ビルの隙間の裏路地活用
ある日、三菱地所の有楽町プロジェクトチームから相談を受けた。三菱地所の私有地で、新国際ビルと新日石ビルに挟まれたL字型の細い路地。通用口や駐輪場などバックヤードとしての意味合いが強く、ほとんど使われていないこの空間をうまく活用できないかというものだった。
三菱地所は大手町と丸の内に続き、有楽町の再構築プロジェクトを始動させている。有楽町の都市ビジョンと計画を考えるチームが立ち上がり、未来の有楽町を予感させる実験的な場所として、スタートアップや起業家だけでなく、既存の枠に捉われない「個」が活躍できる会員制コミュニティ「有楽町『SAAI』 Wonder Working Community」(以下、SAAI)の立ち上げや、店舗入れ替え期間をアート活動の発信場として有効活用したアートプロジェクト「ソノ アイダ#有楽町」などが実践されていた。
そんな三菱地所のまち再構築の取り組みはパブリックスペースにも及ぶ。ビルの中だけでなく、屋外にも活動が滲み出すような場所がつくれないかと、ビルの隙間にある路地がプロジェクトの対象地となったのだ。
都市の新しい動線をつくる
現地を見に行くと、新国際ビルのエントランスホールの壁が構造的に撤去できることがわかった。L字の路地とビルの結節点にあたるそこを打ち抜けば、丸の内仲通りと大名小路が一直線につながり、新しい動線をつくることができる。
この細い路地は私有地であり、道路法上の道路ではない。だからこそ通常はできないノイジーで、自由度のあるチャレンジができるのではないか。この場所で実現できそうなことをソフトとハードを合わせて組み立てていった。
自然と浮かんだイメージは、先行してOpen Aが設計したSAAIの延長線上にあるような空間だった。SAAIは、新国際ビルの竣工時から使われてきた会員制施設をリノベーションして生まれた場所で、前施設の空間要素を継承しながら、そこにアップサイクルの家具やベンチャー育成の場という未来の要素を融合させている。
このプロジェクトでも、未来を感じさせる何かが既存の都市に侵食している風景をつくりたいと思った。有楽町の典型的なグリッド建築の鉄やガラス、コンクリートなどの空間をぶち壊して、新しい動線をつくる。その中に植物やアップサイクル家具、仮設建築、公共空間のオペレーションなどを介入させる。秩序立ったグリッドシステムの隙間に、雑多な風景がスッと入ってくる、そんなイメージだ。
都市の隙間に緑が侵食する
大きな骨格が決まった後は、細かい操作を重ねていくことになる。仲通りと大名小路の舗装をそのまま中に引き込んで、空間的な連続性をつくった。外壁の清掃のために壁や床に何かを固定することができなかったので、つくり付けではなく、仮設建築やモバイル建築を配置していくプランとした。
壁を抜いて路地と繋がった新国際ビルのエントランスホールはラウンジエリアとして、屋根がある半屋外空間に仕上げた。タイル貼りのパキッとした近代的な空間に、土壁や植物など自然的な要素が侵食した状態になっている。
メインのオープンスペースにも、有機的で自然を感じる要素を多く取り入れ都市とのコントラストを与えている。家具は道路的な記号と、公園としての植物的な記号を融合させたアップサイクル。夜には頭上に張られたガーランドライトも効いてくる。天井くらいの高さに何かが横断していると半ば内部空間のように感じられるという効果があり、場に一体感のある雰囲気を生んでいる。
昼間は散歩しつつ、ベンチに腰掛けたり、丸太のハイテーブルで立ち作業したり。ときに屋台がやってきて、ポップアップのお店が開かれる。夜にはイベントが開かれたり、ふらっと立ち寄って仲間と一杯飲んだり。そんな風景が生まれる場をつくっていった。
植物とソフトが融合した運営
この場所の運営事業者は東邦レオに決まった。東邦レオといえば緑地空間づくりのプロフェッショナルだが、近年は植物のマネジメントだけでなく、内装やイベントなどソフトのマネジメントを含めた不動産ブランディングに取り組む会社に変化している。それはつまり植物とソフトのマネジメントを融合できるということ。そんな巡り合わせから、空間にさらに緑の比率が高まっていったというわけだ。
東邦レオとは次の都市の風景に対して持っているイメージが近い感覚があった。運営面でやりたいことを設計と統合しながら計画を進めていく。どんな組織がパートナーになるかによって設計手法もアウトプットも変わっていくわけだが、その際、自分たちのデザインに固執せず、運営者に寄り添いながら一緒にデザインを考えることができるのは、INN THE PARKなど、場の運営もしている僕たちの強みなのかもしれない。
オープン後は積極的にイベントが行われている。雨が降ったときや日差しが強いときは、屋根のある半屋外スペースのラウンジが逃げ場になり、イベント運営をするうえで大きな役割を果たしている。イベントの内容はトークショーや企業のパーティをはじめ、ビジネス系に限らず、キッズアートプログラムやファッションショー、DJイベントなどジャンルは実に多様だ。余剰地の活用だからこそ実験的な運営ができるのだろう。
民間企業のパブリックな役割がエリアの価値を高める
今後、三菱地所は有楽町の歴史的背景を受け継ぎながら、文化芸術・MICE(ビジネスの展示会や会議など)を核としたまちづくりを実現していきたいのだという。なんといっても「楽しい」が「有る」と書く有楽町だ。メディアやエンターテインメントなどソフト系の企業を誘致したいというビジョンにも大いに納得がいく。Slit Parkという都市の隙間を使ってソフト系企業の世界観や欲する場をブランディングし、スタディしていく。これは未来の大きな開発に向けた1つの戦略なのだろう。
たとえ民間企業でも、エリアに根を下ろして経済活動を続けていく宿命にある企業は、自ずと公共性をまとっていく。大丸有エリアの大地主である三菱地所はその最たる存在。パブリックスペースが豊かであれば土地の価値も上がるから、健全な気持ちで投資ができるはずだ。三菱地所を見ていると、優良な民間企業が公共的な役割を担うことで、街に与える影響、そのインパクトの大きさを感じずにはいられない。こうしたスタンスは、地方都市のゼネコンや大企業の企業価値を上げるヒントになっていくだろう。
Slit Parkは私有地であり、道路交通法の規制を受けないからこそ、これだけ自由度を持った活動ができている。今後、道路交通法上の道路でも、路上空間を自由に活用できる制度ができれば、街の風景はもっと変わるだろう。実際2020年頃から、国土交通省の都市局と道路局が画期的に道路活用を進めていて、ウォーカブルなまちづくりのための社会実験や、道路を通行以外の目的で使用できる「歩行者利便増進道路(ほこみち)制度」などが導入されている。これまではすべての道路が等しく規制されていたが、今後は特区のような制度が導入されていく可能性もあるだろう。
そこでポイントとなるのが、その道路部分を誰が運営し、誰が責任を負うのかということ。今回の場合は東邦レオが運営し、三菱地所が責任を負っているが、それに似た構造が道路空間にも適用されることはありうるはずだ。
この方法論も地方都市で運用することが可能かもしれない。現状、地方都市では街路樹がすべて行政の管理下にあり、落ち葉や害虫のクレームを受けて過度に剪定や伐採がなされている。例えば一部の道路に特区を設定して、エリア内では民間企業や地域の人が連携して道路の管理運営と一緒に街路樹や植栽もマネジメントしてみたらどうだろうか。そうすることでテナントが入りやすくなり、人の新しい流れが生まれてエリアの価値を上げる。そんな都市経営の手法も考えられる。
Slit Park YURAKUCHO
所在地:東京都千代田区
竣工年:2022年
設計:株式会社三菱地所設計+株式会社オープン・エー(担当/馬場正尊・大橋一隆・平岩祐季・福井亜啓・石川彩*)+TAAO+東邦レオ株式会社
運営:東邦レオ株式会社
9月19日発売『パークナイズ 公園化する都市』(学芸出版)
テーマは「PARKnize=公園化」。今、人間は本能的に都市を再び緑に戻す方向へと向かっているのではないだろうか、という仮説のもと、多様化する公園のあり方や今後の都市空間について考えていく一冊です。
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