で取り上げた「もんじゃの社会史」の流れから、インフォーマルな人々の居場所としての公営競技場にはすごく興味があります。一方で、競馬場などが、子育て世代や若者が利用する公共施設となることで、もともと利用していた層が排除される可能性もありそう。僕としては、誰もが共存できる公共性を維持する方法に興味があって、たとえば、同じ空間にインフォーマルっぽいおじさんたちも子育て世代も共存する、ということができれば、もしかしたら公園よりも公共性が高いのかも。

高松さん

まさに、インフォーマルな人々の聖地。平日の昼間からスポーツ観戦ができ、場合によってはお小遣いを増やせるかもしれない。そういう人たちを見えない世界に囲い込む、追いやるのではなく、同じ場所で遊べるということが、コミュニケーションや相互理解に繋がっていくのかもしれないよね。

内海さん

多様な人がいる状態、は公共空間のひとつの大事な要素。​​他には居場所がないような人の居場所になっている、という面でも公共性の一端を担っていると言えるかもしれません。

高松さん

競技場の中で、選手やファンと、子育て世代や若者たちといった新たな客層、さらにはインバウンド客などが、切り分けられるのではなく、一体となって楽しんでいる世界観が僕にとっては理想。そういった意味でも、玉野競輪場の事例は画期的だったんだなと改めて感じました。引き続き公営競技場の公共性については考察したいですね。

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