「泊まれる公園」INN THE PARKとは?
こどもたちの研修施設として30年以上親しまれてきた沼津市立少年自然の家をコンバージョンし、公園一体型の宿泊施設として運営されているINN THE PARK。「泊まれる公園」というコンセプトにも注目が集まり、オープン直後から予約が殺到!宿泊利用以外にも、隣接する公園の広場を活用した多様なイベントなどを通して、様々な層が楽しめる拠点となっています。
>INN THE PARKが始まった経緯などはこちらの記事でも紹介しています。
そんな新たな公園の魅力を開拓し、地域に新たな魅力を付与していることが評価され、INN THE PARKは第35回都市公園等コンクールにおいて最高賞の国土交通大臣賞を受賞しています。
公共不動産の可能性とは?
これまで民間不動産の世界に長く携わってきた伊藤さんですが、INN THE PARKをきっかけに様々な地域の公共不動産に関わるようになったそう。そんな経験から考える公共不動産の可能性について、伊藤さんは次のように語ります。
「公共不動産のほうがポテンシャルのあることが多いと僕は思うんです。公園でも学校でも、公共不動産はゼロからつくるために莫大な投資がされています。僕らは少なくともその初期投資は回収しなくて良い。なのにその建物を自由に使うことができるんです。インフラなどの基本整備が済んでいる状態で事業を計画できるのは、民間事業者にとっての魅力ですよね。
また、公共不動産ならではの立地の魅力もあります。例えばリゾート地の一等地はすでに他の事業者が使っているか、空いてもすぐに埋まってしまいますが、公共不動産なら残っているケースもある。つまり、立地的に超優良物件と出会える可能性もあるんです」
行政窓口が一本化されることの価値
一方で、行政との調整に手間や時間はかかることや、修繕などで思わぬ追加コストが発生する可能性はあらかじめ考慮する必要があると伊藤さんは話します。
INN THE PARKの開業に向けて行政側の窓口となったのは、沼津市で公民連携を促進する横断的部署である「ぬまづの宝推進課(当時)」。少年自然の家はもともと教育委員会が管理しており、そこから「ぬまづの宝推進課」に所管が移り、INN THE PARKと二人三脚で進めていったそう。
「ぬまづの宝推進課が行政協議を統括してくれました。そのように行政側の窓口が一本化されているのは、民間事業者にとってすごく心強いですね。建築課や公園課など関連部署との協議の橋渡し、消防や旅館業管轄の保健所との協議への同席など、行政側のコーディネートをしてくれました。ものすごく応援モードで、とにかく一緒になって進めてくれたのがとても助かりました」
INN THE PARKにとって公共不動産を借りて事業を進めるのははじめてのこと。また、沼津市にとってもここまで本格的な公民連携事業は初の試みだったそう。
「もちろん、分からないことはお互いにたくさんありました。様々な壁にもぶち当たりましたが、その都度一緒に調べて検討しては試行錯誤の繰り返し。そんなプロセスを行政と共有してきたからこそ、事業のビジョンも豊かに描けていけたように思います」と沼津市との連携を振り返ります。
二人三脚で進めた沼津市との連携
INN THE PARKでは、沼津市がエアコンの更新やトイレの改修工事等などの最低限のインフラ改修工事を担当。それ以外のハードに関する初期投資はすべてINN THE PARK側が負担しました。そのような役割分担はどのように決めていったのでしょうか?
「リスク分担表を取り決めました。最終的な契約までにいくつかこちらから要望を出して、細かいところを整理しました。民間不動産の賃貸契約時に近いようなイメージで、何かあった時、どんな役割分担で負担するかを協議したのです。
実はオープンして数ヶ月後に施設の水道管が破裂して断水してしまいました。でも、沼津市がすぐに修理に来てくれて、給水車も即稼働させてくれて。大変でしたが、リスク分担表を通してすり合わせができていたからこそ迅速な対応ができたのだと思います」
沼津市とINN THE PARKの契約期間は20年間。10年間の契約をベースに、1度更新ができる取り決めを事前に交わしていたとのこと。
「民間事業者としてはできるだけ長く関われる前提でいられたほうがいいんです。なぜかというと、契約期間が短いとどうしても初期投資額に限度が生まれてしまう。投資回収を考えると、しっかりしたハードを新築でつくることは難しい。テントなど投資額が比較的少ないしつらえを考えるしかなくなる。もちろんテントも充分素敵なんですが、場合によっては民間の可能性を狭めることにもつながりかねないと思います。もっと契約期間が長くなれば、その分可能性が広がり、よりリッチな空間をデザインすることもできるんです。可能なら、民間側の事業内容やアイデアに応じて、希望投資額に見合った契約期間を協議させてもらいたい。できるだけ余白を持った契約ができるのが理想的ですね」
物件情報は最低限でも。協議の余白を持ち、共に進める姿勢を。
現在、INN THE PARKチームには様々な自治体から公民連携に関する相談が寄せられるそう。しかし民間事業者の立場としては、行政側の情報開示や契約プロセスのあり方によってどうしても手の上げやすさは変わってしまうと伊藤さんは話します。
「公共不動産の詳しい情報をまとめられている行政はまだまだ少ないと感じます。図面もなかったり、メンテナンス記録も時系列でまとめられていなかったり、インフラがどこに埋まっているかもわからなくて、建物を新たに建てようとしても難しかったり・・・。不確定要素が多ければ多いほど、民間事業者としては事業費を上乗せするしかない。専門的な調査にもインフラ整備にもコストがかかるので、相談できる余地がないと、連携に躊躇してしまうことはありますね」
民間事業者の目線でいうとできるだけ細かくそろばんを弾けたほうがいいとは言え、はじめからすべての情報を行政側で完璧に揃える必要はないのではと伊藤さんは言います。
「最低限の物件に関するスペック情報は欲しいですし、あるに越したことはないのですが、行政側があらかじめすべての情報を調査する必要はないと思っています。むしろ、過剰に緻密に調査しようとすると、事業を立ち上げるスピードが落ちますし、どのような活用をするか、どのような事業かによって、必要な調査内容もコストも変わってしまいますよね。
すべて”事業者負担”にしたり、行政側で決め打ちにしたりするのではなく、お互い協議しながら進めていける余白を持てるといいと思います。
言い方は悪いかもしれませんが、民間事業者が”業者”として扱われ、内容や進め方が細かく定められて一方的に押し付けられるような契約内容だと、どうしてもうまくいかないことが多い。一番重要なことは、事前調査でもインフラ整備でも、分からないことは一緒に向き合い、覚悟を持って公民連携に臨んでくれる姿勢ですね」
どこまでが確定事項で、どこから協議可能なのか?行政側のリスクヘッジと、民間事業者の負担減と自由度のバランスを取りながらプロポーザルや契約内容を考える必要性を感じます。
行政と民間の強みを生かした新しい地域づくりを
そんな伊藤さんから見て、民間事業者にとっての公共不動産と民間不動産の違いは、地域性やパブリック性を高めることの意識と、いわゆる”大家さん”との関係性にあると言います。
「民間不動産を活用した事業展開は利回りの話がベースですが、公共不動産の場合、行政と一緒に地域をつくる立場になるとも言えます。一般的な”大家さん”との関係とは違いますよね。その意味では民間と行政で同じ方向を向き、連携していいものをつくる意識の共有が大切で、民間事業者は自分たちだけの利益だけじゃなく、地元の人たちが喜んでもらう事業をどうデザインできるかが肝になります。とはいえ民間事業者としては収益を意識しながら事業も回さないといけないので、地域性を高めるだけでなく、世の中の様々な変化に対応しながら事業展開を考える必要もあります。柔軟な民間事業者の強みを活かして、公共不動産の強みを存分に活用しながら進めていけるのが理想的ですね」
夕涼み会、映画上映会、フードイベントなど、宿泊者だけでなく、地元のみなさんへも多種多様な企画で楽しみを届けることを大切にしているINN THE PARK。それによって地域内外からの集客につながると同時に、新たな地域の可能性も見えてきそうです。
そんな民間事業者の本来の強みを発揮させるために必要なことは、まずは連携ハードルを下げる最低限の物件スペック情報。はじめから完璧な物件情報を用意できなくても、一緒に調べる姿勢を持ち、協議可能なポイントを整理しておくことも大切です。
今後も、行政と民間の価値を組み合わせた新たな地域づくり事業が生まれるヒントを追究します!
参考記事: