公共R不動産のプロジェクトスタディ
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民間事業者・自治体・制度発案者が考える
トライアル・サウンディングの可能性

日本初、トライアル・サウンディングの制度を活用し、茨城県常総市「あすなろの里」を舞台に実施されたキャンプイベント「森の生活」。その取り組みを皮切りに、日本中で2019年の1年間だけでも4件のトライアル・サウンディングがスタート。その注目度の高まりを受け、セミナー「第168回日本PFI・PPP協会セミナー「トライアル・サウンディングの可能性/実務編」が開催されました。今回は、そのトークセッションの様子をお届けします。

左から、日本PFI・PPP協会・業務部長の寺沢弘樹さん、公共R不動産 菊地マリエ、飯石藍、日本出版販売株式会社の染谷拓郎さん、常総市 堀井喜良さんと平塚雅人さん

日本PFI・PPP協会の調べによると、現在、累計800件ほど行われているというサウンディング型市場調査(以降:サウンディング)。急速な勢いで普及し、事業構築プロセスにおいて一般化する一方で、その質の低下が問題視されています。トライアル・サウンディングは、机上での対話からアクションにつなげていく、新たなサウンディングの手法として注目を集め、常総市に続き、これまで津山市・富山市・須坂市と4自治体で実施されてきました。

トライアル・サウンディングの実例を多角的に振り返り、知見をシェアしていくべく、第168回日本PFI・PPP協会セミナーでは、事業者と自治体、そして制度の発案者が集まり意見が交わされました。

発案者である公共R不動産コーディネーターの飯石藍、菊地マリエ、そして常総市の堀井喜良さんと平塚雅人さん、民間事業者を代表して日本出版販売株式会社の染谷拓郎さん、日本PFI・PPP協会・業務部長の寺沢弘樹さんそれぞれの視点から、実体験を通じて感じたこと、普通のサウンディングとなにが違うのか、そしてトライアル・サウンディングの可能性について、議論した様子をお届けします。

「森の生活」の制度活用やトライアル実施までの経緯など、イベントの現場にてお話をうかがった、インタビューシリーズ(前編後編)と合わせてご覧ください。

机上で終わらない。
風景を一緒につくり、共有できること

寺沢 この数年、全国各地でサウンディングが活発に行われています。“サウンディング疲れ”とささやかれるように、「机上でやっているので、よくわからない」という声を聞くこともあり、今こそサウンディングそのものの質を上げていくことやトライアル・サウンディングのような、新しい手法に挑戦していく必要があると思います。まずは考案者である公共R不動産の飯石さんと菊地さんから実際にトライアル・サウンディングの実施を経て、感想をお聞きしたいと思います。

飯石 私たち公共R不動産が「こんなことできたらいいな」と妄想した制度が、より精度を高めて実施され、さらにこうしてみなさんと振り返り、意見を交わせることに、本当に驚いています。必ずしも制度ありきで動くのではなくて、うまく利用していただきながら、それぞれのスタイルで良い活用の形をつくっていく、今まさにその途中で議論ができることにすごく意味があると思っています。

常総市さんはサウンディング時に民間事業者さんから「具体的に使ってみたい」という意見をもらい、その次のステップとして、トライアル・サウンディングをやってみたいという流れでした。私も実際に常総市のトライアルで開催された「森の生活」におじゃましたのですが、本当に素敵な風景がそこにはありました。

行政と民間との間で、大切にしたいこと、どんな空間をつくりたいか、それぞれの思いがあるわけですよね。それを言葉や文章を交わしてもなかなか分かり合えないことがある中で、風景として一緒につくって見せると「ああ、こういうことだよね」と体感できる。特に行政の方は文書を議会に通して進めていくことがベースにあると思いますが、トライアル・サウンディングで、これだけ人が来ていることや参加者の表情などを目撃するとか、市職員も参加者になってイベントに入ってみることで、新しい気づきを得ることがあると思うんです。実際に当日は市長や市職員の方も参加されていたので、「こんな風景っていいよね」と、共通意識を持てたことが、次のステップに進むうえで、いいきっかけになったのではないかと思います。

2019年11月に常総市あすなろの里で開催されたキャンプイベント「森の生活」

菊地 私たちの妄想企画がこんな素敵な形になって、こんなにたくさん関心をもっていただけて、すごく感激しています。常総市さんと染谷さんのお話をうかがい、いろんな奇跡が重なり合って実行されたのだと、改めて思いました。

チャレンジ精神が旺盛な公務員の平塚さんが「あすなろの里を使いたい!」と熱い思いを持っていたり、事業者である染谷さんの地元が常総市のとなり町で、あすなろの里にも行ったことがあり、さらにサウンディングの情報を知っていたりとか、堀井さんが逆プロポーザルのイベントで積極的に発言しているのを、染谷さんがたまたま目撃していたり。こうした奇跡的なことが重なり合って「森の生活」が実現された。これはすごく特別なことに聞こえますが、「それって特殊解でしょ?」とは考えず、「自分たちでもそういう特殊解を起こすんだ!」というつもりで取り組んでいただけたらなと思っています。

それぞれの町で施設の状況も違えば、いる人も違って、ある施設にはいろんなきっかけを持っている人がいると思うんです。行政の方には、サウンディングなど枠組みに安住せず、自らの足で事業者を訪問していく、いわば営業活動が大切だとお伝えしています。

ただ、これも、難しく考えず、なんらかのご縁のある人を探し当て、出会いの糸を手繰り寄せる作業だと思えばきっと楽しいと思いますし、今回のような奇跡を起こせる可能性があるはずだと思います。

トライアル・サウンディングの後、いかに本格利用につなげるか

寺沢 続いて、常総市さんと事業者の染谷さん、それぞれの目線からトライアル・サウンディングを振り返り、いまどんなことを考えているのでしょうか。

平塚 振り返ってみると、染谷さんと出会ったのが2018年の秋で、かれこれ1年以上の付き合いになるんです。それも2ヶ月に1回だけ会うようなコンサルティングとかではなく、密に連絡を取り合いやってきました。

トライアル・サウンディングは最終的にアクションがあるんですよ。だからこそ、行政でよく言われる机上の空論に終わらない。アクションまでやらなきゃいけないっていう義務感があってもいいと思うんです。切迫した気持ちの中で考えることが、その施設に対して本気に向き合うってことなのかなと思います。

堀井 染谷さんが「市民の方の参加が少なかったことが反省点だ」とおっしゃっていました。それには私も同感で、せっかくあんな素敵な空間ができたので、市民のみなさんもそうですし、もっと市職員も関わってもらい、もっとたくさんの人に共有できれば良かったなと思っています。せっかくトライアル・サウンディングという仕組みを使わせていただいたので、ここから本格利用につなげるという気持ちで、これから平塚さんと一緒に進めていきます。

染谷 今回のイベントが将来的にどう繋がっていくのかが気になりますね。「森の生活」がどのように庁内で評価されていくのか、どんなフィードバックがあるか、可能な範囲で教えていただけると嬉しいです。

飯石 行政は方針が最終決定しないと次の方針を出しづらいと思いますが、民間としては、仮説でもいいので、次のステップの大きな道筋は見えていたほうが安心します。そこがないと、逆に民間がアイデアだけ出して吸い取られて終わっちゃう、という見え方にもなりかねません。お互いの条件をしっかりすり合わせる場でもあることを、共通認識として持つことが大切ですよね。

菊地 今回のセミナーのように、関心があるみなさんと、実践者が集まり、それぞれの言葉で振り返って共有することの大切さを感じます。トライアル実施後の行政からの事業者ヒアリングは一対一の関係で、お伝えすることが限定的ですが、このような場で第三者に向けて伝える機会があれば、改めて言語化して、考え直すきっかけになりますし、知見がシェアされてとてもいいなと。公共R不動産ではそんな第三者の目線で取材していきたいですし、定期的にこういった会でシェアしていけたらいいですよね。

自治体も覚悟を持って取り組み、事業者の伴走者となる

寺沢 次は、普通のサウンディングとはなにが違うのか。やってみてわかったことをお聞きしたいと思います。

堀井 実際にやって空間を共有できるという点で、同じサウンディングという名前が付いていますが、別物と言ってもいいぐらい違うものだと思います。サウンディングがいろんなところで実施されていますが、有意義に使われているのはどれぐらいあるのかなと。そう思うとトライアル・サウンディングは本当に意味のあるものにしていきたい。トライアル・サウンディングを最初にやった自治体として、しっかり形にしたいと思っています。

菊地 単なる社会実験やイベントとの違いも考えてみたいのですが、その後に活用することを前提としていることだと思うんですよね。だから単なるイベントに終わらないように、風景をつくるだけではなくて、その先に何をしていくのかを念頭に強く置いておくことが大切だと思います。

飯石 サウンディングだと、どうしてもある程度の事業実績がある企業が最終的に選ばれる傾向にあります。しかし、トライアルだと「一度試しにやってみましょうか」と実行できますし、実力があれば、圧倒的な世界観をプレゼンできることが大きなポイントですよね。今まで出会わなかった事業者とお互いにチャンスを探れることに大きな可能性があると思います。

染谷 日販は基本的には本の卸しの会社なので、実績のあるなしだけで判断されてしまうのが、正直つらいところなんですよね。だから、実際やってみて「僕たちでもできるんです」とアピールしつつ、行政の方にも伴走していただけることはありがたいことですね。

飯石 民間が出した企画に対して、どうやって寄り添って一緒に進めるか、自治体の皆さんの伴走の仕方も重要ですよね。いざやり始めて困ったことが出てきたときに、行政のスピード感を民間は見ていますし、行政の方々も民間のスピード感を実施を通じて体得していくことに意味があると思います。

平塚 先ほど菊地さんから、私たちのケースが特殊解になってはいけないという話がありましたね。まさにそうだなと思っています。トライアル・サウンディングって本当にいい制度で、私たちの定石にもできますし、議員さんに説明したときにも覚えてもらいやすく、「とりあえずやってみよう」と、課題解決の手段として、事務テクニックとしても扱いやすいんです。

寺沢 トライアル・サウンディングにおいて、実際の現場が見えることはいいですが、やっぱり行政が民間にー丸投げをすることは良くないですよね。どうやって一緒につくり上げていくかのプロセスが大切です。今回の「森の生活」の現場を僕も見させていただきましたが、一番印象的だったのは市長が現場にいらっしゃっていて、市長自身が楽しんでいらっしゃる様子が見られたこと、この空間を将来実現させたいんだろうなと、市長の姿から感じられたことが印象的でしたね。

堀井  サウンディングとトライアル・サウンディングとを比較すると、やっぱり民間事業者さんの労力は段違いに大きくなるので、自治体側も覚悟を持って一緒にやっていくことが必要だと思います。逆に共通点としては、ただやるだけでは事業者も人も集まりません。こちらから積極的に発信し、営業することが重要だと思います。

寺沢 サウンディングの際は、自治体が事業者を公表してはいけないルールがありますが、このトライアル・サウンディングでは、他の事業者に対してネタバレしてしまうのではないか?という質問があります。それについてはどうでしょうか?

堀井 これは正直けっこう悩みました。常総市のホームページでは、トライアルの実施内容を公表していません。ただ、津山市さんや富山市さんは事業者さんや内容について発表されていたと思います。イベントを開催するにあたってはSNSを使ったりホームページをつくったりしてPRしているので、自治体として隠してもしょうがないですよね。

染谷 民間企業では、事業アイデアを盗まれてしまうことはいくらでもあります。日販がブックディレクションを手がける 「箱根本箱」や「文喫」の事業も、 いまでは似たものがいくつも出てきていますし、それは気にしてもしょうがないのかなと思っています。

菊地 トライアル・サウンディングは、あくまでお互いのコミュニケーションのスタイルを見たり、テストマーケティングのような位置づけであり、開催期間が限られている分、投資できる額も限られます。なので、もう一歩進んで本格的に指定管理者になったり、民間が借り上げて事業をする段階では、トライアルのときとまったく同じ事業をする可能性は低いと考えられ、知的財産の保護的な側面はそれほど心配することはないと思います。ここも一般的なサウンディングとは異なる点ですね。

活用とブラッシュアップを繰り返し、制度を常に最適化していく未来

寺沢 まとめに入ります。トライアル・サウンディングはあくまで行政が事業者公募の本格実施の事前に行うプロセスの一環で、単に施設を無料貸し出しするイベントではないということ。夢のある空間ができあがると“やっている感”がものすごく強くなりますが、目的はその先にあるのでイベントで終わらないように、注意が必要です。どのように着地させるかをセットで考えることが大切ですね。そして行政側は民間に丸投げではなく、覚悟を持って一緒にトライアルの実施まで伴走しなければいけないし、民間企業がどれだけ投資をしてリスクを背負っているかを常に考えてやっていく必要があります。それでは、最後にみなさんから一言づついただき、終わりたいと思います。

平塚 たとえば、民間企業同士であれば「こんなアイデアや専門スキルがあるんです」と言ったときに、「いいですね!うちで店を使ってポップアップショップをやってみたらどうですか?」「一緒にやってみましょう」というやりとりが普通に行われるわけですよね。それが行政にだってあってもいいじゃない?というだけの話であって。そのゴールとしては公募とか、PFI とかPPPとか行政の効率化に繋げていく必要はあるけれども、まずは私たち、制度をつくる側もやっぱりモチベーションを高く持って楽しむことを大事にしていきたいと思っています。

堀井 最初に事業化させていただいた自治体として、最後まで責任をもって進めていきたいと思っています。

染谷 事業者側としてはトライアル・サウンディングをやってみて 「思っていた感じと違うな?」と、活用検討を止める事業者もいると思うし、 やってみてよりその場所を魅力的に感じることもあると思うんです。ぼくの場合はこの“やって良かった感”をどう次に繋げるかを考えています。

飯石 発案者として、トライアル・サウンディングを今後さらにブラッシュアップすることも考えていきたいなと思っています。今は広場や大規模公園での実施が多いですが、建物でやったらどうなるのかを次の検討ポイントとしています。そうすると民間か行政かどちらが修繕費を持つのか、はたまたその額が大きくなったり、期間が長めになったりと、いろいろ課題が出てくるはず。しかしきっと需要があると思うので、具体的にやりたいという方がいたら、一緒に考えていきたいです。

菊地 随意契約保証型のトライアル・サウンディングという未来はないかなと考えています。事業者はリスクをとって実験をしているので、その後の契約になにかしら有利になったり、随意契約とまではいかなくても、公募の際に加点されるとか、そんな可能性を探っていきたいと考えています。

もうひとつアイデアとして提案したいのが、自治体のみなさんでトライアル・サウンディングのフォーマットをつくっていくことです。国交省が出したP-PFIが爆発的に今広がっていますよね。そのひとつの秘訣は、公募要綱の雛形とガイドラインが併せて出されていること。トライアル・サウンディングでもみなさんが比較的気軽に使える雛形があって、それを各自治体でカスタマイズして使い、実施後に検証を経て、フォーマットを使った人が改善点などをフィードバックし合っていく。ver.2、ver.3など、どんどん使いやすいフォーマットを自治体の皆さんの力でつくっていくことは、今までにはなかったプロセスだと思います。自治体同士が協力して、みんなでつくりあげるプラットフォームを公共R不動産で用意できたらいいなと、そんな呼びかけができるといいなと、さらに今日妄想がすすみましたので、実現の際はご協力よろしくお願いします。

寺沢 みなさん、ありがとうございました。

構成・文/中島 彩

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