そもそも、トライアル・サウンディングとは?
トライアル・サウンディングとは、行政が活用を検討している敷地に対し、いきなりサウンディングや事業者募集を実施するのではなく、民間事業者が検討中の事業を、まずはトライアルで実施してもらう期間を設けるという制度です。官民両者ともその結果をフィードバックし、その後の公募に活かしていくための新しいサウンディングのプロセスとして、書籍『公共R不動産のプロジェクトスタディ』のなかで提案したものです。
そして今年度の初め、常総市から「トライアル・サウンディングをやってみたいのですが、いいですか?」と公共R不動産に連絡が入り、圧倒的なスピード感で実現していきました。
今回の対象は「水海道あすなろの里」という12.1haの広大な施設で、研修施設、浴場、釣り堀、動物園、水族館、キャンプ場、ロッジがあります。
前編では、トライアル・サウンデイングに応募し、企画実施をした日本出版販売株式会社さんとWonder Wanderersさんに、後編では制度をつくり募集した常総市さんに、制度を活用する側、作る側の目線からお話を伺いました。
森の静けさを楽しむ、1泊2日のキャンプイベント
土曜日の昼すぎ。施設内のキャンプエリアに足を運ぶと、焚き火の煙が立ち上っており、キャンプ場ならでは空気が漂ってきます。しかし、東屋を覗くと、絵本や小説などのたくさんの本が並べられ、自然の中で黙々と本に読み耽っている、不思議な風景がありました。
「森の生活」と題したこのキャンプイベントのコンセプトは「自分の時間をみつけていく」。秋の深まる静かな森のなかで、本を読んだり、火を囲んだり、音楽を聴いたり、友と語り合ったりと、思い思いに時間を過ごせるイベントです。
企画の着想は、哲学者H.D.ソローの著書『森の生活』に登場するエピソード、「三つの椅子」から。
”私の小屋の中には、三つの椅子がある。
ひとつは、ひとりで過ごすため
ひとつは、友と語らうため
ひとつは、みんなで集まる時のため”
例えば、「本の持ち寄り交換会」ではそれぞれ持ち寄った本を交換し新しい本と出会ったり、「アウトドア・バー」では、お酒を飲みながら焚き火を囲んで語り合ったり、「シェアスタイルバーベキュー」では、その場で出会った人々と一緒にご飯をつくり食事をしたり、それぞれのシチュエーションを楽しんでいました。
サウンディングをきっかけに、異なるジャンルの企業がタッグを組む
「本を使って場の価値を高めることをやりたい」そう話すのは、このイベントの仕掛け人である、日本出版販売株式会社YOURS BOOK STOREの染谷拓郎さん。染谷さんは「本に囲まれて「暮らす」ように滞在。」をコンセプトとしたブックホテル「箱根本箱」や、入場料のある本屋「文喫 六本木」のブックディレクションを手がけるチームのプランニングディレクターとして、”本と過ごす時間”にフォーカスした本への新しい視点を与えています。
一方、「アウトドアの更なる可能性を開きたい」と語るのは、株式会社Wonder Wanderersの須藤玲央奈さん。須藤さんは「何もない贅沢」をコンセプトにした旅するアウトドアホテル「The Caravan」を展開し、その日その時にしか体験できない旅を提供するなど、アウトドア空間のプロデュースやコンサルティングを通じて、外で過ごすことの価値を高めています。
全く異なる分野のお二人ですが、『森の生活』はYOURS BOOK STOREとWonder Wanderersの共催により実現しました。どのような経緯で協働することになったのでしょうか。
「あすなろの里では、昨年度サウンディングを実施していて、私たちの会社も、須藤さんの会社もそれぞれエントリーしていたんです。その時点ではお互いのことは知らなかったのですが、トライアルサウンディングの募集が始まった際に、一緒にやったら面白そうな人がいるよ、と共通の知り合いから紹介してもらいました」(染谷さん)
「本×◯◯」の場を高めたいと考えていた染谷さん、「アウトドア×◯◯」の新たなコンテンツを探っていた須藤さん。出会った頃から、どこかで一緒にやってみようと話していたことから、実現に至りました。
「本を通じて”過ごすこと”にフィーチャーした場所や時間を提供したい」と語る染谷さん。
日常から距離をとって読書に没頭できる時間をつくるには、アウトドアはぴったりなのかもしれません。
そんな想いに共感した須藤さんは「本の新しいシチュエーションが生まれたらいいと思った」と、会場デザインを担当しました。
コンテンツは染谷さん、会場デザインは須藤さん。それぞれの専門的なスキルを持ち寄り、任せるところは任せ、期待感を高めながら企画を進められたと言います。
お互いにとって、新しい可能性を開くような企画になっていたようです。
すべてが実験。やれることを可視化していく
今回の企画は、ただのキャンプイベントではなく、常総市の所有する施設で実施されたことが最大のポイントです。行政が管理する施設の場合、施設使用料や使用許可など、条例やルールで決まっているため、交渉の余地がないことがほとんどです。
しかし、常総市の基本的なスタンスは「やりたいようにやってほしい」だったとのこと。それがトライアル・サウンディングのいいところだと須藤さんは言います。最低限のガイドラインを守りつつ、そこから先は対話を重ねてできることを増やしていったそうです。
その結果、指定のエリア外にテントを張ったり、音を出したり、普段は禁止されていることも「実験」として許可されました。
「このイベントを実施すること自体が、プレゼンテーションだと思っています」と須藤さん。思い描いている風景を実際に形にすることの重要性を話していました。
事業者として選定されたとしても、「音を出してはいけない」「ここに建造物を建ててはいけない」など、実際やってみたらNGを出された、ということもよくあります。このくらいの音ならOKだと試したり、ボーダーラインを可視化することは行政にとっても民間事業者にとっても、重要なことです。
「行政としても相当リスクを取ってくれたと思いますよ」と須藤さん。赤字覚悟での挑戦ですが、民間事業者、行政がお互いに「やりたい!」を実現するために、リスクをとりながら少しずつチャレンジする姿勢が、この風景を生み出していました。
トライアルでみえた公共空間のポテンシャル
実際にイベントを実施してみて、あすなろの里の見所、ポテンシャルを大いに感じることができたようです。
「菅生沼のロケーションがとてもいいんですよ。でも、現状はキャンプサイトから見えない。樹木を整備すれば展望風呂やキャンプ場からも沼への視界が開けるし、展望風呂やロッジエリアからも見えたらすごく気持ちいいので、もし自分が来年運営に関わるなら沼ビューを見せるような形にしたいですね」と、須藤さん。
現状に悲観せず、こうしたらよくなる!という目利き力もコンテンツや得意分野を持っている民間事業者ならではの視点です。
都心から1時間もかからないアクセスで大自然を感じられ、隣接して絶景の菅生沼がある。見方によればまだまだポテンシャルを感じさせられる場所なのです。
イベント来場者は38組92名が参加、宿泊は70名以上。「しっかりとしたコンセプトやプロデュースができていれば、たくさんの方に来ていただけると確信できた」と染谷さん。
民間事業者にとっても、事業のゴーサインを出すには集客の見込みなど数値的な判断材料が必要です。それを試すことができることも、トライアルのいいところでしょう。
トライアルでの手応えを生かして、次のステップへ
今後は常総市があすなろの里の活用事業者を公募することが、次のステップとなります。今回のイベントの手応えから、染谷さん、須藤さんは活用に積極的な意向のよう。
「地元の人はここが大事な場所だと話していました。ここをより良くするためにも、現状から改善する余地はまだたくさんあります」と須藤さん。
「僕は小学校の頃この施設を使っていて。実は地元が近いんですよ。だから少し個人的な思い入れもあるんです。もっと良くしたいと思っています」と語る染谷さん。
ただし、トライアルサウンディングを実施したからといって、本公募の審査に加点されることはありません。ここは制度の課題ではありますが、お二人は「イベントの成果はプレゼンの補足資料にもなる」と前向きです。行政や市民の方々への心象的なインパクトは十分与えられたのではないでしょうか。
今回のイベントで、行政が持て余していた施設が魅力的な場所になることが実証されました。今後は、施設全体も含めどんなコンセプトでコンテンツや場をつくるかということが大事になってきそうです。
このトライアルサウンディングはゴールではなくスタート地点です。これから素敵な場所に生まれ変わることを願っています。