公共R不動産のプロジェクトプロデュース
公共R不動産は「メディア」「プロジェクトプロデュース」「R&D(研究開発)」の3つの事業で構成しています。今回フォーカスするのは、行政や企業と連携してパブリックスペースの活用を推進するプロジェクトプロデュースの活動です。
一言で「パブリックスペースの活用」といえど、その背景には与件整理や事業可能性調査、スキーム検討や募集要項作成のサポート、設計、オープン後のフォローなどさまざまな工程があり、エリアの特徴や地域の人の思い、自治体、企業の目的など、混在するいくつもの要素や条件を整理し、その土地のポテンシャルを見出しながらプロジェクトは進んでいきます。こうした全国各地に新たな価値をつくっているプロジェクトプロデュースチームの活動に密着していくプロジェクトレビュー。今回は静岡市と連携した「蒲原地区『トライアルパーク』プロジェクト」についてお届けします。
トライアルパーク蒲原とは?
2022年7月、静岡市の蒲原地区に「トライアルパーク蒲原」がオープンしました。トライアルパークとは、企業や事業者、市民などがそれぞれのアプローチで新しいことにチャレンジする場。例えば、企業がここでテストマーケティングをしたり、レストランを持ちたい人がキッチンカーで出店したり、それらを市民や観光客など多くの人が体験したりと、日々あらゆるトライアルが行われていく、いわば“巨大な実験場”です。
トライアルパークが誕生したきっかけは、静岡市の道の駅構想でした。静岡市は道の駅予定地(現在のトライアルパークの土地)のポテンシャルを確かめるべく公共R不動産が提唱したトライアルサウンディング手法を使い、道の駅の本格整備に向けてこの土地を暫定利用していくことになりました。
トライアル・サウンディングとは、行政が活用を検討している敷地や物件に対し、いきなり事業者募集やサウンディングを実施するのではなく、民間事業者が検討中の事業を、まずはトライアルで実施してもらう期間を設けるという制度。官民両者ともその結果をフィードバックし、その後の公募に活かしていくための新しいプロセスです。
今回のケースでは、市民や事業者、企業などがあらゆるトライアルを重ねて予定地を活用し、その過程で少しずつ蒲原に相応しい機能や施設を検証しながら道の駅の本設に引き継がれていくというわけです。
トライアルパークにて、大手企業から地元の事業者まであらゆる規模のトライアルをしたい事業者の窓口となり、自主事業を含めて施設の管理運営を行うため、2021年12月、静岡市が運営事業者を公募。審査会を経て、2022年1月には地元企業5社による共同企業体「スルガスマイル」が選定されました。
こうして2022年7月に「トライアルパーク蒲原」がオープン!開放的な芝生広場を中心に、BBQやトレーラーサウナ、飲食スペース、RVパーク、サイクリストの拠点などの多様なアウトドアコンテンツがあり、週末になるとフードやドリンク、雑貨や農産物が並ぶマルシェやイベントなどが行われ、新たな風景をつくりだしています。
公共R不動産と静岡市のパートナーシップ
本プロジェクトにおいて、公共R不動産では静岡市とパートナーシップを組み、2019年から現在に至るまで、主に以下の業務を担当しています。
現在日本中でトライアルサウンディングの実施事例が増えていますが、今回は以下の点において、日本初といえるトライアルサウンディングのプロジェクトです。
①短期のイベントではなく、3年間という中長期に渡るトライアルサウンディングであること
②既存の建物を活用するのではなく、将来的にオープンさせる道の駅のポテンシャルを確かめるため暫定的なパークをつくり、公民ともに投資していくこと
前例のない中でどのようにプロジェクトが進んでいったのか。公共R不動産と市がどのように連携していたのか。静岡市建設局道路部道路計画課 主査(当時) 渡邉 泰史さんと、公共R不動産 プロジェクトプロデュース事業部 小柴智絵さんにお話をうかがいました。聞き手は、公共R不動産メディア事業部の飯石藍と中島彩です。
トライアルパークプロジェクト 立ち上げの経緯
「歴史ある宿場町 蒲原に人の流れをつくりたい」
飯石 今日はトライアルパーク蒲原がどのように誕生したのか、静岡市と公共R不動産のパートナーシップにスポットを当てながらお話をうかがっていきます。まずはこのプロジェクトが立ち上がった経緯からお聞かせください。
渡邉 元々は道の駅をつくる構想からスタートしました。蒲原は江戸時代に整備された東海道の宿場であり、ノスタルジックで魅力ある街並みを残しながらも、近年では来訪者が減り、空き家も目立つようになり、まちの魅力が失われつつありました。そんな背景から、蒲原のまちを周遊してもらうきっかけをつくり出すため、道の駅の設置検討が始まりました。
道の駅の事業可能性調査として民間企業に向けた机上サウンディングを実施したところ、民間企業の関心度が高く好意的な意見が得られた一方で、不安の声があることもわかりました。蒲原は宿場町としての歴史的背景がありながら、現在は水産加工や金属加工などの産業が根付いた職住近接のまち。そこに観光的な要素がうまく溶け込むのか、やってみなければわからない、という声です。
また、このまま整備を進めても既存の道の駅と同じようなものになってしまう懸念もありました。隣接する国道1号は交通量が多いのである程度集客できることは見えていますが、それだけではおもしろくはない。それにオープン後は話題性があっても、10年20年と続けていくことには不安があります。
新設する道の駅の概略設計や配置検討などから事業費を見積もると、大きな予算がかかるのに、行政も民間も不安を抱きながら着手してよいのだろうか。これまでと同じつくり方には限界を感じていました。
飯石 そこまで冷静に慎重に先を見通していたんですね。
渡邉 行政だけでなく、地元の皆さんもすごくしっかり考えていました。一般的な道の駅のように目的地化し、そこに立ち寄って人が去ってしまうのではなく、ちゃんと蒲原のまちに人を流してほしいと。道の駅をつくることが目的ではなく、まちを守りたいという明確な思いがありました。
渡邉 その思いに応えるには、蒲原地区に必要なのは一般的な道の駅とはなにか違うものであり、新しい、別のかたちの道の駅のあり方、つくり方を考えたいと思いました。ある日、道の駅のようなものを暫定開業するというアイデアをまとめて同じ課の先輩職員に話したところ「それってトライアルサウンディングだよ」と教えられて。議会の図書室で公共R不動産の著書「公共R不動産のプロジェクトスタディ」を借りて、トライアルサウンディングの解説を読んで「これだ!」と思い、その日のうちに公共R不動産のお問い合わせフォームにメールしました。
小柴 最初にご連絡いただいたときは驚きました。これまでは付き合いのある自治体さんとの仕事が多かったのですが、ある日突然、問い合わせフォームからの連絡で(笑)。お話をうかがってみると「道の駅の新設」と「トライアルサウンディング」という新しい組み合わせで、私たちとしても事業の輪郭がつかめない状態でした。
飯石 ちょうどその頃に公共R不動産がトライアルサウンディングをテーマにしたセミナーを開催していて、静岡市のみなさんも来てくださいましたよね。
渡邉 セミナーでは茨城県常総市の事例を聞いてすごく勉強になりましたが、今回の道の駅の場合は前例のない案件だと思いました。まず、既存の公共施設の利活用ではなく、道の駅を新設するプロセスのひとつとしてトライアルサウンディングを実施すること。そして期間も短期ではなく中長期的であること。既存の事例を擬(なぞら)えるだけではなく、自分たちの方法を考えないといけないと思い、公共R不動産と一緒にプロジェクトをつくっていきたいと改めて思いました。
リアルな事業者目線のアドバイスを求めて
中島 当初、公共R不動産にはどんな期待をしていたのですか?
渡邉 公共R不動産に出会う前、建設コンサルに事業可能性調査の業務を委託していました。すごく優秀な担当者でたくさん助けていただいたのですが、建設専門ということもあり、道路計画課の私たちと視点は同じなんですよね。知識は深まるけど、視野は広がらない。
公共R不動産の方々は事業者の近くにいて、自分たちでも事業を運営されている(※)と聞いて、実践的なアイデアやリアルな事業性にもとづいた視点がいただけると思いました。机上の知識だけではない、実践にもとづいた事業者としての目線が欲しかったんです。
※公共R不動産を運営する株式会社オープンエーの子会社「株式会社 インザパーク」では、公共空間を活用した宿泊施設「INN THE PARK」を沼津と福岡で運営している。
中島 実際にはどのような役割分担でプロジェクトを進めたのですか?
小柴 公共R不動産では、プロジェクトが始動するときに行政と役割分担について話し合うようにしています。これがすごく大事なんです。私たちは渡邉さんがおっしゃったように、事業性からプロジェクトを考えたりプレイヤーとつなげたり、行政ができないことや私たちの得意分野を担う。行政は、庁内の調整や資料づくりなど行政の強みを発揮できることをやっていただくという分担が理想です。
小柴 今回も最初の段階でその提案をしました。一般的にコンサルというと、行政の作業が楽になるための、いわゆる“作業”をお願いされることが多いので、こうした提案に驚かれることもあるのですが。
渡邉 最初から公共R不動産の皆さんには作業を求めてはいなかったです。庁内や議会など、いろんな対象者に向けて文脈を合わせて資料を作ったり内容を調整したりという役割は、行政自ら行うべきだと思っていました。
飯石 行政内での調整も本来は外部のコンサルではなく、内部の顔や合意形成のプロセスが見えている職員の皆さんがやるのが一番効率が良いと思っています。
コンテンツに合わせて
専門家をプロジェクトメンバーに
飯石 2019年から公共R不動産との協働が始まりましたね。初年度は、庁内研修会の実施とトライアルサウンディングのスキーム検討という内容です。
渡邉 まずは庁内研修会から実施していただきました。トライアルサウンディングの概念や手法について他の部署にも共有することが目的です。
飯石 研修会が終わって、本格的にプロジェクトが始動したわけですね。事業スキームを検討するにあたって、どんなことから着手したのですか?
小柴 今回の事業のキーワードは「道の駅」のほかに、「サイクリストの拠点」がありました。市の方針として当初からまちへの周遊の手段として、サイクルツーリズム拠点機能を備えることが決まっていたんです。そこで自分のネットワークをたどり、相談をもちかけたのが馬場隆司さん(株式会社UNITED SPORTS 代表取締役)です。馬場(隆司)さんは地域密着型のロードレースチームを設立して、サイクルスポーツを軸に地域活性化事業を行っている方です。今回の件を相談したところ、すぐに現場まで来てくださいました。
渡邉 馬場(隆司)さんを連れてきていただいたときはビックリしました。まさか助っ人まで連れてきてくれるとは。
飯石 今回の大きなポイントですよね。なぜこの段階でお声かけしたんですか?
小柴 私は公共R不動産の活動のほかに、千葉でグランピング施設の運営にも携わっています。私自身、いち事業者として今回の事業内容を見たときにちゃんと成立するのかと不安があり、そのうえ公共R不動産のチームの中には、サイクリストや自転車カルチャーについて理解のあるメンバーがいませんでした。
馬場(隆司)さんとはタイミングよく知り合ったばかりで、サイクリングは口コミで広がっていく業界であり、魅力的なコースを設定できなかったらサイクリストの拠点としては成立しないと耳にしました。だから絶対にプロの目線が必要だと思ったんです。
中島 自分たちにないリソースを外部から引っ張ってきたということですね。
小柴 そうなんです。公共R不動産ではアートや宿泊、飲食などいろんな業界の、なおかつ地域で事業を展開しているプレーヤーの方々とのネットワークがあります。プロジェクトの内容に応じて必要なプロフェッショナルを巻き込んでチームをつくれることも公共R不動産の特徴のひとつかもしれません。今回は屋外レジャーとサイクルツーリズムの専門家を入れてチームをつくりました。
ワークショップはキャスティングが命
飯石 2021年4月に実施したワークショップ「1DAY RePUBLIC アイディアキャンプ」について教えてください。これは公共R不動産から市に企画提案したものですよね。どんな目的で企画したのですか?
小柴 目的は3つです。まずは、将来的に新設する道の駅にどんなコンテンツが必要かを考えるため。そして、将来的にトライアルパークで事業を展開しそうなプレーヤーとなる人を発掘するため。もうひとつが、プレーヤーを発掘して、そこから出てくるコンテンツのアイデアを設計に反映するためです。
渡邉 すごく斬新な手法だなと思いました。このアイディアキャンプを含めた事業構築のプロセスは、これまで考えていた空間づくりとは逆の発想です。通常、最初に機能を決めてしまって計画しますが、今回はそうではなく、使う人を集めてその声を元にして空間をつくっていく。また、「地元からプレーヤーが出てこないとダメだ」と言ってもらえたことも大きな気づきとなりました。参加者を公募しつつ、同時進行でトライアルパークに合いそうな地元の事業者の方々に「参加しませんか?」と直接お声がけしていきました。
中島 市職員のみなさんが声かけに回ったんですね。
小柴 ワークショップでは戦略的な声かけが重要です。募集期間には「こんなジャンルの人がいたほうがいいので、探してきてください」とお願いしたり、逆に渡邉さんから「こんなジャンルの人はどうですか?」と提案いただいたり。
中島 どんなジャンルの人を探していたのですか?
小柴 飲食店や小売業、編集者など多様なジャンルです。今回は事業規模のバリエーションも重要で、ワークショップでは「運営事業者になりえる地元の大企業や中小企業」「イベントだけ参加するキッチンカーなどの飲食業や小商い」「静岡に本業がありながら、他の地域でも展開しようと考えている人」という主に3つのチームに分けて、チームごとに業種もバランスよく分けました。こうしたキャスティングを考えるのがこの仕事の醍醐味です!
飯石 こうしたワークショップを実施する際は、情報をどう届けるかも重要ですよね。
小柴 そうですね。行政が投げかけたら反応しないであろう人たちにも届けたかったので、公共R不動産がディレクションしてフライヤーを作成しました。ビジュアル要素には、しっかりデザインを入れることが大切です。それを持ってキーマンたちへ個別に声かけに回っていただいたり、公共R不動産のSNSで発信したりしました。
小柴 市にはワークショップの参加者管理や受付業務もやっていただきました。プレーヤーへの声かけや受付業務は、地元(市)にやってもらわないといけないと思っていて。今後の事業化に向けて、地元で信頼関係を構築するためにも、市が直接プレーヤーとつながってコミュニケーションをとるべきだと思っているんです。けっこう負担がかかる業務なので嫌がられることが多いのですが、すんなり「やります!」と言っていただけました。
中島 当日はどれくらいの人数が集まったのですか?
渡邉 20名くらいです。こちらから声をかけた人もいれば、告知を見て応募してくれた人もいました。
小柴 ワークショップをするのに理想的な人数でしたね。
飯石 どんなプログラムを実施したのですか?
小柴 3チームに分かれて現地を見に行き、事業アイディアを出すという内容でした。参加者同士のケミストリーが生まれるようチームのバランスを考えたり、会話のきっかけも準備したりして、結果的にはこのワークショップをきっかけに事業の芽が生まれていきました。
渡邉 マルシェやキッチンカー、屋外シアター、グランピングなど、いろんなコンテンツが提案され、トライアルパークにとどまらず蒲原のまちへの周遊をうながしたいという声もあって、いま実際にそのいくつものアイディアが実現に至っています。
そして後に運営事業者の構成員となった企業のいくつかは、アイディアキャンプに参加した企業であり、結果として企業同士のマッチングが生まれた場となりました。
「稼げるパーク」を目指して
事業企画と設計を同時進行させる
飯石 アイディアキャンプで出たアイディアを設計に反映するという話がありましたね。そのあたりも詳しく聞かせてください。
小柴 アイディアキャンプと同時進行で空間設計をすすめていきました。これも大きなポイントです。今回はOpenAの設計チームにもオブザーバーとしてアイディアキャンプに参加してもらい、マルシェやキッチンカーのスペース、屋外シアターやグランピングなどのコンテンツを設計に取り入れていきました。
飯石 設計のポイントや工夫したところも教えてください。
小柴 常に収益化できる要素を意識していました。自転車用の休憩施設、トイレ、駐車場などを最低限のコストで整備しながら、チーム内の屋外レジャーの専門家と相談して、より収益化できる要素に組み替えていきました。駐車場から施設までの導線にキッチンカーを置くとか、丘の上や富士山が見えるスポットは客単価を高く設定して居心地が良い設えにするなど、稼げるパークを目指して設計を進めていきました。
デザインとしては、計画地にあった土砂を活用して丘をつくったことで、起伏のあるユニークなランドスケープに仕上がりました。
後編では、事業スキームの検討、公募要項づくりからオープン後について振り返っていきます。
〈つづく〉
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