台湾デザイン研究所設立の経緯
馬場:今日はよろしくお願いいたします。是非お話を伺いたいと思っていました。まずはTDRIの設立の背景について教えていただけますか?
艾氏:TDRIは2003年、台湾の経済部(日本における経済産業省のような省庁)の中の、台湾デザインセンターという部署から始まって、2020年に台湾デザイン研究院(TDRI)へ昇格しました。「地方、そして行政からのデザイン意識を強化する」ということをめざして発足しましたが、今はさらに、「ソーシャルイノベーション」「デザインによる外交」に尽力しています。
台湾では、蔡英文前総統が、「デザイン力は国力である」と明言し、「Made in Taiwan」ではなく「Designed in Taiwan」を目指しています。国を挙げて、デザインに注力しようとしていることも、TDRIの大きな後ろ盾となっています。
研究院への昇格後は特にデザインリサーチに力を入れ、物語を語る力を重視しています。台湾の国民の皆さんに、「デザインは社会を変える」ということを証明したいと考えています。たくさんの事例を積み重ねることによって、「デザインは社会を変えるのだ」ということを証明しているところです。
この事例の積み重ねは、行政機関、関連行政機関の意思決定のあり方を変えました。そして、国民も今、デザインの重要性を広く受け入れています。
若い組織で「広義のデザイン・デザインシンキング」を推進
TDRIには、現在約200人が所属し、平均年齢は36歳と非常に若い組織です。組織は大きく三つ、研究発展研究所、産業イノベーション所、サービスイノベーション所に分かれています。
TDRIが今、注力していることは四つあります。まずは産業界におけるデザインイノベーション、デザインによる外交、公共サービスにおけるデザインイノベーションの推進、そしてソーシャルデザインイノベーションのベンチマークを確立することです。
私達が大切にしている価値観は「デザインシンキング」。デザインシンキングとは、ユーザーを中心にするデザインのことです。
私達は政策立案の観点から、分野横断的かつ革新的な連携メカニズムを構築していて、省庁間政策コミュニケーションの有効性を促進しています。その際も、デザインシンキングを大切にしています。TDRIが台湾のデザインの未来図を描いているのです。
2020年にはDesign Blue Print として、産官学の専門家を招いた政策ワークショップを通して、33のアクションと122のアクションプランを設定しました。
また、同じく2020年にはDesign in Taiwan Reportを発行し、業界初の大規模アンケートを通して台湾デザイン業界の10の重要課題と81の重要事項データを抽出しました。
公共部門へのデザイン導入 がカギ
TDRIは公共部門のデザイン導入の意欲を高めています。駅、保健所、学校、選挙のプロセスに至るまで、様々なプロジェクトを進めてきました。
公共部門のデザイン導入の意欲を高めるため、当初自治体がデザインセンターを設立するのを支援し、アライアンスを組もうとしてきました。しかし現在は、TDRIがデザインやプロジェクトのやり方をストラテジーとして各地方の行政機関に提案するという方法も加わりました。というのも、外部委託で自治体の下につくられるデザインセンターは、市長が変わるなどの要因によって影響力を左右されてしまいがちというリスクがあるからです。
業界全体に働きかけている事例として、農業及び食品企業のブランドイメージの構築を行う「TGA(Taiwan Good Agriculture)」、農業e-コマースプロジェクトとして、農業関連企業の生産からパッケージデザイン・マーケティングまでを行う「ACOプロジェクト」などがあります。参加企業への指導も積極的に行っています。また、地方都市においては、デザインによる地域産業の活性化をめざしたT22プロジェクトも行っています。この取り組みは日本のグッドデザイン賞も受賞し、2021年には中川政七商店と連携し、「method」山田遊さんがプロダクト開発のコンサルティングに関わって、公募により選出された陶磁器の産地鶯歌の陶器メーカーの経営再生が行われました。
保健所や学校、選挙プロセスのデザインによる刷新
私達は「公共サービスデザイン基準」を策定し、改善の効果を継続的に追跡調査することで、公共部門がサービスを最適化するための方向性を示し、そして台湾の公共デザインの全体的なレベルを向上させています。政府部門が長期的な視点で公共サービス戦略や展望を考え、より多くの公共サービスデザインに繋がるベンチマーク事例を創出することで革新的な公共サービス環境を実現することを目指しています。
保健所のデザイン刷新も実施しました。新北市衛生局の協力のもと、二つの保健所を実証現場として、サービスデザイン研究の導入と、分野を超えたデザインチームの編成を行い、現場での活動を展開しました。
TDRIでは、こうしたパブリックイノベーションを推進する際に三つの価値を大切にしています。
まずはできるだけ多くのユーザーに影響を及ぼすこと。そのために、できるだけたくさんの人が体験できるようにデザインしています。二つ目は、1か所だけで実現するのではなく、台湾全土で真似できるように、仕組みを構築すること。そして三つ目は、行政機関の内部からデザインに関する考え方を変えようとすることです。保健所のリニューアルは現在5ヶ所で行われています。アクションプランはすべてマニュアルを残し、各地方政府の保健所関係者はアクセスできるようにしています。
また、選挙プロセスのデザインも行いました。 まず2021年に選挙公報(有権者に送る案内書)のリデザインを行いました。次のフェーズとして、公報だけではなく、投票記載台のデザイン、政見発表会の視覚表現のあり方も含めて、全体的なデザインに取り組んでいます。
これを中央選挙委員会という選挙を行う組織に提案した際、委員会側からは、従来と同額予算で取り組むこと、全国で同じ仕様にすることを求められました。そのため行政側には大きな追加負担をさせないかたちで、このプロジェクトを実現しました。TDRIは、このプロジェクトを通してガイドラインをつくることをめざしており、それができれば、各自治体における選挙でも同様の取り組みを広げていけます。
共創により公共空間をアップデートしていく「都市美学プロジェクト」
博物館や文化財、公園、団地、商店街などの、公共事業におけるデザインの共創をめざす、「都市美学プロジェクト」という事業も動いています。これは、公共事業の設計料が極めて低いという課題を改善しようというプログラムです。私達はそれぞれのプロジェクトに応じて適する専門家チームをアサインして現場に入り、企画と研究調査を支援するとともに、適切なデザインの企画を定義し、公共環境の美しさとサービスの質を高めています。居住者のニーズや敷地の現状を的確に捉え、都市のニーズに合わせたデザイン性と都市性を考慮した公共空間の構築に取り組んでいます。デザインなしでも、デザイン過多でもない、ユーザー目線の適切なデザインが公共事業で導入されるよう、目を配っており、2023年はすでに14件完成しています。
また、TDRIは、「都市の美学共創プラットフォーム」という役割を担い、各機関や組織をつなぎ、専門家会議を行うなど、コラボレーションも促進しています。
日本でデザイン政策を推し進めるには何が必要か?
馬場:ビジョン、ストラテジー、行動といい、すべてに迫力がありますね。日本でもTDRIのような組織ができるように働きかけたいです。日本の場合は都道府県・市町村単位から動かしていって、国にフィードバックするのがいいのではと仮説を持っています。国内の先駆的なデザイン政策の取り組みとして佐賀県の「さがデザイン」がありますが、TDRIのように国レベルにこうした動きをインストールするにはどうすればいいと考えますか?
張氏:私はもともと学者で大学に勤めており、その後台東県の副県長になりました。その際デザインがいかに大きな変化をもたらすかということに気づき、現在に至ります。副県長時代に理解した行政のプロセスに沿って事業を進めていくことが、現場にTDRIの考え方を落とし込んでいく際には重要だと考えています。そのプロセスとは以下の4点です。
①トップの指示があること
②小さい規模で成功体験を積み重ねること
③多くの部門を巻き込み、得た成果を各部門の成果として還元すること
④2-3年の短期間で成果を出すこと
馬場:まずはトップがデザインの重要性を理解しないとなかなか難しい、というのは、日本でも日々感じています。
張氏:「デザイン力は国力である」という蔡英文前総統の宣言、デザイン力は産業の構造化に繋がる最も重要なソフトパワーとなるのだというトップの理解があったことは、プロジェクトを各機関に提案する上で非常に重要でした。また、誰でもメリットを感じられるストラテジーを立てて将来の制度を設計する、スモールスタートで成功を積み重ねてタイミングを計る、というのも大事です。TDRIは経済部の下の組織ですが、現在は行政院や教育部といった横断的な部署とも連携しています。経済部の「クローズオーバー プロジェクト」の予算を使って、まずは衛生福利部内部部署の小さな案件からはじめ、だんだんと横断的な部署との連携を深めているのです。各部署が抱える、誰もやりたくないけれど解決しないといけない課題をみつけて、そこをTDRIが解決します、とタイミングを見計らって提案しています。
馬場:その課題の見つけ方がすごい。保健所や学校の一部など、どうやってテーマを選んでいるんでしょうか?
張氏:横断的なイノベーションを考えるときは4年計画で大きなフレームワークを考えます。そのフレームワークにのっとり、最初にフィールド調査を行い、解決することで多くの人にインパクトを与えられる課題をみつけます。
馬場:そのリサーチには手間もお金もかかりそうですが、TDRIの内部の人が行うんですか?それともパートナーシップや外部委託ですか?
艾氏:デザインは外部のデザインチームに依頼しますが、事前のリサーチは全部内部スタッフで行います。関連部署とのコミュニケーションも内部スタッフが行います。台湾には素晴らしいグラフィック・プロダクト・空間デザインチームがたくさんありますが、彼らは国が何を求めているか、規格や定義を知らないし、行政機関とどのようにコミュニケーションできるのかも知りません。なのでその部分を全部私達が担います。
馬場:全部内部というのはすごいですね。都市美学のプロジェクトでも、テーマを四つ設定されてるとのことだったのですが、その共通のテーマはどういった経緯で決まっていったのか、また実際に動き出した案件があれば教えてください。
艾氏:この4大のテーマも同様に調査を経て、各行政機関から課題を集めて分類して決めました。また、台湾の主要機関で設定している、「先見計画」という計画に合致するかも重視しました。先見計画に沿っていれば、予算取りが可能になるからです。私達は入札する前にはもう既に取り組みをはじめています。ユーザーにはどのような人がいるか、どんな課題があるか、行政機関は何を求めているのかは、入札前にすべて調査を完了しています。従来の基本入札が終わってから規格を定義していくやり方では、ユーザーが本当に求めているものがなかなかできません。
このように、各プロジェクトは事前に調査を行い、課題に解決のためのある程度のデザイン案をもって入札に臨んできましたので、現在では、台湾における建設費5,000万台湾ドル以下の公共工事プロジェクトは、公募制でTDRIのデザインサポートを受けることができます。
そしてこれまで、「技術服務辦法」という調達法の制約によって、小規模公共工事(建設費5,000万台湾ドル以下の公共施設や公共場域工事)は、設計費の比率が低く(建設費の5.0%-5.9%)、適切な前段階の計画とビジョンの定義を行うことが難しかったのですが、TDRIはその流れを刷新し、公募制で選ばれたプロジェクトはきちんとした計画とビジョン定義は行われるようになり、建設費が5,000万台湾ドルの案件の場合、設計費が450万台湾ドルまでアップできるような仕組みをつくりました。
馬場:その仕組みもすばらしいですね。リサーチに裏打ちされたコミュニケーションが圧倒的です。
艾氏:TDRIが監督しているからこそ、台湾デザイン産業はよりよく最適化、高度化していくことにつながるのだ、ということをめざしています。
馬場:実際のプロジェクトを拝見するのがますます楽しみになってきました。
インタビューを通して、台湾におけるデザイン政策と、その政策を推進するためにTDRIが果たす役割がわかりました。国を挙げてデザインの重要性を理解・周知し、活用していこうという意気込みが、ご紹介いただいた沢山の事例からも伝わってきました。次回、実際にTDRIが手がけた公共プロジェクトを見学した様子をお届けします。