森の中にできたパン屋
中国山地に位置する鳥取県智頭(ちづ)町。人口約 7,000人の小さなまち。以前は智頭杉の産地として栄え、森林率は 9 割を超えます。まちの中心部からさらに山の中に車ですすむこと約10分。旧那岐(なぎ)保育園がパン屋として生まれ変わりました。ただのパン屋ではありません。発酵と持続的な経済のあり方を重ねて提唱する本『腐る経済』の著者、渡邉格(いたる)さんが経営する「タルマーリー」です。智頭町に移転してからはパンだけではなくビールの醸造、石窯ピザも提供しています。
保育園らしい平屋の建物の間取りやサイズが、パンの製造所とビールの醸造所、カフェスペースを併せ持つタルマーリーの雰囲気にぴったり。改修工事は、ほぼDIYで進めました。解体で出た材を再利用したり、自然塗料を使うなど、店づくりにも循環へのスタンスが反映されています。
入ってすぐパン屋があり、二つの元教室がカフェスペースに。廊下と園庭、両側に窓が抜ける保育園の教室の明るい構造はカフェとの相性も抜群です。園庭には遊具が残り、遊ぶ子どもたちを眺めながらゆったり過ごせます。廊下には醸造風景が覗ける小窓つきのバーカウンターがあり、つくり手と言葉を交わしながらビールを楽しめます。
改修と開業を地元でバックアップ
タルマーリーは2008年千葉県いすみ市で創業し、東日本大震災後、岡山県真庭市勝山へ2015年に智頭町に移転してきました。「勝山のパンやさんが移転先を探している」という情報を聞きつけたその日に、智頭町の若手職員がタルマーリーに連絡をとり、スカウトしました。
もちろん、一事業者であるパン屋に公共施設である保育園を貸すことについて議論はありました。保育園を管理していたのは住民70人でつくる、いざなぎ振興協議会。これまでにも活用構想はありましたが、8年間廃屋で老朽化が進行し、待ったなしの状況でした。何よりオーナーの渡邉さんの真摯な態度や考え方に共感し、智頭町を知ってもらうきっかけになればと、タルマーリーへ物件を貸すことを決めたといいます。地域総出で園庭の草刈りや掃除を手伝い、オープンするころには地元の方々で賑わいました。
本気で地域に経済循環を生むために
なぜ、タルマーリーはこんなにアクセスの悪い場所を選んだのか。その理由は、パンやビールの醸造に不可欠な良質な水があったことと、渡邉さんたちが理想とする地域循環型の経済を本気で実現できる場所だと感じたからだといいます。
物件の決め手の一つは、高さ6mの大型製粉機を設置できること。この製粉機で大量に製粉ができれば、九州から購入する小麦粉を地場産に切り替えられ、地域の経済循環に貢献できます。カフェで使用する農産物などは、なるべく近隣で採れる食材を使用しています。
書籍が翻訳され海外で販売されたこともあり、この立地でも、タルマーリーの世界観を直に感じたいファンたちが国内外問わず絶え間なく訪れ、外貨を稼いで地元に還元する起点となっています。
廃校では大きすぎてなかなか使い手がつかないことも多いと思いますが、保育園は扱いやすく、このように小さくてもキラリと光るお店などと相性がよく、意外な可能性を秘めているのかもしえません。
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上記の記事については、公共R不動産が編集・執筆した書籍、
「公共R不動産のプロジェクトスタディ 公民連携のしくみとデザイン」でもご紹介しています。
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