公共R不動産のプロジェクトスタディ
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〈後編〉「対話」の積み重ねが実現させた、日本初のトライアル・サウンディングの裏側に迫る!

日本で初めての試みとなったトライアルサウンディング。前編のYOURS BOOK STORE 染谷拓郎さん、Wonder Wanderers 須藤玲央奈さんからのお話に続き、制度実現に至ったその裏側に迫るべく、茨城県常総市長の神達岳志さん、総務部資産管理課の堀井喜良さん、産業振興部農政課の平塚雅人さんにお話を伺ってきました。

常総市長の神達岳志さん(中)、総務部資産管理課の堀井喜良さん(左)、産業振興部農政課の平塚雅人さん(右)

日本初!トライアルサウンディングが実現するまで

今回対象となった「あすなろの里」の再生は、常総市にとって10年来の課題でした。敷地は12.1haと広大で、研修施設、釣り堀、動物園、水族館、キャンプ場など多様な施設を有していますが、稼働率は低下し全体としてうまく活かしきれていません。もう行政だけでは限界があると考え、民間のノウハウを導入すべくサウンディング調査を実施したのが2018年のことです。

「サウンディングを実施するなかで、民間事業者からは、森や景観の素晴らしさを生かしたいろんなアイデアが出てきました。どれもいい提案で実現できたらいいな、と思ったのですが、行政財産がゆえに利用にあたってのルールや制限が多く調整にも時間がかかってしまうことから、机上の空論になってしまっていました」と、当時のもどかしさを語る平塚さん。

民間事業者の「やっちゃう」を尊重できる方法はないかと悩ませていたところ、「こんなスキーム見つけたんだけど、どう?」と堀井さんが公共R不動産の本に書かれた、トライアル・サウンディングの妄想コラムを見つけてきたそうです。

これだ!と意気投合した2人は「とりあえずやってみよう!」と、公共R不動産へ連絡をいただき、2019年4月にトライアルサウンディングの募集を開始しました。コラムを見つけてから募集開始までに要した時間、たったの一ヶ月。驚異的なスピード感です。

あすなろの里の募集ページ

すぐにノーとは言わない。「どうすればできるか?」を考える

なんといっても日本初の試みだったので、実行するには相当な苦労があったことと思います。ところが、
「制度をつくるのは全然苦労してないですよ(笑)」とあっけらかんとしている堀井さん。
制度をつくる資産管理課の堀井さん、現場で調整を重ねる農政課の平塚さんがチームとして連携できているからこそ、たったの一ヶ月というスピード感で実現できたのでしょう。

一方、民間の提案を受け入れて形にしていく現場側では「最初の方は、民間事業者との対話に苦労しました」と振り返る平塚さん。
行政財産という特性上、条例で決まっていることが多いため、民間では当たり前にできることが通用しないことが多々あります。

しかし平塚さんは、すぐにノーとは言わず、どうやったらできるかを必死に考えたと言います。

「音の問題は特にデリケートで。過去に開催した別のイベントで重低音が住宅地まで響くとクレームがきてしまったんです。
そうした場合、音を出すこと自体をノーと回答することは簡単ですが、響きやすい重低音か、アンビエントのような環境音か、まったく音質が違うものを同じ音楽として括ってしまうのはもったいないじゃないですか。だから、どの程度の音ならいけるのか、このトライアルを機会に試してもらいました。単純に音量だけでなく、この音質ならOK、この音質はNGと、区分けして考えることが大事だなと思います」

事業者が描くビジョンを出来るかぎり実現させるため、そしてあすなろの里の魅力を少しでも多く引き出すため、平塚さんが対話の中で試行錯誤していた様子が伺えます。

キャンプファイヤーを囲んだライブ。すべてが実験で、様々なトライアルが積み重ねられている
公園内に「アウトドアバー」が設置。普段では見られない風景が一つ一つ実現されていった

みんなが同じ風景を共有すること

実際にトライアルサウンディングをやってみて、行政としてはどんな効果を感じたのでしょうか。

「これまでは民間事業者の方と話す機会がなかったので、どんなことを考えているのかが分からなかった。実施に向けて対話を重ねていく中で、民間事業者の目線でも物事を考えるようになったことが、今回のトライアルサウンディングで一番大きなことだと感じています」と、現場での実感を語ってくれた平塚さん。 「なにか新しいことを始めようとすると、いろいろ問題は起こるもの。形になって実感することで、周囲の人も理解してくれるようになる。市民も行政も民間事業者も、みんなが同じ風景を共有できたことがよかった」と、市長も実現されたことの重要性を提言しています。

テントサイトで野菜販売やあずきの種とり体験をして、出店者や参加者同士でコミュニケーションをとる方も
緑を背景に読書する風景があちこちで見られる
東屋の下で本をテーマにしたトークイベントが行われる
夜遅くまで読みふける宿泊者の方々

民間事業者とともにつくる。実施のポイントは「対話」と「スピード感」

あすなろの里のトライアルサウンディングを開始して9ヶ月。前編でご紹介した「森の生活」だけでなく、
かけっこ教室とグランピングを掛け合わせた「かけっこキャンプ」(5月)、
里山でのクラフト体験「里山ワークショップ」(7~8月)、
そして、キャンプ泊できる音楽フェス「ロマンチストとシャングリラ」(12月)、
という、全4つの企画が実現しています。

制度導入までのスピード感もさることながら、民間事業者からの提案を受け入れ実施するまでの実現力も圧倒的です。

民間事業者から様々な企画を受け止める実施のポイントは「対話」と「スピード感」だと、平塚さんは話します。
「ただ一方的な事業提案を受け付けるだけでなく、行政としての考え方も伝え、対話を重ねていくことで行政と民間事業者、お互いにとってメリットがある企画にすることを心がけています。また、スピード感をもってやりとりすることで熱意が伝わり、スムーズなコミュニケーションと信頼関係が生まれます」

基本的なことかもしれませんが、誠意を持って民間事業者と接していることが伝わってきます。民間活用というと、行政が民間に丸投げしてしまうことも多いケースですが、共につくり上げる意識が鍵のようです。

5月に開催したかけっこ教室×キャンプの様子
12月に開催した音楽フェス×キャンプイベント「ロマンチストとシャングリラ」

とにかく「対話」すること。職員を後押しする市長の存在

職員の連携により、前例なきトライアルサウンディングを実現させた常総市。この推進力の裏には、職員を後押しする市長の存在がありました。

民間企業から市長へ転身した神逹市長。
「就任してまず職員たちに伝えたのは『対話』の重要性です。市民や企業とはもちろん、行政内部での対話が少ない。対話とは課題を共有すること。一緒に悩み、一緒に考え、一緒につくるというがプロセスがあれば、一体感が生まれるものです。市民や企業との距離を縮めるには対話しかないと思っています」と、行政特有の体質にメスを入れていったそうです。

常総市では、職員研修で市長自らがファシリテーターを努めることもあるそう。対話の重要性を説き、自らも実践する市長の後押しがあるからこそ、職員の積極的でスピード感のある姿勢が生まれているように感じました。

「庁内での対話の意識は変わりましたね。なにかお願いするにも『これやってよ』ではなく『一緒にやろうよ』と話すことで、課題を共有して取り組むことができます」と堀井さん。

「『あれやって』と指示されるとイエスorノーでしか返せないし、出来るか出来ないか迷ったときにとっさにノーと答えてしまいます。でもそれってすごくもったいないことだと思いませんか。指示ではなく対話を意識すると、一緒に考えられるんです」と平塚さん。
無駄なノーをつくらない、というのが、対話のポイントかもしれません。

とてもシンプルなことですが、庁内で対話を繰り返すことで築かれた信頼関係こそが、このトライアルサウンディングを実現させた要因ではないでしょうか。

常に対話を欠かさない、自ら実践する市長の姿によって、職員も後押しされている

実践から見えてきた、トライアルサウンディングの可能性

順調に進めば、来年度運営する事業者のプロポーザルへ進みます。今後のあすなろの里について、どのような展開をイメージしているのでしょうか。

「今回『森の生活』を経験して、民間事業者同士がコラボレーションすることで相乗効果が2倍にも3倍にもなると感じました。これまでの大原則として、入札中は企業同士の顔が見えないようにしていましたが、価値を創造する上でのコラボレーションは行政としても認めていく必要があると思います」と、平塚さん。

「民間事業者が今までにないあすなろの里の魅力を引き出してくれている。これからはそれに市民がどう関わるかが重要ですね」と、市民を巻き込んだ魅力作りに期待する市長。

トライアルサウンディングという制度について、「今後はあすなろの里だけでなく、文化財にも適用させたい。さらに、公共資産だけでなく民間資産でもできるのではないかと考えています。移住促進やインバウンドへの対応など課題は尽きません。空き家や空き店舗なども含め、常総市全体をトライアルで使ってもらえたらと思っています」と堀井さん。

公共R不動産がふと妄想してみたトライアル・サウンディング。行政と民間事業者の連携プレーによって制度の実施に至り、その経験を通じて、さらなる可能性が見えてきました。

今後の展開に乞うご期待です。

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