Ushimado Tepemok(牛窓テレモーク)の誕生
2018年に事業者として採択され、2019年に「文芸的で公共的な交流の拠点づくり」をコンセプトに、飲食店や物販店、テナントや音楽、アート、映画などに関するイベントを行うスペースを備えた複合施設「ushimadoTEPEMOK(牛窓テレモーク)」として段階的に再生する計画が住民に示されました。
ちなみにテレモークという名前は、ロシア語で「ちいさいお城」という意味なのですが、長らく牛窓に住んでいた文芸学者・西郷竹彦先生翻訳による絵本の原題でもあります。
小さく住み心地の良さそうなお城を見つけたカエル、ネズミ、ニワトリ、ハリネズミが力を合わせて、楽しく暮らしていくというストーリー。そのお話を自分たちの暮らしになぞらえ、この場所を「ushimado TEPEMOK」と名付けたそう。牛窓の歴史を受け継いでいき、施設全体のコンセプトとも重ね合わせた名前です。
段階的な再生を目指し、契約締結後の2019年から本工事をスタートする2020年までは”試験利用期間”として、改修工事をしながら診療所を活用した音楽イベントやマーケット、アーティストによる展示など、様々なプログラムが行われ、解体・改修中にもこの場所の火を絶やさぬような動きで、地域住民や事業者の思いを紡いでいきました。
そして正式なオープンは2021年6月。当日は植樹に合わせて、施設の庭の芝張りがワークショップ形式で行われ、近隣の方など地域住民の方も多数参加されました。
週末には県内外からの出店やアート・パフォーマンス・ライブなど、さまざまなイベントが開催されています。
多様なプレーヤーが結集した事業者チーム
現在、牛窓テレモークの企画運営に携わっているのは、公募にて選定された株式会社牛窓テレモーク・株式会社西舎の共同企業体。アーティストやデザイナー・建築家・不動産事業者が集まった個性溢れる専門チームです。
代表は牛窓で「てれやカフェ」を2008年から運営している小林宏志さん。牛窓に長くお住まいで、カフェを運営しながら街を見守ってきたからこそ、診療所活用の検討が始まった時から何かできないか考えを巡らせていました。その思いに引き寄せられて牛窓内外からメンバーが集まり診療所活用を進めています。
「事業のピークは10年後に」ゆっくり育む不動産事業としての新たな挑戦
今回お話を伺った株式会社西舎の打谷さんは、不動産業の立場で施設全体管理を担当しています。
施設全体を見渡してみると、1階はまだ空きテナントも多く、2階のワークスペースやオフィス部分はがらんとしている状況。(2022年6月時点)。本来、商業施設であれば、オープン時に全てテナントが決まって収支が見込めた状態でスタートするのが望ましいはずですが、何か意図があったのでしょうか。
「事業のピークをスタート時に置きたくなかったんです。
かつて働いていた大手不動産事業会社では、効率化とスピード感を重視し、商業施設はテナントを100%埋めてオープン時にピークを迎えるという考え方が当たり前とされていましたが、そのやり方に疑問を抱いていました。100%の密度で施設を運営すると、時代の変化に対応しきれないし、施設の鮮度が維持しづらいし、何より自分たちが飽きてしまうこともあり得る。不動産のあり方を考え直せないだろうか・・。
そんなことを思っていた時に、牛窓テレモークの管理運営に関わらないかという相談があったんです。この場所でなら、もしかしたら自分が描いている新しい不動産の形が実現できるかもしれない、そう感じて参画を決めました。
事業をゆっくり育み、10年後くらいにピークを迎える。そのくらいの時間軸で事業を捉えていく形で事業を組み立てていったんです。」(打谷さん)
空きテナントを0にすることで事業収支を安定化させるのが本来の不動産業。そして公民連携での事業を組み立てる際にも、「テナントを先付けして収支を組み立ててから必要最低限の事業規模で事業を進めるべし」という考えが一般的ですが、牛窓テレモークでは勇気を持った逆張りの発想。時間をかけてテレモークの価値観を浸透させ、場を温め育んでいきながら、関心のある事業者が現れたら価値観を共有し、納得したら入居いただく。そして”事業主”と”店子”ではなく”共同体”としてのチームづくりをしたいという思いを実現しています。
ゆっくり事業を育む支えとなるまちづくりファンド
そして、そのようなロングスパンでの事業が実現できるのは、民間都市開発推進機構(通称MINTO機構)のファンド等による支援の力も大きいと打谷さんは話します。
まちづくり事業を資金面で支える仕組みとして、地元の備前日生信用金庫とMINTO機構(一般財団法人民間都市開発推進機構)が「備前日生しんきんまちづくりファンド」を組成し、空き家や空き店舗を活用した民間主体のリノベーションまちづくり事業等を支援しています。
備前日生しんきんまちづくりファンドは、牛窓地区のまちなか及び前島地区にある空き家・空き店舗等を飲食・物販等の商業施設や宿泊施設等へリノベーションして行う事業等に出資等を行っています。出資は、単なる経済合理性の追求だけでなく、まちなか再生や地域活性化に対して貢献度の高い公益事業に対して行われます。最初の投資は牛窓テレモークに対して行われました。
こうした資金面でのバックアップもあって、牛窓テレモークを数年安定的に動かしながら足場を固めていけたそう。
ともに育む共同体として、ポップアップでのお試し出店が入居審査に
牛窓テレモークは、躯体をそのまま生かした剥き出しの作りで、設備も完全に整っている状態とは言えません。しかし、それに対してクレームを言うのではなく、ありのままの状態を受け止めてくれる人に入居してもらいたいと考えたそうです。
「”廃墟”と”不便”という状況そのものを楽しんでくださる入居者さんにきていただけるようなコミュニケーションをしていきました。」(打谷さん)
また、入居者を決定するプロセスにも、牛窓テレモークが個性あふれる個人の集合体だからこその苦労と面白さが共存していると、運営で現場に携わる八名さんは話します。
「強烈な個性を持つ店主が、伸び伸び好きなことを追求している姿が牛窓テレモークのキャラクターとなるために、自由さと、施設としての秩序のバランスに日々試行錯誤しながら運営しています。」(八名さん)
八名さんが本プロジェクトに参画したのは牛窓テレモークのオープン直前。細かい入居のルールや規約等はほとんどできていない状態での参画でしたが、まずはテレモークとして大切にしていること、テレモークとしての良し悪しを判断する「軸」を作り上げるところから進めていきました。
前述した通り、この事業は事業ピークを10年先に持ってくるような事業スキームになっているため、焦ってテナントを確保するような動きをとる必要はありません。だからこそ、この空間との相性、何より入居しているテナントや家主との相性を意識して、丁寧に入居者を選定しています。その工夫として、入居を検討している方に対し、お試しのポップアップ出店を条件にしているそう。それが家主側にも出店者側にもお互いのことを知る機会となり、相性を確認できる機会となっています。
訪れる人の気持ちを受け取りながらゆっくり進む牛窓テレモーク
プレオープンから約一年あまり、現在、テナントの入居状況は25%ほど。今年は小さなお店が2店舗くらい出店予定、来年3月までに4,5店舗の出店が見込まれているそうで、じわじわとテレモークの魅力が届いている様子が感じられます。
2階のオフィス部分は活用方針も含めて実験中とのことでしたが、「焦らずにじっくり対話を重ねながら活用を考えていきたい」と打谷さんは話します。現在、瀬戸内市の移住交流促進協議会も入居しており、テレモーク全体の動きともうまく連携できないか議論を重ねているそう。牛窓の魅力が伝わり、移住のサポートまでできる場所になっていくと、これまでとは違った人の流れが生まれそうな予感がします。
テレモークにやってくる人も様々。
「時間帯やポップアップのコンテンツ等によって全く異なります。地元のおじいちゃんおばあちゃんがフラッとやってきたり、市外から若い方々が訪れたり、さらにはここで何かしたい、お店を始めてみたい、プレーヤーになりたいという人もこの2ヶ月くらいでじわじわと増えてきています。テレモーク主催で様々なイベントを実施しているのですが、その効果が時間差で届き始めているような気がします。」(八名さん)
一方で、テレモークに出店したいと思ってやってきたけれど、波長が合わなかった人が、牛窓エリア内でお店を開いたりするケースも増えているそう。互いの個性を尊重しつつ、ちょうど良い距離感で共存していけるのも、港町である牛窓というまちが持つ温かさなのかもしれません。
最後に、牛窓テレモーク代表であり、牛窓で「てれやカフェ」を運営してる小林宏志さんにも現在の状況をどのように受け止めているのか、どんな変化がもたらされたのか、お話を伺ってみました。
「2017年に牛窓診療所活用が始まったときから、牛窓テレモークの構想はありました。そこから紆余曲折を経てぼくたちが運営を担っていますが、いざ運営がスタートしてみると、当初考えていたことが正しかったのか、牛窓にとって意味のあることだったのか、考えさせられることが多いです。
観光スポットとしての顔と、移住者を惹きつける顔。同じようでいて見るべき方向が全く異なるんじゃないかなと気づき始めました。それぞれの目的によって求めているものも異なる。観光と移住、どちらを主軸にするか、という話ではなく、良い混ざり具合がどこなのかを探るべく、日々テレモークでの営みを観察しています。
牛窓には女性の移住者が少しずつ増えています。その方々の様子をみていると、意を決して移住してくる、というよりは、フラリと牛窓にやってきて、住まいも仕事もそこにあるものを受け入れて、牛窓での暮らし自体を楽しむような軽やかさをまとっている方が多いように思います。
そういう方はテレモークに移住相談に来る方もいれば、そうじゃない方もいる。でも何か困った時はテレモークに行けば相談できる人がいる。そんな距離感でテレモークが存在しているということに意味があるような気がします。」(小林さん)
悩みながらも、丁寧に牛窓の日々の営みを観察しているからこそ、微細な変化に気づいて、次なる道筋を描いている小林さん。
牛窓の暮らしそのものを楽しむ人が増えれば、コミュニティや場としての魅力が高まって訪れる人も増えていく。そしてこの場所で何かをやってみたい人が集まったり、チャレンジする人が生まれてくる。そのポジティブな循環を生み出す起点となることが、テレモークが存在し続ける意義なのかもしれないと感じました。
訪れる度に表情を変えていく牛窓テレモーク。これからの展開がますます楽しみです。
公共R不動産ディレクターの馬場正尊も牛窓テレモークについて動画でレポートしています。あわせてご覧ください。