今回お話を伺ったのは、業界初の個人向け不動産コンサルティング会社「さくら事務所」の大西倫加さん。さくら事務所は、中立的な立場で不動産の購入や売却に関するアドバイスをしたり、ホームインスペクション=住宅診断などを通して、「不動産を使う人」を多方面で支えています。
「ホームインスペクション」とは、住宅の劣化状況や欠陥の有無、改修すべき場所、おおよその費用を見極め、アドバイスをする専門業務。「新しく家を買うけど、欠陥がないか不安!」「長く住んでいるけど、これからどのくらい修繕費用がかかるんだろう?」等々の不安を解消する手段がホームインスペクションです。>初めてでもわかる!ホームインスペクションとさくら事務所
そんな自身の事業を「不動産版かかりつけ医!」とも表現する大西さんから見ると、「公共不動産」にはどんな可能性があるのでしょうか?民間不動産との違い、公共不動産の運用に必要な視点などについて伺いました。
公共不動産と民間不動産の違いって?
18年以上に渡り、とにかくたくさんの物件を見てきた大西さん。個人向けはもちろん、事業者向け物件も含め、あらゆる不動産情報を目にされてきました。
「民間事業者向けの不動産と公共不動産の一番の違いは、公表されている情報量ですね。一般的な民間事業者用物件のポータルサイトでは、重要事項説明書などの基礎情報に加え、利回りなどマーケティング的観点での情報が欠かせません。活用に興味を持った企業からすると、入札したくても、基礎情報も公開されていない不動産は怖くてなかなか手が出せないですよね。
重要事項説明とは物件の情報がまとめられている書類で、インフラや建物の構造、耐震診断有無、災害時のリスクなど、契約上重要な情報を整理しています。公共不動産でも、最低限の情報を用意するにあたって、重要事項説明書の内容は参考になるのではないでしょうか。」
また、昨今の気候変動などの影響で、全国各地で様々な災害が起こっています。災害への備えに関しても、公共不動産ならではの考え方が必要と大西さんは言います。
「大きな公共不動産の場合、避難所に指定されているにも関わらず、ハザードマップ上での危険度が高い場所もありますよね。比較的地域の中心地にあることも多い公共不動産は、避難所もしくは一時避難場所になっていることも多いかと思います。公共不動産が災害ハザードエリアに入っていないか改めて見直し、様々な災害リスクを想定した情報を開示することが必要だと思います。」
もちろん、エリアの状況や建物のコンディションは人間の身体と同じく、数年もすれば変化は当たり前。その上で各事業者がリスクを判断することになりますが、基礎的な情報があるかないかでは、事業者の印象は大きく変わります。
まずは公共不動産の現状把握&徹底した情報開示を!
公共不動産の場合、はじめから図面やメンテナンス記録などの詳細情報が公開されているのは多くはありません。民間の事業者の視点に立った情報開示をするために、自治体ができることはどんなことでしょうか?
「まず自治体のみなさんにおすすめしたいのは、まず公共不動産のジャンルごとの建物数、築年数をまとめてみることです。さらに、20〜30年使い続けた場合の修繕費や工事計画を可視化し、長期的な見立てをすること。そうすると、”この不動産を維持するのは、費用対効果に合わないかも?”とか、”維持費は高いけど、民間と連携して地域のために何かできないかな?”という風に、次のステップを考えやすくなりますね。困難度の高い物件も、客観的な目線で売却などの判断ができますし、逆に少しでもポテンシャルのある物件の発見にもつながりますね。
民間不動産の世界では長期修繕計画と言います。一般的にはマンションの維持管理用につくるので、なかなか馴染みがないですよね。向こう数十年で見込まれる修繕工事の内容や費用を把握し、そのための積立計画、効率的な工事計画などについてまとめたものです。建物・大型設備の機能や性能を維持し、安心して活用し、暮らすために欠かせない計画です。その自治体バージョンをつくってみるのはいかがでしょうか?」
実は、将来の維持管理費を試算する自治体はないわけではなく、例えば岡山県倉敷市では、公共不動産の基本情報、点検結果、長期修繕計画などを施設別にまとめたカルテを作成しています。
このように数十年先までの維持管理コストを試算することは、その公共空間がエリアにとって本当に必要なのかを見極めるきっかけにもなります。そのコストを回収するにはどんな活用が必要か?割に合わない場合はどんな方法があるか?その自治体らしい公共空間活用の方針を考えるきっかけにもなりそうですね!
適切な公民間の合意に向けた契約プロセスの再検討を!
続いての話題は、行政と民間事業者間の契約プロセスについて。考え方や立場の異なる民間・行政間の契約になるため、双方が安心して連携を進め、少しでもリスクを減らすための重要な観点は知っておきたいところ。そのヒントとなる経済的・法的・物理的観点での調査「デューデリジェンス」についても大西さんに教えていただきました。
「売主または貸主ができる限りの情報を開示した上で、それでも買主または借主が追加で調査を行うための手法が”デューデリジェンス”です。賃料の適正やマーケット価値を評価する経済的側面、所有権の正当性や遵法性の観点などを調査する法的側面、建物の劣化度合いや設備のコンディション、災害リスクなどを調査する物理的側面の3つの観点で構成される調査です。売主・買主双方のリスクを減らし、合意して契約を進めるためのステップとして重要な位置付けです。
ただ、公共不動産の場合は事前情報が少なく、かつ入札しても決まらない可能性があるなかで、事前にデュー・デリジェンスのコストをかけるのは事業者にとって現実的ではありません。遵法性を確認するだけでも時間もお金もかかります。
なので、重要なことは、民間事業者にとって必要な情報をどのように調査するかの役割分担です。
すべて事業者負担にするのではなく、デューデリジェンスのような項目をどんな役割分担で調べ、情報を明らかにするのか?その合意を取るプロセスをきちんと取ることがまず必要だと思います。」
修繕費の分担、コンバージョンの可否、権利関係の整理、建築基準法など関連法規への適合、図面やメンテナンス記録の有無など、入札前に事業者が知っておきたい情報は多くあります。情報が揃っていない場合、取得費用はどちらが負担するのか?デュー・デリジェンスの項目は、それらを検討するフォーマットとしてとても参考になりそうです。
「普通の中小企業であれば、入札や協議の結果まったくの白紙になるかもしれない案件を、1年も2年も先延ばしにはできません。事業のために借入する場合も、いつ着手するかわからない案件に銀行はお金を貸せません。積極的な公民連携を行う場合、ある程度民間に合わせた契約フローを再構築する必要もありますね。」と、スピード感についてのお話も。
自治体にも不動産専門人材が必要な理由
「民間不動産の人間にとって、不動産ってすっごく大切な商品なんですよね。自治体の皆さんにも、”大切な資源”として公共不動産を捉えていただくだけで、扱いがすごく変わるんじゃないかな?と思うんです。意識が変われば、単に維持管理するだけではなく、エリアの価値を上げ、稼ぐ手段にすることも可能なはずなんです。」と、不動産愛を語る大西さん。
岡山県津山市によるファシリティマネジメントの実践のように、自治体経営の一環として公共空間を戦略的にマネジメントする動きも生まれていますが、多くの自治体では、公共空間は主管課が管理し、廃止することになったら財産活用系の部署に権限が移ってくるという状況で、自治体全体でのファシリティマネジメントという方式を導入している自治体はまだ多くありません。
一方で、民間企業には、CRE(Corporate Real Estate)=「企業不動産」を戦略的に活用するための検討を行う専門部署があります。自社で保有する不動産を経営方針に沿って有効に活用し、企業価値を向上させる事業を行っています。同様に、自治体でも公共不動産を専門に扱う部署や人材=PRE(Public Real Estate)が必要なのでは?と大西さんは言います。
「今後人口も税収も減少するなか、公共不動産の維持管理コストは増大していきますよね。点検やメンテナンスひとつ取っても、対処療法的に担当部署が対応するのではなく、専門部署が中長期的な計画に沿って包括的に発注したほうがコストは確実に下がります。まずはそのあたりから合理的に行ってみるのはいかがでしょうか?
また、不動産の相場価格は時期によって変動します。エリアを定点観測し、面積と築年数に応じた周辺相場に応じた賃料を把握する、不動産ならではのノウハウと情報の蓄積が必要です。それらは住民合意を建設的に進める材料になったり、エリア全体の価値向上を考えるきっかけにもなりますね。公共不動産に関する様々な取り組みの効果や課題も見えやすくなります。そのためにも、エリアにおける不動産価値の全体像を把握する、異動しない専門部署が必要だと考えます。」
せっかく担当者が経験を積みリテラシーを高めても、数年後には異動してしまうのが自治体人事の難しいところ。体制整備に加え、リテラシー向上のための人材育成、ノウハウの共有方法を再検討する必要がありそうです。
「愛」と「そろばん」の意識を持った戦略的な公共不動産活用を!
大西さんが繰り返すのは、物件単体ではなく、エリア全体で考えることの重要性。それによって、パブリックとマーケティングの役割を両立させることにもつながると言います。
「エリア全体で考えることで、ある公共不動産跡地には収益を上げるためのマンションを建設し、また別の公共不動産ではその収益を分配して非営利活動の支援に充てるなどのバランスも考えやすくなります。もちろん、そういった考え方や配分を住民のみなさんにきちんと説明することも大切ですね。
戦略的な公共不動産活用の目的は、エリア全体の魅力を上げ、住みたい人を呼び込んで税収を増やし、街の魅力をさらに高める”愛とそろばん”の両立です。ぜひ自分たちのエリアと公共不動産に愛を持って付加価値をつけ、そろばんをはじきながらマーケティングをしていただきたいのです」と大西さんは話します。
最後に、そういった攻めの公共不動産活用のために自治体側が気をつけるべきことについて伺うと、「エリア全体の付加価値や魅力をアップさせることを一緒に考えられるパートナーを見つけることですね。短期的な儲けだけではなく、長期的な幸せなビジョンを一緒に描ける民間事業者を見つけて、エリアを発展させるための地域が喜ぶ事業をつくっていけるといいですね。」と大西さんは言います。
事業性と公共性のバランス感覚を持った事業者に出会えるのは難しいこととはいえ、自治体としては持ち続けたい理想の姿。そのためにも、自治体からの情報開示やプロセスの再設計はとても重要なポイントになりそうです。
今回のインタビューでは、そもそもの公共不動産と民間不動産の違いや情報開示のあり方、契約プロセスの見直しなど、公共不動産を当たり前に流通させる上での重要な課題や論点を見つけることができました。私たちとしてもこのような知見を学びながら、戦略的に公共不動産を活用していくサポートを引き続き行なっていければと思います。
大西さん、貴重なお話をありがとうございました!
撮影:秋山まどか