駅前に広がる大きな屋根と、公園のような広場
ある土曜日のお昼。芝生広場を囲むようにキッチンカーや屋台がならび、ベンチや芝生でくつろぐ人々の、ほのぼのとした空気が漂っています。
平屋建ての建物には、無印良品と東武ストアが。その大きな軒先から芝生広場へ広がる一体的な空間が、この町に訪れた人々を出迎えてくれているようです。
この一帯は、東武鉄道が駅前商業施設を整備し2021年9月にオープンしました。
「みんなの広場」と名付けられた公園のような場所は、東武鉄道の所有地であり運営を無印良品 東武動物公園駅前に委託しているとのこと。民間主導・行政支援による事業スキームの裏側に迫るべく、宮代町の榎本恭一さん、良品計画の藤岡麻紀さん、東武鉄道の長妻治輝さんの3名にお話しを伺いました。
町に広がる駅前づくり
元々この場所は東武鉄道の車両関連工場でしたが、2004年に移転した後、活用を検討しながらも計画は難航していました。
駅前一等地の跡地活用であったため町民からの期待値も高く、宮代町としても企業などへのアプローチを重ねていましたが思うように計画は進まず、病院誘致・マンション開発など、様々な話があがりつつも立ち消え、難しい状況が長く続いていました。
東武鉄道としても糸口を見出したいと考えていたと、長妻さんは語ります。
「宮代町は、地域のプレイヤーが多く積極的に活動をしている方が多い印象がありました。一方で東武動物公園もあり、町外からも来訪者が多い町です。町外からくる方と、地域の方を繋ぐような場所にしていきたいと思っていたところで、地域に根ざした店舗 無印良品を展開している良品計画へお声かけをさせていただきました」
それから「まずは町を知ろう」と、東武鉄道と良品計画で一緒になって町中を周り、コンセプトづくりを進める体制ができてきました。
「出店するのであればどのような店舗にするか、ということを考えていました。普通はあまりないケースですが、設計段階から一緒に検討し、どんな『顔づくり』をしていくべきか、アイデアを出させていただいたのがとても大きかったです」と藤岡さんは話します。
当初、良品計画の話を聞いた榎本さんは「本当に出店する気なのかな・・?」と疑問だったと言います。「ただ、最初に会ったときに地域の方をいろいろと紹介したのですが、ほとんどの方とすでにお会いして話をされていてびっくりしました。本気で地域に向き合おうとしてくれているのだと感じましたね」
プロジェクトチームの結束を生んだ研修プログラム
良品計画は、オープンまでの3年間に渡り、雑談会やワークショップを通して地域に向き合い、すでにある活動に巻き込まれることでコミュニケーションを図ってきました。その中で大きかったのが、「暮らしの編集学校」でした。
「暮らしの編集学校」は、良品計画の社内研修プログラムで、地域の暮らしに隠れている魅力を発見し、価値として提案できる感性・知性を持つ「暮らしの編集者」を育てる講座です。
(過去、岐阜県岐阜市、山形県酒田市、新潟県上越市の3地域で開催)
出店が決まり、オープンを約1年前に控えた2020年9月から3ヶ月間にわたって開催しました。良品計画に加え、東武鉄道・東武ストア・宮代町役場から計22名の参加者が集まり、行われました。それぞれの立場から見える地域の課題と、事業プランが検討されました。
「宮代町からは7名で参加させていただきました。“参加者”として行政職員が参画するのは初めてのことだったようです。無印良品は「土着化」というキーワードを掲げていますが、町の職員こそ土着化したほうがいいですよね。良品計画や東武鉄道のみなさんが、町のいいところを見つけ、逆に町を褒められるような構図になっていました(笑)。外からの視点をいただいた、とても学びの多い3ヶ月でした」(榎本さん)
研修プログラムにも参加した長妻さんは、「このプログラムを通して、それぞれがどんな想いでプロジェクトに関わっているのか、何を核とするのかをお互いに認識することができました」と言います。
「榎本さんだけでなく、役場の人とお話をしていると数珠繋ぎのように町のキーマンを紹介してくださいました。役場の方が人材のハブとなっていることが、宮代町の魅力でもあると感じていました」(藤岡さん)
地域の「やりたい!」を支える運営
無印良品 東武動物公園駅前のテーマは「地域となにかを生み出す場所」。「ワークショップを通じて、この地域には『なにかをやりたい』という思いを持ったプレイヤーがたくさんいらっしゃるのが特徴だと感じています」と藤岡さん。このテーマを実現するために、ここには他の店舗にはない少し変わった機能が備わっています。
1 Open MUJI 学び舎
自由に利用できるレンタルスペースであり、地域発信の「学び」や「体験」を地域と一緒に考え、表現できる場を目指しています。
これまでも、無印良品が企画したワークショップ等を実施するOpen MUJIを導入している店舗は20ほどありますが、ここではさらに地域の「教えたい、伝えたい」ことと「学びたい、体験したい」ことが双方向でつながる場所になって欲しいという願いから「Open MUJI 学び舎」とネーミングしました。
オープン以降、無印良品スタッフも含め地域の方たちがお互いに学び合うような機会が生まれています。
2 みんなの台所
創業意欲を持つプレイヤーを後押しするシェアキッチンです。
飲食店営業・菓子製造の許可申請に必要な設備を整えた2つの厨房があり、日替わりで焼き菓子の作家さん等が出店しています。利用プランには、月額や、テイクアウト販売、イベント利用などがあり、様々な形態で利用することができます。
良品計画の社内で募集し立候補した方がコーディネーターを務めており、トライしようとしている地域の方へのサポート体制も充実しています。
3 みんなの広場
店舗の目の前に広がる、公園のような芝生広場です。
キッチンカーエリアと芝生・軒下エリアを利用することができ、無印良品店舗のウェブサイトから問い合わせができるようになっています。
駅前に面した町の顔となる場所。イベント的な利用だけではなく、いかに日常の延長として使ってもらうか、愛着をもってもらうか、かなり検討を重ねたそうです。
「例えば、公園というと禁止事項が多くなりがちですが、むしろ『こんなことができますよ!』ということをサインで表示するなど、楽しむ場所であることを意識的に伝える工夫をしています」(長妻さん)
ただ、きれいに整備しただけでは人々の生き生きとした活動は生まれません。せっかくならここでなにかチャレンジしてもらったり、にぎわう場所になってもらいたいという思いのもと、無印良品 東武動物公園駅前が運営を担っています。
「無印良品としても、OpenMUJI 学び舎やみんなの台所といった店内のサービスと連動し、相乗効果を生むことも期待できます。さらに、この広場以外にも町内には使える公共空間がたくさんあるので、ここで広場を使う風景をつくることができれば他の場所でもやりたい、という声を生み出せるのではないかと考えていました」(藤岡さん)
どのスペースもオープンな設えになっているため、通りすがりでも「お、なにかやっている」と気づいて足を止めやすいような仕掛けになっています。活動が見える化することで、やりたいという連鎖が生まれることも期待しています。
宮代町に根付くまちづくりの思想
このプロジェクトで象徴的なのは、平屋建て、深い軒下、町に広がる広場といった、大らかな空間づくりがその一つです。そこには、初代町長から脈々と続く「宮代らしさ」の風土がありました。
宮代町には、少し変わった公共施設があります。
一つは「コミュニティーセンター進修館」。中心がくぼんだ大きな円形の芝生広場を建物がぐるっと取り囲んでいます。
もう一つは「笠原小学校」。子供たちは1年中裸足で過ごし、休み時間になるとそのまま校庭へ飛び出します。この小学校を目当てに移住してくる人も多いそうです。
いずれも、設計をしたのは「象設計集団」。沖縄県の名護市庁舎など、地域の魅力や要素を積み重ねた土着的な設計をする建築家です。
これらの建物が計画されたのが、初代町長の斎藤甲馬さんであり、実はかなり変わった政策をいくつも打ち出していました。
例えば、宮代町には専用の議場がなく会期中になると進修館の小ホールに机と椅子を並べ、円卓の議場を設営します。会期以外は町民に貸し出しているのです。町のための施設なのだから、町民のために使われるべきだ、ということです。
他にも、この町に高い建物はそぐわないからと、駅前でも用途地域を第一種住居地域に設定※し、空が広い風景を保ってきました。
もちろん、当時と現在の政策として変わっていることは多くありますが、町の誰もが知っていて、信頼を寄せている初代町長の思想が息づいています。
※土地区画整理事業により平成25年に都市計画決定(変更)し、現在は商業地域/第二種住居地域。
駅前の商業施設開発を進める東武鉄道としても、この町の雰囲気をしっかりと反映した計画づくりを意識していたと言います。
「役場や進修館などは低層につくられており、高い建物がなく空が広いのが宮代町の特徴です。ですから、はじめから大きな建物を建てることはイメージしておらず、平屋建ての計画としていました。庇(ひさし)も圧迫感がないように軒を高く深くつくり、雨でもイベントができるように、工夫して設計しました」(長妻さん)
商圏で考えれば、周辺市町村と比較して人口が少なく難しい立地。しかし、出店に至る決め手にはまちづくりへの思想がありました。
「いわゆるベッドタウンの名残で、昼間人口はお年寄りと子育て世代が主ですが、昔からのまちづくり精神が根付き、市民活動がさかんな土壌があります。創業意欲の高いローカルプレイヤーが多数いて、自治体にもそれを支援するバックアップ体制がありました。
魅力ある地域資源を活かし、駅前を軸としたエリアリノベーションの可能性を感じ、出店に至りました」(藤岡さん)
町の魅力を引き出すには外からの目線が重要だと、榎本さんは話します。
「個人的には、この町には大きな“黒船”が2回来たと思っています。1回目は象設計集団。彼らが設計したコミュニティセンター進修館と笠原小学校は、今や地域の象徴となっています。町の良さを拾い上げて素晴らしい建築をつくりあげてくれました。
そして2回目が良品計画との取り組みです。ワークショップや地域の方々との対話を重ね、町のいいところを見つけ、町民の背中を押してくれています。地域の人々こそ主役であるということを教えてくれたと思います。今が、宮代町にとって大きなターニングポイントなんです」
町民の「やりたい!」想いと活動が見えるようになってきた
オープンしてから約半年。すでに町の様子が変わってきたと言います。
「町を歩いていても、高校生にはほとんど会わなかったのですが、みんなの広場やOpenMUJI学び舎に日常的に姿が見えるようになりました。中高生にとって居心地のよい場所ができたのは嬉しいですね」(長妻さん)
「町民のみなさんの、やりたいことができるんじゃないか、という想いが芽生えたような雰囲気を感じます。チャレンジできる場所ができ、使っている人を見て、『私もやっていいんだ!』と気づいたのではないでしょうか」(榎本さん)
最近では、町の建設会社が中心となり「ROCCO PROJECT」というプロジェクトが始まりました。6軒の小さな平屋をこだわりのお店にリノベーションするプロジェクトですが、出店希望者説明会には25名の方々が参加されたそうです。
みんなの広場ではキッチンカーで定期的に出店される方や、みんなの台所では8名の方が創業し、スタートアップの場所にもなっています。さらにはみんなの広場から飛び出して、役場前のスキップ広場に出店したり、沿線の他エリアで出店したり、活動が広がっています。
「実は町内には利用できる広場や公共空間がたくさんあります。ここをきっかけに何かを始めて、町内のいろんな場所に波及していく。選択肢があることは町の方にとってはいいことですよね。無印良品はその一つであればいいなと思います」(藤岡さん)
「地域となにかを生み出す場所」というコンセプトを体現するように、宮代町の町中ではいろんな活動が広がり、いろんな人のチャレンジする気持ちを生み出していました。
良品計画・東武鉄道・宮代町の3者が、オープン前からじっくりと地域と向き合い一緒に考え抜く時間を共有したからこそのチームワークがあるのだと、取材を通して強く感じました。立場は違えど、目指す方向は同じ。それに向かって役割を果たす、そんなチームができていく様子を垣間見ました。
この東武動物公園駅前のプロジェクトは、民間企業と行政がつくりあげる、新しい駅前開発のモデルになっていくのではないでしょうか。