「小田原の品格と奥行につながる別邸文化を、どうシティブランディングに継承していくか」。
今回は、時田光章副市長(小田原市)、後藤治先生(工学院大学 理事長)、馬場正尊(㈱オープン・エー 代表取締役) による、「これからの小田原らしさ」について考える企画会議の様子をお伝えします。
※会場は、今年度のプロジェクト(歴史的建造物利活用計画策定業務)の対象物件のひとつでもある清閑亭。明治39年に黒田長成の別邸として建てられた木造二階建ての数寄屋造りで、敷地は国指定の史跡小田原城跡、建物は国登録有形文化財に登録されている。
別邸文化が生まれた背景と小田原の魅力
馬場 まず、小田原の魅力を改めて考えるところから始めたいと思います。小田原は、戦国時代から江戸時代にかけて城下町、宿場町として発展し、明治・大正期には多くの政財界人や文化人が「別邸」を構えました。今でも小田原市はそのような多くの歴史的建造物を残し、「別邸文化」として継承しています。「別荘」ではなく「別邸」という言葉を使う理由はなにかあるのでしょうか?
後藤 小田原の別邸文化は、リゾート地やバカンスのための「別荘」というイメージではなく、現代風に言うと「二拠点居住」に近いかもしれません。この地に別邸を構えていた人たちは、別宅として、もっと日常的に目的に応じたライフスタイルを小田原で送っていたようです。
馬場 旅行というより、生活や暮らしという側面が強いのですね。なぜ、小田原でそのような別邸文化が生まれたと思いますか?
時田 まず、気候風土と交通の便の良さがありますね。小田原は、避暑地であり避寒地です。別邸を構える地として、ほかに候補に上がりそうな鎌倉はわりと冬の寒さが厳しく、箱根も当然寒さは厳しく立地的にも山を登らなければならず、高齢になると辛いという点も、小田原が選ばれた理由のひとつかもしれません。
後藤 現代でも、都市計画的には、ハイクラスの方々が好むエリアとして、寝るときは緑に囲まれて静かなこと、逆に日中は、近場でおいしい食事や観光ができる娯楽や賑わいがあること、その両方が揃っていることが基準になるそうです。宿場町だった背景から、小田原の中心部にはおいしい食事処や娯楽的施設が集まっている一方で、山や海などの自然も豊か。町場から少し離れれば静かな環境がある。そのバランスが良かったのでしょう。
馬場 なるほど。ここ最近の小田原は、小田原城やかまぼこなどのイメージが強かったと思うんです。それはそれでとても魅力的で強いコンテンツですが、別邸文化という歴史的・文化的価値が充分に目立っていなかったとも見てとれます。
これからの「小田原ブランド」のために必要な姿勢とは
馬場 さらに、この1-2年の小田原には新しい動きも生まれています。2017年には現代美術作家・杉本博司さんにより設立された『小田原文化財団 江之浦測候所』 がオープンしました。また近年では、海外で修業したり、星を獲得したレストランで研磨を積んだシェフやソムリエによる小田原の食材を使った飲食店も増えてきています。
もちろんそれ以前から、旧黒田長成別邸「清閑亭」 の一部がカフェとして活用され始めたり、小田原文学館については早い段階で公有化し、第一種低層住居専用地域の中で、保全・維持しながらも地域に愛される重要な資産として活用するなど、20-30年の間に、歴史的建造物が地域のコンテンツとなる前例や道筋ができました。次世代に向けた小田原のブランディングを改めて考えたとき、これからどんな考え方が必要だと思いますか?
後藤 行政の負担軽減という観点だけ言えば、私有財産で遊休不動産を活用する個人や民間がいることに越したことはないのですが、そんな状況は稀です。
逆にこれまでは、小田原市が行政として保全・活用してきたからこそ、今に至るまでたくさんの歴史的建造物が残っています。そんな小田原市の姿勢が地域の独自性につながり、外部のプレイヤーにも興味を持ってもらえるのです。ですからこれからも、小田原市の戦略として歴史的建造物を残す方針を持つことは前提だと思います。問題は、その戦略をどのように描いていくかです。
馬場 小田原市は、私有財だった歴史的建造物をいったん公有財にすることで、破壊を守った。その姿勢があるから、今につながっているということですね。
後藤 そうですね。ただ、今後は人口が減少し税収が減ることは必至です。行政自体がビジョンを描き、地域の未来を主導することが前提です。しかし、同時に維持・管理費などの負担を減らす方策も考えなければなりません。そのひとつの道筋が、行政と民間の連携だと考えます。21世紀は、行政の資源を個人や民間団体と連携しながら活用していく時代です。
時田 小田原文学館は、取得に21億円もの費用がかかりました。民間がそれだけの投資をして活用するかというと、なかなか難しいのではないでしょうか。都市のアイデンティティとして残していくためには、公有化した上で、民間と連携することが大切です。
2000年に立ち上げた小田原市総合政策研究所では、後藤先生のご指導のもと歴史的建造物の「保存から活用へ」「活用からまちづくりへ」というコンセプトが生まれました。歴史的建造物も、今の時代に合わせて活用しなければ意味がありません。「資源」に価値を加えて「資産」にしていくことが必要なのです。
馬場 最近では、従来の入札制度ではなく、民間が行政と連携しやすい「民間提案制度」*1やさらに踏み込んだ「随意契約保証型*2の民間提案制度」を導入する自治体も増えています。これから先、より門戸を開いた歴史的建造物の活用を想定したとき、小田原市としてそのような制度導入の可能性はありえるでしょうか?
*1 民間提案制度は、公表している施設や事業等について、民間事業者の主体的な発意による提案を公募で受け付ける仕組み。
*2 随意契約保証型は、民間提案の内容に提案者独自の発想を有するなど、知的財産的なノウハウなどが認められる場合に、随意契約により提案者を事業実施者として選定するもの。
時田 きちんと研究をした上で、ということが前提になりますが、良い民間事業者に地域で活動し続けてもらうためにも、提案次第で随意契約をする可能性はあると考えています。民間事業者の提案には、行政では考えつかない優れたものがあります。行政は、税金によってサービスを提供するのが仕事なので、お金儲けをするという面は不得意。都市が稼ぐ力を発揮するには、民間のアイデアが不可欠だと思っています。
後藤 良い民間事業者に任せるという点では、国のルールを使ったり、条例を制定して自治体の目的に沿った条件を付加すれば、随意契約でなくても、条件で整理することができます。例えば、歴史的風致維持向上支援法人や文化財保存活用支援団体を指定することで、一般的な公開入札を行わずに進めるのもそのひとつです。
自治体の戦略として、歴史的建造物を活用する
馬場 そうですね。公共資産が稼ぐ力を発揮するためには、収益性が担保できる新しい活用法が必要です。そのような民間連携のために、小田原市で課題となるのは「用途地域」*3の問題です。収益を得るために飲食店や宿泊業を運営しようとしても、すでに規定された用途があるために、飲食業や宿泊業への用途変更がしにくいのです。
*3 用途地域は、都市計画法の地域地区のひとつで、用途の混在を防ぐことを目的としている。 住居、商業、工業など市街地の大枠としての土地利用を定めるもので、第一種低層住居専用地域など13種類がある。
後藤 用途変更については、建築基準法48条の但し書きで「用途の一段階だけは、自治体の判断で緩和できる」という内容の記載があります。でも、「どういった場合に緩めていいか」までは記載がないので、ほとんど前例がなく自治体側としてはやりにくいのです。
ですが、これから日本全体の人口は減少していきます。長期的に見ると、横並びで同じことをするだけの自治体は市民から選ばれず、ますます人口は減っていくでしょう。これからは、自治体も差別化して独自性を出すことが重要です。「自分たちはこのような戦略で進める」というアイデンティティを打ち出し、市民から選んでもらうことが、今後の自治体経営にはとても大切なポイントになります。
馬場 制度の緩和や条例策定のひとつひとつが、自治体のビジョンを示すものになるということですよね。副市長、前述の建築基準法の但し書きにあるように、たとえば、別邸に特化した制度緩和を行うことについてはいかがでしょうか?
時田 実は現在、建築基準法を適用除外とするために必要な条例制定を検討中です。
ですが、大切なのは、小田原市全体としての戦略を描くことです。別邸をはじめとする歴史的建造物を地域資源として活用していくにあたっての、全体のビジョンが必要です。その上で、例えば、小田原市経済部が政策をつくります。小田原城周辺など、既存の観光資源も含めた回遊計画などを政策として設計していくのです。さらに、都市部が全体計画に基づきながら、現行の法令とエリアや施設の活用方針が合わない場合には、建築許可の取得や、前述の条例を活用した建築基準法の適用除外について検討していく流れになります。
つまり、「別邸活用」という個別の話ではなく、小田原市全体としての活用方針とビジョンに基づいた進め方がポイントになるのです。
馬場 なるほど、まずは経済部を巻き込んで、政策として大きなものをつくる。その上で、建築基準法などの個別の話になっていくのですね。
後藤 イギリスでは、都市計画の一環で歴史的建造物の活用が行われるような規定があります。副市長のおっしゃるように、まずは自治体全体の方針のなかにクリアに位置付けることが大事です。そういう姿勢が、まだまだ日本では弱いですね。
馬場 副市長のお話は、まさにイギリスの都市政策に似ている話ですね。市全体のマスタープランに位置付けるということですよね。
時田 はい。小田原市として、エリアの位置付け、価値付けが必要で、そのためには市の上位計画がしっかりとあるべきです。既に、都市部が作った歴史的建造物が残るエリアのブランディング方針はあるので、今年度は文化部が個別の建造物の利活用プランを作る。次は企画部で総合計画にも位置付けるという作業をしていく必要があります。行政の縦割りの弊害でもあるのですが、現在は、別邸などの歴史的建造物の所管は文化部なので、文化部で予算をつけて、維持・管理をしていかないといけない。ですが、観光目的で歴史的建造物を活用するとなると、経済部とも連携が必要になります。
本当は「歴史・観光・まちづくり部」のような、歴史・文化・観光・まちづくりが合体したような横断部署ができるとスピード感が上がるのですが・・。
〈後半へ続きます。〉
撮影:森田 純典