新しい日常風景を生み出した、2カ月半の社会実験
「このエリアでイベントができたらいいのに」。あなたの暮らすまちにも、市民や地域のプレーヤーがこぞって楽しい活用イメージを膨らませつつも、実現が困難な公共空間はありませんか?
1つの組織が管理する公共空間ならまだしも、複数の区域に隣接することで管理主体が混在する、いわゆる“境界地”であれば、難易度は急上昇。市や県など各区域の管理主体の窓口に出向き、それぞれの方針によって設けられた利用ルールを満たす必要があります。
こうした境界地の課題を抱えているのが、滋賀県大津市にある大津港の修景緑地およびおまつり広場周辺(以降、修景緑地周辺エリア)です。JR大津駅から徒歩10分ほどの好立地で、琵琶湖をのぞむ開放的な空間が広がります。
修景緑地周辺エリアは、滋賀県が管理する大津港と、大津市が管理するなぎさ公園の間に位置しています。ロケーション的にまちの賑わいの核となってもおかしくありませんが、複数の管理関係が絡み合う境界地であることから、長年うまく活用されずにいました。
今こそ、このエリアを地域の人々の憩いの場として有効活用しようと、2023年9月9日〜11月19日、初めて官民連携の社会実験「Re:Port OTSU/BIWAKO – リポート・大津/びわ湖」(以下、リポート大津)が実施されました。
約2カ月半の期間中、湖上Cafe&湖上MARKETや、江州音頭を踊る夏祭り、クラフトビアガーデン、ジャズフェスティバル、県内の高校の軽音学部が集う軽音ライブ、ストリートスポーツ、ティラピスなど、さまざまな期間や時間帯で20以上の企画を開催。イベントだけでなく、ストリートファニチャーや夜間照明の設置など、人々が日常的に安らぎくつろげる環境も整えられていました。
社会実験を終えた今、リポート大津に携わった人々はどのような手応えを感じているのでしょうか。滋賀県や大津市の各担当者、社会実験の実施事業者である有限会社ハートビートプラン、さらに地域の事業者を代表してLIFE LINES PRODUCTの方々にインタビューしました。
ターニングポイントは、県と市が協議する意見交換会
まず、社会実験の実施に至った背景を知るため、大津港周辺の特徴と課題について、滋賀県 土木交通部 流域政策局 河川港湾室 河川行政第二係 係長の堀川 経史さんと、大津市 都市計画部 都市魅力創造課 副参事の加藤 高明さん、同課 主査の奥野 広樹さんにお話をうかがいました。
奥野さん「大津のまちは古くは東海道の宿場町であり、人々がまちなかと港を往来して賑わいが生まれ、長年にわたり琵琶湖に面する地の利を最大限に活用してきました。そういった歴史からも、まちの象徴的な場所である大津港周辺に着目し、滋賀県とともに大津港での賑わいの創出に向けてさまざまな取り組みをおこなってきました」
いま大津港の周辺は変革のときを迎えています。2022年より県市の協議の場として「大津港にぎわい創出に係る県市担当課意見交換会」が開かれ、同年には琵琶湖を自転車で一周する通称「ビワイチ」の拠点となるサイクルステーションが大津港旅客ターミナル内にオープン。さらに、2024年には「びわ湖疏水船」の大津港への乗入れが予定され、2027年には(仮称)新・琵琶湖文化館の開館が予定されていると言います。
加藤さん「県と市の担当者が集まる意見交換会が開かれたことが、大きな変化でしたね。ここではじめて県と市の担当者が話し合える機会ができました」
意見交換会の中で、大津港周辺で賑わいが乏しかった修景緑地周辺エリアと、隣接するなぎさ公園との包括的な利活用を目的に、課題の洗い出しと改善策の検討がおこなわれました。そこで、賑わいが乏しい要因のひとつとして挙げられたのが、境界地である修景緑地周辺エリアの複雑な管理状況でした。
堀川さん「河川は河川法、港湾は県の港湾設置管理条例、公園は市の都市公園設置管理条例に基づきます。さらに、河川は県の土木事務所、港湾は県庁、公園は市役所が許可権者。修景緑地周辺エリアはひとつの公園に見える土地ですが、さまざまな管理主体が混在して、法律や条例の考え方も異なり、現状のままでは一体的に活用しにくい状態だったんです」
協議の結果、2023年2月、大津港公共港湾施設の使用に係る規制の一部の緩和が決定。これによって修景緑地周辺エリアでイベントなどの開催がしやすくなりました。
加藤さん「この事実を市民のみなさんに知ってもらい、今後の大津港全体の活用を一緒に検証していく機会になればと、今回の社会実験の実施に至りました」
こうして大津市が「大津港周辺のにぎわい創出に向けた検討業務」の公募型プロポーザルを実施。社会実験の実施事業者として、有限会社ハートビートプランが選定されました。
大津の魅力を活かした新たなライフスタイルの提案
具体的にどういった社会実験をおこなったのでしょうか。有限会社ハートビートプランの代表取締役 園田 聡さんと同社所属でリポート大津コーディネーターの岸本 しおりさんにリポート大津の詳細をうかがいました。
園田さん「大津に住んでいる方々は、交通の利便性から日常的に京都や大阪に出る傾向にあります。ですが、日本最大の湖沿いという稀有な環境を活かすための仕組みをつくれば、地域の人々が日常的に水辺で過ごすことができ、大津で新たなライフスタイルが生まれるはず。そうすれば観光者からも、地元の人たちの暮らしに触れる体験がしたいといったニーズが出ると思ったんです」
そこで、地域の経済循環を目標として掲げたビジョンは、都市的文脈とリゾート的文脈、この2つの観点を持ち合わせた「Urban Resort Life inOtsu / 日常と非日常が折り重なるSlowな暮らし」。その実現に向け、今回の社会実験の目的を以下の「4つの拡張」と設定しました。
目的① 活動領域の拡張
1つ目の目的「活動領域の拡張」において、滋賀県による利用ルールの緩和はもちろんのこと、大津市の一括占用による許認可手続きの簡便化もポイントだったと園田さんは振り返ります。
園田さん「本来、修景緑地周辺エリアの窓口は複数あり、地域のプレーヤーから“使えない場所”と認識されるほど、手続きが煩雑でした。今回は大津市さんが県の方々とやりとりをしてくださり、社会実験の期間は市が包括の窓口となって許認可の手続きが一本化されました。そのおかげで、地域のプレーヤーの方々へ『皆さんがやりたいと思っていたけど実現できなかったことをぜひご提案ください』と積極的に働きかけることができました」
ハートビートプランによる地元事業者たちへのアプローチと並行して、大津市も近隣で毎年イベントを開催していた地元の既存団体に対して「より広い敷地のある修景緑地周辺エリアで今年は開催しませんか」と誘致したそうです。
大規模なイベントは社会実験の周知に一役買いますが、ハートビートプランがビジョンの中で最も焦点を当てていたのは“暮らし”。そのため、受託者チームに家具デザイナーを迎えてストリートファニチャーを設置するなど、日常の動線に変化をもたらす仕掛けをつくっていました。
岸本さん「これまで空間と芝生、一般的なベンチはありましたが、琵琶湖を眺めてくつろぐためのベンチはなかったんです。今回設置したファニチャーの利用率は非常に高く、朝は散歩の休憩をするご高齢のご夫婦、昼間は小さなお子さんのいるご家族、下校時は自転車を置いて会話を楽しむ中高生、夜はカップルなど、いつ見ても誰かが腰掛けていました。地域の方々からとても好評で、ロケーションを活かした環境面のバリューアップが図れたと思っています」
社会実験が終わり撤収作業をしている際には「もうなくなるの?」と惜しむ声も多く聞かれたそう。琵琶湖のそばでゆったり過ごす時間に対するニーズが浮き彫りになった瞬間でした。
目的② 地域プレーヤーの拡張
許認可の窓口が大津市に一括されたことで、大津市から近隣市に至るまでさまざまな事業者やイベント主催者が集結し、2つ目の目的「地域プレーヤーの拡張」が具体化していきました。
岸本さん「特にバスケやスケボーといったスポーツは、琵琶湖のロケーションにかなりマッチしていましたね。来客者は小さなお子さんを連れたご家族も多かったのですが、地域の事業者さんがスケボーの貸し出しやバスケットコートの仮設をしてくださったので、中高生層も友だちと一緒に遊びに来てくれていました」
他にも、大津市立図書館の協力のもと、リサイクル本の屋外読書企画「あおぞらとしょかん」を開催。これまで図書館では館内で同企画を開催して人気を博していましたが、屋外かつ平日午前からの開催は初の試みでした。しかし、主催側の不安に反して多くの方々が来客し、みんなベンチや芝生で思い思いに読書を楽しんでいたと言います。
岸本さん「大津市や近隣の市にはプレーヤーが結構たくさんいらっしゃるんです。だけど今まで、一堂に会することができる場所が不足していたから、それぞれが別々の場所で開催していて。そうなると、大津という地域の規模的に分散して見えてしまう。それが一つの場所に集結することで、まちの賑わいの核ができて、プレーヤー同士の交流まで生まれていきました」
目的③ 利用時間帯の拡張
平日の朝の時間帯におけるコンテンツづくりの幅を広げるため、ハートビートプランは「スクールプログラム」と題して、まちの事業主から朝活の企画を募集。その結果、ヨガやピラティスなどが芝生の上で開催されることになりました。
岸本さん「近隣で教室を持つヨガのインストラクターさんが応募してくれたのですが、その方も 『いつかここでヨガを開催できたらいいな。でも、どこに許可を取ったらいいんだろう』と思っていたそうです。私も参加しましたが、目を瞑ると船の汽笛や鳥の鳴き声がして、目を開けば湖と大空と芝生が広がって、すごく気持ちよかった!「あおぞらとしょかん」もそうですが、本来集客が厳しいとされる平日や朝の時間帯でも、コンテンツ次第で活用の可能性があるとわかりました」
さらに、夜の時間帯を有効活用するために、受託者チームに照明デザイナーを招き入れ、修景緑地周辺エリアの街灯となる夜間照明を社会実験中に設置しました。
園田さん「これまでは街灯が少なく、防犯上危険なほどの暗さが地域の課題でもあったんです。夜間のライトアップをしたことでエリアの印象がだいぶ変わり、安心・安全に過ごせる場所になって、地域の方々から喜びの声を多くいただきました。ご近所さんだけでなく、近隣ホテルの宿泊者がお散歩する姿まで見かけるようになりましたね」
目的④ エリア連携方法の拡張
エリア連携の検証のなかで園田さんが最も手応えを感じたのは「パーティバイク」。琵琶湖圏域の連携を図るため、10名ほどの乗員全員で漕ぎ進めるテーブル式自転車を導入したのです。
園田さん「修景緑地周辺エリアは長方形で横に長く、なぎさ公園のあたりから大津港の乗り場までは微妙に距離があります。その間の移動をスローモビリティで楽しくつなごう!とチャレンジしてみたんです。お子さんのいるご家族を中心にとても人気でしたね。湖面が近くて、水上と陸地が一体に楽しめて、移動そのものがしっかりコンテンツになっていました」
4つの連携から見えた、滞留空間としてのニーズ
これらの4つの拡張により、普段は男性の釣り人が主だった修景緑地付近エリアですが、社会実験中の平日は女性の来訪者が半数を超え、イベントには若いファミリー層の参加が目立っていたといいます。アンケート調査の回答でも「ゆったり過ごせてよかった」といった感想が目立ち、今後求めるエリアの機能を問う選択項目では「知人・家族とおしゃべりや休憩ができる」次いで「子どもと遊べる」が上位だったと言います。
岸本さん「このエリアには圧倒的なローケーションの優位性があります。アンケート結果にも表れているように、大規模なイベントだけに力を入れるのではなく、滞留空間としての高質化やランドスケープの魅力化が必要です。ベンチや照明といった日常的な滞留を促す整備や、定期的なアクティビティの開催、水辺を活かした大津港ならではの体験など、この広い水辺と暮らしを直結させていくことが、大津ならではのアーバンリゾートライフだと感じました」
「湖上に浮かぶまち」が日常と化す、水上活用の検証
今回のリポート大津で目玉コンテンツとなっていたのが、湖上Cafe&湖上MARKETです。「びわ湖に浮かぶまち」をテーマに、普段は何もない埠頭の先に突如として、平日はカフェ、週末はマーケット会場が姿を現しました。
湖上Cafe&湖上MARKETの運営者であるLIFE LINES PRODUCT 代表の岡崎 健一さんに、リポート大津の現場を体感した感想をうかがいました。
岡崎さん「このエリアの可能性の大きさに、とにかくびっくりしたというのが一番の感想です。社会実験の期間中、特に夕方になると、大津港周辺のホテルの明かりと公園のライトアップが連なり、その先の湖上にうちの店が浮かんで、非日常な空間が日常化している感じがとてもよかった。こんなにも多様な用途で楽しめるエリアやったんやなと驚きました」
「このまちを良くしたいと思っている事業者のひとりとして、この社会実験はいい経験になりました」と岡崎さん。リポート大津を開催したことで、参加事業者だけでなく、タイミングが合わず参加できなかった事業者や関係者からも「なるほど、こういうことがしたかったんだね」と理解が進んだと園田さんは話します。
園田さん「岡崎さんをはじめ、地域の事業者さんから『これを継続するために民間側でもいろいろ検討していかないとね』といったうれしい声を多くいただきました。行政任せにするのではなく公民連携で、公共空間として地域貢献を意識しながら事業性のあるコンテンツをつくること。夜間照明の常設化やエリアに着くまでの期待感を高める動線などのランドスケープ的な整備は大事ですが、何より市民のみなさんのマインドづくりが地域に賑わいをもたらす基盤になると感じましたね」
社会実験を皮切りに、継続的なまちづくりの組織体制を
市民や民間事業者など多くの人々がエリアのポテンシャルを痛感したこの社会実験を終え、行政側である滋賀県の堀川さんや大津市の加藤さんと奥野さんは、今後についてどのように考えているのでしょうか。
堀川さん「ここで終わりではなく、どうやって次に繋げていくかですね。老朽化する周辺施設の活用もふまえながら、今回大津市さんが担ってくれたような包括的な窓口役を果たす中間団体の自立した在り方を模索しつつ、長期目線で継続的な仕組みを築いていきたいと思います」
奥野さん「エリアが変わっていく様子を目の当たりにして、『日常と非日常が一体になったこんな空間をここでつくれるんだ、こういうことが地域に必要だったんだ』と改めて思い知らされました。今回の学びを整理して、今後に繋げていきたいです」
加藤さん「この社会実験の大きな成果は、エリアの管理主体間だけでなく、地域の事業者や周辺関係者の方々とも連携できるチャネルが築けたことです。来年度以降は、この繋がりを活かして大津港周辺のまちづくりを考える組織体制を構築していきたい。ここからがスタートですね」
官民満場一致で手応えを感じたリポート大津。修景緑地周辺エリアを含める大津港界隈のまちづくりが大きく前進する機運の高まりを感じずにはいられないインタビューとなりました。
全国に存在する境界地をはじめとする着手困難な公共空間も、関係者全員の協議の場をもうけ、官民連携で地域をより良くするビジョンを描き、まず試験的にそのシーンを共に体感することで、新たな一歩を踏み出すことができるかもしれません。